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09.夫婦会議

「それで、どうだったの?」


「どうだったって?」


「アザミの事よ」


「ああ……」


時は娘たちが寝静まった夜。僕たちは定期的に行われる夫婦会議に出席していた。といってもカオリと僕の二人だけなのだが。


明かりはもちろんファイアーボール、と行きたいがカオリと挟むテーブルには酒が置かれている。酒の勢いで家屋が全焼、なんてのは避けたい。ここは大事をとって部屋の隅にロウを立てる事で光源を確保する。


「やっぱり、アザミの魔力量は少ないね」


「そう……」


「普通の五歳児という事だったらあれぐらいの魔力量で納得できる。しかし、あの子は違う。僕たちは両方共魔法が使えるし、並みの魔法使いとは比べ物にならない。したがってアザミの魔力量はもっとあるべきなんだ。これは魔測を使って分かった事だ。間違いないと思う」


初めてアザミに魔測を使った時、僕は彼女を哀れんだ。あのアクアを見た時は何かの手違いで、余分な魔力を消費してるから不完全な物になったのだと思っていた。しかし、そうであれば良かったのに現実は非情だ。


「だけど魔法の勘は良い。珍しく水魔法が苦手だったけど、まだ二日目だというのに土魔法の変形が出来るようになったんだ。アザミが〝巫女゛としての恩恵を受けて無くても受けて無くても、これはカオリ譲りの物だと思う。確実にアザミは僕たちの娘だよ」


「はぁ、巫女……ねぇ。それよりもアザミの魔力が少ないのはどうしてなのかしら。もしかしたら素行の悪さが祟ったのかしらね」


そういうと、カオリは大きく息を吐き、頭を抱えた。


「最初は変な子だと思ったのよ。生まれた時は全然泣かなくて産婆さんを困らせたし、ハイハイを覚えたと思ったらすぐにどこかへ行ってしまう。本当に、突然いなくなるからケガの心配もしたりするけど今までそんな事は無かった。それでやっと喋ったと思ったら、第一声がお母様よ? ねぇ!? これって普通なの!? 私にはわからない。……タイチ、私怖いのよ。あの子が」


カオリの語調から苛立ちを感じ取れる。


きっと今まで抱えてきた思いが溢れてしまったのだろう。


僕は逃げていたのかもしれない。僕もアザミには他と何かが違うと感じていたが、子供を持てば誰でもそんな事は感じると思っていた。それが普通なんだって。だから僕は仕事に没頭し、家族の事をないがしろにしていた。


ああ、こうして見れば僕は父らしい事何も出来ていないな。


「頭が良くて、大人しい子供だと思って接してたら簡単に泣く。私にはあの子が大人なのか子供なのか分からないの。あの子は何度も何度も問題を起こす。こないだなんて庭に植えてある木に登ろうとしてたのよ? それで昨日は岩に噛みつく? 正気じゃないわ」


「確かに初めての言葉がお母様は奇妙だ。だけどアザミは巫女の血が流れている。ちょっとばかしお利口でも、巫女の血が何らかの形で働いたとは思えないかい? それに元気なのはいい事じゃないか。少し度が過ぎると思うけど……」


巫女。


それはこの地に伝わる、神から祝福されし存在。


ミズハ家の当主であるカオリは巫女として選ばれている。ミズハ家の女性は子供を一人だけしか身ごもれず、その子供が代々巫女を受け継いでいる。


しかし、なんの偶然か当代は二人の子供ができた。異例の出来事なのでどちらが巫女に選ばれるのか、それとも両方共巫女に選ばれるのか、としきりに話題に上がる。


村にいる人々の関心は高まるばかりだが、僕はそういう事抜きで育てていきたいと思う。だって、この世界に二人しかいない娘なんだから。


「度が過ぎてるなんて言葉じゃ足りないわ! 変よ! あの子は変なのよ。それにタイチもアザミが生まれた時はあんなに将来魔法を覚えさせる事に反対してたじゃない! どういう風の吹き回しなのかしら!?」


「まあまあ、そんなに怒鳴らなくてもいいじゃないか。アザミ達が起きちゃうだろ?」


「あ、ああ。ごめんなさい」


僕の指摘にカオリは落ち着きを取り戻す。今一番アザミに起きて欲しくないと思っているのはカオリだろう。接し方が分からなくなってしまった今の彼女にアザミと会わせるのはあまり得策ではない。落ち着いたカオリならともかく、このように精神が不安定な状態で臨むのは不安だ。


