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01.後悔

私の妹が死んだ。


きっかけは筋肉痛や階段を昇っただけで息が切れるなどの些細な出来事だった。


私はそれを運動不足などと言って笑っていた。


今ではなんて事を言ってしまったんだと後悔する。




それから数カ月。


一向に容体は良くならない。むしろ悪化の一途を辿り、ついには入院にまでになった。


病名は筋萎縮性側索硬化症。


通称ALS。


それを医者の口から聞いた時、私は神という存在を強く恨んだ。


ALSとは全身の筋肉がやせて力が入らなくなる物らしい。


しかも医学が発展した現代では完治するのは不可能に近い。


つまり、妹はこの先自分の足で立つことが出来なくなる。自分の手で物を掴めなくなる。自分の声で言葉を


伝えられなくなる。唯一動かせるのは目だけ。


こうして彼女は目だけ動く人形となった。




手足は動かない。声は出ない。表情筋も衰えるのでどんな感情を抱いているのかも分からない。


「ごめんね、ごめんね」と謝られながら行っていた排泄物の処理も、今では私が一方的に話しかけながらの作業となる。


やがて呼吸器を付けられ、点滴での栄養摂取に切り替わる。


彼女には何も出来ない。彼女は何を思い、何を望んでいるのだろうか。私には分からない。


やせ細った身体に気味が悪いほど白い肌。




ここでお父さんは耐えられなくなったんだと思う。今まで定期的に通っていた私達の中からお父さんの姿が消えた。


残るのは私とお母さんと彼女の彼氏。


彼氏君は良い人だ。


病名が判明しても妹に対する態度は変わらず、今もこうして付き添っている。恋仲であることを覗けば赤の


他人だというのに。


彼には何度も励まされた。私達が諦めそうになったら何度も何度も叱責された。


「彼女は助かる、僕には信じる事ぐらいしかできないけど何もしないよりはマシだ」と。


しかし、現実は残酷だった。


彼女は息をしている。心臓も動いている。


医者は私達に彼女の安楽死をすすめた。


どうやらこの先、妹が助かる見込みは万一にも無いらしい。延命治療を施しても何のメリットもないらしい。


つらい決断だった。私達は話し合い、安楽死させる事を選んだ。


妹に繋がれたチューブへ注射針が刺さる。


やがて心電図を映すモニターから、一定のリズムを発していた電子音が終わりなく伸びる。


妹は、亡くなった。



彼女の頬に触れるとやけに冷たい。


いつも笑っていた彼女はもういない。


くだらない事で喧嘩する事もない。


幸せそうな姿を見る事もできない。


頼れる彼氏も出来ていつかは家庭を持つかもしれない、まだまだ人生これからだというのに。


私はここで気づいた。妹はこの世界からいなくなったんだと。


不思議と涙は出ない。代わりに私の中で大きな物が無くなった。




彼女が死んでからはすぐに葬式が始まった。


室内に蠢く無数の黒い塊達。耳に纏わりつく抑揚のない歌。


なぜ妹だったのか。


なぜ妹がこんな目に合わなければいけないのか。


人間はこんなにいっぱいいる。


誰かが彼女の代わりに死ねばよかったのに。


棺の中に入れられた彼女は火葬場に送られ、骨と灰になって戻ってきた。


骨をハシで拾い、容器の中へ入れていく。全て入れようと形の大きい骨はゴリゴリと音をたてて圧縮されていく。


その光景になんの感慨も覚えない。これは物であって生き物ではない。


その日はつつがなく終わった。




数日後、妹の後を追うように彼氏君は自ら命を絶った。


あんなに彼女を愛してくれていた彼だ。


その一報が伝えられたあと、私達はおかしくなった。いや、ずっと前からおかしくなっていたんだと思う。


お父さんは酒に溺れ、姿をくらました。お母さんは精神的ショックのせいで要介護の状態になった。




そして私は包丁を片手に、水を張った浴槽にいる。


思えば今の私には後悔しかない。


限られた時間しか過ごせなかった妹に、何かしてあげられる事は無かったのか。安楽死を選んだ事で彼女に恨まれているのではないか。延命治療を選択すれば助かったのではないか。


