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オズワルド2

暴力表現があります、ご注意お願いします。苦手な方は避けてください。




「オズワルド様」


声を張り上げたが、オズワルドはアレクシアの声ごと存在を無視した。

彼を止めようと息巻くものの何もできないその他大勢と同じように無視した。

想定内だ。


しかし想定外だったのは、視界の端でノーラントがぎょっとしたのが目に入ったことだ。

リナリーが痛そうな悲鳴を上げている時は、唇を噛んで拳を握って黙っているだけだったのに、アレクシアが突然立ち上がったのはそんなに驚くことだったのだろうか。


些細な想定外だ。そんなことどうでもいい。

誰に驚かれようとも、誰に無視されようとも、声が届かなくとも力がなくともそんなことどうでもよかった。


ただ、血を流したリナリーという目の前の光景に抗いたい一心だった。


リナリーはアレクシアと違って愛されている。リナリーは好きな人と幸せになれる。

私の分まで彼と幸せになってほしい。

そして私の分まで彼を幸せにしてあげて欲しい。

なんて言ったらまだノーラントに未練があるように聞こえるだろうか。

聞こえたのなら、まあそれでもいい。



アレクシアは一歩前に出た。

舞台上のオズワルドを見上げる。


何歩も進んで、青いマントを煩わしそうにはねのけたオズワルドの怪訝な視線と、アレクシアの視線がようやくぶつかる。

冷たく上から下へ投げられる視線と、熱く下から上へと送られる視線。


一度こんな事を始めてしまったオズワルドを容易に止められるとは思わない。状況を悪化させてしまう可能性も否めない。


「一言言わせてください」


だがアレクシアは、オズワルドの暴挙に抵抗しようとする自分を止めることもできなかった。



「私、エルゼ様のことを知っているんです」


アレクシアは静かに言った。


はったりだった。


あれからライドルトが思い出して名前を教えてくれた。調べたら彼女について何も分からないということが分かった。

彼女はどこかの辺境の伯爵家の娘ということになっていて、どこかの学園に籍があるということになっていた。

エルゼとオズワルドの馴れ初めも、彼らの過去もこれからの展望も、勿論分からなかった。

ただ一つ、これだけは分かった。


「エルゼ様はあなたの大切な人ですよね」


エルゼはオズワルドの大切な存在だ。

ノーラントにとってのリナリーのように。


彼女は多分、この国からは遠い誰も知らない何処かにいて、オズワルド一人だけの大切な宝物のように守られて暮らしている。

きっとオズワルドはこんな王位継承争いに、エルゼを一片たりとも巻き込みたくなかったのだろう。

自分がしていることが報復のようにエルゼに降りかかることだけは想像もしたくなかったのだろう。

そしてきっと、自分がしていることをエルゼにだけは知られたくなかったのだろう。


「エルゼ様の居場所も知っています」


ならばきっと、彼女の名前を出せばオズワルドが怯むこともあるかもしれない。

説得できる可能性も残されているかもしれない。そう考えたアレクシアの最大のあがきだった。



表情を崩さずアレクシアを見つめるオズワルドは精巧な石像のようだった。

アレクシアの視界の中で動くのは、誰かに呼びかけるように更に大きな声を上げ始めたリナリーと、彼女から落ちる赤い液体だけ。



リナリーが壊れた楽器のような叫びを上げているのを遠くで聞いて幾らか時が経った後、オズワルドが口を開いた。


「アレクシア。君って妙にうっとおしい時があるよね……だから僕、君のことは昔から嫌いだったんだよね」



「……今は、本当に、もっと、無理」


オズワルドは地面を這う影のように不気味な目でアレクシアを凝視した。

地面が小刻みに揺れるような低い声が聞こえる。


耳元で。

地面が揺れたと思ったのは自分の鼓膜が揺れたからだったのだ、とアレクシアが思った時にはもう既に彼女はオズワルドの腕の中にいた。

舞台を背に、アレクシアはオズワルドの腕に囲われていた。



「ねえ、アレクシア。お前ごときが、エルゼのことをどこで嗅ぎ付けた……?」


アレクシアは答えない。オズワルドの肩越しに見える彼の影が震える。

ユラユラと炙られるように、ザワザワと蠢くように。



「お前ごときが、何故エルゼのことを知ってる……?」

「もしかして、エルゼに会ったんじゃないだろうな……?」

「エルゼの姿を見たか……?」

「エルゼに、何か言ったのか……?」




「他に誰が知っている?早く言え、知っている奴は全て殺してやる!」


目の前にいるのは、昔から知っている元婚約者の従弟ではない。

アレクシアが知る彼は少しばかり野心家で、少しばかり我が強くて、でも少し儚くも見えた。お喋りな癖に、何を考えているか分からなかったので彼の笑顔はあまり好きではなかったが、社交的で努力家だったことをずっと昔から知っている。

