幕開け
「エア、スプラッシュ、ヴォルト、ロック」
4つ弾丸がリオーシュの持つ赤い銃から放たれる。それらは、放たれた瞬間に魔力で作られた龍の姿へとその形を変えた。エアは風を巻き起こして肉を裂き、スプラッシュは水を口から放出して巨人の動きを止め、ヴォルトは巨体に巻き付いて電気を流し、ロックはその硬い体を活かして巨人の一部を貫くとそれぞれが消えた。
「……ふん、フレアが一番効果的って感じね」
「調子に乗るなよ!!!!」
「おっと!!」
焼き切ったはずの巨人の腕辺りが光ると同時に、その腕が伸びて復元されていった。その腕を、ムチのようにしならせて肉の巨人はリオーシュを叩き潰そうと腕を伸ばす。その腕を、リオーシュは横っ飛びして回避した。
「いつまでも暴れられると困るのよね。山の上とはいえ、これほどの騒音を出すなら街の住民に迷惑でしょ」
「で、どうするんだリオーシュ?」
「一分だけ時間をくれないかしら?それで決めるわ」
「分かった」
「無駄だよ!!僕の肉体の再生力は完璧だ!!どんな攻撃をしてきても、この体は美しさを取り戻し続けるんだよ!!!!」
肉の巨人の体についていた細かな傷まで、傷口が光を放つと同時に一瞬で修復されていく。その光景を見ながらロギルは、リオーシュの前に立って自身の腕を構えた。
「その再生能力、どれほどまで耐えられるかな?」
「君たちも取り込んで、僕は更に美しくなる!!だから、潰れろ!!!!」
肉の巨人の身体が、その言葉と共に融解した。それは、肉の塊の津波であった。その大波に避けることすらぜずにリオーシュとロギルは飲み込まれていく。全ての肉が地面に覆いかぶさって止まるとその瞬間、ロギル達が居た地点から白い煙のようなものが上がり始めていた。
「なんだ、何を、僕の身体に?」
「……神すら殺すと言われた毒だ。流石に、耐えられはしないようだな」
ロギル達の居た周囲だけ肉が溶けて消えていく。その中で、ロギルの片腕には巨大な蛇の頭が生えていた。
「へ~~、良いもの持ってるじゃない、レギオンサモナー」
「時間稼ぎはこれぐらいで十分だろ。なぁ、レギオンガンナー?」
「ええ、十分すぎるくらい貰えたわ。さて、終わらせるとしましょう」
そう言うリオーシュの髪は、ポニーテールに結ばれていた。片腕に赤い銃を持ってリオーシュは構える。
「いい機会だからロギル、新しいレギオンガンナーの力、あなたに見せてあげるわ」
「新しい力だと?」
「フュージョンバレット」
赤い銃のシリンダーには、銃弾がセットされていない。しかし、リオーシュがそう言うと同時にシリンダーの弾込め部分に赤い色の魔力が集まり始めていた。
「フレア、フレア、フレア、フレア、フレア、フレア」
リオーシュのつぶやきに応じて赤い弾丸がシリンダー内に作成されて装填されていく。リオーシュがシリンダーを指で回すと、シリンダー内に装填されていた赤い銃弾が魔力に戻ってシリンダー内を透過し一発の赤い弾丸へとシリンダーの回転に合わせて重なっていった。そして、より濃い赤となった一発の銃弾が完成する。その一発を発射出来るようにシリンダーを止めるとリオーシュは笑みを浮かべた。
「ク、ソ。潰れろ!!潰れろおおおおおおおおおおおお!!!!」
溶けていた周囲の肉が蠢き始める。毒はまだ肉の巨人を侵食して周りその肉体を破壊していたが、その侵食部分のみ切り離すとロギル達を再び押し潰そうと肉の波は再度動き始めた。
「火の煌めきよ、遥かなる天より来たりて邪悪を滅せよ!!ソーラードラゴン!!!!」
上空に向かって一発の弾丸が放たれる。その瞬間、周囲を眩い光が支配した。
「あっ、あっ、ああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
肉の巨人の体中の目が、その一瞬で潰れた。ロギル達の頭上には、赤く煌めく龍が存在している。その龍を、ロギルは驚愕の表情で眺めていた。
