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16.理由

「さて。改めて聞くけど、どうしてアザミは外に出たのかな?」


「……」


ロウソクの灯りだけを頼りに、私とお父様は対面する。


月明りは綿のように分厚い雲によって隠されている。


あれから私は、ユリを抱えるお父様に連れられて帰宅した。


お母様は気絶しているユリに悲鳴をあげ、それいらい付きっきりの看病をしている。


その後は夕食をとったが、口の中をモゴモゴさせるだけであまり味を感じなかった。


「前々から外の世界に出てみたかったのと、ユリに頼られたかったからです……」


私はユリを危険な目に遭わせた。


自分勝手な好奇心と卑しい承認欲求の為だけに。


「その結果がこれかい? あの時お父さんがいなければ確実にユリは殺されていただろうね。ゴブリンは人間と違って聴覚と嗅覚が格段に優れている。もしユリを守れていても、他のゴブリンが同族の臭いに誘われてやってくるかもしれない。アザミは、そんな事も想像できなかったのかい?」


相変わらず私の顔は下を向く。


返ってきてから今まで目に入ったのは、自分の身体と他人の足だけ。上を向くことは許されない。いや、上を向けない。上を向いてしまうとお父様の表情が見えてしまう、お母様の悲痛な感情が読み取れてしまう。私は、分かってしまうのが怖い。


だから、顔を上げられない。


「出来ませんでした……」


私は小さく、消え入る声で答えた。


どうしてあの時、ゴブリンなんかに同情なんてしたのだろうか。


本気で殺しにきたのに。


同情なんて余裕のある者にしかできない。


まさか私は凄い存在なのだと思って興奮していたのか?


だとしたら私は大馬鹿者だ。


消えていなくなってしまえばいい。


そうすればアザミ・ミズハという巫女のなりそこないは、ユリを危険な目にも遭わせず、ミズハ家を揺るがす事もなくなる。


なんだ、私っていらない子じゃん。


だったら魔法の練習なんてしなくてもよかった。この世界について知ろうとしなくてもよかった。なにも頑張らなくてよかった。


じゃあ、私がこの世界で生まれた意味って?


「はぁ。アザミはユリを危険にさらした。これは事実。賢いアザミならどれだけ駄目な事かは理解しているはず。だからもうこの事について何も言わない」


「……え?」


予想だにしていなかった言葉に、思わず頭を上げる。


激昂と暴言と暴力。


彼の言葉は、私が身構えていたそれらに当てはまらない。


ほんの少し遅れていただけでユリは確実に死んだのだ。


その原因を作ったのは私。


どんな仕打ちでも因果応報の結果として受け入れられる。


だが、なぜ何も言わないなんてことを?


私は知りたいと思った。


「本当はね、もっと早くに話すべきだと思ったんだ」


お父様はなぜかバツの悪そうな顔をしていた。


叱られているのは私ではなく、お父様だとでも言うかのように。


「アザミも知っての通り君は巫女じゃない。イチョウ様が仰ったんだ、間違いない。そこで、だ。ミズハ家の者だが巫女じゃないなら決まりを守る必要性はなくなる。もしアザミが望むのなら、ミズハ家の名を捨てて村の人達と一緒に暮らすことができる」


事実上の勘当。


それはミズハ家との縁を断ち切り、アザミ一個人として生きていくこと。


「でも安心してほしい。大人になるまで、十六になるまではここで面倒を見れるようにする。決断した瞬間追い出すってことはしないからね」


お父様は身振り手振り伝える。


どうやら悪い意味で言っているわけではないらしい。


「それに、お父さんはあまりミズハ家に縛られなくてもいいと思う。村にはたくさんの人がいる。アザミと同年代の子はいっぱいいるし、何よりいい人達ばかりだ。大人になって商いをするのも良い。魔法が使えるから、何か人の役に立つ仕事をしても良い。どうかな?」


今の私の身分を考えるのならば、魅力的な案だ。


自分の将来、自分の未来。


しかしそんな大切な物を、そう簡単に決めて良いものだろうか?


「他は、ないのでしょうか?」


「ほか、か」


少し考えるように、お父様は目を閉じる。


私はこの世界に転生した。


だが魔力は少ない、巫女にはなれない。


正直、私がここにいる意味が分からない。


私は何の為に生まれ、何の為に生きる?


私は、なぜ存在する?


その答えの一端は、彼の口より明示される。


「巫女の守護者に……なってみるかい?」


「巫女の守護者?」


「そうか、まだ教えてなかったね。守護者とはその名の通り守る者。すなわち、ユリを守る者だね」


「ユリを……守る?」


「うん。巫女は成人してからの翌年に試練を受けないといけないんだ。だけど一人だと何か問題が起きた時に生還できないかもしれない。それを防ぐために、盾となり、囮となる存在。それが守護者」


「つまり、巫女を生かすための捨て駒ですか?」


「あながち間違ってはないかな。でもその守護者が強ければわざわざ死ぬこともない。現にお父さんはお母さんの守護者だったからね。それにアザミが守護者になるというならミズハ家の人間としても体裁が保てる」


彼の言葉は、天より垂れる救済の糸に感じられた。


ユリを守る。


私は前世で願った。『妹を大切にしたい』と。


頭の片隅で大切にするとはどういうことか悩む時が多々あった。


ただ交遊を深めれば良いのか、ただ愛でればいいのか、ただ触れ合えばいいのか。


今になってハッキリした。


そう、大切にするとは守ることなのだ。


ならば私は――。


「お父様。私は、私は守護者になりたいです!」


お父様の目を淀みなく見据える。


もう恐怖心はない。


見えない何かに抑圧される私はもういない。


私はユリを守る。


「本気かい? 守護者は巫女が成人した時と同時に同年代の男女から選ばれる。さらに討伐隊へ加わっている事が必須で、武力に優れた者にしか守護者は務まらない。その道は険しく、並大抵の人には難しいと思う。それでもアザミはやるのかい?」


「私はユリを守れませんでした。それにミズハ家の人間なのに巫女でもない。私は理由が、存在する理由が欲しいのです。だからどうか! 巫女にはなれなくてもいいです! でも! でも私には守れる力が欲しい、その力でユリを守りたいんです! どうか、私に理由をください!」


姿勢を正し、腰を曲げ、額を地につける。


私が思いつく限りの行為。


ユリを死地にいざなった事の謝罪。


守護者になるための嘆願。


全てが伝わるとは思っていない。


だが十の内、一は理解してほしい。


「……わかった。守護者になろうとするのを認めるよ。だけど、さっき言ったとおり討伐隊に参加しなければならない。今のアザミなら少しぐらいは戦えるだろう。いつから参加するんだい?」


「今からでも!」


私は即答した。


この決意が費えるまえに、自分が自分であるために。


「そうか、では討伐隊の長おさである僕が歓迎する」


お父様は片手を出し、握手を要求する。


私はそれに応え、ゴツゴツした大きい手を握る。


「よろしくお願いします」


私は、巫女の守護者になる。


ユリは私の大切な人。


何があっても必ず守る。


私はそう、心の中で強く誓った。


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