初めての任務
「では、本日の集会は以上とします。集会は毎週金曜日、同じ時間に行いますので忘れないように」
リオーシュの言葉に、全員が無言で頷いた。
「それでは、本日は解散にいたします。サモナー、貴方だけ少し残ってください。任務内容の説明を行います」
「分かった」
他の面々が、隠し扉を開いて引き上げていく。そして、集会所に俺とリオーシュのみが残った。
「では、説明をしましょう」
「ああ」
リオーシュが、水晶を触って映像を映し出す。それは、この街の地図だった。
「任務内容は、周辺で起こっている誘拐事件の調査をすることです」
「誘拐事件?」
「ええ。被害者達に規則性はなく、また、犯人の潜伏地域も絞り込めていない、とても厄介な事件よ。この地図上の点が、被害にあったと思われる住民が住んでいる地域」
「バラバラだな」
「そう。この街もかなりの広さがあるというのに、そのほぼ全域で行方不明者が出ている。行方不明者の家族や友人たちによれば、どの人々も行方不明になるような理由、動機を持っていなかったらしいわ」
「なるほど」
「そして、何故私達がこの任務をするのか。警護の兵士ではなく。何故、我々が誘拐事件を調査するのか。それには理由があるの」
「というと?」
「先日、我が学園の生徒が3名、行方不明になったわ」
リオーシュはそう言うと、水晶を触る。すると、3人の女生徒の顔写真が浮かび上がった。
「一人は、リータ・セブロス。赤い髪に、褐色肌が特徴の生徒。正義感が強く、親しみやすい性格で、生徒たちの間では人気の高い生徒らしいわね」
(姉御肌って感じの顔をしているな)
「次に、ドレッド・スクリバ。茶髪で、オールバックの髪型。フリアという生徒と一緒に行動している事が多く、その他の人物とのコミュニケーションは少ない生徒だったみたい。授業を無断欠席することも多く、素行が良いとは言えなかったみたいね」
「いわゆる不良生徒というやつか」
「最後に、フリア・レギルス。さっきのドレッドとよく一緒にいた生徒ね。以上よ」
リオーシュは、水晶を触って映像を消した。
「この3名の行方不明者発見。これが今回の任務の内容。何か質問はある?」
「……手掛かりは、何かないのか?」
「一応、手を打っておいたわ。リータ・ゼブロス。彼女の友人に明日の放課後、話を聞くことになってる。それを貴方に聞いてもらうわ。そこから、手掛かりを探してちょうだい」
「他には?」
「ドレッドとフリアの2人は、何か怪しい物を持っていたという生徒たちの証言・噂のようなものが有るわね。もしそれが分かれば、手掛かりになるかも」
「……分かった。明日の放課後から動こう」
「そうしてもらえる。私は、アーチャーの書類を見るから、女生徒との話し合いが終わったら、私の所に報告に来てちょうだい。単独行動は、出来るだけやめましょう。チームなんだし」
「分かった」
「じゃ、本日は解散ということで」
リオーシュは、席を立って隠し扉を開ける。それに合わせてロギルも、席から立ち上がった。
「あ、そうだ」
「ん?」
「貴方の仕事、明日紹介するわ。まずは、明日の朝9時に体育館に来てくれる。青色の屋根の建物よ。あの作業用の服を着てね」
「了解した」
「それじゃあ、また明日。おやすみ」
「ああ」
そう言うと、リオーシュは隠し扉を締めて出ていった。
「俺も戻るか」
最後に、ロギルが部屋を出ていく。すると、部屋の照明が消え、集会場は闇に包まれた。
「自動照明か。……つくづくこっちの街は、俺の住んでいた村とは違うなぁ。はぁ……」
ロギルは、ため息を吐いて隠し扉を締め、部屋に戻っていった。
部屋に戻ったロギルは、明日の準備を整える。着ていく服を、寝る前に机の上に綺麗に畳んで置いて、最低限のお金を入れた財布も同様に机の上に置いた。
「そういえば、まだ見てない部屋があるな」
ロギルは、自分の家の部屋を見て回る。一応、各部屋には注意書きのようなものがされており、ロギルにもどんな部屋か分かるようにされていた。
「水とお湯が出る部屋。体を洗えます。蛇口をひねる?蛇口ってなんだ。これか?」