「魔力で作られた太陽光だもの。私達には直接当たらないし影響ないわよ」
そのロギルに、リオーシュはそう言葉を投げかけた。ロギル達は、まるで太陽を間近で眺めているかのような光景を見ている。これがもしも本物の太陽であったなら、そう考えるとロギルは恐怖を覚えた。
「これが、レギオンガンナー。レギオンの中で最も破壊に特化した魔法使い」
「私のオリジナルだけどね」
そう言うと、リオーシュはポニテールを解いた。
「こんな、こんな魔法があるはずが。化け、物……」
「あら、失礼ね。化け物はそちらでしょ。人であることを捨てた誰かさん」
「嘘だ。僕は、完璧に成ったんだ。その僕が!!!!うわああああああああああああああああ!!!!」
肉の波が、光に飲まれて消えていく。やがて煌めく龍が消えると、辺りは焦げ跡すら無い静かな空間へと変わった。
「ふぅ、終わったわね」
(いえ)
「……生存能力も高いみたいだ」
ロギルは、空を見上げる。すると、上空に羽をはやした人影のようなものが見えた。
「……暗くて見えないんだけど」
「俺には見えるな」
「あれ、逃がすとダメな気がするわよ、ロギル」
「分かってる」
ロギルは、そう言うと背中に黒い羽を出現させた。
(う~ん、あれ結構速いね。追いつけるかな?)
そう呟くソフィーの声が聞こえる。
「チッ!!」
だが、それでも自分しか見えていないなら自分が追うしか無いだろうとロギルは思っていた。ロギル自身も、向こうの飛行速度のほうが速いと心の中で理解している。しかし、それがあんな危険な化け物を逃がす理由にはならなかった。あれが街に下りれば、周囲の人々や動物を取り込んで回るだろう。そんなことは、ロギルには到底許せることではなかった。
「面倒じゃの。構えろ」
「えっ?」
ロギルの腕が光る。それと同時に、そこから巨大な龍の首が出てきた。それは首だけではとどまらず、その巨大な腕さえもロギルの腕の光から出現させる。すると、ロギルはその負担に耐えきれずに血を吐いた。
「カハッ!!」
「ちょっと、ロギル!?」
「この程度で限界か。まあ良い、狙え。あれを見ろ。それで私と視界が同期する」
「あっ、ああ」
ロギルは、遠ざかっていく男を見据えた。
「不愉快だ、消えよ」
その瞬間、龍の口から一筋の熱線が放たれた。それは夜空を突き抜けて宇宙へと飛んでいく。その過程で、男をその光は消し去った。
「……ありがとう、レヴィアさん」
「慣れろ。この程度しか出せんのでは窮屈でかなわん」
そう言うと、ロギルの腕の光に吸い込まるようにして龍が消えた。
「……今のってドラゴン?」
「まぁ、それに近いかな」
「ふ~~ん。良いじゃない、気に入ったわ。ドラゴンを選ぶそのセンス、いいセンスね」
そう言ってリオーシュは歩き出す。その後に続いてロギルも口元の血を拭うと歩き始めた。
「う~~ん、さて、帰りましょうか」
銃をしまって伸びをするとリオーシュは、車を止めていた道沿いへと移動する。
「あら」
すると、そこには寝かされていた生徒3人と気絶して倒れているセシルが居た。
「セシルさん?お~~い」
リオーシュが体を揺するが、セシルは反応しない。リオーシュがセシルの頭を探ると、一部が膨らんでいた。
「たんこぶがある」
「岩の破片があるな。あの肉塊の攻撃でここまで飛んできたのか」
「……運が悪い子ね」
リオーシュは、生徒達を車へと詰め込むとロギルを助手席に乗せて学校へと車を走らせた。
次の日の朝、学校の保健室で生徒達四人は目を覚ます。誘拐されていた生徒達は、自分たちが学校に戻ってこれたことを知ると涙を流して喜んだ。そして、その中でセシルは頭を押さえながら微笑んでいた。
「体調的には問題ないかもしれませんが、皆さんには校長から休養を取らせるようにと言われています。今日は、もう帰っていいですよ。ゆっくり体を休めてください」
「「「……」」」
「はい」
