地獣
「ふむ。ベヒモスかね」
ベルゼビュートが髪をいじりながらそう言う。
「ベヒモス」
「君ら人間のところにも伝わっているのではないか?神が地上を作る際に土台として用意した獣だ。その前は、我々の先祖が土台の代わりをする役目をしていたようだがね。この獣は、その先祖達の努力を一匹で楽々と担う獣であったらしい」
「……そんな魔獣が」
「神々が住まう地上を作り上げたあとは、地において敵なしと言われ、神の命令をただ聞く尖兵となっていた。それが最後の侵攻の際にこちらに残ったままになっていてね。破壊することも出来ず、今はこちらで眠っているというわけだ」
「最後の侵攻?」
「ああ、そこからかね。まぁいい。少し教えてあげよう」
ベルゼビュートは、そう言うと本棚から一冊の本を取り出した。
「我々は、堕天使と呼ばれている。堕ちた天使とな。それは何故か?それは、我々が神に逆らい自由を求めたからだ」
「自由を」
「そうだ。君、さっきも言ったが神とは、地上を作る土台に天使になれと命令するような連中だったのだよ。そんな命令を出し続けられてみろ。命令一つで軽く死んでいく仲間も10や100では済まない。神にとっては、天使などすぐに変えが作れる存在であった。だから神々は、我々のご先祖の命を軽視し、疑問も持たず命令を出し続けた。その結果どうなったか。人間なら誰でも分かることだろう」
「反逆したのか?」
「そうだ。我々の先祖は、神の命令を無視し、同胞と共に反旗を翻したのだ。その結果、我々と神々との長い戦いが始まるのだが、そこは省略しよう。そんなこんなでブラック企業の魔の手から逃れた我々のご先祖たちであったが、終の見えない戦争に神々がついに戦いに飽きてしまったのだ」
「……ブラック企業?」
「ああ、そこか。君たちの間では言わないのかね。社員の命の権利を軽視して働かせ続ける企業のことだ。逆は、ホワイト企業だな。魔界は、今はホワイト企業で溢れているよ。神々と同じ過ちをするなとね。国を挙げてホワイト化を毎年行っている」
「は、はぁ……」
「まぁ、そんなこんなで戦いが終わらず神が飽きてしまってね。最後に我々は、連中の世界から空間ごと追い出されたのだ。それがこの世界。魔界だ」
「空間ごと!?」
「意味が分からない話だろう。しかし、神々には、それが可能であったらしい。よく怒鳴り散らし合うだけの神々が協力してこんなことを行えたものだと、我々の歴史でも有り得ない事柄だとして記述されている。あちらも、長引く戦いで少しは穏やかな心を持つ後継者が出来ていたのかもしれないね」
「それが、この世界」
「元々は、神々が住むための土地の一部を我々の先祖が占拠していたところだがね。領土も広くて我々が過ごしていくには十分な資源がある。だから我々は、その自体を解決しようとはせず、そのままここで暮らしているというわけだ。だけど、問題があってね。最後に分断される前に、連中はこの魔界に多くの獣を放ってきたのだ」
本のページをめくり、ベルゼビュートが多くの獣達の挿絵を見せてくる。
「これによって、多くの同士が死に絶え、倒しきれなかった獣は封印するに至った。そのうちの一体が、そのベヒモスだ」
「地上を作った獣を、攻撃に使ったのか?」
「そうだ。どんな攻撃も効かない。まさに地において最強の生物であった。しかし、それを仕留めた者がいた。それは、同じくこの地にいた神に海の管理を任された獣であった。名を、レヴィアタンという」
「……」
ロギルは、その名前を聞いてなんとなく口を閉ざした。
「あの獣の働きは凄まじくてね。地において最強と言われたあの神獣を、海に引き釣り込み活動停止にまで追い込んだのだ。流石、神の命令も聞かずに頑なに海を守り続けた神獣は違う。地において最強であっても、海の中では、ベヒモスはレヴィアタンに適わなかったというわけだ」
「……」