「それで、どうしていきなりアザミに魔法を教えようと思ったのよ?」


「それは……」


どうしようかと思い、言葉に詰まる。


確かに僕は魔法と魔法を使う魔法使いというものに、強い嫌悪感を抱いている。


そのせいでカオリとも喧嘩をした事もあったし、色んな人達から責められた。その結果、僕はそれにかかわらないという条件で、カオリが娘たちに魔法を教える事となった。


そんな僕が自ら約束を破り、アザミに魔法を教えたとなるとカオリも不思議がらずにはいられないのだろう。


「僕にはね、親友がいたんだ」


「親友がいた? っていう事はもういないの?」


「ああ、もういない」


「そう、それは残念ね……でも今回と何が関係しているの?」


僕は彼女の言葉を聞いてうつむく。


こうなった彼女は止まらない。恐らく嫌と言っても答えさせるまで頑として譲らないだろう。僕はノーと言ってくれるのを期待して口を開く。


「長くなるけど……それでも聞くかい?」


僕の思いは虚しく、彼女が首を縦に振った事で無下むげに終わった。





あれはいつの事だっただろうか。


確かやっと上位魔法が使えるようになり、ミズハ家が主導する討伐隊に所属していた頃だ。


その討伐隊では先輩が後輩をサポートする体制を採用しており、それなりの実力があった僕は先輩としての役割を担っていた。そして僕の後輩、彼の名前はカズキ。歳は同じだったが、魔法を使えるようになった時期が遅かったので後輩となった。


カズキは悪くない魔法使いだが、度重なる魔法の不発、魔物の接近を許してしまうなどの失敗があった。仕事を終えて一緒に飯でも誘ってみれば、出て来るのは足手まといの自分に対する愚痴。それな彼をフォローする。それがあの時の日常だった。


僕は魔法使いの家系ではないのに、普通の人間より魔力量が多い稀有な存在だった。しかし、カズキは特別魔力量が多いわけではなく、ただ魔法が使えるというだけで討伐隊に参加させられた。思えば彼にとって僕は嫉妬の対象としてしか見ていなかったのかもしれない。


そして事件は起こった。


最初は村人がスケルトンを見たという事で討伐隊が出動した。


グールやスケルトンのアンデッド系モンスターは他の魔物と違い、魔物や動物の死が何度も繰り返されることによって出現する。あの頃は隊員の実戦経験を積ませるという名目で、本来は足を運ばないところにまで手を出していた。そしてそのツケが回ってきたのだろう。


結果、五日間かけても件のスケルトンは見つからなかった。何度か魔物に遭遇し、戦闘になったがスケルトンはいなかった。ミズハ家はこれを村人の見間違いだと判断し、討伐隊を帰還させることを選んだ。


骨折り損のくたびれ儲け。皆は張りつめていた緊張を解き、各々が帰り支度を整える。


そんな時だった。


誰かが言った。


『おい、あいつどこにいるか誰か知ってるか?』


最初は一人だけ。用を足しに行ったのだろうと声が返ってくるが、しばらくすると同じ様な問いが一人二人と段々増えていく。


慌てて団員を数えると十一人足りない。この十一人の内十人が先輩と後輩の五ペア。最後の一人が僕の後輩――カズキだった。


嫌な予感がしたが、すぐさま団員の捜索が開始された。


そして日が暮れかけた頃、彼を見つけた。


彼は口の周りを真っ赤に染め、満足そうに笑いながら何かを頬張っていた。


ネチャネチャと咀嚼音を響かせながら貪る様は魔物そのものだった。


彼が僕に気づくと、嬉しそうに語りかけた。


『なあタイチ。俺、強くなるために手っ取り早い方法教えてもらったんだよ』


これが最後に聞いた、彼の人間らしい言葉だった。


彼は僕に向けて中位魔法を放った。


魔法には上から上位、中位、下位、と存在するが、下位と中位の明確な差とは殺傷性の有無にある。つまり、彼は僕を殺すつもりで魔法を使った。


僕は何度もカズキに止めるように呼び掛けるが、攻撃の手を緩めなかった。


だから、僕は、仕方なく、彼を殺した。


それから一カ月。同様の事件が起きた。


事態を重く見たミズハ家は巫女を送りだし、事件の解決を急いだ。


黒幕はアンデッド系モンスターのリッチだった。


手口としてはあらかじめ殺した人間を保有しておき、魔法が使えるが才能の乏しい者に近寄る。そして殺した人間の一部を加工し、食べれば魔力が増える動物の肉として与える。


リッチの言葉を信じた人間は彼を信頼し、人間の肉を食べればさらに増えるとそそのかされる。元々劣等感を抱いていたのと、彼への信頼で行動させるのは簡単だったという。


こうしてカズキは人の肉を喰らう魔物と化し、その後も同じ事件が起きた。


巫女がなぜあんな事をしたのかと問うと、リッチは嬉々として答えたという。


『私は生を謳歌する人間が憎い。そして魔物は人間を襲うが人間を襲う人間を見たことが無かった。しかし人間を襲う人間を作ってしまえば知的好奇心も満たせるし人間の数を減らせる。一石二鳥ではないかね?』


