08.どっこいしょ!
「よし、さっきの練習から始めようか」
僕の名前はタイチ・ミズハ。
妻であるカオリ・ミズハに婿養子という形で結婚している。
これについては身分の違いやら長きに渡る伝統やらで決められた事だ。
僕はちゃんとカオリを愛しているのでこれといった不満は特に無い。
あるとすれば最近アザミに対する当たりが強いぐらいか。
まあ彼女も憎くて接しているわけではないだろうし、しきたりのせいがあっての事だろう。
親である僕でも口出しするのはお門違いだ。
「ぶへぇ!?」
どうやらアザミはまた失敗したようだ。
あれから僕たちは昼休憩を挟み、体力と魔力を回復させたうえで臨んでいる。
アザミはカオリに似たのか魔法に対する勘が良い。
もしかしたら口で説明するよりも、実際に魔力を感じてもらった方が断然に効率が良いのかもしれない。
であれば、別のアプローチを試す必要がある。
「アザミ、いったん土魔法はストップだ。今から魔測まそくというのを教えよう」
「魔測?」
アザミはキョトンとしてオウム返しをする。
ああ、どうしてこんなにも我が娘は可愛いのか。
ついさっきまで歩くのがやっとだったのに、今ではこうして親交を深めている。
カオリという僕にはもったいないぐらいの女性を妻に、アザミとユリという最愛の娘を持つ。
僕は幸せ者だ。目の前にいるアザミは将来、着物が似合う美人に育つだろう。
アザミが成長すれば次はユリか。そのためにも僕は立派な父にならないといけないな。
……っと、こんな事考えている場合じゃない。ちゃんとアザミに教えてあげないと。
「うん。さっきみたいに手を貸してくれないかな?」
「? はい」
前回は腕を掴んだが、今回は彼女が分かり易いように手の平を重ねる。
アザミの手を通して魔力を奪い取り、同量の魔力を流す。その過程を繰り返す。
「今何が起こっているかわかるかい?」
「は、はい。最初は魔力が減って、すぐ同じ量の魔力が流れてきました。確か、これでお父様は私の魔力量が分かったらしいですが、これが何なんですか?」
やはりアザミはそこら辺の子とは違う。
自らの魔力を認識してまだ間もないというのに、この動作で魔力の増減を把握している。
「実はこれをアザミにもできるようになってもらいたくてね」
「これを、ですか。相手の魔力量を把握するために触らないといけないなんて、魔法と比べてあまり便利な物だとは思えませんが……」
「……」
僕は今の発言を聞かなかった事にする。
いや、それに答える事が出来なかった。
子供は無邪気だ。ゆえに彼女が意図しなくても、悪い意味ととらえられる言葉を使ってしまう事がある。
アザミは賢い。それこそがこの発言に至ったのだろう。
僕は魔物と戦う最中で魔測を使った事が無い。
当たり前だ、魔法を使う者は遠距離からの攻撃が得意であり、敵に近づくメリットが少ないのだ。
それに魔力量を把握する事しかできない。魔力を持たない者には使用しても意味がない。
戦場において魔測は無用の物だ。アザミはこの事を言っているのではないだろうか。
戦場での魔法行使。
一対一での戦闘効率は低いが、一対多の戦闘なら抜群の効率を誇る。
それが本来の魔法使い。戦うために造られた人種。
もしかして彼女はそうなる事を望んでいる?
いや、まだアザミは幼い。考えすぎだ。きっと好奇心による発言だ。
「ポイントは自分以外の魔力を感じる事だ。土魔法をある程度操作できるアザミならできるだろう。ほらやってみよう!」
「はーい」
渋々といった様子でアザミは取り掛かる。
彼女は目を閉じて集中するが、魔力を抜かれた感覚はしない。
やはりこれは難しかったか?
魔法は最低限の魔力コントロールと魔法陣、そして詠唱が加わることで曲がりなりにも発動させることが出来る。
しかし魔測は魔法ではない。
魔法陣も詠唱も必要ない。いや、頼る事が出来ない。
完全な魔力による芸当。僕は簡単にやって見せたが、実は結構練習している。それも半年かけて。
カオリは最初からできたと言っていたが、アザミはどうなんだろうか。
出来たら嬉しいが、出来なくてもそれはそれで嬉しいかもしれない――と、その時だった。
「あ、こうですね?」
魔力がほんの少し、体から抜けていくのを感じる。
やっぱり、アザミはお母さん似だな。
「順調だね。次は吸い取った分と同じ量を流すんだ」
「はい」
アザミが力りきむと、失った魔力が半分ほど戻ってきた。
流れる魔力が乱された事によって軽い不快感を覚えるが、僕は顔に出さないようにした。
今はアザミの為の時間。ここでいらぬ心配をかけたら彼女のやる気を削ぐことに繋がりかねない。
「その調子。取る量と送る量が同じになるまで練習するんだ」
アザミの不安定な魔測によって気が狂ってしまいそうになるが、必死に平静を保つ。
見ればアザミの額には汗が流れている。一番頑張っているのは僕じゃない。
彼女は自らの魔法に不満を抱き、一生懸命にそれを改善しようとしている。
そんな姿を僕は応援したい。ならばこのぐらいどうってことない。
「おめでとう。アザミは魔測を物にしたね」
「え、ええ。大変でしたけどなんとか」
練習し始めてから少し経ち、何度目かわからないがアザミは魔測を成功させた。
完璧とは言えないものの、この技量なら相手の魔力を把握できるはずだ。
「アザミ、今やった事を自分に試すんだ」
「わかりました」
彼女は両の手の平を合わせ、意識を向ける。
魔測を使用するしないで把握する自分の魔力量は違う。これは大事な行為。
魔測のメリットは魔力量の基準が出来上がる事。自分の魔力量を基準にしてしまえば相手が多いのか少ないのかが分かり易くなる。
「お、お父様の魔力量凄いですね……」
「あはは! お父さんはお母さんと釣り合うように頑張ったからね。なに、アザミだってお父さんの子だ。これぐらいは努力でなんとかなるよ」
あれ、ちょっとアザミに引かれちゃったかな?
