22.真っ赤なウソ
「お、お邪魔します……」
「なに緊張してんのよ」
見ていて呆れるほどびくびくしている彼の脇腹に肘を入れる。
しかし、まさかの無反応。土魔法でも使うべきだったかな。
あれから私はトーナメントを難なく勝ち抜き、余裕で守護者の座を手に入れた。
班を任されてたし、一応ミズハ家の血を引いてるから当然と言えば当然なのだが、なんかこう、苦戦がしたかった。
そうして守護者となった私とユウジはミズハ家にお呼ばれして、というのが今回の経緯である。
「ユウジ君、よくきたね」
「お、お頭! し、失礼します」
「ふふ、さああがって」
お母様が外様向けの顔で促す。
そっちの顔だけ見ると優しそうな人って思えるよね。そっちの顔だけ見てると。
「あれ、本日の主役である巫女様は?」
お父様とお母様がお出迎えするならユリの性格上お出迎えするはず。
「私かしら?」
「ははは。冗談キツイですよお母様。もっと若い方の巫女様ですよぉ」
「ぷっ」
これにはたまらずお父様も噴き出してしまったご様子。
「……アナタ?」
「なにも言ってないないですスミマセン」
あっぶね~。お母様が変な事いうからつい口走っちゃったよ。
「それでユリはどうしたんですか?」
「ああ、あの娘ならあなた達が来た時に遅れるって言ってたわ」
「遅れる? なにか準備でもしているんですか?」
「特にないけど……しいて言うなら心の準備かしらね」
「心の準備、ねぇ……」
はて、心の準備とは何なんでしょうか?
『やだっ!? 髪の毛が跳ねてる!?』とか。
『やだっ!? 今日のお洋服地味じゃない!?』とか。
『やだっ!? ドキドキが収まってくれない!?』とか、そんなんじゃないよね。
そんな甘酸っぺぇ準備ならお姉ちゃん悲しいんだけど。
いやだって、そんなまさか……ねぇ?
不意にお父様を見てみると、何故か遠くを見るような目をしていた。
いやいやいや、諦めるのは早いでしょ!
「お、お待たせいたしましたぁ!」
バタバタと足音を立て、息を切らしながらやってきたのは巫女様であるユリ。
そりゃあんだけ広い屋敷なら息も切れるよね……っておい、なんでそんな割と新しめな服を着ているんだ!? 外にいた時はその服じゃなかったのに!
「は、初めまして! この度守護者を務めさせて頂く事になりましたユウジ・サトウと申します! よろしくお願いします!」
「こ、こちらこそ初めまして! ユリ・ミズハです! お噂はお父様から聞いております! なんでもとてもお強くて頼もしいお方だとか」
「いえいえ、そんなに褒められる程の者ではないです!」
二人は初々しくも挨拶を済ませる
「さっきから何なのよアンタ。いつもみたいに頭スッカラカンな話し方しなさいよ。まったく、デレデレしちゃってさぁ」
「でっでれでれなんかしてないですよ!」
はいコイツ嘘ついてまーす。耳も頬も真っ赤でぇーす。
これがホントの真っ赤な嘘!
あらやだ私上手い!
「はいはい、立ち話もなんですし中に入って話しましょう?」
お母様は急かすようにして赤いままのユウジを案内する。
あんなのがユリの守護者とか先が思いやられる。
しょうがない、もしピンチになった時は彼を簀巻きにして差し出すか。
そんな事を考えていた矢先、お父様に声をかけられる。
「アザミ、どうかしたのかい?」
「あ、いえ」
靴を脱ぎ、屋敷内へただ足を踏み入れれば良い。
しかし、今の私にはそれが出来ないでいる。
確かに約束通り守護者にはなった。だが、それだけで私は許されるのだろうか。
ここに来るまでそんな問答は何度も繰り返した。だけど答えは未だに出ない。
それでも彼女は――
「お姉さま、おかえりなさい」
「……ええ、ただいま!」
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「それにしても、決勝戦は見事だったね」
テーブルを皆で囲んでかなり豪華な夕食をもぐもぐ。
お魚の刺身にお肉。滅多に飲めない果物のジュースまである。ここは天国かな?
