05.超ベリーバッドな魔女裁判
「ではアザミ。あそこで何をしていたのかしら?」
あれから日が落ち、夕食を摂った後だ。
座布団の上に正座させられた私の前に、カオリとタイチの二人が対面する。
外国人が和服を着てあぐらをかいたり、正座している光景は、どこかなごやかな印象を受ける。
しかし、事態は深刻だ。
「岩に登って……かじってました」
「よろしい」
気分は魔女裁判。
グレートママになったカオリは怖い。本当に魔物疑惑が出て来るぐるくらい。
いったい、初めて見た彼女の天使のような雰囲気はどこへ行ったのか。今じゃ別人だ。
母は強しと言うが、二人も子供を産めば鬼になると言うのか。いや、この世界なら鬼じゃなくて魔物か。
ああ、ユリに会いたいよぉ。
残念な事に、愛しの我が妹はこの裁判に出席していないようだ。
大方、おばさん達が面倒を見ているのだろう。
「それで、どうして岩なんかにかじりついてたのかしら」
「……それは」
「お父さんも聞きたいな。もしかしたらアザミが何かの呪いにかかっていたら知り合いの神官に連絡しないといけないし」
おいおいお父様。貴方は私の弁護士じゃないんかい。そこは「お父さんはアザミの事信じてるよ」ぐらい言って欲しいなぁ。
それに呪いってなんだよ。その概念この世界にあるんかい。
それともあれかい? 私がブリッジの姿勢でカサカサ動いたり、とんでもない勢いでゲロを吐いたりするとでも思ってるの? それマジしょっくなんだが。
「どうしても黙っているの? 何か私とタイチに言えない理由でもあるのかしら?」
恥ずかしいもんだねぇ。顔から火ィ噴いちゃうよ。
「実は魔力が切れたので回復しようと思いまして。本には岩をかじっても魔力が得られると書いてあったので……」
「は?」
「へ?」
二人は固まる。
うん、私も違う立場だったらそんな感じになると思う。
悪くないよ、悪いのは私だもん。
「ぷっ! ぷはははははははは!」
ですよねー。お父様大爆笑。お母様は呆れを通りこして青筋浮かばせてる。
お母様まじこえー。
「魔力を回復するために岩にかじりついたぁ!? あっはっはっはっは! そんなの聞いた事ないよ! ぷくくくくく!」
お父様、そんなに笑わないでよ。お母様、そんなに睨まないで。
あー、もう。超恥ずかしい。この羞恥心が晴れるなら煮るなり焼くなりなんでもして頂戴!
「はぁ。ということは、アザミは魔法が使えるのかい?」
「は、はい――あ」
あれ、この世界で魔法が使えるようになる年齢って何歳からだ?
本にはその事について触れて無かったし、大分抽象的な表現が多かった。
読み書きが出来るからってそれを五歳児が理解、実施することは普通の範疇にあるのだろうか。
もしかしたらこのせいで私という存在を不審に思われるかもしれない。
それで転生者とバレる?
そういえば私、この世界について知らなすぎる気がする。
まあ屋敷から一歩も出してもらえないのが原因なのだが。と
りあえず、まだ幼いしここから追い出されるのは勘弁したいな。
「そうかそうか! アザミはもう魔法が使えるのか! お父さんは嬉しいなぁ! カオリもそんな怒ってないで、ちょっとは喜んだらどうなんだ?」
「た、確かに魔法が使えるようになったのは凄いわ。だけど岩をかじるなんてみっともない……」
お父様は大層喜んでいるご様子。お母様は当然って感じ。
おや? これ、セーフなのでは?
