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DNA

いつもの村長の部屋に転移すると、いつものiPadが机の上に置いてあった。なんだか落ち着く光景だ。


村長は「付いて来い」と言い、リオを別な部屋に案内する。「お前はダメだ」と言われたレオンは少し不貞腐れて近くの椅子に腰を掛けた。


リオが連れて行かれた部屋ではイーヴがベッドに横になっていた。とても苦しそうに息をしている。顔色も悪い。


「イーヴさんに何があったんですか?」


と尋ねると、村長は珍しく苦悩の表情を浮かべている。


「これは誰にも言うな。レオンにもだ。医師には患者の守秘義務があるんだろう?」

「はい、分かりました。当然です。イーヴさんの病状については決して誰にも漏らしません」


しかし、村長はそこで躊躇した。


「ただ・・もし、緊急事態が発生して、お前がイーヴの症状を誰かに伝えるべきだと判断したら・・・言っても構わない」

「え!?・・・いいんですか?」

「ただし、緊急事態のみだ。お前の判断は信用している」

「あ、ありがとうございます」


意外だ。自分が村長に信用されているとは思わなかった。


村長はちょっと照れたように咳払いした。


「リオ、この体は元々のイーヴの体ではないことは知っているな?」


リオは頷く。


「この体は私の体の複製だが、邪悪なものが含まれている。従って、人間の負の感情、憎悪、嫉妬、絶望、悪意などの感情を吸収してしまうのだ。人間の負の感情を吸収すると、この体に変化が起こる。それがイーヴには大きな負担なのだ」


イーヴは相変わらず苦しそうに呻いている。


リオは『負の感情』を取り除くことは出来ないかと考える。


人間で言う、ストレスが溜まっている状態の重症版みたいな感じなのかな?そしたら、やっぱり手始めにマッサージが良いのではないかと思う。


手に殺菌魔法をかけて触診すると、特定の箇所の筋肉が凝っている訳ではないようだ。


でも、頭から爪先まで、全身に少しずつ魔法を流し、血流を良くしてみる。全身の筋肉もリラックスできるような魔法を流し、心の中で「イーヴさんを苦しめている悪い感情が無くなりますように」と祈る。イメージはマインドフルネス。瞑想で気持ちを落着け、悪い感情を浄化するのだ。