「その功績を讃えられて、かの神獣は、我らの国家でも一軍を率いるに値する力を持つものとして立場を得ている。最早貴族制度もなくなった国家だが。その立場だけは、今も健在だ。レヴィアタンの功績が我らの中で忘れ去られることはないだろう。しかし、レヴィアタンでも完全にベヒモスを殺すことはできなかった。その結果、活動停止後にベヒモスを我々は、封印するに至った。まぁ、そんなところだな」
(……レヴィアさん凄いな)
ロギルは、一人レヴィアタンと戦った時のことを思い出しながら、その実力の高さに改めて驚いた。
「疫病の獣でないだけましではあるが。それでもベヒモスの復活をされては、我々はたまらない。かつて6666の軍団であった我々も、今はこの魔界防衛の為に再編成した666の軍団でしかない。かつてほど遊撃に特化した部隊分けでもないし、この平和ボケし始めた世でどれほどの同胞が戦うために手を貸してくれるのかも怪しい。そんな中で、レヴィアタンに頼るわけにもいかないからな。復活を阻止する方が楽な考えと言えるだろう」
「如何いたしますか?」
サブノックがベルゼビュートに尋ねる。
「うむ。幸いにしてその書物には、以下にして封印し、どこに封印したかまでは記していない。ならば、連中が次に狙う場所は決まっていよう」
「博物館ですか」
「そうだ。あそこには、歴史的というだけで保管されている面倒なものが多い。さて、そこに封印に繋がる物があったかは、僕の記憶でも定かではないが。ともかく、張り込むのが妥当だろう。では、行くとしようじゃないか」
ベルゼビュートが歩き出す。
その最中、ロギルの肩を叩くものがいた。ダンタリオンである。
「既にあの海域には、レヴィアタンはおりません。となるとあの海は、誰も守るもののいない状態です。もし封印があの海であったなら、我々が後手に回るのはまずいでしょう」
「なるほど。レヴィアタンは、今は貴方達と行動を共にしているのですね」
ロギルのすぐそばでその声は聞こえた。
声の方向に顔を向けると、ロギルの隣りに何事もなかったかのようにバアルが佇んでいる。
確実にさっき程までそこにいなかったのにも関わらず、バアルはその場所に佇んでいた。
「安心しなさい。封印場所は、海ではありません」
「そ、そうですか」
珍しく焦った口調でダンタリオンが答える。
「さて、我々も行きますよ。博物館では、することも多いでしょうからね」
そう言ってバアルは、歩き始める。
「何をするんですか?」
「そちらのダンタリオンさんは、気づいていらっしゃるようですのでお教えしましょう。貴方もこの事件においては、我々が信頼するに足る人物のようですしね。なに、簡単なことです。この魔界で、侵入するものが制限されている図書館で迷いなく目標の本棚に辿り着き、連中は本を見つけた。有り得ない話ですよね。事前にどこにどの本があるのか、把握していなければ不可能なことです」
「それはつまり」
「我々側。誰かが人間たちの手引きをしたのでしょう。なにもおかしい話ではありません。我々は寿命が長い分、日々退屈していますからね。ですので、人間など見かけると少し反応を楽しんでみたくもなります。その延長で手を貸した者がいるのでしょう。もしくは、生きることに飽きた破滅願望者か。どちらにしても探さねばならないでしょう。裏切り者をね」
「バアル君。君、興味ないふりをしてちゃっかりロギル君に揺さぶりをかけるとは、ずるいのではないかね」
「ふっ、興味ないと言った覚えはありませんよ。ああ、いいですね。久しぶりに感じる、この人間の戸惑いの感情。顔では平静を装っていても私には分かります。年を取った堕天使達とは、明らかに違うこの初々しさ残る対応。いいものですね。会話を楽しんでいる気になれます」
「……ずるいな、君は」
「さて、行きましょうか。犯人達は、待ってくれませんよ」
「ずるいな」
上機嫌で歩くバアルを、恨めしげに見つめながらベルゼビュートは、歩みを進めた。




