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オズワルド

(暴力表現があります。ご注意お願いします。少しでも苦手な方は避けてください!)




「婚約破棄をして欲しいなどとは、もう言うな」


アレクシアの目の前に立っている彼の声で、誰かがそう言った気がした。

だがそれは銃の声に煙のようにかき消された。







会場は悲鳴で膨れ上がり、人が慌てふためいて逃げようとする。こけて転がるように椅子の隙間に身を隠す。

先程までの賑やかな雰囲気は一転した。会場は一気に混乱し、そして混乱が吸い込まれるように終息すると、空気はキンと耳鳴りがするような張りつめたものになった。


アレクシアは身を低くし、客席の椅子の間に咄嗟にその身を滑り込ませていた。

ノーラントも一列前の椅子の間に身を隠したようだ。

何が起こったのか把握はまだできていない。





アレクシアがしばらく頭を低く体を隠しているとぱたりと銃声が収まった。

会場の圧迫された空気の中、アレクシアは真っ白な舞台上に一人の男が何人かを後ろに従えて現れたのを見た。彼らを守るように銃を持った者たちが集まってくる。


何もなかったところに一瞬で現れた一人の男。

そんな魔法が使えるのはあの男しかいない。





「ノーラント、王位継承おめでとう」


静まり返った会場に向かってにこやかに手を叩きながら言ったのは、オズワルドだった。

金糸のように艶のある髪と、碧の宝石のように光る眼。

いつもは美しいと褒め称えられる彼の容姿も、今は限りなく不吉なものに見える。

不吉なまでに怪しく輝いて、何よりも不穏に艶めかしい。


「なんて、全く思えないんだ」

ぱっと手を叩くのを止めて、唇を歪ませたオズワルドが笑った。


「ねえ、ノーラント。今から君の王位継承権をかけて僕と決闘しようよ」


呼びかけられてゆっくり立ち上がったノーラントはそれを拒否した。

勿論ノーラントの返事を聞くまでもなくそれは明白で、オズワルド自身もその質問は無意味で無価値なものだと思っているようだった。


「そうだよね」

肩をすくめたオズワルドは舌をちょっと出して、消えた。


そして一瞬よりも僅かな時間でオズワルドが再度舞台上に現れた時には、その隣に驚愕の表情を浮かべるリナリーがいた。


彼女も銃声に驚いて、知り合いらと共に物陰に隠れていたはずだ。

立つオズワルドと彼の後ろに立つ第二王子派の者たちは、まるで檻か何かのようにリナリーを囲んでいる。


オズワルドはただの瞬間移動だけでなく、触れるものを問答無用で自分と共に移動させることができる能力を持っている。

リナリーの近くに転移した彼はリナリーに触れ、そのまま彼女を連れて舞台上に戻ってきたのだろう。




「ふふ。リナリー、雑なエスコート許してね」


リナリーに小さく礼をしたオズワルドは優雅に笑った。

にこっと首を傾げたオズワルドに、リナリーは訳が分からないと言うように首を少し傾けようとする。


が、引っ張られたリナリーの首が勢い良く揺れた。

驚いた彼女は咄嗟にオズワルドの手を掴もうとしたが、空振りに終わる。


引き摺られたリナリーの体はオズワルドの笑顔の前から姿を消し、突然宙に浮いた。

彼女は蔦のように捻じれ、蛇のようにとぐろを巻く銀の鎖に巻かれ身動きできないままに空中に磔にされていた。


まるで意志を持っているかのように揺らめいて、しかし慈悲などないかのようにリナリーを拘束した冷たい鎖。

アレクシアはあれを何回か見たことがある。

あれはアメリアの魔法だ。彼女は鎖を出現させ、操る魔法が使える。

