表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/26

07.ほっぺが落ちない悲哀のグルメ

「水の精よ、恵の力を見せよ――アクア!」


ぴちょん。


お、今回のはちょっとだけ大きくできた気がする。


初めは米粒ほどのサイズだったのに、米粒二つ分に増している。


つまりは二倍。明日も練習すれば四倍。


これを一カ月続ければ十億倍。がはは! 米俵何個分だよ! 


魔法少女アザミちゃんの始まりだね! 


だけどこれは一日に二倍増える事を仮定した計算。


もしこれが掛け算ではなく足し算なら一カ月で米粒三十粒分。


お、おにぎり一個ぐらいは作れるかなぁ?


よし、もう一回。私は魔法陣を出現させ、詠唱を開始する。が、唱えてもアクアは発動しなかった。


「アザミ、もしかして魔力が切れちゃったかな? じゃあまたこれを飲もうか」


と言って差し出されたのは、竹に類似した植物を加工したコップのような器。


中に入っているのは、薄く水色が付いた半透明の液体。


「うぇ。お父様、またこれですか? 私は本に書いてあったバイコーンの母乳が飲みたいです。それなら凄い魔法もバンバン使えるようになると思います」


「アザミ、ワガママはいけないよ。あれは結構高い代物だし、練習用ならこれで十分だよ」


「それでこれですか……」


容器を揺らすと、半歩遅れて水面が揺れる。実はこの液体、スライムの一部だという。


魔物は死後、ドロップアイテムを残して消滅するらしい。


だけどこれ、スライムそのものじゃん。


彼に聞いたところ、これはスライムが古くなった身体から排出される、老廃物のようなものらしい。


なのでバイコーンの母乳のように、魔物の生死にかかわらず、現存する事ができる。


それにしても二回目かぁ。いやぁ、飲みたくないなぁ。


「ほらアザミ、早く飲まないと続きが出来ないよ」


くそぉ! 岩をかじるよりは格段に良い。


私は意を決し、スライムを口に流し込む。


もう最悪だよ。


ドロッとした感触が口内に伝わる。例えるなら味のしない水あめ。めっちゃねちょねちょする。


歯と歯に隙間があるようものなら遠慮なくジャストフィットしてくる。


舌にもガッツリコーティングしてくる。


もはやどこがスライムに侵されているのか、いないのかわからない。


喉を通れば異物感を覚え、水で口直ししても消えない。


かなり粘度が高い液体なので、喉にスライムの膜が出来上がってしまう。その度にせき込む。


スライムとはもっとこう、プルプルしたものではないのだろうか。


歯ごたえがあり、こんにゃくやゼリーのような感触ではないのだろうか。


「うぷ。やっぱりまずいですね」


なんとか飲み干した。なんてけなげなんだ私は。もう自分で自分を褒めちぎってあげたい。


今ので魔力が九割回復した。


私の最大魔力がアクア二滴なのに対してスライム一杯分。


果たして割に合っているのだろうか。


スライムに含まれる魔素が少ないのか、私の魔力量が少ないのか。怖くて絶対にそんな事お父様に聞けないな。


「魔力は回復したかい?」


「はい、だいたい回復できたと思います」


すると、お父様は私の腕に手を伸ばす。


「どれ、ちょっと手を貸してくれるかな」


彼に言われた通りに手を出す。


手と手が触れ合うと、触れた先から魔力が抜けるのを感じる。


その後、同じくらいの魔力が戻ってくる。


「ふむ、本当にこれが最大なのかい?」


「はい、そうですけど。何か問題でもありますか?」


お父様は物思いにふける。


魔力が低いという事は、本人である私が一番わかる。


だがそんな事は昨日の時点で分かっているはずだし、そんなに長考するほどでもない気がする。


いや、それが問題なのか。本では魔法を扱える親から生まれた子供は、少なからず魔力を持つと書かれていた。


その魔力量の基準は明らかにされてはいなかったが、この世界における目安のようなものはあるのだろう。


それと私の魔力量が大きく離れていた。


だから彼はこんなにも頭を悩ませているのだろうか。


ま、私の魔力が少なすぎるっていうのは間違ってないと思うわ。ああ、いとかなし。


「アザミはさ、アクア以外の魔法使った事ないんだよね?」


「は、はい」


意外な言葉にワンテンポ応答が遅れる。


てっきり慰めの言葉をかけられるんだと思ってた。かわいそうなアザミ、って感じで。


「もしかしたらなんだけどさ、アザミは水魔法が……苦手なのかもしれないね」


「苦手……?」


苦手? 苦手ってなんだよ。


え、何、私は炎タイプなん? それとも私は地面タイプなん?


