老い
「ふあぁ……」
「眠いのかい、平丸?」
「ちょっと昨日、夜遅くまでゲームをやってしまいましてね。少し眠いんですよ」
時刻は午前八時。朝早く学校に来た自分は、同じく朝早く学校に来ていた大森と、ホームルームが始まるまで会話をして時間を潰していた。しかし昨日夜遅くまでゲームをやっていたせいで、眠くて起きているのが辛い。
自分は夜にあまり活動出来ないタイプの人間なので、普段ならさっさと寝ているのだが、昨日は委員会が長引いたせいで帰る時間が遅くなり、そのためゲームをする時間がずれて、結果として睡眠時間もずれてしまったのである。
「それはいけないな。睡眠不足は美しさと健康のの敵だぞ、気をつけたまえよ」
「善処します……」
「ところで、昨日の委員会はどうだった?」
「あぁ、それは……」
昨日の放課後に行われた委員会は、最初は順調だった。委員会の主な活動内容や身体測定の段取りなどの説明から入り、保健室の当番の担当決め。ここまでは良かった。しかし最後の最後に一番面倒臭いものが残っていたのである。そう委員長決めである。
委員長になれるのは二年生か三年生のどちらかなので、関係ない一年生は帰れるのかなと思っていたが帰ることができなかった。先生曰く、トップを決めるときは全員が居たほうがいいとかなんとか。別に居ても居なくても変わらないと思うんですけどね。
そういうわけで委員長が決まるまで、保健委員は全員一室に閉じ込められていたのである。最終的には空気に耐え切れなくなった、三年の先輩がやってくれることになったのだが。しかし委員会が始まって終わるまで、およそ一時間半もかかってしまった。どうせ折れるのならもっと早く折れて欲しかったです。
「……といった感じですね」
「なるほど、なかなかに大変だったようだね」
「まあ、委員長なんて積極的にやりに行くものでは無いですからね。立候補者が出ないのも、無理はないですよ」
「そういうものかね」
「そういうものですよ」
委員長なんて大した権限もなく、ただ責任だけを負わされるされる役割である。ましてや生徒会長と違い保健委員長になったところで、学校内での存在感は大して通常の生徒と変わらない。だから内申を上げたいか、後は諦めてなる人ぐらいしか居ないのである。
「ところで今日の放課後も、委員会はあるのかい?」
「ありますね。今日行う身体測定の、結果のチェックを行わないといけないので」
「大変だねぇ」
「ええ、本当に。この後もちょっと仕事があるので」
「おや、そうなのか。よければ私も手伝おうか?」
「いや、大丈夫ですよ。ちょっとしたものを運ぶだけなので」
眠いし怠いし手伝って頂けるのなら幸いだが、まぁどちらも夜遅くまでゲームをやっていた自分の責任だし、それにこれは保健委員の仕事だから、他の生徒に手伝わせるのはなんだか申し訳なく感じる。
「そうかい?ならいいんだが」
「気持ちだけ頂戴致します。……ではちょっと行ってきますね」
大森との会話を切り上げて、保健室へ身体測定の記録用の用紙を取りに向かった。それなりに長く感じる階段を降りて保健室に着くと、まだ先生が来ていないのか明かりがついておらず、鍵も掛かったままだった。
(戻るのは、面倒だな)
先生がいつ来るかわからないが、また階段を上り下りするのは疲れると思ったので、このまましばらく保健室の前で待つことにした。そしてスマホゲームなんかをしながら、数十分程時間を潰していると保健の先生がやってきたので、先生から記録用紙を受け取り教室へと向かった。
(……思ったより重いな)
保健室はこの校舎の一階にあり、1-Cは四階にある。つまり教室に向かうには結構な階段を登らなくてはならず、これが意外としんどいのである。本来なら同じ保健委員の清水川さんがいるので自分が運ぶ分は半分でいいのだが、朝早く来てしまったので清水川さんは居ない。そのため一人で階教室まで運んでいた。
(つ、つらい。こんなに体力が落ちていたのか)
中学卒業後から高校入学までの間、何も運動をしていなかったので、それは当然体力は落ちていると分かっていたが、自分が考えていたよりも落ちてしまっていた。このままではお爺ちゃん化まっしぐらである。
これは不味いなと思いつつも、今すぐに何かして急激に体力が着く、なんてことはないので休み休み階段を上り、なんとか教室まで辿り着いくことができた。そして教室の前にある教卓の上に持ってきた記録用紙を置き、今日の第一の仕事は完了した。
「ぬあぁ、疲れた」
「お疲れ様。しかしその様子だと、やはり私も手伝った方が良かったのではないかい?」
「いや、大丈夫です。あれぐらい運べないと、高校生の体力的に考えてまずいんで」
「ふむ、それもそうか」
記録用紙を運び終えた後は適当に大森と会話をし、ある程度するとお互いに話すことも無くなったので、自然と各々好きなことをし始めた。ちなみに大森は精神を高めるために、瞑想をするらしい。休み時間の過ごし方って性格出るよね。
そういうわけで自分はスマホゲームをやることにした。今回は別にイベントに追われているわけでは無いが、コツコツやっていないと周りと差が開いてしまうので、毎日やる必要がある。日々の積み重ねは重要なのだ。決して依存症では無い。
アプリを押してゲームを開き、連打でオープニングをとばす。微妙に長い読み込みを真顔で待ち、ログインしたらログインボーナスを受け取り、ようやく狩場へ向かう。現在やっているゲームはオンラインとオフラインを切り替えられるもので、レベリングをする時は大抵オフラインでやっていた。邪魔されないって良いよね。
「……ふう」
ある程度レベリングができたので時計を見ると、開始から三十分ぐらい経過していた。そして視線を時計から前の席に移すと、大森はまだ瞑想をしていた。
よく続くなぁと思いながら大森を見ていると、不意に背後に気配を感じた。何だろうと思い振り返って見ると、そこには小さい女子生徒が立っていた。
「うお!……なんだ、清水川さんか」
「人を見ていきなり驚くとは……。失礼な人だ」
誰だってすぐ後ろに人が黙って突っ立っていたら、びっくりするでしょ。何か喋って下さいよ。あと清水川さん、あまり気配を感じなかったんですが、ステルス性能でもお持ちなんですか。
「えっと、何か用ですか?」
「保健委員の仕事……。記録用紙取りに行かないと」
「あぁ、それならもう取って来たので、大丈夫ですよ」
「……マジ?」
「マジですよ、ほら」
そういって教卓の上に置いてある、記録用紙を指差した。それを見て確かに運ばれていることを確認した清水川さんはありがとうと一言言って、自分の席へと戻って行った。
その後は瞑想が終了して通常よりも心なしか美しくなった、と自分で言っている大森と瞑想の効果の話をしながら、朝のホームルームが始まるの待っていた。