17.頼れる剣士
「形状変化・サンドスパイクフィールドッ!」
省略化された詠唱により、乱された意識に関係なく魔法が発動する。
かねてより出現させていたサンドウォールを伝って、針の道はゴブリンやコボルトなどで構成された雑兵の身体に幾多の穴を開ける。
戦闘不能になったのは全体の三割。されど三割。母数が大きくなれば三割という数は大きくなるが、残された七割の数も大きくなる。
「アザミさん! いきなりそんな魔法使ったら後が持ちませんよ!?」
「それくらい分かってるわよ! それともなに? ユウジはこんな数を真面目に相手するつもり!?」
遠目で確認できるのは三十体ほど。
対してこちらの戦力は十五人。
仲間の死は士気に関わる。
連戦に次ぐ連戦で、誰もが疲労の色を隠せない。
前の戦闘では、敵が弓や射出系の魔法を主体としていたためにサンドウォールを何個か作っていた。幸いにも目の前にいる敵は魔法を扱う者が数体確認している。
今回はサンドウォールを上手く活用することで、サンドスパイクフィールドを発動できた。
単体に向けて発動させれば、多大な魔力の消費のせいで旨味がない。
しかし、さっきの一発でかなりの敵を討ちとれた。費用対効果はまずまずと言ったところか。
とはいえ魔力が尽きかけているのは事実。
私は身の安全を確かめつつ、魔袋から革袋を取り出す。
中身はスライム。
戦闘時の摂取は危険極まりないが、連戦が続けば摂る暇もない。
革袋に口を付けながら、戦況を把握する。
「敵の前線は崩れた! 攻めるなら今だ!」
青年は眉を八の字にしながら呼びかけ、他の者が呼応する。
こちらの戦力は剣士十の魔術師四、私を含め総勢十五名のチームとなる。
魔術師は魔力に限りがある。そのため攻撃する回数が減る。攻撃するには最善の一手を要求される。
以上の理由より、剣士二人につき魔術師一人が五組という構成になる。
対する魔物は前述の通り弓や剣を装備したゴブリンとコボルト。俊敏性に長けたロウウルフ、ファイアーボールを得意に放つゴブリンメイジ。その最奥にて待ち構えるのは知性、戦闘力、共に優れたゴブリンシャーマン。
個々の脅威度はさして高くない。
だが徒党を組めば村一つ滅ぼすのに時間はそうかからない。
「ッ! ライトニング!」
革袋を吐き捨て、雷を走らす。
狙いは的確、体毛を逆立てたコボルトの眉間を打ち抜く。
「すみません!」
「仲間からは目を離さないで! 背中はあなたが守るの! 守れない魔術師なんて必要ないわ!」
眼下に立つ女魔術師に私は叱責する。
たしか、あの女の子はまだ討伐隊に入ったばかりだったか。
どうりで魔法の不発や誤射が多いわけだ。
実質、私は四人の剣士を面倒見ることになる。
はぁ。いくらお父様の子とはいえ、たった数年で十四人を指揮する班長に任命されるとは。
正直、今の私には荷が重い気がする。
戦況は一進一退。
剣士たちは上手くサンドウォールを盾に戦う。
魔物が接近すれば剣と剣のせめぎ合い。
魔法が飛んでくれば魔術師が、サンドウォールが防ぐ。
それでも防げない場合は私が。
革袋は何個も空にした。
残りはもう片手で数えるほどしかない。
そろそろ撤退や他の班に応援を出すべきか。
いや、魔物の異常発生はここだけじゃない。
お父様の概算では村を大きく取り囲むほどの規模らしい。
今頃どの班も精一杯だろう。
このままちんたらやっていたら日が暮れてしまう。
そうなると今夜行われるお披露目の儀に間に合わない。
それはどうしても困る。
「先行します!」
「はいよ!」
私の気持ちを汲み取ったように、青年――ユウジは敵陣へと切り進む。
彼の身体には無数の刃が襲いかかる。しかし、巧みな身のこなしでそれらをひょうひょうとかわす。代わりに手に持つ愛刀で空に線を描いて駆け去る。彼が進んだ跡には血を流す頭部が転がった。
この班最強の剣士。
彼の剣捌きには刀身が見えないと言う者もいる。
かく言う私も、最高速に達した彼の刀は見えない。
問題視されたのだろう。彼のもとに火の玉が降り注ぐ。
私は即座に新たなサンドウォールを作って防ぐ。
私と彼の間に言葉はない。
予定されていたかのように、ユウジは壁と壁の間を縫うように通過する。
優れた反射神経、優れた身体能力。その両方が今の結果を生んだ。
ユウジは歩みを止めない。
彼がすれ違えば、次々と首を失った身体が出来上がる。
やがて頭目であるゴブリンシャーマンと接敵する。
魔法陣を浮かべて魔法を発動させようとさせるが間に合わない。
あえなく腕を失い、首に刀が通り抜ける。
「頭目は討ち取ったッ!」
ユウジの叫びに仲間は勢いづく。