「いえ、ただ運が良かっただけです。それにゴウダさんに稽古をつけてもらっているので尚更です」
「あら、謙遜がお上手ね」
「お母様、そんなにコイツを褒めてはいけませんよ? 調子にのりますから」
ユウジが取ろうとしていたベーコンを横から奪いとる。
おめーは豆だけを食ってればいいんだよ。
「そういえばユウジ様とお姉さま仲がよろしいご様子ですが、どのような関係なのですか?」
「子供と子守りの関係よ」
「……討伐隊の同じ班同士です」
「そうなんですね! ユウジ様、いつものお姉さまってどのような感じでしょうか? 長らくあっていなかったので……」
何か変な事を言われるとまずいので睨んでおく。
それを受けて彼は少し怯む。
「あ、えーとまぁ、なかなか頼りになる方だと思いますよ? ちょっと小腹が空いた時に食べられる木の実を探してきてくれたり」
どこからか「石よりはマシね」と聞こえたがスルー。
「戦闘の時も率先して指揮してくれるので安心して背中を預けられますし、何より討伐隊内の魔導士で上位を争う実力。アザミさん以上に心強い味方はいないと思っています」
「心強い味方……そうですか」
「なぁーに真面目に語っちゃってんの? きんも」
「アザミさん! せっかく褒めたのに酷くないですか!?」
あー煮物もうんまぁい。
「ふふふ、そろそろ私達はお暇しようかしら」
「そうだねカオリ」
そう言うと、お父様とお母様は名残惜しそうに席を立つ。
「ユウジ君、ユリとアザミを頼むわね?」
「あ、はい! 任せてください!」
お父様に少しの間見つめられる。多分「……頼んだよ?」みたいな事を言いたかったんだと思う。……任せてください。
さてさて、お母様達がどっか行ったので席移動をする。
ぷぷっ。お母様め、もう良い年だと言うのに小食アピールか? 近くの食べ物がいっぱいあるじゃない。
「ほらユウジ、酒がなくなったわよ。さっさと注ぎなさい?」
「何で僕がやらないといけないんですか。それぐらい自分でやってくださいよ」
「アンタ任せてくださいって言ったじゃない。ほら」
空になった酒器をぶらぶらさせて催促する。
「ほらじゃないですよ……まったく」
しかたなくといった感じで、ユウジはお酒を注ぐ。
「あーいいね。そんぐら――」
直後、左側からなにかがもたれかかる。
ハッ! 小ぶりで内から湧いてくるこの幸福感、まさか!?
「お姉さまぁ~ん」
「うぇ!? ちょ、ちょっとどうしたのよ!?」
ユリが腕を絡ませて寄りかかってくる。
彼女の頬はほんのりと紅潮し、垂れ目な瞳は溶け落ちそうなほど脱力している。
「わたしぃ、お姉さまがいなくて寂しかったんですよぉ? 魔法のお勉強だって頑張りましたし、お人形遊びだってあきるほどやりました……」
お人形遊びって、まさかずっと前にやったあれかな?
お母様に見られてないよね?
「もしかして、ユリ様はこれを飲んじゃったんじゃ?」
ユウジが持つのは酒好きに大人気な名酒『ドワーフ殺し』だ。
ベーコンと同じく仕入れルートが限られているので高価な品である。
「嘘でしょ? さっきまでお父様が飲んでたかなり強い酒じゃない!」
「もぉ~、私が話してる途中ですよぉ?」
両手で両頬を抑えられ、顔を近づけられる。
だめだこりゃ、完全に出来上がってるよ。
「ちょっとお酒臭いわよ? お酒どれだけ飲んだのよ」
「お酒ですかぁ~? そんなの飲んだ事ありませんよぉ」
「まさかこれが初酒? ……あんまり嬉しくない」
なぜだろう。家から離れた頃は、彼女の色々な初めてを諦めなければならないと悲観したのに。
「あぁ! 私、どぉしても気になってた事があるんですよぉ!」
突然ユリは立ち上がり、千鳥足でふらふらとユウジの下へ移動する。
「ユウジ様はぁ、お姉さまとどういう関係なんですかぁ?」
「え、どういう関係って……さっき言ったように同じ班同士なだけですよ」
「そうじゃなくてぇ、恋愛関係かどうかを聞いているんですよぉ」
「そんなわけないじゃない」
彼は私に同調するように頭を縦に振る。
「本当ですかぁ?」
「本当ですよ!」
二人は見つめ合い、室内は異様な雰囲気に包まれる。
ユリが近づくせいで二人の顔は段々と近くなり、ついには目と鼻の距離となる。
あまりにも近すぎたのか、ユウジはゆっくりと後退する。しかしユリは前進し続ける。
「んふふ~、そぉですかそぉですかぁ! 私、ユウジさんの事結構気に入っちゃいましたぁ」
気が済んだのか、ユリは私にもたれかかる。
いや、それよりもさぁ。
「ちょっとユリ、それどういう事よ。その発言お姉ちゃんとしては見過ごせないんだけど」
「まーまーまーまー」
なにを思ったのか、彼女は私とユウジの腕を組んで左右に揺れ始めた。
ユリが揺れるせいでつられて私とユウジも一緒に揺られることになる。
「らーららーららーららららー」
三人一緒にユラユラユラ。
真ん中は上機嫌にメロディーを口ずさむ。
はたから見れば頭のおかしい三人組だ。
「はぁ、どうしてこうなったのよ……。ユウジ、鼻の下伸びてるわよ」
「うそっ!?」
彼はとっさに鼻の下を押さえる。
「あほか」
これはいよいよ問題視しなければならない気がする。
お父様からは後を頼まれた。私は十分にその役目を果たさなければ。
「あれ、何かはしゃぎすぎて気持ち悪くなってきました……」
見れば彼女の顔色が若干悪くなっていた。
私の経験上、これはヤバイ。
「大丈夫? やっぱり酔ってるのよ。ゆっくり深呼吸しなさい? ユウジは受け皿になるもの持ってきて」
「はい!」
ユウジは大急ぎで探しに行く。
頼む……間に合ってッ!
しかし、彼女は限界のご様子で。
「すぅ、はぁ。すぅぅ、はぁ。すぅぅぅ……ウッ――」




