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…………




「アレクシア、大丈夫か」


アレクシアが今一緒にいるのは、ハトコのライドルトだった。

心配そうな顔をしている。


怪我を治すのに少しは動いた方がいいとライドルトがアレクシアを散歩に連れ出し、2人は公爵家の庭にある石畳の並木道を歩いているのだった。


そんな中、アレクシアは上の空でぼうっとして返事をするのを暫く忘れてしまっていたらしい。



「あ、うん。大丈夫」


「ならいいけど。で、お前さ、毎日王宮通ってるらしいじゃん」


「……まあ、そうだね」


「あの王子の様子見てるわけ」


「………………そうだね」


「庇われちゃったら責任感じないわけにもいかないだろうけど、何というか、自分を責めすぎるな」


「……」



アレクシアは静かな顔で前を見て歩いているが、ライドルトは歩きながら空を仰いでいた。

何気なさを装っているが、彼の声はいつもより数段慎重だった。


何人も血を流しているのを目の前で見て自らも怪我を負い、何より選ばれた王位継承者を窮地に立たせてしまったアレクシアに気を遣っているのが嫌でもわかる。




「それから俺……その時、間に合わなくてごめん」


「ううん。ライドルトが謝ることじゃないよ。出しゃばった私が悪いんだから」


「いや……」


ライドルトは、大きな声でそれは違うと言えないようだった。


それもそうだ。

元凶はオズワルドでも、アレクシアが丸腰で無茶をしたが故に次期王が死の淵に追いやられているのだ。

やっとあの日の出来事から落ち着きつつある人々からは、アレクシアの行動を非難する声もちらほら上がっている。

リナリーを庇いたいがための行動だったが、結果的にそう受け取られる事になってしまったことに、アレクシア自身、異存はなかった。


もはや、周りが何を噂していようと、人が国の将来を憂いていようと、皆が第二王子派の処遇について囁き合っていようと、何でもよかった。

アレクシアは本音のところで、今やそんなもの全てどうでもよいと思っていた。



「でも、私があのまま刺されてればよかったのにとは思うかも」


「は……!?」


「なんてね」



ハッと息をのむライドルトに向かって笑って見せたものの、アレクシアのこの感情はきっと『なんてね』なんて冗談からは程遠い。


人に非難されるのはいいのだ。

人に何と思われようとどうでもいいのだ。

ただ、少し気を抜くと考えてしまうのだ。


もしアレクシアがノーラントの代わりにオズワルドに殺されてたら、どうなっていただろうと。


冷たく遠ざけ続けたアレクシアが最後にオズワルドに殺されたのでも見て、少しは後悔してみろとノーラントに叫んでやりたいような、そんな意地の悪い心がアレクシアの中で鎌首をもたげてしまうのだ。


きっと、今そうなっていないからこんなことを思えるのだろうけど、それでも想像せずにはいられなかった。


もしアレクシアがノーラントの目の前で死んでいたら、ノーラントは後悔してただろうか。

こんなことになるならば、最初からアレクシアに計画を打ち明けていればよかったのではないかと声を上げて泣いただろうか。

結局守り切れなかったと奥歯を噛み、湧き上がってくる激しい感情を燃やすだろうか。



悔やんで悔やんで、悔やみ続ければいいのに。

かけられた呪いのように、一生忘れられなければいいのに。


……今の私みたいに。



アレクシアは小さく目を伏せた。

誰にも気づかれないような小さな動きだったが、ライドルトはそれを視界の端に捕らえていた。



敢えて無視することだってできたが、彼は歩道にあった小石をコツンと蹴って、何でもない話を切り出す時のように何でもない声でアレクシアに問いかけた。



「前さ、決闘した時に勝ったら一つお願い聞いてくれる、って俺言ったよね」


「うん、言ってたね」


「お願いあるんだけど」


「今更だね。なに?」


「聞いてくれるの」


「まあ、できることなら」






「ならさ、お前がもう無理、ってなる前にちゃんと俺に教えて」


「……無理?」


「あのまま刺されてればよかったとか本気で言いだす前に俺に言えってこと」


長年アレクシアの傍にいたハトコは、アレクシアがいつの時より危なげで、破裂しそうで、思い詰めて、壊れそうだとでも思ったのだろうか。

ライドルトの眼に映るアレクシアは、朧気で儚くて今にも崩れ落ちそうに見えているのかもしれない。


似ているかもしれないが、少し違う。

アレクシアは、彼が予想した感情とは別の物を溢れさせて溺れている。

だが、それを詳しく話す気にもなれないし、胸の内に募らせた苛立ちをこの優しい人に晒すこともしたくなかった。




「そんなこと、まさか本気でなんて言わないよ。大丈夫、大丈夫」


「……ならいいけどね」


心配性だなあとばかりに笑うアレクシアに、ライドルトは一応は納得したように頷いた。



「でも、もし、もしも今私がもう無理って言ったら、ライドルトはどうするの?」


「アレクシアはどうしたい?全部放り出して、どこか知らない国とか行きたい?それでもいいよ。で、適当に狩人にでもなるかな」


「ははっ。そんなことはできないだろうけどね」


「顔隠して船にでも乗れば簡単だろ」


「……そうかな」


「ポチも連れてく?まあ、あいつはのんびり屋だから猟犬にはなれないけど」


「はは……」


「別に狩人でなくても、お前一人くらいどこの国でも養えるし。だからお前は家でゆっくり団子でも作って待っててくれたらいいよ」


「……」



無言のアレクシアが唇を結んだまま足を止めたので、ライドルトが申し訳なさそうにその顔を覗き込んだ。



「まあそういうことだからさ、もし何かあってもお前には逃げ場あるから」



そう掠れた声で言って、ぱっとアレクシアから目を逸らしたライドルトは前を歩きだした。

何も言わないアレクシアに顔を見せないまま、ライドルトはスタスタ進んで行く。


駆け足で追い付くこともせず、アレクシアはライドルトとの距離を保って歩いた。



アレクシアの前に見えるライドルトの背中はいつもと同じ。

仲の良い兄の背中。



暫くそのまま進んでいたら、「もう帰ろうか」とわざとらしく明るい声のライドルトに呼びかけられた。







ライドルトはいつもアレクシアにとって、強くて大雑把で優しくて頼れる兄妹。

正義感が強くて、でも適当で面倒見のいいハトコ。

勉強が嫌いで背が高くて、楽天的な親戚。


そんな彼はいつも心配してくれて、アレクシアを気に掛けてくれていた。



……だから、悪くないのかもしれない。


彼が言うように、ここではないどこか遠くへ消えてしまうのは。

何もかも忘れて、何もかも捨てて逃げてしまうのは。


婚約者なんて肩書も過去も、公爵家の跡取りなんて鬱陶しい責任も、ゴミのように丸めて燃やしてしまおうか。

燃やせばきっと、灰のように軽くなってどこへでも行ける。

煙のように行方も知られず消えて無くなれる。




なんて。

そんな風に考えて。

本気でする気もないのにそんなことを考えて。














そのまま一日が終わると思ったその夜、王宮から火急の使者が来た。


その使者が青い顔で伝えてきたのはノーラントが死んだという知らせだった。




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