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振り切れる




リナリーに決闘の申し込みをした次の日の朝、アレクシアが学園に着いて教室に向かうと、そこにはライドルトがいた。

彼は、一年生のアレクシアの教室のドアの横に背を預けてアレクシアを待っていたらしい。

アレクシアが廊下の角から姿を現すと同時に、ライドルトはその背をもたれかかっていたドアから離す。

そしてアレクシアの方に歩いてくる。


廊下の角を曲がったらいきなりハトコがこちらに直進してきたので、ばっと顔を上げたアレクシアはとっさに階段下に隠れた。

その高い身長と整った容姿のおかげで、騎士団の出世頭ということを抜きにしてもライドルトは目立つのだ。どうせ決闘について聞かれるのだろうし、廊下より人目に付きにくいところで話したい。



「アレクシア。リナリー嬢に決闘の代理頼まれたんだけど。知ってるよね、俺は騎士団の手前、お前にわざと勝たせてやることはできないこと」


階段下で、アレクシアの前に立ったライドルトの灰色がかった赤い髪が揺れて、二つの整った灰色の瞳でアレクシアの両眼を射抜いてくる。少し焦っているのか、いつもより少し早口だ。


「おはよう。ライドルト。知ってるよ。味方してほしいとかじゃないから大丈夫」


「味方してほしい訳じゃないって…お前、俺に勝てたことないよね」


どういうこと、と呟くライドルトは困惑して眉をひそめている。


「なんか、それくらいしないと諦められないと思って」


「…?

まさかお前、最初から負けるつもりだったわけ」


始めのうちは、諦めるだのなんだの言ったが、やっぱり諦めきれないアレクシアがノーラントを取り戻すために苦肉の策としてリナリーに決闘を申し込んだのではないかと思っていたライドルトだったが、途中で気が付いたらしい。

そんな彼に『負けるつもりでいるとか、大きな声で言わないで』と口に手を当てて示したアレクシア。

はあ、と大きなため息をついたライドルトは、数日前にアレクシアが何か決意したことが、決闘で負けることだったとは思いもしなかったのだろう。

そして、まさか自分が巻き込まれるとは思っていなかったのだろう。


否定することもなく詳しく問い詰める事も無く、諦めたように「そっか」と呟いたライドルトに、アレクシアは大きな肯定の頷きを見せる。




「これで、実質婚約破棄のようなものだし、早く未練をなくせたらいいなと思ってるよ」


アレクシアはいつもの調子で、すぐにできそうだよと笑って、みようとしたけどできなかった。

引っかかったように動かない。

あれ、おかしいな。さっきまで全然普通にしていられたのに。


いきなり体が思うように動かなくなるのはなんで。



…未練で。


キリキリ胸が痛い。

ふとしたタイミングでいきなり襲ってくる。突然痺れたように寂しくなる。


ノーラントの顔を思い出しただけで嬉しくて悲しくて、全部放りだして逃げ出したくなる。

抑えつけているけど、アレクシアの全身は本当はまだ未練でどろどろなのだ。

今、ようやく未練の底なし沼から這い出ようとしているところ。

今は少しでも油断すればすぐに沼に飲み込まれる気がする。


ああ、辛すぎる思いは肉体と共に早くコテンパンにされた方がいい、とぎゅっと固く目を閉じた。

もうすぐで一区切りは付けられるから、そう言い聞かせてふうと息を吐く。







「お前さ、時々凄い振り切れるよね」


そう言って笑ったライドルトは、難しい顔をしたアレクシアの頭をポンポンと撫でた。

大きく息をしたアレクシアの心情を見破って、励ましてくれているようにも見える。


「ま、お前みたいな真面目なやつはため込まずに、時々爆発した方がいいと思うけどね」


「かもね…

あ、だから決闘では私を完膚なきまでに叩きのめしてもらいたい」


そうアレクシアが言ったら、ライドルトにしばらく無言でわしゃわしゃと頭を撫でられた。

わしゃわしゃわしゃわしゃ。

いつまで犬のように撫でられているんだろう、侍女が折角セットしてくれた髪ももうぼさぼさだけど。まあいいか、とアレクシアが思い始めた時、


「…いいよ。じゃあ俺容赦しないから」


ライドルトがそのハスキーな声で低く言った。


彼の濃い灰色の瞳を見て、彼は本当に容赦する気はないかもしれない、とアレクシアは何となく感じた。

それはライドルトが決して勝ちは譲りたくないと思っている時に見せる目と似ている、昂った光を灯した目。


確かに完膚無きまでに叩きのめしてとは言ったが、半殺しとかにされたらどうしよう。いや、それはそれですっぱり諦められるかもしれないが…とアレクシアはカバンを持ち直しながら思った。