汗っかきで土臭い女ってなんだよ。最悪だろそれ。


「うん。魔法って言うのはね、人によって向き不向きがあるんだ。それでアクアを唱えても、ちょっとしか出来ないから苦手なんじゃないかなと思ってね。苦手な魔法を発動させようとすると、アザミみたいに魔力を余分に消費するように、不出来なものしか出せないんだ」


へー。私、水魔法が苦手なのか。だから二滴しか出せないし、しょぼいのしか出ないのか。


なーんだ。


じゃあ私の魔力が少ないと感じているのも、上手くいかないのも苦手のせいなのか。


じゃあそれ先に言っておいてよ。


言ってくれたらあんなに落ち込まなかったのに。


頼む、苦手であってくれ。


「それに、さっき確認して分かったけど、アザミは特別魔力が少ないってわけじゃないからね。五歳ならそれぐらいだと思うよ。だから水魔法が苦手なのはほぼ間違いないね」


「本当ですかお父様!?」


「うん。本当だよ」


ほいきた。苦手確定。もう言質とったからね。


これで他の魔法も同じ感じだったら一生恨むから。


ていうかさっきの行為で他人の魔力がわかるのか。


てっきりお父様の秘められた性癖があらわになるかと思った。


確かに私の精神年齢は大人のそれだが、身体は五歳だ。


そんなことナイダロウ、私のバカヤロウ。


「それにしても水魔法が苦手っていうのは珍しいね。魔法の苦手は過去の嫌な経験が原因でなる事が多いんだ。水っていうのは人間にとって身近なものだ。それゆえ水魔法は苦手になりにくい。……うーん、おかしいな。まだアザミはお家から出ていないはずだし、庭に池はあるけど溺れたりする深さじゃないはず。もしかしてアザミ、こっそり抜け出した事とかある?」


「いえ、おばさんやお母様の目がありますし、万が一抜け出してもお母様が怖いので出られません」


「ははっ。それもそうだね」


外に出ていないのは本当だ。


屋敷は高い塀で囲まれており、ザ・和風って感じに石で出来てる。


大人になってよじ登ろうとすれば外が見えるだろうが、五歳なので身長が足らない。


以上からこの屋敷以外の世界をしらない。


五歳で一歩も外に出さないのは過保護過ぎるのではないかと思うが、それが彼らの常識なのだろう。


魔物が息づく世界だ。ここだけ人が住んでるというのは考えられないが、外に出たら魔物と遭遇って事もあるかもしれない。


ここと違う世界で培った常識などあてにならない。


しかし水にまつわるトラウマねぇ。


やっぱり前世の死に方と関係してるのかな。それ以外だと考えるなら赤ちゃんの頃か。


その時はお腹が凄く空いていたので勢いよく哺乳瓶を吸っていた。


そのせいでミルクが気管に入り、むせてしまった経験がある。


いやー、トラウマになる材料としては弱い気がする。正直、水に対する恐怖心とか一切ない。


となると考えられるのは前者か。


「よし、じゃあ他の魔法に挑戦してみようか」


「他の魔法ですか!? 私、楽しみです!」


「なにが良いかな……そうだ! 土魔法にしよう」


「えー。よりによって土魔法ですか?」


「なんでそんなに毛嫌いするんだい? 土魔法は良い魔法だよ? 高い所なら階段を作って登る事が出来るし、簡単な建物なら十分作れる。何しろ他の魔法と違って形になる。風魔法だと風が吹いただけで終わる。火魔法ならやけどや火事の心配がある。雷魔法も同じさ。つまり、魔法の練習をするのに土魔法はピッタリなんだ」


なんだろうこの人。土魔法への愛が半端じゃない。彼の前世はモグラとかセミなんじゃないかな。


確かに土魔法はくっそ地味だけど、メリットを実際にあげられると便利な気がしてきた。


まてよ? 高い所も階段を作れば登れるだって? 


あはは、これ脱走してくださいって言ってるようなもんじゃん。ちょっとやる気出て来たわ。


「わかりました。ではお父様、私に土魔法を教えてください」


「お、いいね。やる気があってお父さんは嬉しいよ。じゃあ早速魔法陣を出してくれるかな?」


お父様はやる気になった私を見て嬉しそうにする。さてはお主、土マニアだな?


