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ラグナレク・レギオンズ  作者: 北都 流
2章 欲望
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 求めることこそ生きること。欲することこそ、己を保つすべ。欲望。その力に果てがあるとすれば。





 小さなろうそくの火だけが部屋の中を照らしていた。その温かみのある光の中で彼女は、舌を踊らせる。視線の先には、椅子に力なく座り込む女生徒。その女生徒を見つめると、彼女は近づいて跪いた。


「はぁ、はぁ」


 僅かな光の中で白い太ももが目に入る。それは、瑞々しく艷やかで彼女を誘う魅力を放っていた。スカートを捲くりあげて太ももへと手をのばす。すると、手に肌が吸い付いた。柔らかな感触に胸が躍る。想像していた通りの柔らかさだった。指を踊らせて太ももを揉みしだく。そして指を離すと、太ももへと顔を近づけた。


 甘い匂いがする。いつも嗅いでいた匂いだ。香水か、体臭か。そのどちらでも良い。この匂いは、興奮する。これから起こることを、自分に妄想させ欲情を高める。


「お姉様」


 呟くと、彼女は太ももにむしゃぶりついた。音を鳴らして舌を動かし堪能する。甘い。とても甘い。


(あ~~)


 歓喜と興奮の混じった表情で口を進めていく。内股へと滑るように口を進めると、その場で匂いを胸いっぱいに吸い込んで彼女は、口を離した。


「もう、これであなたは、私のもの」


 手を伸ばして上着に手をかける。ボタンを外しながら彼女の顔へと唇を寄せていった。


「良いわね、あなたの独占欲。素晴らしい欲望だわ」


 部屋に声が響いた。しかし、彼女はその声に反応するでもなく目の前の女性へと顔を近づけていく。そして。


「……えっ?」


 力なく椅子に座っていた彼女に急に抱きしめられた。


「お姉様?」


 お姉様と呼ばれていた者の身体が小刻みに震える。そしてそれが顔を上げると、その口から灰色の液体が飛び出してきた。


「えっ、何!?」


 灰色の液体は、彼女の身体に纏わり付いて行くとその全身を包み込んでいく。最初に腕の自由を奪われた。背後の暗闇から飛んできた液体に足を固められて逃げるすべを奪われた。そのまま灰色の液体が伸びて全身を侵食していく。足、胴体、そして最後に顔。


「た、助けて、お姉、様……」


 体に力を入れて身を捩るも振り払うどころか自身の体を動かすことすら出来ない。そのまま彼女の全身は、灰色の液体に覆われると形を変えて一つの物体に姿を変えた。それは、卵だった。灰色の卵は、周囲に作った血管のような器官を呼吸するように一定のリズムで動かす。まるで生きているかのように。


「……最高ね。他者の自由すら自分の物にしたい。自分のためなら、何を傷つけても構わないというその一方的な欲望。素敵だわ」


 壁にその身を預けていた誰かが卵へと近づいていく。そして手を触れると、その中で苦悶の表情を浮かべた顔が動いているのが見えた。


「素敵よ。でもまだ高く伸ばせる。満足するにはまだ早いわ。高く高く積み上げないと。そう、あなた達の欲望をね」


 彼女は、部屋の暗闇へと目を向ける。そこには、一面に同じようにして呼吸しながら蠢く灰色の卵達があった。





「で、その後はどうかな?」

「はい、ロギル先生!!凄いんです!!どんな魔法を使ったんですか!?」


 お悩み相談室には、ロギル以外に四人の女生徒がいる。一人は、ソフィー。学園の女生徒の制服を身につけたサキュバスだ。セシル・メロ。ロギルの助手。リータ・ゼブロス。セシルの友人。そして先程発言したマリナ・ホロ。彼女は、嬉しそうにロギルに話しかけていた。


「その様子だと、解決したみたいだね」

「はい!!今でも信じられないです。あのネジ曲がった性格で人を貶めることしか考えていない魔獣のような性格をしたパセラが私に謝ってきたんですよ!!今までひどいことしてごめんなさいって。いったい、どういう魔法を使ったんですか?」

「話をね、時間をかけて聞いてもらったんだ」


 そう言うロギルの横で椅子に座っていたソフィーは、パセラを説得しにいった時のことを思い出していた。


「ほんと目障りねあの子。早く私の前から消えてくださらないかしら」

「時間の問題です、デボリア様。彼女もいずれ知るでしょう。この学級で主席をとるべきは、デボリア様なのだと。きっと彼女も分かってくれますよ。ええ」

「そうね。そう有るべきだわ」


 パセラ・デボリアは、口の端を吊り上げて笑う。3人の取り巻きを連れた彼女は、教室の机に腰を下ろして座っていた。


「……ならあの机もいずれ要らなくなるもの。片付けたほうが良いんじゃなくて?」

「おっ、そうですね」

「流石デボリア様!!気遣いが出来てらっしゃる!!」

「ゴミ捨て場にでも持っていきましょうか。先生方も、苦労が減って喜ぶでしょう」

「ええ、ええ。そうでしょうね」


 冗談めかした口調で彼女達は、マリナの机へと迫る。その時彼女達しかいない教室のドアが開け放たれた。


「やあ。君が、パセラ・デボリアだね」

「……あなたは、確か用務員の?」

「ロギル・グレイラッド。ちょっと良いかな。君に、いや、君たちに話があるんだ」


 ロギルが教室内へと足を運ぶ。その瞬間、周囲の空気が変わった。パセラ達の体温が、先程までと変わってゆっくりと上昇していく。顔に赤みが増し、瞳がうるみ始めた。視線が外せない。惹きつけられていく。この教室に侵入してきたロギルに。