無事、リッチは巫女によって討伐された。だが、それと引き換えに失った物は大きい。前例を見ない数の戦死者。その中に後輩だったカズキがいる。


僕は今でもどうすればよかったのか分からない。


だけど、これだけは分かる。魔法は時として人を狂わせる。魔法は人を殺す道具。


人間にとって魔法は手に負えない代物だ。


こうして僕は魔法を見聞きすることに嫌悪感を抱き始めた。





「……というわけさ」


僕はカオリに全てを打ち明けた。彼女は話を聞き終わり、気を落としたように見えるが涙は見せない。カオリは僕が憧れるほどの強い女性だ。こんなので根を上げたりはしないだろう。


「そう……あのリッチが現れた時にそんな事が起こっていたのね」


「まあ、カオリが知らないのも仕方ないよ。あの時は次期巫女のお披露目はまだだったしね」


これは古くから決められている事。次代を担う巫女の子供は十六の歳で屋敷外へ出る事が許される。それまでは子供に関する一切の情報は遮断される。と言っても子供が生まれると生誕祭が行われるので生まれたという情報は周知される。


「それでもなおさらよ、今の話を聞いてもタイチがアザミに魔法を教える事に繋がる理由にはならないわ」


「ああ、それはもっともだね。でもさ、アザミの魔法を見て思っちゃったんだよね。アザミとカズキは似てるって」


間違っても容姿に関してでは断じてない。


「あのまま魔法を嫌いになってくれれば良かったのかもしれない。でもそれじゃあアザミがただ可哀相だ。そして僕は考えを改めた。魔法は何かを傷つけるための道具じゃない。人の役に立つための物だ、ってね」


「なるほど。あなたの考えはおおよそ理解したわ。でもそんなのは絵空事に過ぎないんじゃないかしら? 魔法は戦うために編み出されたものだし、アザミはミズハ家の女なのよ? 討伐隊を指揮するあなたが将来年老いて、リッチのような手に負えない魔物が出たらどうするの?」


「それは……戦う事も……必要だよ」


「はあ」


カオリはうんざりしたようにため息を吐く。


彼女は僕みたいに間違った事を決して言わない。


なぜならカオリは病的なまでのリアリストだからだ。これこそが巫女であるべき姿。


僕の考えが甘すぎた事を認めるべきだ。


「だけど魔法を通して傷つける事よりも、便利さを分かってもらうようにするつもりだよ」


彼女は「そう」と一言呟いてそっぽを向く。


うーん。かなり雰囲気が悪くなってしまった。アザミについての話題は出尽くした気がする。他の話題を振るとするか。


「そういえば、ユリの様子はどうだい?」


「ユリ? あの娘はアザミと違っていつも通りよ」


「そっか。じゃあ魔力量も変わらずかい?」


「ええ、今日も魔測を使ってみたけど増え続けてるわ。正直、今ユリが巫女として選ばれても驚きはしないわ」


「そうだね……」


魔測は対象者が自身の魔力を認識してなければ効果を発揮しない。


しかし、ある日カオリがユリに魔測を使用した所、はっきりと魔力量を観測する事が出来た。この事から分かるのは、ユリは既に自分の魔力を感じているという事だ。さらに驚くべき事に、ユリはカオリが持つ総魔力量の半分に匹敵する魔力を保有していた。


ここまでの素質を持つ子供が生まれた記録は無く、巫女が生まれるミズハ家であっても混乱は防げなかった。


「あ、そういえば。この間近くを通り掛かったからイチョウ様にご挨拶してきたよ」


「おばあさま? なにか仰ってたのかしら?」


イチョウ様とはカオリの祖母にあたるお方だ。カオリの二代前の巫女。歳をとった現在でも、魔物が生息する地域にぽつんと小屋を建てて一人で暮らす。


定期的に何度も挨拶をしにくるが、その度に格の違いを思い知らされる。


まずはあのたたずまい。なんの変哲もない所作からは寒気を感じる。恐らく僕が全力でイチョウ様に戦いを挑んでも勝てない。僕はそう断言できる。あんな思いをしたのは、あの方以外未だにいない。


「うん。何でも近々ひ孫の顔を見に行くってさ」


「そう、ちょうどいいわね。アザミの魔力が少ないのと、ユリの魔力が類を見ない程多い理由。もしかしたらおばあさまなら分かるかもしれないわね」


「そうだね。よし、もうこんなに遅くなってしまった。そろそろ僕たちも寝ようか」


障子と障子の間から覗かせていた月影は、いつしか大きく隠れていた。


僕は火をともしているロウに息を吹きかけ、部屋を外の明るさと同じにした。


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