保健室の先生に言われて3人は不安げにしていたが、セシルだけははっきりと返事をした。4人共、学校の寮に住んでいる。不安げにしていた3人を引き連れるようにセシルは、保健室を出ていった。そして、寮の部屋まで3人を送り届けると、自身も自分の部屋へと帰ろうとする。
「……あれ?」
その時、窓の外に一人の男がいるのが見えた。それは、ロギルであった。ロギルは、寮の前に設けられたベンチに座っている。その姿を見つけると、セシルは一階へと降りてロギルのいるベンチへと歩みを進めた。
「ロギル先生」
「……ああ、セシル君か。体調はどうだい?」
「ちょっと頭が痛いですけど、大丈夫です」
「そうか」
そう言いながら、ロギルは空を見上げていた。
「どうしたんですか、こんなところで?」
「いや、助けられたとはいえ生徒達が心配でね。居ても立っても居られずに来たんだ」
「そうなんですか。優しいですね、ロギル先生」
「いや、俺は優しくないよ」
そう言うと、ロギルは立ち上がる。その腕先は、光を放っていた。
「……先生?」
「君にちょっと用があるんだセシル。ネクロマンサーの弟子である君にね」
「……なんで、知って」
そう言うと同時にセシルは、力なく倒れた。その背中には、黒いしっぽが刺さっていた。ロギルは、光を消してそれをしまうとセシルを抱き上げる。そして、待たせていた車に彼女を乗せた。
「……ここ、どこ?」
セシルが目覚めると視界をなにかに塞がれていた。手足は縛られて、椅子に座らされていることだけがかろうじて分かった。
「目が覚めたかな?」
「その声は、ロギル先生?」
「ああ。さて、君に聞きたいことがある。君は魔法が使える。そして、その魔法を教えたのはあの男だ。そうだね」
「……」
「正直に答えたほうが良い。あまり手荒にはしたくないからね」
「……そうです。あの男、ロッカ・ゼブルスに魔法を私は習っていました」
「習っていた?」
「はい。昔、私もあの男に殺されかけたんです。ですが、私があいつが連れていた肉の犬を褒めると、あいつはセンスが良いと言って私を殺すのをやめました」
「……」
「私は、身寄りのない子供の一人でした。そんなある日、里親が決まったと言われました。迎えに来た2人は人の良さそうな老夫婦でした。ですが、彼らが私を連れて行ったのは、何かが腐ったような匂いのするあの場所でした。そこで、老夫婦だったものは、加工の施された死体であることを知りました」
ロギルは、セシルの話を黙って聞いていた。その腕をいつでも向けられるように彼女を見ながら。
「ロッカ師匠を褒めることで生きながらえた私は、あいつの助手をすることになりました。幸いにも、私は生きた人間にその時遭遇することが有りませんでしたが、生きてはいなくとも何度も人の死体を私は……」
「……それで?」
「私は、ロッカ師匠に魔法を覚えさせられました。でも、私は人を人の死体を使いたくはなかった。だから、他の動物で試すようになりました。そして月日が流れ、あの男の助手をやめることに成功しました」
「どうやって?」
「私の研究と師匠の研究は方向性が違うからと言われました。ですが、それは私が意図的にしたことで私が師匠に別の高みを目指していると解釈させたのです。同じ場所に居ては、私の研究と師匠の研究は邪魔をしあってしまう。そう思うように私は師匠の思考を誘導しました。そして、遂に弟子として師匠の元を離れる許可を得ることが出来ました。その時までの研究成果と引き換えに」
「その後、君はこの学校に来たと」
「はい。やっとまともな生活が送れる。そう思っていました。でも、こんなことに。しかも友達を巻き込むなんて。私が殺しておくべきでした。あの男を」
「そうか」
ロギルは、周囲に視線を向ける。そこには、ローブをかぶった4人とリオーシュが座っていた。
「ロッカは、なんでこんな事をした?」
「あの男の研究がこの世で最高の肉体を作り上げることだからです。その過程である男と出会い、魔獣の肉で肉体を作る研究を始めたと聞いています」