人を拘束するのも、窒息死させるのもあの鎖はアメリアの意のままだ。

そのアメリアはオズワルドの後ろで腕組むように自分の体を抱きしめながら、リナリーを締め上げていた。


呻いたリナリーが下に降ろすようにオズワルドに向かって叫ぶが、オズワルドには彼女の懇願はまるで届いていないようだった。

窓の外の雨か風の音でも聞いているような顔をしている。気にも留めていない。


「だからこれから、ノーラント、君に理不尽な要求を突きつけようと思う」


笑顔のオズワルドは舞台の端まで歩いてくる。

リナリーを開放するように低く唸るノーラントを無視して、オズワルドは話し出した。




「僕はある日理解したんだ。誰かに選んでもらう今回の方法では僕は絶対に王位継承者に選ばれない。僕はいくら頑張っても僕より万遍なく優秀な君には多分勝てない。いつも僕より多数を味方につける君には勝てない。こんなことをしてまで王位に執着してしまうような僕では多分勝てない。最終的に決断を下すのがあの女王なら多分僕は勝てない」


オズワルドから答えを求めるような視線を投げられたノーラントは首を横に振った。

一方的に押し付けられる優秀の肩書を否定するだけでなく、オズワルドの劣等感に抵抗するだけでなく、女王の決定を二人の人生ごと否定してやり直しを迫るオズワルドの暴挙も含めて全てを拒否しているのだろう。


「でも、生き残った方が王になるんだったらどうだろう。……純粋な力だけなら……決着が強さだけで着くなら、ああ、きっと天才の僕が勝つ」


眉間にしわを寄せたノーラントは首を縦にも横にも振らなかった。

無視することにしたのかもしれない。あるいは天から授かった才能である魔法を使われればオズワルドに勝てない可能性が濃いことを否定できなかったのだろうか。


「だからね、僕はずっと前から決めていたよ。君に王位継承権が渡っても、僕は自分の運命を絶対最後まで諦めてやらないってね」


もしオズワルドが正当にノーラントを殺せる場を手に入れたのなら、オズワルドはノーラントを躊躇いなく殺す。

ノーラントは強い。だが空間転移を最初から全開で使う気でいるオズワルドと対面して、果たして勝機はどれほどあるのだろう。


オズワルド、彼に追われたらほぼ逃げられないだろうし、逃げた彼を捕まえるのはほぼ不可能だ。

そして消えたオズワルドに攻撃は当たらないし、現れたオズワルドの攻撃を避けるのは非常に難しいだろう。


ノーラントは多分、死なずにあのオズワルドに勝つことはできない。







「僕の手の届くところに君の大事なリナリーがいる意味分かるよね?僕がなにを言いたいか分かるよね?優秀な君なら分かるよね」


ザクリザクリザクリ



どこからともなくヒョイとナイフを出したオズワルドは、リナリーのドレスのスカートを裂いた。躊躇いなどなく、いとも簡単に。

高級なドレスが裂かれ、将来の王妃の右足が剥き出しになったことに何処かの貴婦人が叫び声をあげ、伏せて椅子と一体化して気配を消していた客がざわめいた。




「ねえ、ノーラント。僕はあくまで神聖な決闘を申し込んでいるんだよ。正々堂々、どちらかが死んだら終わり。戦争を起こさなかっただけ僕は優しいし、君を暗殺しなかっただけ僕は賢いよ」


オズワルドは唇の端を上げたままナイフを弄んでいる。

静かに動いたノーラントは冷ややかな声でオズワルドを威嚇した。

神聖な決闘とやらにたどり着く前に神聖さや誠実さを欠いていることも、オズワルドがノーラントを殺せたとしても卑怯で理不尽な王にしかなれないことも、果たしてそれを王と呼べるのかということを問うても、それらは振り切れたオズワルドに対してはまるで意味をなさない説得だった。