マッサージ魔法で気持ち良さそうにウトウトしていたイーヴの体が淡く光った。光が消えた時にはイーヴは熟睡していた。


村長は優しくイーヴの頬に触れ


「こんなに安らかに眠っているのは久しぶりだ」


と呟いた。


「溜まっていた負の感情も減ったようだ。お前は我が力を与えたのに、我が出来ない技を使う。助かった。礼を言う。これからも定期的に浄化してくれるか?」


と村長から言われてリオは恐縮してしまう。


「・・い、いえ、そんな。村長から頂いた力のおかげです。勿論私で良かったら喜んでいつでも治療させて頂きます」


村長は面白そうにリオを見ると、軽く微笑んだ。


「お前は稀有な資質を持っている」


もう一度イーヴが眠っていることを確認して、二人はレオンが待つ部屋に戻った。


「リオ!大丈夫か?」

「あ、はい、大丈夫です」

「イーヴの体調が悪かったので、リオに診てもらっただけだ」

「イーヴの?」


レオンが物問いたげにリオを見るが「守秘義務があるからごめんね」と謝ると、苦笑いして「ああ、分かっている」とリオの頭を撫でた。


その間に村長はお茶を淹れていたらしい。カチャカチャと三人分のティーカップがテーブルに並べられた。


「あ、ありがとうございます」


イーヴの治療が終わったので、すぐに帰されると思っていたレオンとリオは驚いた。


黙ってお茶を飲んでいた村長が口を開く。


「リオの治療は非常に興味深い。あの少年の治療はどのような考えに基づいて行ったのだ?」


リオは白血病の説明をして、造血幹細胞移植を行うために彼の髪の毛のDNAから造血幹細胞を作ったと伝える。


村長はリオのやり方が予想外だったようだ。


「DNAというのは我らの言葉で言う『芽』のことであろう?髪の毛にもDNAが存在することを我は知らなかった。我らの常識では『芽』は血肉にしか存在しない」


そうなんだ。神様界ではDNAのことを『芽』って呼ぶのね。なんか新鮮だわ。


「爪にもDNAは含まれるんですよ」


というと村長は純粋に驚いた顔をした。なんか少年みたいな顔になって可愛い。


「リオの知識には驚かされる」


と村長が言うとレオンがドヤ顔で


「その通りです。私も初めて会った時から驚かされっぱなしです」


と自慢する。


「ポレモスが脅威に感じているのはその知識と能力かもしれんな」


と村長が言うとレオンは不安げな表情を浮かべた。


「シュヴァルツ大公の治療の時もリオの護衛で来て下さると伺っています。本当にありがとうございます」


とレオンが丁寧に頭を下げる。


村長は気にするなと言い、魔王復活に関する続報があるかを尋ねた。


「残念ながら何も・・」


レオンの言葉に村長は少しガッカリしたように見える。


村長にとって一番の懸念事項が魔王復活なのだろう。まあ、無理もないか。魔王が復活したらこの世界の秩序がどうなるか分からない。帝国が魔王を味方につけたら、フォンテーヌは確実に侵略されてしまうだろう。


申し訳なさそうなレオンに「まあいい・・気にするな」と村長は言葉を続けた。


「フォンテーヌの雰囲気は間違いなく良くなった。人心が心地良い。自分さえ良ければ、という利己的な欲が減ったように思う」


「本当ですかっ!?嬉しいです。ね?レオン様?」


自分が住んでいる国を褒められるとやっぱり嬉しい。


「逆にコズイレフ帝国の人間は悪くなるばかりだ。イーヴにも良くない。いっそフォンテーヌ王国へ移ろうかと思うこともある」


リオとレオンは呆気に取られた。


「・・・それはっ!?トリスタン国王は栄誉なことだと喜ぶと思いますが・・・。村全体を、ということでしょうか?」


「いや冗談だ。本気ではない。村人は百人以上いる。全員をただ養うのは易しいことではない」


(神様も冗談を言うんだ?)


村長の意外な側面を見た気がする。リオはこれまで考えていたことを思い切って尋ねてみた。


「・・・あの、セイレーンの村人の皆さんは人間に混じって働いて生活しようという気持ちはないのですか?」


「常に理不尽に狙われてきたセイレーンだ。人間が恐ろしくて村の外に出ようと思うものはいないだろう」


村長の言葉は冷笑的に聞こえる。


(そっか・・・。やっぱりセイレーンと他の人たちの共存は難しいのかな・・)


「セイレーンは我に一番近い『芽』を入れた。本来ならオリジナル・セイレーンに一番近い種族がこの世界でどう生きるかも一つの研究知見になるはずなんだが・・あいにくこの四万年ほど、人間はセイレーンを悪用しようとするものばかりだった。セイレーンは理不尽に利用され、虐待されてきた歴史がある」


レオンがすかさず質問を重ねる。


「四万年前に何があったんですか?」


「人間が知る必要はない」


しかし、レオンは諦めない。


「オリジナル・セイレーンというのが村長やポレモスの種族ですか?」


レオンの質問に村長が一瞬固まった。


しかし、溜息をついて頷いた。


レオンは勢いづく。


「セイレーンが一番村長に近い『芽』を植えられたということは、村長に近くない『芽』を植えられた種族もいるわけですよね?」


村長は苦笑いしながら、はぁーっと溜息をついた。


「お前の知的好奇心には完敗だ。このことは他言無用だ。いいな?」


レオンとリオはコクコクと頷いた。


「四万年前、世界を創るにあたって、我らは『芽』を幾つかの種族に植え付けた。例えば人間だ。それまでお前達の言葉で、猿人、原人、旧人と呼ばれる者達が存在し、長い時間をかけて少しずつ進化していた。我は彼らに『芽』を与えた。それにより、彼らは急激に進化した。リオが居た世界の言葉を借りると、『新人』あるいは『クロマニョン人』と呼ばれる」


(おぉ、突然懐かしい言葉が出てきた。学校で習ったな。・・・クロマニョン人は現代人の祖じゃなかったっけ?)