ともあれ、アザミは魔測を習得できた。これからは一気に魔法の学習スピードが上がるだろう。
「魔測はあまり魔力を消費しないんだけど、アザミはどうかな?」
「はい、お父様から魔力は頂いていたので減ってはいません」
「そっか」
魔測によって得られる魔力も取られる魔力も微々たる物だ。ただ魔力量を測るだけの技術。
魔法のように消費する必要はない
。当然これで魔力を譲渡しようと思っても、少なすぎるので現実的ではない。
「じゃあアザミ、さっそくだけどお父さんに魔測を使用して欲しい」
「はい……?」
我が娘ながら、アザミは凄い。今までの魔測よりも全然安定している。
取られる量も送られる量も差はない。練習中に感じていた不快感は一切ない。
「これから土魔法を発動して、静止、移動、変形を行う。アザミはそれを魔測で使用する魔力量を把握してもらいたい。いいかな?」
「なるほど! 魔測を教えたのはこの為だったんですね! さすがお父様です!」
良い父、尊敬される父。うん、僕はちゃんとお父さんをやれてる。
「うんうん。じゃあ発動させるね。あと、途中気になる事があったら何でも言ってね?」
僕は向き直り、久しく可視化していなかった魔法陣を発現させ、魔力を注ぎ込む。
アザミが混乱しないように、標準的な魔力量で一定の流れを作る。
「いくよ? 土の精よ、母なる力を見せよ――テラ」
何の感慨もなくテラを発動させる。
ここまではアザミにもできる。彼女が出来ないのはこの先。
僕は土塊を上下左右にゆっくりと移動させる。
早くしてしまうとそれなりに必要な魔力が変化する。
静と動。これが理解出来なければ移動は出来ない。
アザミに目をやると「なるほどなるほど」と頷いている。
どうやら手がかりが掴めたようだ。僕はそれを見届けると、移動から変形の作業に移る。
土塊を操って棒状にしてみたり、四角や三角など色々変改させてみた。
変形は移動の応用だ。
変形させたい部分に魔力を意識して移動、変形させたくない部分は静止させてやればいい。
要は見方の違いだ。土塊を一つの物と見てしまえば移動。
土塊を複数の集まりと見てしまえば変形。さて、これにアザミは気づけるかな?
「どうかな? できそうかい?」
「ええ、なんとなく理解しました。ちょっとやってみますね」
すると、アザミは瞬時に魔法陣を発動させ、詠唱したのちにテラを行使した。
「確か……」
僕は目を見張った。
細かく揺れながらも、土塊は確実に上へと移動を開始した。
「す、すごいな……」
娘の多大に成長を見たのにこんな貧相な言葉で迎えてしまうとは……。
しかし、凄いのは本当だ。
アザミは突っかかりながらも上下左右に移動させて見せた。
数分もすると、ゆっくりではあるがスムーズに操作ができるようになった。
「うーん、もう少し練習すれば早くできる気がしますがここまでですかね。忘れないうちに変形もしておきますか」
動き回っていた土塊は止まり、破片を落としながら形を変えていく。
「あれ、思ったよりも難しいですね。どっこいしょっと……うわ」
我慢できなかったのか、アザミは大きく変形させようとしたようだ。
そのせいで土塊は大きく変形し、水をこぼしたような平べったい形となった。
「お父様みたいに上手くいきませんね。棒状にしようと思ったのですがこの通りです」
「いやいやいや、たった二日で移動と変形まで出来るようになるなんて滅多にいないよ! 今アザミは凄い事をしているんだ! もっと自信を持った方がいい!」
魔測が出来るようになっただけでこうも違うものなのか。
我が子の成長に喜ぶ反面、不安を感じてしまう。
いや、今日は素直に喜ぶとしよう。
流石のアザミも魔法を連発したためか、疲れてしまったらしい。
魔法はイメージを保つために頭を使う。魔力に余裕があっても無理は禁物だ。
何かの拍子で魔法が暴走してしまうかもしれない。
僕はやる気の彼女を何とかなだめ、魔法についての座学を設けた。
アザミは「お勉強は大嫌いです。だけど魔法を使うのは楽しいです。お父様、なんとかなりませんか?」と、可愛く訴えられるが断腸の思いでこれを拒否した。
僕もアザミの楽しむ顔が見たい。でも安全と比べてしまったらそうせざるをえない。
アザミは不満を見せながらも授業を受けた。