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02.はい、妹はカワイイです。

私が生まれて三年。いろいろ分かった事がある。



まず、この世界で使われている言語は私の知らない物だった。


日本人っぽい文化があるので日本語かなと思っても違う。


ならば英語かな? 中国語かな? と考えても違った。


使われている言語はワラフ語というらしい。


一応、主語や動詞っぽいのが聞いて判別できたので一年かからず理解できた。


英語でさえ習得するのに何年もかかるが、あの頃の私には食う寝る泣くの三パターンしかやることが無かったので、時間はそんなに必要じゃなかった。



次に、目を開けて初めて見たあの二人。予想通り親だった。


父親である男性はタイチ・ミズハ。


母親である女性はカオリ・ミズハ。外国人の容姿をしているのに日本人のような名前を持っている。


家の造りは和風。っていうか江戸時代の貴族が住んでいそうな立派なお屋敷。


あまりにも広すぎて、全体を把握するのに半年はかかった。


まあそんなことはどうでもいい。それよりも驚く事がある。



なんと、私が転生した世界、ここには魔法という概念が存在するのだ。


初めてそれを目撃したのはハイハイが出来るようになった頃。


カオリの腕から脱出してお屋敷内を探索していた時、厨房らしき所に出た。


そこでは身の回りの世話をしてくれるおばさん達が料理を作っていた。


手際よく食材を刻んで鍋のような物に入れる。


ここまではいい。問題はこれからだ。


彼女らは鍋に水を入れる。


スープか何かを作るのだろうか。


私がじっと見ているとそれはおこった。


彼女が手を前に出すと、何かを呟いてこぶし一つ分の炎が出現した。


鍋の下へ炎が移動すると、熱された鍋がぐつぐつと音を立てた。


見間違いじゃない。


煮込んだ鍋から良い匂いがしてくる。


あれは本当の火だ。


この世界に電気を利用した電化製品は見当たらない。


もしかしたら存在はするけど高価な物なので、一般には渡らないのかもしれない。


したがって科学はあまり発展していないと思うので、ガスを利用する習慣はないはず。


では江戸時代の人たちは何で火を起こしていたのか。


それは石である。正確には火打石という石で、互いをぶつける事で火種を作る事ができる。


しかし、今の彼女達がそれを使った形跡はない。


恐らく私の知識では到底理解できない分野――魔法。この世界に魔法が存在するのだ。


この時、あまりにも興奮しすぎてお漏らししてしまったのはご愛嬌。








///








「おかあさま、アザミです」


舌足らずな言葉で一礼し、私――アザミ・ミズハはふすまを横にスライドさせる。


三歳になってようやく指の自由が利くようになった。前まで腕の力で物を動かしていたのに、今ではこうしてふすまとふすまの隙間に指を指しこんで開く事ができる。子供の成長とは凄い物だ。


「あら、アザミ。どうしたのかしら?」


「はい、おかあさま。いもうとのようすをみにきました」


「ふふふ、心配して来てくれたのね。ほら、ユリ。お姉様が来ましたよ」


母であるカオリの腕に、小さな赤子が抱かれている。


この娘の名前はユリ・ミズハ。待ちに待った私の妹である。


母の膨れる腹を見るたびに、男の子か女の子かドキドキしたものだ。


私はパタパタと近づき、ユリの手に触れる。手のひらに人差し指を置くとぎゅっと握ってくる。


「まったく、アザミはユリが生まれてからいつもこうね」


なんて可愛い生き物なんだろう。自然に笑みがこぼれてしまう。


まあるいほっぺをつんつん。ぷにぷにしていてとても癒される。この感触をずっと味わっていたい。あわよくば頬と頬をすりすりしたい。とてもすりすりしたい。が、それは今後の楽しみにしておこう。


すると、ユリはつんつんし過ぎたせいか泣き出してしまう。


すかさずカオリはユリをあやす。


「おかあさま。わたし、ユリにいじわるしすぎました?」


「そうね。ちょっとやり過ぎかしらね」


まじか。もうちょっとつんつくしたかったのに。しかたない、ここは大人しく引き下がろう。前世で未婚だった自分が憎い。既婚だったらつんつんリミットを把握してギリギリまでつんつんできたのに。


