どこにでもいる大学生の一日〜その2〜
息を切らせながらドーソンの自動ドアをくぐる。
時計を見ると始業時間まであと5分。思ったよりは余裕を持って店に到着できた。
控え室にいくと、元気一杯の挨拶が聞こえてくる。
「おはようさん。今日もよろしくね。」
「こちらこそよろしくお願いします。」
その声の主は声の印象に違わず快活な笑顔を浮かべている。
少し日焼けした肌と、服の上からでもわかるメロンが特徴的な彼女は僕のバイト先の先輩の、獅子神アイさんだ。
慣れた手つきで荷物をロッカーに入れながら制服に着替える。
このコンビニで働き始めてはや2年、もはやベテランの雰囲気すら漂わせる事ができる。
「特に新しく伝えなきゃいけないことはないからいつも通りで大丈夫だよ。」
「了解です。」
いつものように事務的な会話が繰り広げられる。
バイトに入りたての頃は、歳上の可愛い先輩と話す事に緊張していたが今やすっかり慣れてしまった。
しかしそんな僕でも未だに慣れない事が一つだけあった。
「そう言えばこの前店長が濱下くんの事褒めてたよ。在庫管理予定外の分まで終わらせてくれてたって。」
「ちょっと時間が余ってたんでやっただけですよ。」
「いつも助かってます。本当にありがとうね。」
獅子神さんはそう言うと僕の頭をポンポンと撫でてきた。
気恥ずかしさ半分、気まずさ半分で顔を背けしまう。
獅子神さんは僕を褒める時いつもこうやって頭を撫でてくる。
弟にいつもやっていて癖になっているらしいのだが、恥ずかしい。
それと、完全に子供扱いされていて異性として見られていない気がして正直ショックだ。
そんな複雑な感情を持ちながら今日の仕事を開始した。
♢
「お疲れ様です。」
「お疲れ。今日はいつもよりも人が多かったね。」
「そうですね。大変でした。」
口では大変だったと言いながらも実際にはそこまで大変ではなかった。
獅子神は一人で10人分くらい働くため、僕に残された仕事はほとんどない。
さすが獅子神さんだ。
「私も今日は6時あがりで今から暇なんだけど、帰り一緒に食事でもどう?」
太陽のように明るい笑顔を向けられてこんな事を言われたら断れる男はそうそういないだろう。
「あー、すいません。今日7時から公務員試験の予備校があるんですよね。」
獅子神さんの笑みに少し曇りがさした。
……いや、僕も行きたいのは山々ですけど!?
でも、勉強があるから仕方ないのだ……。
「今日も予備校があるの?大変だねぇ。」
「通い始めちゃったんで最後まで行くしかなくなっちゃいました。」
「私なんて勉強が全くダメだったから大学行かずに働き始めたのに、濱下くんは凄いね。」
「僕からしてみたらその歳でお店を任されてる獅子神さんの方が凄いと思いますよ。」
「そんなこと言ってくれるの濱下くんぐらいだよ。ありがとう。」
これは僕の素直な感想だ。
いくら歴代の総理大臣を覚えようが、企業の損益分岐点を求められようが、社会ではそんな知識は全く役に立たない。
そんな無駄な知識ばかりを蓄えている僕よりも、実際にお客さんと話し、作業を遂行できる獅子神さんの方が何倍も社会では優れていると思う。
店では学校帰りの高校生たちの騒がしい声が聞こえてきた。
部活終わりの高校生が帰っているということは、僕の乗らなければいけない電車もすぐそこまで来ているということだ。
僕は慌てて店から出て行こうとする。
「それじゃあ、失礼します。」
「あっ!ちょっと待って。」
「何ですか?」
このままでは電車に乗り遅れてしまう。
はやる気持ちを抑えて獅子神さんに向き直った。
「社会に出たらね、仕事ばっかりじゃダメなんだよ。たまには上司とか先輩と遊びに行く時間も取らないと嫌われちゃうよ。」
口元に手を当ててそう言う獅子神さんに危うく見惚れてしまいそうになるが、雑念を振り払う。
「そうなんですか……勉強になります。」
「そおそお、例えばバイト先の先輩ともね……?」
「あっ!ヤバイ電車に間に合わない。すいません、失礼します!」
「ちょっと!?もう……。」
猛スピードで走る電車と並走しながら駅の中へ入って行った。
年上の頼れるお姉さんっていいですよね〜