委員会決め
自己紹介から委員会決めにフェーズが移行してから四十分が経過した頃、自分は今運命を賭けた勝負をしていた。快適な学校生活を送れるかどうかを決める重要な一戦。そう、余った委員会に割り振られる敗北者を決める戦いである。
委員会決めでまず一最初に決めなくてはならないのは、学級委員である。普通ならここで最初のだんまりが始まるのだが、意外にもすんなりと立候補者がでて、そのまま決まってしまった。そして最初の滑り出しが良かったからか、みんなの意識が高いのかはわからないが、他の委員も順調に決まっていった。
このままいけばスムーズに委員会決めが終わり、自分はなんの委員会にも属さないで済むのではと思っていた。だがそううまくは行かなかった。何故なら一つだけ誰も立候補者が居ない委員会が存在していたらだ。
誰も立候補者がいない委員会、それは保健委員であった。何故保健員に誰も立候補しないかというとそれは明日から、正確には今日からいきなり仕事があることがわかっているからである。また他にも当番制で週に一回は昼休みに保健室に居なくてはならないのも、この保健委員が人気のない理由でもあった。
そういうわけでいつまで経っても決まらないので、とうとう風宮先生と先程決まった我らがリーダーである学級委員の、海道新導と梶原紫陽花の三人の苦渋の決断により、じゃけんで決めることになった。そして今まさにそれが行われようとしていた。
ジャンケンをするために教室の端にまだなんの委員にもなっていない、自分も含めたクラスメイトが集まった。ここに集うは我らが1-Cの同胞、本来ならば三年間協力していかなくてはならない存在であり、敵対するのは心苦しいが今ばかりは己以外は全て敵。負けても恨まないでおくれよ。
『最初はグウ』
『ジャンケン、ポン!』
(……が!?)
ま、負けた……。しかも二十数名で一斉にやってたった一回で半数が離脱だと。ありえないどんな確率だ。だが待て落ち着け、半数が離脱したとはいえまだ十数名いる。この状態で自分だけが負ける確率は低くい。あと数回のジャンケンの中で、ただ一回勝てばいいだけ。そう、一回勝てばいいのだ。さあ、二回戦いこうじゃないか。
『…最初はグウ』
『ジャンケン……』
「え〜では、保健委は男子は恩田くん、女子は清水川さんで決定しました。二人とも、よろしくお願いします」
先生が保健員の決定を宣言すると、教室に少量の拍手が起きた。そうです、恩田平丸は負けました。あの後続けられたジャンケンで、ただ一回のあいこも起きずにストレートで敗北しました。なんてついていないのだろう。仕方ない、ここは潔く諦めよう。まあ諦めるしか無いんですけどね。こういう何かを決めるところで誰か一人がグダリ出すと、その一人のせいで全員が割りを食うからね。
「これで全ての委員会の委員が決まりました。委員になった人は、しっかりと委員の仕事をするように。それと保健員は今日の放課後に、明日の身体測定や健康診断について話があるそうなので、放課後は大教室に行ってくだい。それから……」
その後は風宮先生がいくつかの諸連絡を伝えて、しばらく経ってチャイムが鳴り昼休みとなった。購買部に何か買いに行く生徒や、弁当を取り出す生徒などの音で教室が少し騒がしくなる。自分も昼食を取るために弁当をバッグから取り出して、机の上で準備をしていると、大森が声をかけてきた。
「私も御一緒していいかな?平丸」
「ああ、いいですよ」
「では失礼して、よっと」
そう言うと大森は自分の机を反転させて、こちらの机に向かい合う形をとった。つまり大森とは俺は向かい合った状態になっている。しかし改めてよく見てみると本当に美人である。容姿からはとても中身が、ちょっと変わっているとは想像できない。黙っていれば美人とはこいう人のことをいうだな。
「おや?何故私を見つめているんだい?もしや、私の美しさに釘付けになってしまったのかい」
「まあ、ある意味そうですね」
「ふふ、まぁ私は美しいから仕方のないことだ。美しさに慣れてくれたまえよ」
「……善処します」
(正直見た目よりも、その中身に慣れる方が難しそうなんだよなぁ。)
初めて見たときは美しく感動する景色でも、毎日見ていればそれはただの景色となる。人間にもこれと同じことが言える。だから今は大森の美しさに目を奪われているが、いずれはその美しい容姿に慣れてなにも感じなくなるだろう。
だが性格は、中身は別だ。中身は見ることができない。だからその中身に慣れるのには、直接に接する必要がある。故に見ているだけで良い景色とは違い、時間と労力がかかるので大変なのである。
「ところで大森さんは、なにも委員会をやらなくて良かったんですか?」
「ああ、私は美しくなるのに忙しいからね」
「そうですか」
「そういう君は、保健員になってしまったが、良かったのかい?」
「良くはないですが……まぁしょうがないですよ」
「嫌なら断れば良かっただろうに。あの先生と学級委員の二人なら、君の願いも聞き入れてくれたと思うが?」
そんなことしたら先生も学級委員の二人も困まってしまうだろう。確かにこういう場でたまにグダる人はいるし、粘り続ければ代わりにやってくれる人が出たりするが、そういうことをしたら面倒くさい人間だと思われてしまう。
「嫌は嫌だけど、そうまでしてやりたく無いわけじゃないですから。それにそんなことしたら、皆の迷惑でしょ」
「素晴らしいね、君は。他人の為に自分の気持ちを抑制できるなんて。私には、とても出来そうに無いよ」
「いや出来るようにして下さいよ。世の中皆、そうやって生きているんですから」
「そうなのかい?でもそんな生き方、生きづらいと思うのだが」
他者のために自分を抑えるのは、生きづらいとかそういう問題ではないではなく、生きていくための必須スキルだろう。まぁ大森は我々凡人とは異なりそういうことに、縛られて生きていないのかもしれない。
「少なくとも俺は、生きづらいと感じたことありませんが」
「そうかい。まぁ君の人生だからね、君がいいならそれでいいさ」
能力が高い人、とりわけ天才と呼ばれる人間は我をいく人が多いと聞くが、大森美麗もその類なのかもしれない。何にせよ自分は穏便に学校生活を送りたいので、彼が目立つ行動を取らないことを切に願うばかりである。