堕落
魔界の中心部に戻ってきたロギル達。
事件の犯人達を、全員ではないにしろ対処し終えたことでロギルは自身の役目を果たしたと感じて人間界に帰ることをサブノックに言う。
だが、それに会話を聞いていたベルゼビュートが待ったをかけた。
「流石に今すぐに消えるのは待ってくれたまえ。君は、人間だ。そして、今回の罪人達も見た目は変わってしまったが人間だ。ことが片付いたからといって直ぐに消えられてしまっては、怪しまれてしまう。一日だけ時間をくれないか。その間は、僕が泊まる部屋を用意しよう。君が帰ってもいい正当な理由を用意する。それまでは、少し体を休めるといい」
ベルゼビュートの言葉にロギルは、サブノックの顔を見るとサブノックは重々しく頷いた。
それを見てロギルは、魔界のホテルで一泊することを決める。
そしてロギルがホテルに入ってから数時間後。ベルゼビュートがロギルの泊まるホテルの部屋をバアルと共に訪ねてきた。
「一緒に食事でもどうかね?」
「……ええ、いいですよ」
ベルゼビュート達と共にロギルは、用意された車へと乗り込む。そして着いた先は、高層ビルの上層階で街が一望できる高級感漂うレストランであった。
「さて、ロギル君は、何か食べたいものがあるかな?」
「肉を」
「ふむ。では、ステーキを頂こうか」
ベルゼビュートがそう言うと店の給仕が一礼して部屋を出ていく。その間にロギルは、テーブルを眺めて綺麗に並べられたナイフやフォークなどを見て思った。
(……マナーが分からない)
表情には出さないがベルゼビュート達の動きを探り探り観察してロギルは、食事に備える。
その感情を感じ取ってか、ベルゼビュートは息を吐くように軽く笑った。
「マナーは、気にしないでくれたまえ。私も肩を張って食べるより、リラックスして食べるほうが好きだ。ただ、そのボウルに入った水は、飲み物ではないとだけ先に言っておくよ。指先を洗う用の水だ」
「そうですか」
会話をしながらも食事の準備が進められていく。グラスに食前酒が注がれる。そして程なくして香ばしい匂いとともに熱せられたステーキプレートに乗せられて大きな肉が三名分運ばれてきた。
「どうぞ」
「ありがとう」
鼻を食欲を刺激するいい香りがくすぐる。一見すると牛の肉のように見えるそれは、ロギルが注意深く観察すると全体にカラメルでコーティングされたようなテカリが確認できた。
「さて、食べるとしよう」
ベルゼビュートのマナーを一応真似てロギルは、食事を始める。だが、その肉の余りの美味さに一瞬だがマナーを忘れて目を見開いた。
「相変わらず美味しいですね。このお肉は」
「そうだね。初めほどではないが、美味いよ」
一体何の肉なのかロギルは、知りたくなったが、質問をすることは避けた。魔獣に対価なしで何かを要求することは、余りいいことではないからだ。
ベルゼビュート達は、その程度対価なしで答えてくれるかもしれないが、魔獣は容易に人の甘えにつけ込んでくる。
帰る直前になって厄介事をロギルは、背負うリスクを避けたかった。だから、ただ無言で肉を食べた。噛まずともその身は溶け、口の中に甘味と濃厚な旨味をその肉は洪水のように肉の一切れ一切れから発する。
その余りの美味さにロギルは、ベルゼビュート達を前にして幸せを感じるほどであった。体中にその肉の栄養が広がるような実感さえ湧き、肉体が喜んでいるような錯覚さえ覚える。
いや、錯覚ではないのかもしれない。ともかくそれ程美味いのだけは、ロギルは認識できた。
ロギルにとって濃厚な時間であったが食事の時間は、分厚く大きな肉を完食するまでに5分と経っていなかった。
ロギルが食べ終えるよりも早く、ベルゼビュート達は、ステーキを食べきり口元をナプキンでふく。