彼のことは認めていた。

仲は良くはなかったが、アレクシアやノーラントと同じ特殊な境遇で育ってきたのだ。

他の人には抱かない感情を彼に対して持っていた。理解者のような。同士のような。好敵手のような。

だが、目の前にいるのはその誰でもなかった。

激昂して、何も分からなくなった獣のような王子の成れの果て。



「リナリーは、貴方にとってのエルゼと同じくらい大切な人です。貴方は躊躇いなくリナリーにそんなことをしているけど、それならエルゼが同じ目にあっても貴方は笑っていられる覚悟はありますか」



「待て、やめろ……」


走って叫んで悲痛な声で、そうアレクシアに言ったのは誰だっただろうか。

懐かしい声だった。泣きそうになるくらい懐かしい声だった。

だがその声は、オズワルドの混乱して激高した声にあっという間にかき消された。


「これは僕の業だ、エルゼは関係ない!」


「リナリーだって、関係ない!」


叫んだアレクシアの視界が大きくグラついた。

右肩にナイフが刺さっていた。

視覚は痛みよりも早くナイフを認知した。目の前にはオズワルドの青白い顔があった。


遅れてきた痛みを我慢して涙を止めている余裕はなかった。魔法で応戦する余裕もなかった。

アレクシアは涙が流れるままに唸り、痛む肩が求めるままに庇った。

それでも、恐れの前に躍り出た本能が叫んだ。

間際まで、できる限り抗えと。この男の弱い部分を抉ってやれと。


「ッ、こうやって王位継承権を得ようとしていることだって、全部全部エルゼには隠してるんでしょう!言えないんでしょう、言えないことだって分かってるんでしょう!誰かの大事な人を簡単に傷つけられることがばれれば、エルゼは貴方にもう笑いかけてくれないかもしれない!」


「これはエルゼの為なんだ、エルゼは分かってくれる!

……君と話すのは本当に苛々する!」




「アレクシア!」


さっきと同じ、懐かしい懐かしい声。

首目掛けて振り下ろされたナイフを目の前に覚悟をしたアレクシアは、最後に聞けたのがこの声でよかったと素直に目を閉じた。

逃げはしない。逃げても追われて刺されるだけだ。


死ぬときなど本当にあっけない。

浅知恵でオズワルドを下手に刺激してしまったせいで、何の意味もなくポンと殺される。

誰かに惜しまれる暇もなく、一息に。






もう息をする必要などないと思ったが、アレクシアの体は呼吸を続けることを要求した。


しかし、それからは何が起こったかよく覚えていない。


誰かにもう一度名前を呼ばれて目を見開いたら、アレクシアの大切な思い出の中にある瞳の色と髪の色と同じ色が視界いっぱいに広がった。

孤独な夜に浮かぶ月のような静かな銀色と、強い意志を燃やすような激しい赤い色。

脳は目の前で起こることを処理する能力を手放して、アレクシアの体は巻き付いた二本の腕に身を任せていた。


抱きしめられていた、誰に?

もう忘れた。思い出したくはない。

信じられない。信じたくない。


それからは、全て自分に起こったことではないと心が拒否する。


足音と叫び声と泣き声と悲鳴と怒声と鉄が触れ合う音と何かが壊れる音と何かが叩きつけられる音。


雑音が頭にガンガン流れ込んでくる中、強く抱きしめられた腕の間でアレクシアの耳が拾ったオズワルドの最後の言葉は、彼が我を忘れるくらい大切な人の名前だった。

謝っていた。そして、もう一度だけ会いたいと願っていた。


だが彼は願っただけで会いには行かなかったようだ。

行かなかったのかそれとも、もう魔法を使うことができなくて会いに行けなかったのだろうか。


目の前のもう一つの体も苦しそうに崩れ落ちた。

アレクシアを庇っていた彼が瞼を閉じる前の最後の言葉はなんだっただろう。

彼は何か願い、何かを伝えようとしただろうか。

もう思い出せない。

思い出したらまた泣いて、アレクシアはきっと前にも後ろにも進めなくなる、そんな気がした。




アレクシアの視界は真ん中の赤い染み以外は空白だった。

茫然と座り込んでいるアレクシアは、それを目に映すことさえ億劫で瞼をゆっくり閉じた。





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