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天の幸い

アンドレからキーヴァについての報告を受けて、リオは安堵の溜息をついた。キーヴァの顛末には心底驚かされたが、彼女が逞しそうでホッとした。


戦争を回避できたわけではないが遅らせただけでも、こちらの準備の時間が違う。


トリスタン国王やリュシアンの尽力のおかげで、スミス共和国、フォンテーヌ王国、シュヴァルツ大公国の三国同盟が成立した。それを聞いた皇帝は怒り狂って周囲の人たちが苦労しているとアンドレの手紙には書いてある。


しかし、戦争を諦める様子はこれっぽっちもない。こちら側も軍事訓練や国境の防衛、同盟国間での軍事演習など、やるべきことは多い。


シュヴァルツ大公は相変わらず体調が優れず、それが軍事同盟の懸念事項にもなっている。なので、大公の健康回復が可能かどうか診察することはリオの重要な任務だ。シュヴァルツ大公国への訪問は現在リュシアンが調整中である。


ポレモスが今どこで何をしているのか、残念なことに何も分からない。しかし、リオが心配しているのはエレオノーラだ。恐らく異空間では時間が止まっているから、彼女は何も感じていないし、健康上の問題はないのかもしれない。けれど、ずっと囚われの身になっている彼女を気の毒に思う。


レオンはリオが優しすぎると言う。


リオは決してエレオノーラを好きな訳じゃない。だから、偽善と言われればそうなんだと思う。それでも、自分の母親に死んでもいいと思われているエレオノーラのことを考えると胸が痛むのだ。


**


そんな話をしているのはリオの定位置、レオンの膝の上だ。


レオンはリオの髪を指で弄びながら首筋に口付けをする。


「君が私のこと以外を考えないでくれればいいのに、といつも思うよ」

「私はレオン様のことをいつも考えていますよ」


「そうかな・・・?」と疑問形で返したレオンはリオの頭の後ろを右手で固定しながら左手を頬に当てて、甘く口付けする。


レオンは熱い吐息のまま耳元で「君が欲しい」と言う。リオはつい体が震えてしまった。


レオンは苦笑して


「君は本当に僕を煽るのが上手い」


とリオの鼻を指で軽く摘まむ。


「・・あ、あの、明日の準備をしないといけないので・・」


と焦って言うと、レオンはつまらなそうな顔をしてリオを抱きしめた。


「君にとっては私より仕事が大事なんだな・・・」


とぼやくので


「そんなことある訳ないじゃないですか?でも、私が生まれ育った国では『働かざる者食うべからず』っていう言葉がありましてね」


とリオは熱弁を振るう。


リオは翌日から王宮で医療関係の講義をすることになっている。医師だけでなく、治癒士、調薬士など他の領域の医療従事者も参加予定だ。


新疾患『ゼナントカ病』の診断や治療法が主な講義の内容だが、新しく作られる看護師資格についての説明も行う予定だ。アニーにも協力してもらって、看護師が日常の医療業務で果たす役割や、資格要件などを講義する。


今後、看護師が現場で活躍するようになれば、女性の医療分野への進出が促進できるだろう。勿論、男性でも看護師になれるが、これまでの医療における女性の割合の低さを考えると女性にとって有望な分野であることは間違いない。医療関係者の理解を深めることは重要だ。


という訳で、リオは明日の準備をしたいなぁ、と思っているんだけど、レオンは離してくれそうにない。レオンも講演者の一人なのだが、慣れているのでもう準備は終わったらしい。羨ましい。


レオンは参加する医師にリオが誘われたりするんじゃないか、とぶつぶつ呟いている。


「私、そんなにモテないから大丈夫ですよ」

「いや、リオは不用心すぎる」


レオンに熱視線を送る女性の方が圧倒的に多いと反駁しながら、レオンを引っぺがし講義の準備を始めると、レオンも溜息をついて自分の仕事を始めたようだ。一度没頭すると二人とも集中してほとんど口もきかずに仕事をする。気がついたら夕食の時間になっていて、慌てて食堂に急いだ。



*****



王宮での講義は大盛況だった。隔離療養棟や診療行脚の時に知り合った医師も多く参加していて活発な議論が交わされた。とても有意義な集まりだったと思う。


アニーも多くの質問を受け、医療の現場での看護師の重要性が周知された。特に診療行脚の時に、アニーとリオが連携して診療を行っていたことが印象深かったようで、資格を取った看護師がいたら是非雇いたいという医師も多かった。今後の発展が楽しみだ。


講義の準備で忙しく緊張していたせいか、最終日を終えて公爵邸に戻るとリオは倦怠感が酷く体調が悪かった。心配かけたくなかったが、レオンはリオの不調にすぐに気がついた。『医者の不養生』なんて恥ずかしいので、レオンに診察してもらうことにする。


体がだるくて食欲もない。胸がムカムカするというと、レオンは少し考えてから顔を赤くした。


躊躇いながら、


「・・・・リオ、最後の月経はいつだい?」


と恥ずかしそうに尋ねる。


・・・えーと・・・えっと、と考えて、もう三ヶ月くらい来ていないことを思い出した。


パッと顔を上げるとレオンの真っ赤な顔が視界に入る。


『やめて私も恥ずかしいんだから・・』と思いながら


「えーと、三ヶ月くらいありません」


ともじもじしながら告白する。


それを聞いたレオンは絶句して完全に固まった。


「・・・あの?レオン様?」


形の良い金色の瞳からホロホロと涙が零れ落ちる。綺麗な涙だなぁと見惚れていると、ガバッと抱きしめられた。


「・・・でも、まだ確実な訳じゃないですよね?レオン様?」


とは言ったんだ。


でも、耳元で泣きながら


「リオ・・リオ・・愛してる・・・ありがとう」


と繰り返すレオンの声を聞いていたら、リオまで目の奥がツンとして二人で抱き合ったまま号泣したのだった。


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