「さて、君が帰ることに特に問題はなさそうだ。我々の残りの仕事が片付き次第、サブノック君が君を送ってくれるだろう」
そう言ってベルゼビュートは、ワインを少し飲む。
「それと、君を呼べという中央の圧力は無視しておいた。今の君は、見る者が見れば本当に檻にでも閉じ込めて観察したくなってしまうからね。君には、それは嬉しくもないことだろう」
「ええ、そうですね」
「斯く言う僕もそうだ。君は面白い。いずれ破滅すると分かっているのにその状態を維持している。君自身、分かっていると思うが」
「……」
「君の抱えているリリスという者は、君様に姿を変えた者だ。しかし、本質は変わらない。それどころか、もっとタチが悪いだろう。君専用の、君を快楽で狂わせることに特化した生物ということなのだから」
「……」
「君がいつまで抗えるのか、楽しみで仕方ないよ。いつか君は、壊れるだろう。それも今の君からは、想像も出来ないほどの堕落ぶりだろうね。それを想像しただけでも、おっと失礼。先程のステーキよりも甘美に感じてしまう」
そう言ってベルゼビュートは、ヨダレを拭う。何故か、バアルも一緒に口元を拭いていた。
「僕でさえこうなのだから、その観念に固執した堕天使が君を見れば、君は帰るどころではないだろうね。ホテルからは、出来るだけ出ないほうがいいだろう」
「はい」
「ところでどうかね。僕としては、その時が非常に気になるわけだ。とても興味をそそられる。どうだい。良ければ僕と、契約してみるというのはどうだろうか?僕が君の人生に力を貸そう。代わりに、君がどんな風に堕ちるのか、その時見せてくれるだけでいい。どうかね?」
「……いえ、止めておきます」
ロギルの目には、未だベルゼビュートの肉体は、幼い少年のように見える。しかしロギルは、感じていた。
今の言葉から発せられる圧倒的な人ではない脅威よりもたらされる重圧を。
これに頼ってはいけない。ロギルは、全身で危機感を感じていた。
「そうかね」
「私でも構いませんよ」
「バアル君。君、僕が選ばれないのに君が選ばれる訳無いだろ」
「……その言い方は、心外ですね。私が、貴方に劣っているとでも?」
「君、今回特に僕ほど力をアピールしていなかっただろ。実力も不確かな相手を選ぶわけないさ」
「……」
「そういうことだよ、君」
バアルは、ベルゼビュートの言葉を聞くとワインを一気に飲み干す。
「残念で仕方ないよ。今回の事件の犯人も、君といれば八つ裂きに出来ると思ったのだが。まぁ、仕方ないことだ。君の判断は正しいだろう。仕事から解放された僕は、何をするのか自分でも分からないからね」
「暇つぶしに空中でフリスビーを爆発四散させる堕天使よりも、私の方がいいですよ」
「バアル君、君も諦めたまえよ。楽しいだろう。突然の空中爆発。それに君だって、訪ねてきた人を今日一日全力のデコピンで出迎えるとか訳の分からないことをするじゃないか。何人か肉が抉れて未だに傷痕が残っている部下もいるんだぞ」
ロギルは、絶対にこの二人と契約しないと固く誓った。
「……事件の犯人だが、どうにも引き際が早すぎだ。憶測だが、ベヒモスの関連資料をあさっていたのは、念のため。ということなのかもしれない。或いは、それほど優先事項でもなかったのかもしれないね。固執が強く見受けられなかった。ということは、魔界に来た目的は既に達していると考えたほうが自然だろうね」
「……」
「時間を置かずに何かが始まるだろう。備えたまえ。君という、共に戦った仲間に対して僕が言えるのはそれだけだよ」
「お気をつけて。あと、ロギルさん。すみません、ワインを注いでもらっても?」
「え、いいですよ」
「バアル君、ずるいね君は」
その後、三人で他愛ない話をしながらロギル達は、暫し食事を楽しんだ。