しかしそれらはもう叶わない。




私は刃を滑らせ、浴槽に腕を浸ける。


段々と意識が遠のいていく。


どこかの宗教によると、人間の魂は転生という形で再利用されるらしい。


私は願う。


もし来世で妹がいる家庭に生まれたのなら、私はその娘を大切にしてあげたい。


こんな嫌な思いをしないように、自分の命をかけて守れる存在に。


私はまどろみに誘われ、この世界から去った。



///



私が目を覚ますと、そこには顔があった。しかし、長く目を閉じていたのだろう、視界がえらくボケている。


何度か瞬きをすると、より詳細な情報が目に入ってくる。


目の前にいるのは男性と女性。それぞれこちらを覗きこむように見ている。


顔立ちから察するに、どちらも日本人じゃないと思う。男性は黒髪だがアジア人特有の平ぺったさが無い。


恐らくドイツ系の人だろうか。女性の方は金髪。鼻も高いし目の色は青い。ザ・外国人って感じ。


この人達は一体誰なんだろうか。二人は私を見ながらペラペラ喋る。だけど英語とかの外国語にあまり学が無いので、何を言っているのか分からない。


二人が笑みを浮かべているのを見るに、何か嬉しい事があったのだろう。


だとしても見ず知らずの人の顔を見ながら笑うというのは失礼だと思わないのだろうか。


こういう人達に関わっているとろくな事にならない。ここはさっさと離れるべきだ。


私は足を一歩動かし、距離を取ろうとする。


――スカッ。


ん? なんだこれ。後ろに進んだはずなのに視点が変わらない。


もう一度後ろに移動しようとする。


だが変わらない。


一生懸命足を動かしても全然変わらない。まるで前に進んでも進まない夢みたいだ。


それを見た男女は楽しそうに笑う。


ちょっと。人が頑張ってるのに笑うとか酷くない?


あまりにも腹が立ったので怒鳴り上げようとした。


「うんぎゃああああああ!」


え、何これ。文句言おうとしたのに泣いちゃった。


しかもこれ全然止まらない。頭の中は冷めきっているのに止まらない。


これを見た女性が一言二言いうと、私の身体が上下に揺れた。


身体の重心が不安定になる感覚。これあれだ。ジェットコースターに乗ってる気分だ。怖いのとびっくりしたのが合わさって、何とも言えない気持ちになる。


あれ、ていうか私だっこされてない?


揺れる視界の中で、自らの身体を確認する。


短い手足、その隣には私の身体一つ分あるんじゃないのかと言うぐらいの大きな胸。でっか。ていうかこれ、この人が大きいんじゃなくて私が……。


気付けば泣き声は止んでいた。


優しく微笑む二人。その目は何か大切な物を見守るような。


なるほどなるほど、なるほどね。要は私、転生しちゃったのだ。


前世の記憶はもちろんあるし、こんな感じで自我もある。これは転生したとしか思えない。


そうと分かればテンパっていた頭も落ち着きを取り戻す。


まずは情報収集。


改めて二人を観察するが、どちらも日本人ではない。これは一目で分かる。


しかし、これはどうなんだろう。


男性は紺色の浴衣を着ている。女性はこれまた高そうな着物っぽい服を着ている。


日本人に憧れてる外国人かなぁ? 


だけどサムライと言ったら刀でしょ。それを身に着けていない。


コスプレじゃないの? 


二人以外にも周りを見てみる。天井は木製の板や棒で出来ている。壁はどんなのかなと見てみるとふすまがあった。さらに、視界の隅に映る床は畳になっていた。


なんじゃこりゃ。全然理解できない。いくら日本が大好きでもここまでやるかな普通。今の時代防音性が優れているコンクリートが主流なんじゃないのかな。


綺麗なツボもチラチラ見えるし、趣味にしては金がかかり過ぎてる気がする。考えられるとしたら博物館とか江戸時代を体験するアトラクションとかかな?


いやいや、私、目を開けたばかりだよ? 


そんな生まれて間もない赤ちゃん連れてくかな?


うーん、でも日本人と外国人は習慣や物事の考え方が少し違う所があるからなー。


結果、分かりません。はい、分かりませんでした。


私は赤ちゃん。この人達は多分親。それは間違ってないと思う。


まあいいや。人生始まったばかり。どーんと構えていこう!



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