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アメリアのお茶会




「憎いあの第一王子様に復讐してやりましょう」



開けた視界。

温かい日。

綺麗に整備された学園の庭の、大きな噴水の向かい側にある木陰のベンチ。

平和な目の前の景色とは正反対の不穏な単語が横から聞こえてくるのを聞きながら、アレクシアはズズッとお茶を飲んだ。

不思議な味の緑色のお茶だ。



アレクシアの腕のかすり傷のかさぶたもすっかり剥がれて、白い腕が元通りの姿を取り戻した頃。

秋の名残惜しそうな青空が冬の寒空に変わっていく様子が木の隙間から見える今日、アレクシアはアメリアに貰ったお茶を飲んでいた。

授業中だというのに、学園にあるベンチに座って。



いつもは真面目なアレクシアだが、この日は完全に理解してしまっている魔法の授業を欠席し外のベンチで本を読んでいた。

授業中なので周りに人はおらず、とてもいい読書日和の秋の日だ、と思っていたところに、第二王子オズワルドの婚約者であるアメリアが現れた。

彼女も授業を欠席したらしい。

そしてサボり仲間だから一緒に小さなお茶会でもしようと言ったアメリアは、本を抱えたままのアレクシアの返事も待たず、自前の緑色のお茶をアレクシアに勧めたのだった。

それからアメリアは『ちなみにこの紅茶は東の遠い国から取り寄せたの。ええと何て名前だったかしら。煎茶?だったかしらね』と聞いてもいないのに喋る。


まさかお茶に如何わしいことはしないだろうと思ったが、アレクシアは一応アメリアが飲んだのを見てから口をつけた。



そんなことがあって、今に至る。




「アレクシア様。考えてもみなさいよ。あの第一王子様は本当に愛する女性を見つけてさくっと貴方のこと捨てただけに留まらず、貴方に向ける目は冷たいし、酷いことも言うし、扱いだってひどいじゃない。私が貴方の立場だったら憎過ぎて発狂するわ」

「貴方の思いを踏みにじって貴方を裏切った王子様の裏切りには、裏切りで報いを受けさせたらどうかしら」


静かだったアレクシアの周りの空間が一変して騒々しいものになる。

アメリアはよく喋る。

彼女は矢継ぎ早に言葉をまくしたてるので、返事をする隙間があまりない。

沢山話してくれるアメリアはこちらがあまり話さなくてもよいので楽だ、といつもなら考えていたところだろう。

しかし今まで無難な話題で話しかけてきていたアメリアの当たり障りのない顔は、今はもうどこにもない。上品で万人受けする口調も消え失せて、今は土砂崩れでも起きているのではないかと心配するくらいの勢いで、息継ぎもほとんどしないで言葉を発している。



「裏切って、あの第一王子様を後悔させてやりましょうよ。貴方を見下す冷たい王子様の顔が、オズワルドに出し抜かれて愕然とするのを想像してごらんなさいよ。あの王子が欲しがっているものを奪ってやれるなんて最高に心躍る瞬間だと思わない?その未来を想像して強く生きられると思わない?あっという間に未練なんて消えて今すぐ笑えるでしょう?」

「ほら。ざまあみろって笑って、私は貴方なんかいなくても大丈夫ってところを見せてあげましょうよ」




「憎くても人を憎いなんて言わない貴方は真面目で優しい子ね。でも優しすぎるわよ、クロスライトのお嬢さま。それともやっぱり敵対勢力の私にはやすやすと心のうちを明かしてはくれないのかしら。でも相容れなかった私たちだからこそ利害が一致して、貴方を助けてあげられるのに」





「ねえ私分かるわよ、貴方の気持ち。貴方の人生を狂わせたあの第一王子を憎んでること」





アレクシアの様子なんて意に介さず勢いのまま話すアメリア。

忘れかけていたいつかの日の続きが今始まっている。

あの日と同じように、彼女の瞳には確信の色が浮かんでいる。

しかしアレクシアはあの日と違ってすこぶる冷静だった。




ゆとりを持たず話し続ける彼女に対し、アレクシアは静かに笑う。

笑って、思う。

よく喋る女の子はやっぱり少し苦手だな、と思う。



…まず、私はノーラントが憎くない。


許せないと思ったことはある。

酷いと泣いて何故だと問い詰めたことはある。

しかし抉られるような言葉を掛けられて、凍えるような視線を向けられても、

彼を憎いと思ったことはない。


ただただ悲しいと思ってあまり憎いなどとは思わなかった。

自分がリナリーを虐めたことがあるから、その後ろめたい気持ちが憎しみを持たない理由になっているわけでもない。

憎いなんて考える暇もないくらい泣くのに忙しかった。今思い返せば笑ってしまうくらい、悲しむので精いっぱいだった。

そして少し余裕のある今、改めて憎いと思うかといえばそうは思わない。

憎いという感情以外で、痛みは発散し切った。精いっぱい全力で苦しんだ。

もう憎いという気持ちに変換できるものは残っていないはずだ。

だから、彼を好きだったと思う気持ちが憎しみに変わる瞬間は多分永遠に来ない。





黙ってお茶を飲むアレクシアの横で、ねえと壁でも破り倒したような高い声を上げてアメリアは再び話し始める。


「私思うんだけど、あの第一王子様が貴方にずっと好きだって言ったことって、自分自身に望まぬ結婚を納得させるために言い聞かせて、貴方にも嘘をついてきたんだと思うの。

それで本当に愛するリナリーを見つけて目が覚めた王子は幸せになって、巻き込まれた貴方だけ不幸になったのよ。これであの王子様とリナリーが憎くないなんてどうかしてるわよ」