「さて、時間はあるかな?」

「……はい」


 心臓が早まる。発される声すら甘く感じ、蕩けそうなほど思考能力が落ちていく。そして、独特の匂いがしていた。甘く、香しい匂い。


(サキュバス特性の力を使って作った御主人様の男性フェロモン。相手が女子ばかりだとこれですぐ済むから楽でいいわね)


 パセラ達は、その一瞬でロギルの声が頭から離れなくなっていた。


「君は、君よりも成績がいいマリナが許せない。そうだね?」

「!?」


 ロギルには、心を読める魔獣ダンタリオンがいる。故に彼女達の思考は、ロギルに筒抜けであった。


「でもダメだな。本当に賢い人は、そんなことをしない」

「……そんなこととは?」

「いじめ、だね」

「……」

「嫌がらせで相手を押さえつければ学級内の順位が入れ替わる。いやいや、それはダメな考え方だよ。何も変わってない」

「何がですか?」

「君自身がだよ。君自身は成長できず、もしマリナを追い出せても醜い性格のままだ」

「私が、醜いですって!!!!」


 頭に血が上る。しかし、それも一瞬だった。ロギルに肩を抱かれて引き寄せられると、その怒りすらどうでも良いことのように思えた。


「考えてごらん。マリナは、勉強が得意だ。そして、成績を上げる努力もしている。成績が良くて当然だ」

「……」

「なのに君はどうだ。努力しているマリナをあざ笑いその邪魔をする。これが、性格のいい人のすることかな?」

「……」

「違うだろ。大丈夫、君はかわれる。君が、君の中のマリナへの嫉妬と向き合い、見つめ合って折り合いをつけることで君は、優しさを手に入れることが出来る。そして更に素晴らしい君になれる」

「素晴らしい私に?」

「そう。自分の向上心を諦め、他人を蹴落とすことしか考えなかった君はいなくなるんだ。それが本当に君が求めているものだよ。君が嫌なのは、諦めている自分なんだ。その障害になるマリナを、君は自分を傷つける代わりに攻撃しているだけ。努力することを拒否して他者を蹴落とすことで満足しようとしているだけなんだ。それじゃあ君は、成長出来ない。分かるね」

「……はい」

「マリナの力を認めて、自身も力を付けるべく努力する。正々堂々と力をつけてマリナとも競い合う。そして、交友を深めてお互いに切磋琢磨し実力を高め合う。その方が今よりも素晴らしいと思わないか?」

「……そうですね。確かに、その通りです」

「じゃあ君は、これからは大丈夫だね。マリナには、今までのことを謝るんだよ。今度から彼女とは、努力を競い合う仲間になるんだから」

「……はい」

「分かってくれて嬉しいよ。それじゃあ、時間を取って済まなかったね」

「……あ、あの」


 言葉を待たずロギルは、自身の仕事場へと早足で帰っていった。


「……俺には、向いてないな。こういう仕事」

(そうかな?似合ってると思うよ)

「勘弁してくれ」


 そう言ってロギルは、ため息を吐いた。


(ちゃんと効果出てるみたいね。うんうん、完璧完璧)


「先生、ありがとうございます。私、本当に、辛かった……」


 そう言ってマリナは、その場で一筋の涙をこぼす。その涙を、ロギルはハンカチで拭った。


「もう大丈夫だよ。これからも何かあったら俺を頼ってくれ。出来るだけ相談には、答えるつもりだからさ」

「は、はい!!」


 泣きながらマリナは、笑顔を浮かべた。その笑顔を見て、ロギルも微笑んだ。


「……先生、意外とモテるんじゃない?」

「気になるのリータ?」

「バッカ!!そんなわけ無いでしょ!!でも、なんか先生って気になっちゃうんだよなぁ。なんでだろ」

「ふふっ、なんでだろうね?」


 セシルとリータは、相談室で今日だされた宿題を片付けていた。セシルは、学校の仕事を手伝うアルバイトをしている事になっていて、そのため休み時間や放課後の時間を、ロギルのいる相談室で過ごす。それに付き合ってリータも自然と相談室で過ごす時間が増えていった。