私は彼に言われた通り、魔法陣を展開する。


一発で魔力切れを起こすのも嫌なので、あまり大きくしないように気を付ける。


「うん、いいね。じゃあお父さんの言葉に続いてね。――土の精よ、母なる力を見せよ。テラ」


「土の精よ、母なる力を見せよ――テラ!」


魔法陣に魔力を吸い取られる。


しかしアクアを発動する時と比べて流れる量は少ない。これは成功したかも。


魔力が減少するとともに、魔法陣から粒子が放出される。


やがてそれらは集い、群は個を形成する。


「やっぱり、お父さんの目に狂いはなかったね」


誇らしそうに鼻を鳴らすお父様。いやそっちに気をまわす暇はない。


何と、土魔法である『テラ』を発動して生成された土塊は、地に落ちる事無く宙に浮かんでいた。


今やってるんだけどこれがね、すっごい難しいんですわ。


魔法を発動するために魔力を消費したが、その後に魔力を要求する感覚があった。


余裕があったので流してみたらこの状況。


多すぎてもダメ、少なすぎてもダメ。


どちらかに傾いたら多分、土塊は落ちてしまうだろう。


「さすがだアザミ! 初めてテラを使ったのに静止させるなんて! アザミ、そのまま移動させる事は出来るかい?」


「む、無理ですお父様ァ! 魔力の増減やイメージで動きそうだなって直感で分かります。ですが見てわかる通りこの状態を保つだけで精一杯です!」


「なるほど。そこまでアザミは理解できているのか。魔力量は大丈夫かい?」


この人、私が言った精一杯って意味理解しているのかな。


魔法を維持したまま、流れ出る魔力の根源に意識を向かわせる。


アクアを発動した時よりもはるかに安定している。


ここまでかかった魔力量は全体の二割といった所か。


発動して現状維持。こうしている間にも魔力は消費している。


アクアとは比べられない程の安定感。しかも魔力を意識した事によって、維持するのに必要な適正魔力量を把握できた。


これなら無駄に消費することも無くなる。


この調子で行けば三十分は持つだろう。それほど維持費は安い。


「はい、しばらくは大丈夫だと思います」


「よしじゃ移動させてみようか」


「はいぃ?」


あれ、私言葉間違えてる? 


たしかに無理って言ったはずなんだけどなあ。


日本語訛りとか残ってるのかな。


「アザミ、何事にも失敗は付き物だよ」


朗報です! 私は何も間違ってませんでした!


そして悲報。どうやら彼は熱血系の人間らしい。


「今、アザミは留め方を知った。じゃあ次は動かし方だ」


「じゃあ次は動かし方だ。じゃないですよ! 落ちないようにするのも初めてなんです! もう少し時間をください!」


「そんなんじゃいつまでたっても出来ないよ。どこに飛ばしたって責任はお父さんが取る。失敗は大人になったらあんまり出来ないんだ」


わお、なんて深いお言葉なんでしょう。魔法の練習にその言葉は重すぎじゃない?


それほどこの世界において魔法は、大きな比重を置いているのか?


私には補助輪無しで自転車に乗るような感じだと思っていたのだが。


しょうがない。お父様の言う通り移動させてみるか。


イメージは真上に上げる感じで。もし危ない方向へ飛んでも彼が何とかしてくれるだろう。責任取るって言ってたし。


そうと決まれば魔法陣に意識を集中させる。相変わらず流す魔力の維持が難しい。頭を軽く超えるように飛ぶイメージで、土塊を支える魔法陣に魔力を流す。


「ンムゥ!」


どすっと顔面に衝撃が伝わる。


……え、何が起こった?


魔力を流し込んだら土塊が大きくなった。


デカくなるスピードがあまりにも早かったため、思わず目を閉じた。


そして痛み。なおも私の顔には何かが張り付いている。


もしかして、私は移動させるのではなく、デカくしてしまった?


いや、こうすれば動くという確信はあった。


じゃあコレは何?


私はさっきから流れ続けている魔力を止めた。


それと同時に顔にへばり付いていた何かが落ちた。


二秒ぶりに帰ってきた解放感。


だけど口の中が少しだけジャリジャリする。美味しくは、ない。


あ、そういう事か。


目を開けると、そこには私の顔を模した土塊だった。


綺麗な顔してるだろ? これ、出来立てホヤホヤなんだぜ?


「ま、まあ練習してると顔に飛んでくるぐらいはあるよね。お父さんも何度かそういう事あったよ……」


なにその雰囲気。絶対にそういう事お父様には無かったっていうパターンじゃん。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