アメリアのお茶会2
「そうよね!貴方の家は第一王子派の筆頭格でしょう?じゃあ早速手始めに関係者全員の固有魔法の情報でも…」
「その前に、オズワルド様の状況も教えて欲しいな。やっぱり勝ち目がないのに寝返れないしね」
嬉々として話し出したアメリアを制してアレクシアは笑う。
アメリアはそんなアレクシアの目を一瞬訝しげに見たが、すぐに同じように笑顔を作った。
「勝ち目?ありありの大ありよ。安心して。オズワルドの継承は絶対よ」
「確かにオズワルド様は優秀だけど、その自信には何か秘密でもあるの?」
絶対、という更に強いアメリアの確信の言葉を聞いてアレクシアは首を傾げて見せる。
先程怒涛の勧誘攻撃を受けた時にもこの小さな違和感は感じた。
ノーラントの残念がってる顔が見られる、と言ったアメリアの自信はどこから来るのだろうと疑問に思ったのだ。
「こちらのことは…こちらに任せて、貴方は言うとおりに私たちを手伝ってくれればいいのよ。ね、貴方は第一王子様の哀れな姿を見たいだけでしょう?貴方は自分の復讐のことだけ考えてくれればいいのよ」
アレクシアの疑問には答えようとせず高圧的な口調でそう言って言葉を濁したアメリアに対して、アレクシアの声は穏やかだ。
「そっか。裏切れなんて言うからてっきり第二王子派の仲間に入れてくれるのかなと思ったけど」
「もちろん仲間だと思ってくれて構わないわ。私は貴方の憎しみと言う原動力は信頼しているから。まあ、仲間同士でも全部気軽に話せるわけでもないでしょう。でも勝つためだから分かってくれるわよね?」
「そうなんだ。残念、オズワルド様がどういう戦略を立てているか全部教えてくれたら、私も少しは役に立てたのにな」
アレクシアはそう呟いて自分の足元に視線を落とす。
その横でアメリアは、聞き分けの良い子供をあやすように笑ってアレクシアの手を両手で包んだ。
「気持ちだけで嬉しいわ。でもね、貴方は何も知らなくても十分私たちの助けになるし、私達が勝って貴方も救われ…」
「あ、アメリアたちの役に立ちたいわけじゃなくて、アメリアが私を信頼して全部教えてくれたら、私も少しは第一王子派の役に立てたのに、って意味」
とアレクシアは顔を上げてそのおしゃべりなアメリアに向けて笑ってやる。
ちゃんと嫌味っぽく聞こえただろうか。
あからさまに舐められたのだから少し噛みついてやるくらいいいだろうと思ったアレクシアがわざとらしく微笑むほど、それを理解したアメリアの顔が険しくなっていく。
「第一王子派?あ、貴方、あの王子に復讐がしたいのでしょう?!それならこちらにつくしか…」
「特に復讐なんてしたくないよ」
アメリアは頑張って復讐しろだの裏切れだの物騒な言葉を並べてアレクシアを焚きつけようとしていたが、燃え上がらせることができたのはアメリアたちへの不信感だけだ。
そんな思いを込めて、アメリアを細めた目で眺めた。
「オズワルド様も優秀なんだから、いろいろ考えるより堂々としてた方がいいと思うよ」
そう静かに告げたアレクシアに向けて何か言いたそうにしたアメリアを遮るように、授業終了の鐘が鳴った。
キュッと口を結んだままベンチに座って動かないアメリアを横目で見ながら、アレクシアは立ち上がる。
「もう授業が終わったみたいだね。じゃあ私行くから」
鐘の音を聞きながら、アレクシアは全然読めなかった本を脇に抱えて去って行く。
…アメリアたちはなにか画策していることがあるのだろうか。
どうでもいい、とアレクシアは首を振る。もう自分がどうこうする必要はない。ああは言ったが、特別第一王子派の家の役に立ちたいわけでもないし、オズワルドが何か考えていたとしてもノーラントは自分でどうにかするだろう。
それにもう自分は王位継承争いの当時者ではないのだから、心配する権利も考え巡らす意味もない。
今はただ静かに、そんなものとは無縁の穏やかな場所で過ごしたい。
…
この国の国境のみならず国境という国境を、北に北にいくつも越えた先の林の中、
その林の中にある、すべてが息絶えたように静かで濃い霧が灰のように撒かれた湖畔のほとりにある、何処かの貴族の別荘のような館の中、
その館の中にある完全に止まっていた空気の中、
淡い金色の髪の女性と、艶やかな金髪の男性が突然現れた。
何もなかったところに何の前触れもなく、人が二人現れた。
二人はその館の中の萎びた暖炉の前に何食わぬ顔で立っている。
金色の髪の女性は第二王子の婚約者のアメリアで、その隣の男性は第二王子のオズワルドだった。
王国から何万何千キロと離れたこの館に二人が一瞬にして現れたのは、オズワルドの光魔法、空間転移のおかげだ。
オズワルドはこの稀有な魔法を、人に聞かれたくないような会話や会合をする時にも使っている。
薄暗い館の中に現れたオズワルドは、ぎゅっと強く彼の手を握るアメリアからスッと離れると、そこにあった値の張りそうな肘掛椅子に座って足を組んだ。