反対にゴブリン達は先導者を失った事により隊列が乱れる。
「今よ!」
散り散りになった敵は統率された刃の餌食になる。
逃げ惑う者が多数だが、迎え討つ者も少なくはない。
仲間が危なくなれば私の魔法で。激昂する強者にはユウジの愛刀で。
この日の戦闘はこれを最後に終了した。
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細工屋と書かれたのれんをくぐり、引き戸を引く。
「あら、アザミちゃん。もうお仕事終わったの?」
「はい、そうなんです。今日は結構多かったですけどなんとか早めになるように切り上げてきました」
「かなり強引でしたけどね」
「ユウジはちょっと黙ってなさい」
あれから私達は全ての魔物が討伐されたのを確認し、早々に町へと帰還した。
とうに日は暮れ、遠くの空には星々が輝く。
「ふふ、やっぱり若いっていいわね」
「あ、そうそう。おばさん、お願いしていた物はどうなっていますか?」
「おっと、ごめんなさい。私、そのこと忘れてたわ。でも安心して? すでに出来上がってるから。ちょっと待っててね」
そう言うと、店番である細工屋のおばさんは奥へと入っていく。
「お願いしていた物って何ですか?」
「決まってるじゃない。妹へのプレゼントよ」
「プレゼント? 何か良い事でもあったんですか?」
「はぁ? もしかしてあんた、今日という大事な日が何なのか分かっていないわけ?」
「何かありましたっけ?」
ユウジのあんまりな態度に、思わず頭を抱える。
筋肉馬鹿とは彼の事を言うのではないだろうか。
彼は優れた剣士だ。しかし、剣に傾倒しすぎるせいで一般常識というか、世間知らずな一面を時折見せる。
「まったく、あんたの頭ん中どうなってるのよ……。今日は巫女がお披露目される日よ。年始から討伐隊内でも話題になってたじゃない」
「あ、そういえばそうでしたね。戦ってない時は練習に夢中で気が付きませんでした。だから皆さんお頭と何か話してたんですね」
「そうよ」
残念な脳みそを持った彼に呆れていると、店の奥からおばさんが木箱を手に持ってやってきた。
「ごめんね、お待たせしちゃって」
「いえいえ、大丈夫です」
「はい、これがお願いされてた物ね」
「ありがとうございます!」
おばさんから木箱を受け取る。大きさとしては両手で囲えるぐらい。
代金は既に支払っているので、そのまま魔袋の中へ突っ込む。
「そういえばまだお披露目の時間には早いけど、広場にもう人は集まってるかしら?」
「ええ、遠目でみただけですけど少しづつ集まって来ていますね」
「やだわ。私もこうしちゃいられないわ。さっさと店じまいして広場に行かなきゃ。アザミちゃん達も遅れないようにね」
「はい」
こうして私達は細工屋を後にする。
町通りは行きかう人々でいっぱいだ。それほどお披露目の時刻が迫っているのだろう。
私も早く広場に向かわないと。
「さっきのプレゼントなんですけど、アザミさんに妹さんっていましたっけ?」
「何を言ってるの? いるに決まってるじゃない」
「あ、そうなんですか。という事はアザミさんってここから遠い所から出稼ぎに来た方だったんですね」
「生まれも育ちもここよ?」
「え、でも、討伐隊の飲み会でアザミさんがお酒に潰れて、僕が送り届けた日があったじゃないですか。で、お家に寄った時は中に誰もいなかったじゃないですか。それってつまり一人暮らししてるんじゃないんですか?」
「そうね」
「じゃあ出稼ぎ以外の理由で、なんで一人暮らししてるんですか?」
こいつは天然なのか狙ってるのか全くわからないな。
この話題は結構タブーな話しなんだけどなぁ。
「ユウジ、あんたは私の名字って知ってる?」
「それはわかりますよ。アザミ・ミズ……え?」
「そう、私の名前はアザミ・ミズハ」
彼の呆けた表情はみるみるうちに驚愕の表情に変わっていく。
「み、ミズハってお頭と同じ名字……。じゃあ、アザミさんの妹さんって」
「巫女よ」
驚き過ぎたのだろうか。彼は白目をむく。
「じゃ、じゃあ何でミズハ家の方がこっちで一人暮らしなんかしているんですか?」
「それは、まあ、色々よ。しきたりとか家庭の事情やらそっち方面のね」
「そうだったんですね……」
「ほら、そろそろ始まる頃よ。急ぐわよ」
「あ、はい」
私とユウジの二人はお披露目を最前線で見るべく、雑踏の中に潜り込む。
さすがは剣士。彼は先陣を切って、エルボーやタックルから身をもって守ってくれる。
なんとも頼もしい男だ。
ま、実際は彼を盾代わりにして無理やり突き進んでいるだけだけどね。