「そうかもね」


アレクシアは笑っているアメリアに返事をして、緑のお茶が入ったカップから口を離す。

静かに伏せていた目を上げる。

横にいるアメリアと目を合わせる。

真っすぐ前に座る相手を見るアレクシアの深い藍色の瞳とは対照的なアメリアの浅い緑色の瞳は、歪んだ弓のように細くなった。



「そうよ。あの第一王子に何されたか思い出してみて。貴方が崖から落ちた時に助けたり、甘い言葉を囁いたり、貴方を一番に考えているそぶりを見せたりしたけど、やっぱり恋愛して本当に心惹かれる相手ができたら、貴方のことなんてどうでもよくなったのよ。無様に泣き続ける貴方を見ても、可哀そうに縋る貴方を見ても、顔色一つ変えないなんて」



アメリアはアレクシアのおざなりな態度をものともしていないようだ。


適当に返事をしておけばそのうち黙るだろうと思っていたが、嫌でも耳に入ってくるアメリアの言い分を咀嚼するように理解すると、冷静だった心の奥で何かチリチリと音がする。





「あの憎い冷血王子の作り物のような顔を歪ませてみたくない?」



適度な距離を保って座っていたアメリアがそう言って、ズッとその体をアレクシアに寄せてくる。

そしてそのまま水が流れるように、その手でアレクシアの手を包んでくる。

泣いている子供を諭すように動いたアメリアのその手を甘んじて受け入れ、アレクシアは静かに返事をする。



「私、ノーラントが王位継承権を勝ち取ることは特に何とも思わないよ。

今は分からないけど、昔ノーラントは特に王になりたいわけじゃなかったよ。でも、みんなの期待があったから頑張ってた。私はノーラントが努力してるのずっと見てきたし、それは楽しくなくて辛い事だったって分かるから、それをやり遂げたノーラントは王になれるならなればいいと思う」


「だから、そうやってあの王子の為に努力してきたのは貴方だって同じでしょ。でもそれをふいにされたんだから、仕返ししてやればいいのよ」


「それに私は家の立場があるから。オズワルドと貴方に協力することはないよ」

「大丈夫よ。貴方は家に迷惑かけるようなことはしなくていいの」


アメリアが間髪入れずに返答する。

そして続ける。


「原因であるリナリーも一緒に消してあげるから。ね!」



ね!とすり寄ってきたアメリアは、少し焚きつければ傷ついたアレクシアが憎しみに流されるのは簡単だと思っているか、もう既にそこまでしてしまうくらい落ちぶれていると信じているのだろう。

アレクシアが憎いと言わないのは最後に絞り出したなけなしの強がりだとでも思っているのだろう。


人前では気丈に振る舞うようにしていたと言っても、目ざとい競争相手からすれば、それはそれは付け入る隙があるという印象を与えてしまうくらいの落ち込みようだったことは否定しない、とアレクシアは過去の自分にうんざりした。

付け込めると思わせてしまった自分にうんざりして、恥ずかしくて、腹が立つ。


誰かの不幸な未来を夢見てしか強く生きられないのなら、強く生きられなくていい。

想像するまでもなく、復讐なんて心は踊らない。

例えどれだけ惨めで弱かろうと、そんなもので踊れるほど堕ちたわけじゃない。

それが誰かの手の上なら尚更だ。


静かにしていたアレクシアの中で、チリチリとしていた何かがめらりと首をもたげた。





「そうだね」


冷静だったアレクシアの中でめらりと首をもたげたものは、横にいるこの女の子を火傷をさせてやりたいというような気持ちだった。


元々彼女と特に仲は良くないのだ。それにもう自分はノーラントとは関係ないし何と思われても構わない、言わせておけばいいとは思ったが、今のアレクシアには怒る元気がある。

落ち込んでいた時にはなかった、正常な気持ちが機能している。

アレクシアがきちんと供養したたくさんの気持ちを土足で踏み荒らし、掘り起こして、その思いを憎しみにすり替えて利用しようとする女の子に対して。

そして弱ったアレクシアなら、簡単に手なずけられると思っている卑怯な女の子に対して。









にこっとアレクシアは笑った。

持ち上がった対抗心のようなものは表には出さず笑う。



それを見たアメリアはウンと嬉しそうに頷いた。

アレクシアの笑顔を肯定だとでも思ったのだろう。






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