「少なくとも第二王子派はみんな喜んで僕を王と呼んでくれるだろうね。

それに、卑怯な王に勝てないからって戦いを放棄するような臆病な王様がいるなら、いい勝負かもねぇ」


わざとらしくくすくす笑うオズワルドと、一切の感情を殺したノーラントは黙って睨みあっていた。



その傍らで、騎士団はじりとオズワルドに向けて剣を構えた。

守るべき対象だった第二王子と彼の後ろに付き従う者たちは今、王位継承者と敵対する勢力となった。剣を向ける対象となった。


しかし剣を構えた騎士団も腕に覚えのある勇敢な者たちも、絡めとられた将来の王妃を盾に牽制されれば踏みとどまるしかなかった。


「その瞬間に将来の王妃様は一生帰してあげないから。こんな風に」


オズワルドが一瞬消え、騎士団の指揮官が一瞬でその場から姿を消した。

指揮官をどこかに捨て終わって帰ってきたオズワルドの、三日月のように曲がった瞳に怯んだように踏み留まった残りの騎士団は、その場に固まる。

北の辺境ならまだしも、大海原の上で手を離されたのかもしれないし煮える火山口に落とされたのかもしれない。

機会を窺いながら歯ぎしりをすることを強いられた騎士団の反応に、オズワルドは冷たい笑みを零す。



「ノーラント。その顔は、まだただの脅しじゃないかって思ってるね?あーあ。僕は悲しいよ。君がグズグズ決断できない所為でリナリーを傷つけなきゃいけない。状況判断を誤った君の所為で」


オズワルドは口の端を吊り上げて赤く笑った。

そして低く笑い終わる前に、オズワルドは持っていたナイフをくるりと手の中で回すと、鋭く尖ったその先をがっちりと固定されているリナリーの太ももの中心に突き立てた。






リナリーが悲鳴を上げた。


そして痛みから逃れようとのたうつ。しかし鎖で巻かれたリナリーの体はほとんど動かせない。

自由になるものは口だけだと悟ったリナリーは、堪え、耐えたが痛みが限界に達したのか火が付いたように泣き出した。

普段の彼女の姿からはおよそ想像のつかないような泣き方だった。まるで人を煽るように泣く。


リナリーの喚き声に応じたからなのか、それとも最初からリナリーの声には何の感情も抱かないからなのか、全く戸惑いなくオズワルドはナイフを更に奥に押した。


リナリーの顔が苦痛に崩れる。舌がめくれ上がるような叫び声が会場にこだまする。

差し込まれたナイフの根元から血が湧き出るように溢れ出してくる。




作り物のお芝居でも見せられているのではないかと錯覚するほど現実離れした場面だった。

大げさなほどに血は赤く、ナイフが刺さったリナリーの脚は違和感があるほど誇張されて生々しい。

少なくともアレクシアにはそう見えた。



よく知る人間のうちの一人が刺し、よく知る人間のうちの一人が刺される。

よく知る人間のうちの一人が叫び、よく知る人間のうちの一人が催促する。


よく知る人間のうちの一人が再度、催促する。


「さ、ノーラント。君は大好きなリナリーの体に傷がつくのを許せるような強い人間じゃないだろう?早くみんなの前で宣言して。王位継承権を懸けて決闘すると」




オズワルドは彼を説得しようと試みる騎士たちを虫のように払い、ノーラントだけに向けて口を開く。


「早く。君が早くしないなら次は腕」


ノーラントが黙ったままなのを一瞥して、彼の答えを待たず取り出した二本目のナイフをリナリーの右腕に突き立てた。



苛々してきた様子のオズワルドは、突き立てたナイフを引き抜いて、再び少しずれた個所に刺す。

リナリーの真っ赤な血が噴き出た。

いつも身だしなみには人一倍気を使う印象があったオズワルドは、今日だけは返り血を浴びて真っ赤になるのも構わないようだった。




「あーあ。早くしないと、彼女の右腕が使い物にならなくなっちゃうよ。

あれ……もう、遅いかな?」




真っ赤になった手で髪をかき上げながら苛立だしげにノーラントだけに視線を送るオズワルド。

血の滴るリナリーの泣き声。










全身の血液が凍る。全身の毛が逆立つ。

アレクシアはようやく、目の前の光景は今起こっている事実で将来に繋がっている現実なのだと認めた。


身を裂かれるような痛みを感じる。

視覚を伝達する神経が痛い。吐きそうになるほど痛い。

空気の吸い方が分からないほど痛い。

リナリーが痛がってる。アレクシアでこんなに辛いのだから、ノーラントはもっと痛いだろう。



アレクシアは自分でも気が付かないうちに立ち上がっていた。





レビューありがとうございました。

頑張って完結はできるるようにします(>_<)

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