「その男は誰だ?」
「名前は聞いていないのですが、何か良いものをくれたと言っていました。恐らくあいつがあの時持っていた物かと」
「……そうか。それで、君はどうしたい?」
「許されるのなら、普通の人として人生を歩みたいです。学んだものは捨てられない。でも、私はそれを高く積み上げようとは思わない。あの男のようにはなりたくないんです。だから、また友達と笑って暮らせるようになりたい。それだけが私の望みです」
「だそうだが」
ロギルは、周囲にいる人間に目を向ける。
「危険な人物には違いないと思う。リスクを避ける意味でも殺すという選択肢はあると思う」
「死体を扱っていたわけですからね。いつ心が壊れるともしれない中そこまで倫理観を戻せた。素晴らしいことです。ですが、それが続くのか」
「殺そう。面倒だし」
「魔法学の上で人の道を外れるのは容易いこと。しかし、戻ろうとしている。そこは評価するべきかと」
「だそうだが、どうするリーダー?」
「そうね。あなたはどうなの、ロギル?」
「セシルの人生は、ロッカに破壊されたままだ。このままじゃ、セシルは人生を安らかに終えられないと思う」
「それで?」
「……彼女が感じている罪悪感を償う時間があっても良い。そう俺は思う」
「……分かったわ」
そう言うとリオーシュは立ち上がった。
「ねぇ、セシルさん。あなた、バイトしてるんですって?学費を稼ぐために」
「は、はい。休みの日以外は、毎日学校終わりに」
「提案なんだけど、もしあなたの将来を私達が決めても良ければ私は、あなたに償いの時間があってもいいと思ってるの」
「将来、ですか?」
「ええ。あなたがこの学校の一員になること。そうすれば学費も免除で給料も出すわ。ただし、やめることは今後出来ないけどね、死ぬまで」
「学費免除!!!!やらせてください!!!!」
「リーダー、何を言ってるんだ?」
「ロギル先生。私達って暇じゃないでしょ。使える手が欲しいのよね。それも特殊な魔法を覚えた若い人材ともなれば、かなり有望」
「出来るのか、そんなことが?」
「他でもやってることよ。ああ、勿論私達とは扱いは別よ。一般採用。こっち側のだけどね」
「試験に落ちた奴らがなるやつか」
「そう。言い方は悪いけど、ここに来た私達以外がやる仕事よ」
そう言うとリオーシュは、セシルのしている目隠しを取った。
「あの、私」
「やるよね?」
「は、はい!!勿論、やらせていただきます!!」
「じゃあ、契約書に目をそのまま通して。嫌ならここで悪いんだけどあなたの人生を終えないといけないの」
「……見せてください」
数時間後。セシルは契約書を読み終えると、その契約書に魔力を込めてサインした。
「さて、ようこそセシルちゃん。全ての人に安らぎの有る死をもたらす場所へ」
リオーシュが、セシルの足を縛っている縄を撃ち抜いて外した。
「我らはレギオン。人々に安らぎなき死をもたらす死神を狩る魔道の頂点を歩みし部隊。君はその下部組織の構成員だ。これから頑張ってね」
「はい!!」
「取り敢えず、当面はロギル先生のお手伝いを任せるから。じゃあ、あとよろしく」
「……えっ?」
「よろしくお願いいたいます、先生!!!!」
ロギルは、礼をして自身を見つめてくるセシルに対して頭をかきながら腕を差し出した。
「よろしくな」
「はい!!」
握手を交わす2人。その光景をニヤけながら見ているリオーシュを見て、ロギルはため息を吐いた。
魔法。それは何でも可能とする力。その力を得るのは簡単ではない。しかし、その強大なる力は、正義有るものだけが扱える物ではなく、私利私欲のために研究をする者が殆どだ。その力が大きな実となって木から落ち世界を破壊する前に誰かが狩り取らなければならない。故に彼らは実を狩ることを許されている。
彼らはレギオン。安らぎ無き死をもたらす者に永遠の眠りをもたらす部隊。その歩みの先に何が有るのかなど、今は誰も知らない。