「それにしても五歳で魔法が使えるのかぁ。僕が使えるようになったのは十歳だったかな。あの頃は魔力をこめすぎて大変だったなぁ。カオリはいつだっけ?」
「六歳か七歳の頃だわ」
ほうほう、十歳と六、七歳か。となると五歳は常識の範囲内か。
いやでも子供の一年は大人の一年と違うからなあ。
「そうだ! アザミはどんな魔法が使えるようになったんだい? 良かったら見せて欲しいな」
「はい。私は『アクア』が使えるようになりました。今から発動させますので見ていてください」
私はそういうと、すぐさま魔法陣を作成する。
「ちょっと待った! ここでやるのかい? ここで『アクア』を使うと畳が濡れちゃうよ」
「いえ、大丈夫です。問題ありません」
「問題あるわ! 昨年に新しくした畳なのよ? せめて庭でやりなさい」
カオリが声を張る。それをタイチが静止する。
「まあまあ。きっとアザミには考えがあるんだよ。僕たちは見守ろうじゃないか。我が娘の成長を」
「は、はぁ」
タイチに諭されてカオリは矛を収める。
ふー、マジでお母様怖いわ。サンキューお父様。
せっかく期待してくれてるけど検討違いだと思うな。
反応を見る限り『アクア』で出現させた水玉をコントロールして畳が濡れないように出来るとか思ってるんだろうなぁ。
先に謝ります。お父様、ごめん!
展開しておいた魔法陣に魔力を流し込む。
「では参ります。水の精よ、恵の力を見せよ――アクア!」
――ぴっちゅん。
お! 最初に出したヤツよりほんのちょこっとだけ大きい。
あれから時間は経ってるし、岩もかじった。体感としては全魔力量の半分は回復していたと思う。
つまり、流す魔力や魔法陣の大きさが同じなら、何回か繰り返す事によって熟練度が上がるのかな。
いいねぇ。ファンタジー感強くなってきたよ。
これなら魔法少女アザミちゃんのエンドロールを見るのも夢ではないね。
盛り上がってる私とは対照的に、カオリとタイチは冷えっ冷えだ。もうそういうインテリアって言われても信じるレベル。
てへ。私、なんかやっちゃいました?
「……アザミ、魔法が使えるようになってどれくらたったの?」
カオリは抑揚の無い声で質問する。
滅茶苦茶怖いなー。なーんか私の後ろに魔法陣作られてる気がするのは気のせいかなー。
私だってさぁ! カッコイイ魔法撃ってみたいよぉ! それで皆をあっと言わしてみたいよぉ!
「……今日が初めてです」
そうだ! 私初めてなんだよ! 私は初心者。うん、初心者。
初めて使う魔法がこんなにしょぼくてもしょうがないよね。しょうがないよねぇ!?
「ま、まあ初めてならしょうがないよね。お父さんだってさっき言った通り、最初はダメダメだったんだよ? お家は水浸しにしちゃうし、自分が発動した魔法で海に流されちゃったし」
あのさぁ。それって私が夢見た災害レベルの魔法じゃん。
水滴二つ分で魔力が尽きる私は、いったいどれだけ練習すればそんな大魔法放てるんですかね?
「それはあなたが魔法に対して不勉強だったからよ。私なら簡単に大きさ、形状、流す方向、全て操作出来たわ」
なぁーにそれ。天才じゃん。
私、魔力を感じるだけで一苦労だったんだよ? ね、二人共嘘だと言ってよ。
あの本にはさぁ、魔力量は遺伝するみたいな事書いてあったけどさぁ、ほんとに私は二人の子供なんですかねえ?
もしかして、赤ちゃん取り違えてません?
