18.巫女
鈴の音が鳴る。
一度鳴れば二つ鈴が増える。
二度なれば四つ増える。
そうして音が重ねられると、辺りは異様な雰囲気に圧倒されて誰もが口を閉ざす。
「始まりましたね」
「シッ。黙りなさい」
続いて笛の音。
鈴の音に滑り込むような形で旋律を奏で始める。
笛の音は二つあり、それぞれが違った音を響かす。
陰と陽、静と動。それらを彷彿させる音が、かがり火によって照らされた夜空を舞う。
そんな中、広場の中央に設置された台座へ一人の女性が登る。
彼女の顔には仮面が付けられ、どのような表情を浮かべているのかわからない。
赤と白の装束を身に纏い、恭しい足取りで歩み出る。
「あれが巫女さんですか?」
「ふんッ」
「いでっ」
空気を読めない彼に対し、脇腹目がけてエルボーをお見舞いする。
ユウジは身体が丈夫だ。当然フルパワー。
奏者の操る音が転調を迎える。それと同時に目の前の巫女は身体をゆっくりと旋回し、手に持つ扇子を広げて舞踊を開始する。
それは今まで見てきたどんな踊りよりも芸術的で、心奪われるものだった。
彼女の動きに合わせて展開される魔法陣。
神秘的な演出をするかのように魔法が発動し、ミスト状になった水魔法が彼女を包み込むように降り注ぎ、霧散する。
魔法の移動と変形。これらの魔法は彼女が行使したものであり、彼女が保有する技術である。
あの頃はあんなに出来なくて困っていたのに。今では人を感動させるまでの物に仕上がっている。
――あの娘は、私がいなくてもちゃんと成長していた。
私がその事に気が付くと、なんだか寂しいような、悲しいような、でも嬉しいような、そんな言葉に出来ないような思いが渦巻く。
ともあれ、まだ始まったばかり。彼女の見せる舞踊を楽しもう。
彼女の頭上にかなり大きい魔法陣が出現する。
恐らく環境魔法だろうか。その中でも青白い光を放つから水魔法かな?
私の予想は当たっていた。
彼女の魔法陣からは大量の水が召喚される。
バケツ一杯程度の量ではない。ぱっと見、プール一杯程の量だ。それが宙に浮いたまま、輪を作る。
あれほどの水魔法だ。呼び出すのに相当の魔力を消費するし、維持費も無視できないはず。
私が土魔法で同じことをしたら全魔力量の半分を持っていかれることだろう。
しかし、仮面で顔を隠す彼女に疲れたような素振りは見られない。さすがは巫女と言った所か。
そんな時、巫女が操る水の輪に眩い光が駆け巡る。
「……やるじゃん」
見覚えのある光景。あれは確か私が魔法を使い始めた頃だったか。
彼女が操る雷魔法を含んだ特大アクアは観客の頭上で宙に舞い、幻想的な空間を演出させる。
やがてそれらは一つにまとまり、球体に変形する。
俄然、水球の中からは光を発し続ける。
彼女の魔法に目を奪われた人々は、舞と魔法が止まった事で疑問の声を上げる。
これから、なんでしょ?
突如、巫女の操る水球が天高く飛び上がる。
光を放つ水球が星のように小さくなった後、彼女は新たな魔法――火魔法を繰り出す。
火魔法によって呼び出されたファイアーボールは水球の後を追うように、これもまた空へ射出される。
両者が接触するまではそう時間はかからなかった。
星々が輝く内の一点に、二つの星が重なる。
重なった星々は、秘められた光を放出させる。
「すごい……」
私の横でユウジがポッと呟く。
彼女の魔法は、夜空さえも一つの芸術に変えてしまう。
そう、彼女はすごい。
異世界に転生して、他の人より多少魔法の扱いが上手くても所詮それまで。
すごい力持ちだったり、奇跡としか言いようがない力を持っていたりなんて事はない。
私はその辺にいる、ちょっとだけ魔法が上手い人間だ。
そんな私と彼女を比べるなんておこがましいにも程がある。
さて、そろそろ大詰めだ。
笛の音も終盤に差し掛かり、観客も今か今かと待ち構える。
巫女は踊りに合わせて仮面に手を付ける。
巫女のお披露目。
彼女は顔を下に向け、ゆっくりと仮面を外す。同時にサラサラとした、手触りのよさそうな髪の毛が垂れる。
「おお」
観衆は巫女の素顔があらわになった事でざわめきたつ。
彼女の頬はほんのりと紅色に染まっていて、唇には真っ赤な口紅が塗ってある。
若干あどけなさは残るものの、彼女はれっきとした巫女。
私が討伐隊に入ると決めて、一人暮らしを始めて。あれからもう七年か。
久しぶりだね、ユリ。
すると、ユリの周りに水の壁が出現する。
突然の事態に人々は狼狽を禁じ得ない。
奏者や関係者らしき人たちの慌てようから、どうやらこれは予定されていた動きではないらしい。
はは~ん。さてはユリ、恥ずかしくなってきちゃったな?