「というか、あのソフィーって子なんなの?やたら先生に近い距離にいるけど」

「学校に来る前からの顔見知りらしいよ。仲いいよね」

「……恋仲とか?」

「生徒と先生の禁断の恋ってやつかな?」

「うわ、どうしよ。私達邪魔しちゃってるかな?」

「それはないと思うよ。ほら、先生も気にしてないみたいだし」

「そう。なら良いんだけど。セシルは、雇われてるけど私は付き合ってきてるだけだからなぁ」

「大丈夫だって。先生も心配してたリータが毎日元気な顔を見せてくれて安心できるって言ってたよ」

「そ、そうか。心配懸けちゃってたか先生に。私、心配されてたか」

「嬉しい?」

「……少しね。家族にも、あまり心配とかされたこと無いし」

「リータ、しっかりものだもんね」

「……そうあろうと思ってるよ。今もね。もっとしっかりしないとなぁ~」

「これ以上するの?ふふっ、大変そうだね」


 2人が談笑していると、相談室のドアが開いた。


「お邪魔致します。こちらにロギル先生は……」


 そこには、パセラ・デボリアが立っていた。パセラは、そう言いかけてロギルを見つめる。するとそのまま言葉を止めて固まってしまった。


「……やあ、パセラさん。マリナさんと仲直り出来たみたいだね。嬉しいよ」

「……はい。私も自分のしたことを、思い出して反省することが出来ました。先生のおかげです」


 パセラは、ゆっくりと歩みをすすめるとロギルに近づいていく。そのままロギルの目の前に行くと、その手を取って頬を寄せた。うっとりした表情でパセラは、ロギルを見つめる。


「えっと、パセラさん?」

「……はっ、私は、何を!?」


 パセラは、ロギルの腕を離す。そして後ろへと後ずさった。その光景を、唖然としてマリナが見ている。


「マ、マリナさん!!違うんですわ!!これは、ロギル先生が私を叱ってくださったことに感謝していまして!!と、とにかくそう言うことですから!!他意はありませんわ!!さ、さようなら!!!!」


 そう言ってパセラは、相談室を出ていった。その後を、取り巻きの3人が追いかけていく。


「……先生ってモテるよな」

「そうだね」


 その光景を、セシルが笑ってみていた。


「……そろそろ時間だな」

「そうですね。では、行きましょうか」

「あ、もう閉める時間か」

「先生、本当に有難うございました」

「ああ、気をつけて帰るんだよ」

「セシル、校門で待ってるよ」

「うん。すぐ行くから待っててリータ」

「気をつけてね~」


 ロギルは、相談室から全員が出たのを確認すると鍵を締める。そして、ソフィーとセシルを連れて校長室へと移動した。


「お、お疲れ様ロギル先生。今日も勤務ご苦労さま」

「校長は、まだ忙しいみたいですね」

「そうでもないわよ。あなた達も来たし私も今日は、家に帰るわ」


 そう言って校長室にいたリオーシュは、手に持っていた書類を机に投げた。


「……ところで」

「なんですか?」

「女生徒を二人も連れてるって、変な噂たってない?大丈夫よね?」

「……いや、大丈夫だと思いますけど」

「そんな噂は、流れてきていません。校長先生、安心してください」

「そっ、良かった。一人ならまだしも、そんな可愛い子までいるんだもの。噂されないか私もヒヤヒヤよ」

「校長が俺の手伝いにセシルを付けたんですからね」

「そうよ。だからそんな噂が出たら私が責任をとって噂を消さないといけないかなって。でも、なくて安心したわ」


 そう言ってリオーシュは、伸びをする。


「さて、相談室の仕事具合はどうなっているかしら、セシルさん?」

「はい。この二ヶ月で対応した問題が7件がいじめ問題。1件が家庭問題。残り21件が生徒や先生などの愚痴に付き合うなどですね。その全てが解決済みであり、穏便に済んでいます」

「素晴らしいじゃない。ロギル先生、あなたに任せて正解だったわ」

「……」

「あら、不満そうね」

「愚痴を聞くだけなら問題ないんだが、直接相手の事情に干渉するとなると気が重くてですね」

「そういう仕事だもの。仕方ないわ。あなたのおかげで助かった生徒や先生がいる。それが事実よ。ありがとう。これからもよろしくね」

「……はい」


 そうロギルが言うとリオーシュは、机の引き出しから何かを取り出した。


「さて、あの事件から二ヶ月。私達が通報して事件は解決した事になっているけど、まだ街には平和が戻ったわけじゃなさそうね」

「……というと?」

「今、アーチャーとキャスターが居ないじゃない」

「交換留学でしたか?」

「そう、表向きわね。でも、本当の仕事は別」


 そう言うとリオーシュは、新聞を投げてロギルに渡した。ロギルは、受け取って新聞の一面を見つめる。


「女学園の生徒失踪事件。その解決に行ってるわけ」

「14人の生徒が体調を崩し病院へ、か。そう言うことですか」

「そう。行方不明者14人。今も増え続けてるわ。しかも、アーチャーとキャスターがいるのにも関わらず行方不明者が増えた」

「……」

「今から一週間。アーチャーとキャスターに時間を与えるわ。それでダメなら」

「ダメなら?」

「ロギル先生。いえ、レギオンサモナー。キャスターと交代して行方不明者の捜索をしてもらう。良いわね」

「了解した」


 姿勢を正しロギルは、リオーシュの声に答えた。





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