「……ぐすん」
いつのまにか、私の頬に涙が流れていた。鼻水もじゅるじゅる出て来る。
あー、私泣いちゃったか。
一回こういう風になっちゃうと私でも止められない。
確かに悔しいというか悲しいけど泣くまでではないかな。そこまでではないのに泣いちゃう感覚。ちょっと不思議だな。
「あ、アザミ? 私はそんなに深刻だと思ってないわよ? ほら、泣かないで?」
「そ、そうだよ! 時間かけて練習さえすればアザミもちゃんと魔法が使えるようになるよ!」
二人は号泣中の私を必死になだめる。
だが「時間かけて」の言葉が私のハートをえぐる。そこ、すぐじゃないんだね。それファローになってないよ、お父様。
「ぶえええええええ! わ、わだじ、えっぐ、わだじだっで、えっぐ、ずごいまほう、えっぐ、でぎるどおもっだもん! だげど、だげどおおおおおお!」
この際だから言っちゃえ。泣かされたし、こんぐらいは良いでしょ。
「うん、うん、そうだね。それはお父さんとお母さんが悪かった。ごめんね」
「私も悪かったわ。ごめんなさい」
うんうん。私が言うのもなんだけど、親は大変だなぁ。
あと思ったんだけど泣くのって疲れるね。大声出しながら泣き叫んでるから当然か。
「うーん……そうだ! 明日お父さんと一緒に魔法を練習しよう!」
「ぐすん。お父様、本当ですか?」
「うん、本当だよ。こう見えてもお父さんは毎日悪さをする魔物を倒しに行ってるんだよ」
おっと、棚からぼたもちじゃん。
お父様は初めての魔法で失敗したとはいえ、今では一家を築く大人だ。
しかも現役で魔物と戦っている。当然魔法の扱いは相当な物だろう。
本だけよりかは随分良いだろう。いいねいいねぇ。それテンション上がるねぇ。
「ちょっとあなた、仕事の方は大丈夫なの?」
「大丈夫。明日は休みだからアザミと一緒にいられるよ。といっても毎日は無理だからたまにだけどね。アザミ、それでいいかな?」
「はい!」
涙は止まり、感情のコントロールを確保できた。
赤ちゃんの頃とは違って早めに終わったな。
やっぱり喋れるとコミュニケーションが取れるから機嫌も取りやすいのだろう。
「よーし! お父さんは今からとっておきの魔法を見せちゃうぞ!」
「ありがとうございますお父様!」
「魔法を見せるのは良いけど庭でやってね。私はユリの様子を見て来るわ」
おっと? お母様はユリのところへ行くの?
しばし考えてお父様の魔法とユリを天秤にかける。
お父様の魔法ってどんなんだろう。庭でやるから範囲は限られるし地味そう。
反対に、最近のユリはべらぼうに可愛い。
やっとハイハイが出来るようになったと思ったら「まんま」や「バイバイ」と喋れるようになったのだ。
午前中にはユリとあるゲームをした。
それはユリが「バイバイ」と喋ると私は隠れる。
時を見計らって私がユリの前に現る。そして「バイバイ」と喋ったらまた隠れる。
これがまた可愛いくて楽しいのだ。
時にはいじわるをして「バイバイ」と喋ったのに隠れない、という行動にでる。
するとユリは怒って「バイバイ」と声を荒げるのだ。
その姿がもうなんとも言えなくて。思い出しただけでお姉ちゃん鼻血でそう。
こうして私はつんつん、ほっぺとほっぺをスリスリの他に、ばいばいゲームが出来るようになった。
もうこの世で一番幸せなのは私かもしれない。
という事で、お父様よりユリを取るべきなのだが、一つ懸念材料がある。
それはカオリの存在。
本人達はすっかり忘れているが、今回の主題はどうして岩をかじっていた、だ。
私が魔法を使った事でお茶を濁し、難を逃れた。
しかし、カオリの性格上、忘れていなければ今頃私の尻は真っ赤に燃え盛っていたであろう。
あれ結構痛いんだよね。痛みと恥ずかしさと振動が凄いんだよ。
以上からユリを諦める事とする。
それにこの時間じゃユリは眠っているだろうし、つんつんは出来てもスリスリやバイバイゲームは出来ない。
しゃーない。お父様の魔法で今日は我慢するか。
私はお父様の後ろ姿を追いかけた。