まったく、可愛いやつめ。
観念したのかユリは魔法を解いた。
「え、ええと。皆さん、初めまして、私はユリ・ミズハと申します」
彼女は緊張しているのか、手を重ねてもじもじしている。
それもそうだろう。ユリの知っている人間と言えばお屋敷の人たちだけだ。
そんな彼女がここにいる大勢の人たちの前に出れば緊張しないはずがない。
「ほ、本日はお忙しい中、お集まり頂き嬉しく思いまずッ」
あーあ、かんじゃったよ。頑張れ!
「私は皆さんも知っての通り巫女に選ばれました。これからはミズハの名に恥じないよう、立派に務めを果たしたいと思います。どうぞ、よろしくお願いいたします」
ユリは一礼して台座から降りると、代わりにお母様が台に上がる。
お、お母様じゃん。めっちゃ久しぶりじゃん。なんか目尻のシワとか眉間のシワ増えてない?
そんな邪な考えを見抜いたのか、彼女はキッと睨む。
なぜや。娘との感動の再開にそんな目しちゃだめでしょ。
「皆様、お久しぶりです。まず初めに、娘の為にこのような機会を設けて頂き、ありがとうございます。あの娘が巫女になるに従って、その名に恥じないよう育ててきたつもりです。ですが、巫女とは言え、一人の人間です。もし彼女と接して頂ける事がございましたら決して特別扱いせずにしていただけると嬉しいです。それが彼女にとってのためであり、より優れた巫女でいられる事にもなります。ですので、どうか彼女の事は巫女ではなく、ただの小娘だと思ってください。これは親であり、後を継がせる者としての思いです。どうか皆様、彼女をよろしくお願いいたします」
お母様が頭を下げ、巫女のお披露目は終わりを告げる。
「巫女さん、結構可愛らしい方でしたね」
「あんた、あんな年上が好みなの? かなり特殊ね」
「お母様の方じゃありませんよ! 妹さんのほうです!」
「手ェだしたら、分かってるよね?」
「そんな恐れ多い事しませんよ……」
しかし、今日はこれだけではない。
これからは待ちに待った宴の時間だ。
気付けば辺りにスープやら肉の焼いた匂いやらが漂ってくる。
そう、私の目的はこれなのだ。もちろん、一番はユリのお披露目なのだが、二番目は宴で出てくる食べ物だ。
私は先ほど受け取ったプレゼントを買うために節約生活を強いられていた。朝昼晩、豆豆豆。討伐隊で外に出かけている時は、そこら辺に生えてる木の実を食べたり、動物を捕まえて食べたりしたものだ。お陰で班員には強いけどなんでも食べちゃう変人というレッテルを貼られてしまっている。しかし、そんな生活はもうおさらばだ。
「良い匂いですね。僕、お腹空いてきちゃいましたよ」
「私はとっくに空いてる。ほら、いくよ」
「って、いつの間にお皿受け取ったんですか!? ちょ、ちょっと待ってくださいよ!」
待てと言われて待つ馬鹿はいない。
私は猛烈にお腹が空いているのだ。
おらおら! はらぺこアザミ様のお通りじゃい!