「なあ、アレクシア。決闘で俺が勝ったら俺のお願いも一つ聞いてもらってもいい」


身を少しかがめてアレクシアに近づくと、ライドルトは小さく言った。

アレクシアの耳に、彼のハスキーな声が更にハスキーに響く。


「いやだよ。私は勝てないし負けるつもりだって言ってるでしょ」


目を細めて反発の意思を見せるアレクシア。

ライドルト相手にアレクシアが純粋な武術の戦いで勝てるはずがないのだ。一方的ともとれるお願いに抗議して見せる。


「巻き込まれた迷惑料、ってことで」


「言い方がずるい。

…でもま、いいか。確かに一番迷惑してるのはライドルトだもんね。魔法式のテストのヤマ張れとかポチの散歩付き合えとか、それくらいなら聞いてあげるよ」


思い直して、アレクシアは仕方なく苦笑いで承諾する。

ちなみに、2学年も上の魔法の授業まで完璧に理解できているのは、アレクシアの才能と積み重ねた努力の賜物である。

積み重ねた努力は、報われて欲しい報われ方はしなかったが。


ライドルトは仕方がないなあと笑っているアレクシアを暫く見つめて何かしたそうに手を動かしたが、授業開始のチャイムがそれを遮った。


アレクシアがもう行かなきゃいけないんじゃないとライドルトを急かすと、そうだなじゃあ2日後、と言って彼はスッと歩き出す。









そんな彼の背中を見送って、アレクシアは自分の教室に入る。


…辛いのも、もう少しで終われる、はず。



アレクシアが臨む、その正式な決闘の日取りは明後日。

昨日の時点で学園長にも申請して決闘が公認のものである承認を受けたので、生徒会の皆さんが公明正大にジャッジとして立ち会ってくれるそうだ。










一人。


アレクシアは自室のベッドの上でふっと目を閉じた。


明日でノーラントとの関係が実質断たれることになる。

本来なら婚約者という特権を最後まで振りかざして好きな人の気を引いて、婚約破棄されてから法的に大人しくなるべきなのだろうけど、私はもう頑張れない。

大好きな人のあんな冷たい瞳が自分に向かってくるのに、婚約者らしく振る舞うのはもう少しの間でも無理だ。



…一人になるとどうしても、色々考えてしまう。


そして疲れ切ったアレクシアは両眼を両手で覆った。

昔の優しくて大好きだったノーラントを思い出す。

また辛い現実に帰ってこれなくなると知りつつ。いけないと思いつつも思いだす。



アレクシアが泣いていたらずっと傍にいて頭を撫でてくれていた手。

恥ずかしさを押さえて頑張ってやっと振り絞った声で『好き』と言ったら『僕も好きだよ』と返してくれた時の優しく照れた顔。

アレクシアが怒った時に眉をへの字にして『ごめんね』と言って頬を触ってくれた指。

たくさん書いてくれた手紙に並んだ丁寧な字。



思い出しながら、思い出した。

全部全部、明日からは正式にリナリーにあげなければならない。

これからは全部全部、リナリーのものだ。

実質前からリナリーのものではあったけど。




もう、あの時のノーラントはいない。


ノーラントは、いつからリナリーのことが好きになったんだろう。

博識な彼女とどこかで話す機会があって、意気投合したのだろうか。

ノーラントについて私が知らないようなことも、彼女は知っているのだろうか。

ノーラントはあの綺麗な青い髪を触って『僕以外の誰にも触らせてはいけない』と言ったのだろうか。

リナリーはどれくらいノーラントから好きだと言ってもらえたのだろうか。


ノーラントがアレクシアをもっと嫌悪するようになったのは、リナリーにたくさん喧嘩を売ったからだろうか。

それよりも前に、アレクシアに気に食わないところがたくさんあったんだろうか。ノーラントは優しいから言えなかっただけで。

もしかしたら、女の子らしくないところが嫌いだったのかもしれない。


アレクシアに答えは分からない。だがそれを見つけ出して直したところで、もう彼は戻ってきてくれないことだけは分かっている。



…私は全然可愛くない婚約者だった。

全然おしとやかじゃなかったし、頑固だし負けず嫌いで意地っ張りなところもあったし。

こんな終わり方で、ノーラントを全然幸せにしてあげられなかった。

誰かじゃない、私が幸せにしてあげたかったのに。


…本当に、大好きだったな。


心の底から彼だけがいればいいと思っていた。

他に何もいらないってこういう時に使う言葉なんだと思わせてくれたのは、彼の存在だった。

もっと好きだって言えばよかった。好きなところを全部細かく教えてあげればよかった。

好きだって言えなくなる未来が待ってるって分かってたら、もっともっと言ってたのに。

将来の分も好きだってたくさんたくさん言って、飽きられるくらい好きだと伝えればよかった。

なんでずっと一緒にいられるなんて勝手に思ってしまっていたんだろう。


離れたくない。

もっと話したかったよ。

もっと声が聞きたかったよ。

一生かけて隣にいても足りないのに。




アレクシアは今日で泣くのは最後だ、と思って思いっきり声を上げて泣いた。

そして、散々泣いた後、アレクシアは電池が切れたように静かになった。


彼女はベッドの上で丸くなって寝息を立てていた。









………



………ぁぁぁぁああああああ!





どこか遠いところから声がする。



聞き覚えが、あるような…


ああ、これはもしかして、あの時の






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