その他の座れるスペースといえば向かいの長椅子しかないため、アメリアはそこに座わる。
湿った暗がりの中にある長椅子がアメリアの体重にキシリと小さな音を立てた。
「アメリア」
ひじ掛けに肘をおいて、気だるげに顔を傾けたオズワルドが口を開いた。
アメリアはその声に頷くとスカートのポケットから急いでマッチを取り出し、器用にすり合わせてからオズワルドとアメリアの間にある大きなテーブルに並べられた様々な長さの蝋燭に灯をともしていった。
薄暗い中で二人の顔が右から順に橙色に照らされていく。
霧が濃くて陽の光が入らない館の中からでは今が何時ごろなのか分からないが、夜ではないようだ。
「アメリア、今日はここに来る前に何してたの?」
金色の髪と緑色の目を持っているオズワルドが言った。
従兄であるノーラントのコシのあるストレートの銀髪とは対照的なウェーブがかった金髪を揺らし、ノーラントの燃える色の瞳と正反対の緑に光る瞳を細める。
色彩は対照的だが、全体的に整った造形でノーラントにどことなく似ている。
「アレクシア様をこちら側に引き込もうとしたのよ。でも彼女は使えないわ」
アメリアは頬杖を突きながらブスッとした表情でオズワルドの質問に答える。
何か思い出したのかハアとため息をついた。
「へえ、どうして?」
「どうせ彼女なんて役に立たないわよ。まず裏切る度胸もないみたいだし。あんなことされても泣き寝入りを甘んじて受けるそうよ。私が折角助けてあげようと思ったのに」
「そのことを聞いたんじゃない。どうしてこちらにわざわざ引き込もうとするのか聞いたんだよ。僕はアレクシアのことは放っておけばいいって言っただろう?」
返事と共に一本の蝋燭をふっと吹き消して、オレンジ色の光の中にできた影の中で目を細めて笑うオズワルド。
アメリアは顔を少し傾けて、煙に絡めとられるのが嫌だと言うように顔をしかめる。
「でも、念を入れるのは悪い事じゃないと思って…」
「念の入れ過ぎで余計な警戒されちゃったんじゃない?」
「それは…」
「あーあ。君も使い物にならないね」
オズワルドの緑色の目が三日月のように歪んで、アメリアの丸い湖のような目を見る。
三日月を反射した湖のような目は波紋が広がるように揺れている。
「大丈夫よ…万一勘づかれたところで、貴方の空間転移の魔法を破れる魔法なんて存在しないから大丈夫よ」
「それに警戒させてしまったのはアレクシア様だけだから。アレクシア様は孤立してるしそんなに心配することはないわ」
「そうだね」
「…そうよ。そうよ、本当に。それについては可哀そうなくらいよ。昔の第一王子はアレクシア様のことが大好きな感じだったけど」
なのになんでかしらね、とアメリアは言ってからふうと大きく息を吐いて長椅子の背もたれに体重を預けた。
もう一度大きく息を吐く。
そしてアメリアはそのまま天井を仰ぐ。彼女の金の髪は広がって長椅子の背もたれのうしろにも垂れている。
「まあ昔はね。ノーラントはアレクシアと頑張って仲良くしてたみたいだったけど…あーあ、やっぱり親が勝手に決めた婚約者なんてどう頑張っても愛せないよねぇ」
先程まで静かに足を組んでいたオズワルドが足を組み替えて、顔の前で両手の指を合わせてつまらなさそうに笑う。
アメリアは先ほどと変わらず天井を仰ぐ姿勢のままで、オズワルドを見てはいない。
「貴方も、婚約者の私じゃなくてエルゼのことが大好きだものね」
「婚約者なんて僕やノーラントにとってはただの道具だからね」
「貴方は昔からそう言ってるわよね。ま、私だって王妃になれればなんだって、構わないけど」
乾いたアメリアの声からは何の感情も聞き取れない。
そんな無表情なアメリアの呟きを無視したオズワルドが急に何かを思い出したように声を上げ、先ほどとは変わって少し熱がこもった声でアメリアに問いかける。
「あ…そういえばアメリア、エルゼに茶葉を見繕えって言ったみたいだけど、もうエルゼを使うような真似はしないでね?ただでさえエルゼには遠い異国にいてもらってるし、僕も一日中一緒にいてあげられるわけじゃないし心細い思いをさせているんだから」
「珍しい茶葉を手配してくれるように頼むくらいいいじゃない…
それに心細い思いをさせてる自覚があるなら異国になんて連れて行かずに、こっちで守ってあげればいいのに」
アメリアが首を元の位置に戻し、目の前にいる王子を軽く睨む。
オズワルドは真剣な目でアメリアを睨み返して言い放つ。
「こっちにいて王位継承争いに巻き込まれて万が一のことがあったらどうするの?あのノーラントが何を考えているか分からない以上、彼女がこっちにいるのは危険だろう?エルゼには擦り傷だってつけたくない」
早く王位を継承して彼女を迎えに行きたい、とオズワルドの横顔は呟いていた。
蝋燭のぼんやりと揺れる灯の中で、アメリアは誰にも気取られないように眉を顰める。
「……本当に………」
アメリアのくちびるから漏れ出た蝋燭の細い煙のような言葉は、誰かの耳に届く前に空気に溶けて消えた。