「リオの居た世界では、我の『芽』は一種類のみ。魔法や寿命などのセイレーンの要素は全て除外し、人間以外に我の『芽』を植えられた種族はいない」


なるほど。


「この世界は『混沌』つまり『何でもあり』だ。人間には『寿命』の要素を除外し、『魔法』の要素を多少入れた。他にも『芽』を植えられた種族がいる。例えば、獣人は我の『芽』ではないが他のオリジナル・セイレーンの『芽』が入っている。彼らは元猿人ではなく、狼や他の動物が『芽』のせいで進化した種族だ。そして、先ほども言ったようにこの世界のセイレーン種族には我の『寿命』と『魔法』に近い要素を入れた」


「寿命というか、永遠の命ということですね」


というレオンの言葉に村長は首を振る。


「お前達は勘違いしている。我らは不老不死ではない。我らにも寿命はある」


えええええ?ちょっとそれは世紀最大の驚きだ。四万年以上生きていて、寿命があるの?


「リオ、お前の世界で一番寿命が短い生き物はなんだ?」


突然村長に聞かれても分からない。iPadが目に入ったので検索してもいいか許可をもらってググってみる。


「一番寿命が短い生物」でググると、蜻蛉が出てきた。


「蜻蛉の寿命は二十四時間で、一番短いそうです」


勢いこんで言うリオに村長は更に指示を出す。


「お前達人間の寿命と比べて見ろ。蜻蛉の目から見たらお前達は何倍の寿命を生きる?」


えーっと、平均寿命って今どれくらいかな?七十年で計算してもいいかな。蜻蛉の一生を二十四時間=一日とすると、一年で365倍。それの七十倍、でいいのかな?


とiPadの計算機機能を使って、計算する。


「25550倍・・・です」


「それを人間の目から見たセイレーンの寿命に当てはめてみろ」


リオの頭が混乱して来たので、レオンが引き継ぐ。


「同じ比率を当てはめてみると、人間の目から見てセイレーンは約178万8500年生きられるのか・・・・?」


呆然とレオンが呟いた。


いや、それはもう永遠の命って言っても大丈夫だよ、と心の中で突っ込む。


村長は事もなげに


「もう少し寿命は長いかもしれんな・・・」


と呟いている。


(何ですと!?)


以前どこかで村長が「五十年なんて一瞬」って言っていたけど、本当だな・・・。時間のスケールが違い過ぎて頭が痛くなってきた。


「だから、永遠の命ではないが人間と比較すると長い寿命を得たのがセイレーンだ」


(いや・・・限りなく永遠に近いよ・・・)


レオンも何だか頭を抱えている。


村長は相変わらずマイペースでリオたちの様子などお構いなしに話を続ける。


「我を憎悪しているポレモスもオリジナル・セイレーンだ。奴が動物を『芽』で進化させる者であった。ただ、ポレモスが最初に『芽』を植えた生き物が厄介でな・・・」


レオンが「何の生き物ですか?」と尋ねる。


「蛇だ」


「蛇・・・ですか?」


村長がこんなにあからさまに悔しそうな顔をするのを初めてみる。


「四万年前にポレモスばかりか、我をもたばかった」


「蛇がポレモスや村長を謀ったと・・・?」


リオの質問に村長はハッと我に返った。


「いや、要らぬことを言った。人間が知る必要はない。ただ、蛇は地を這い、どこにでも現れる。狡猾でどこに潜んでいるか分からぬ。蛇を見かけたらすぐに我に知らせよ」


「分かりました」


とレオンは言い、二人で村長に再度お礼を言う。


村長はまた指一つで公爵邸にリオたちを転移させてくれた。


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