「ユリ、いじわるしてごめんなさい。だからもうなかないで」


とは言ってみたものの、泣き止む気配はない。


そりゃそうだよね。まだ生まれてから数週間しか経ってないし。言葉を理解する赤ちゃんなんていたらびっくりだよね。


「アザミはちゃんと謝れて良い子ね。……そうね、もしかしたらユリはお腹が空いているのかしらね」


「あ! じゃあわたしがおばさんたちにみるくをもらってきます!」


カオリは母乳が出づらい体質らしい。なので、いつもは人肌に温められたミルクを母乳代わりに飲ませている。着物を着ていてもデカいと思わせるほどの暴力的なバストを持つのに、本来の役割を果たせないとはなんと悲しい事か。


「本当? 助かるわ。じゃあユリの為にお願いね」


「はい! 行ってきます!」


私は部屋を飛び出し、カオリに「走ってはだめよ?」と注意されながら廊下を駆ける。どこにこんな迷路みたいな広い屋敷を歩くやつがいるだろうか。ここから目的地である厨房まで大人でも一分ぐらいかかる。しかも腹をすかせた妹が声を上げて待っている。走らない道理はない。


「ええと、調味料はまだある。でも保存用の氷は少ないわね。あとでシバタさんに魔法で作ってもらわないといけないわね」


厨房に着くと、どうやら彼女は在庫の確認をしていたようだ。紙を置いた板に筆を走らせている。恐らく個数や品名などを記入しているのだろう。


「おばさんこんにちは!」


「あら、アザミ様。何かご用ですか?」


「はい! ユリがおなかをすかせているのでみるくをもらいにきました」


「まあ! アザミ様は偉いですね! 分かりました。少々お待ちください」


すると、彼女は腰に付けた小袋に手を入れる。大きさは拳一つ分といったところか。少しの間袋の中をゴソゴソすると、中から哺乳瓶が出て来る。この哺乳瓶は魔物の一部を利用して加工した物らしい。工程を想像すると気味が悪くなるが、そんな想像をしないように配慮がされているのでみてくれは良い。


「はい、どうぞ」


「ありがとうございます!」


私はそれを受け取って再度駆け出す。「走ってはダメですよ?」と、やはり注意されるが無視。なぜなら可愛い可愛い妹が待っているのだ。


先ほど、彼女が使用したあの小袋はマジックアイテムである。なんでも使用者の魔力量に比例して容量が増えるそうだ。その中に収納された物は時間が進まず、劣化や腐ったりはしないらしい。


そうこうしている内にユリとカオリがいる部屋にたどり着いた。相変わらずユリは泣いている。


「おかあさま! みるくをもってきました!」


「あら、結構早かったわね」


走った事をとがめられるが、おばさんから受け取った哺乳瓶をカオリに渡す。


「そうね。持ってきてくれたのはアザミだし、アザミがユリに飲ませてあげて」


「お、おかあさま!? いいのですか!?」


「ええ、いいわよ。いきなりは可哀相だからそーっとよ? そーっと」


「わかりました……」


哺乳瓶を渡され、カオリに支えられながらもユリの口元に持っていく。


どうしよう、手が震えちゃうよぉ。


「ふふ、そんなに緊張しなくても大丈夫よ」


カオリに諭されるが、そう簡単に出来る物ではない。


だって私赤ちゃんに哺乳瓶を飲ませたり抱いた事だってないもん。


先端がブレながらもなんとかユリに飲ませる事に成功する。


よほどお腹が空いていたらしい。ゴクゴクと哺乳瓶の中身を減らしていく。ユリが飲むたびに伝わる振動に感動を覚える。まったく、この娘は可愛いなぁ。


ユリは飲み終わると同時に静かになった。


「あらあら、お腹がいっぱいになって眠くなっちゃったのかしら」


耳を澄ますと微かな寝息が聞こえる。


うーん。つんつんしたい。だけどそれで起こしちゃうかもしれない。ガマンガマン。


「ユリはやっぱりかわいいですね」


「アザミも赤ちゃんの頃は今のユリと一緒だったのよ?」


「わたしのことはいいんです。ユリがかわいければそれでいいんです」


「ふふ、お姉ちゃん風ってやつかしらね。もっと良いお姉ちゃんになるにはもう少しおしとやかさが欲しいわね」


お母様、それ、言っちゃいます?


私が苦虫を噛みつぶしたような顔をしていると、眠っているはずのユリが笑ったような気がした。


それは天使のようで、まるで心が洗われるような。


私は自ら命を絶ち、この世界に転生した。


神様のお陰か、前世で望んだ妹までいる。


二度目の人生。せっかくだから悔いのないように生きたい。


もちろん妹は大切にしようと思う。それこそ悔いの無いように。


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