ロギルは、それらしい所に軽く力を入れてひねって回す。すると、三度目には蛇口に到達し、その蛇口がひねられた。すると、壁にかけられていたシャワーヘッドから、ロギル目掛けて水が噴射される。
「ぶっ!?」
頭から、ロギルは水を浴びた。しかし、まだローブを着たままだったので、体は濡れていない。ロギルは、落ち着いて蛇口を締めると、水を完全に弾いたローブを脱ぎ、部屋のベッドの柱の一本にかけて干した。
「……タオルとか、あったけ」
「棚に入ってたよ」
ソフィーに言われて、棚からロギルはタオルを取り出す。そして、シャワー室へと戻っていった。その後を、ソフィーが当たり前のようについていく。シャワー室手前の脱衣所に入ると、ソフィーは、そっとシャワー室前の扉を締めた。
「……あああああああああぁぁぁぁ~~~~~!!!!」
シャワー室に、ロギルの悲鳴がこだまする。シャワー室前の扉を勢いよく開けるとロギルは、その場に足を滑らせて倒れ伏した。
「もう、逃げなくてもいいのに~」
「お前、何やってんだよ!!直に肌同士で直接サキュバスと触れ合うとか、自殺行為過ぎるんだよ!!やめろよ!!やめろよ!!」
「大丈夫。死にはしないって。ちょっと、痺れるだけだから」
「よせ、やめろ!!」
「……でもさぁ、慣れておいたほうが良いんじゃない?相手が、こんな攻撃をしてくるかもよ?」
「いや、その時は触れずに殺せばいいし」
「そう上手くいくかなぁ~。少しでも、刺激に耐性が合ったほうが良いと思うけど?」
「そう言いながら、のしかかってくるのをやめろ!!」
ロギルは、匍匐前進して何とか逃れようと進む。だが、体に力が入らないのか動きが鈍い。すぐに、ソフィーに捕まってしまった。
「ふふっ。これも、修行ってことで~」
「ダンタリオン先生は、そんな修行させない!!」
「どうかなぁ~。そうかも?」
「あ、ちょっ……」
ソフィーの肌が近づいていく。タオル一枚隔てて押し付けられたその肉体の感触に、ロギルの肉体は、既に抵抗できなくなっていた。
それから数時間後。やっとロギルの肉体は、その身を痺れさせながらも、動くことが出来るまでに回復した。
「全開状態の肉体でもこれとは。サキュバス、恐るべし」
「ね。やっぱ、慣らしていったほうが良いよ」
「慣れるのか、これ?」
「慣れるって。そしたら、徐々にステップアップしていって……。ふふっ」
「しかし、毎回身動きさえ取れない状態で水浴びするのはちょっと……」
「大丈夫。私、苦じゃないから!!ご主人様の体を洗ってあげるの!!」
「そういう問題じゃなくてだなぁ……。はぁ……、良いから寝るぞ。明日から仕事だ」
「は~い」
一つのベッドに2人は寄り添って倒れ、そしてそのまま眠気に任せて眠った。
「……」
夢を見ている。いつも見る夢だ。飛び散る鮮血。響き渡る悲鳴。見知った顔から、命が消えていく絶望。それを、ロギルは眺めている。体を動かして、目の前の光景を止めようとロギルはする。しかし、体が動かない。ドス黒いモヤのような物が体に纏わり付き、ロギルの動きを止めていた。その光景の中で、一人の男が笑っている。銃を持った男だ。魔物を引き連れ、奴は銃を持っている。そして、奴が銃の引き金を引く度に、誰かが倒れて、新たな魔物がその場に姿を現していた。
「殺す、殺す!!!!」
ロギルは叫ぶ。その男は、ロギルを見ると、彼をあざ笑うように笑った。ロギルは、次第に黒いモヤに飲み込まれて、意識を失った。
「……」
目覚めだ。時刻は朝の5時。寝ているソフィーを残し、ロギルは水浴びをする。体を拭き、用意した服装に着替えると、ロギルは体を動かして雑念を払うことにした。怒りに身を任せて体を動かす。それを研ぎ澄まし、無駄のない動きに変えていく。一通り体を動かすと、ロギルの精神は落ち着いていた。
「仕事だな」
体育館の場所を確認して、ロギルは呟く。その後、家の調理場で元から持っていた食材を調理して、朝ごはんを作った。ソフィーを起こすと、共にテーブルに座って食事を行う。約束の時間の30分前になると、ロギルは身なりをただし、体育館へと向かった。
「少し、早すぎたか」
体育館には誰も来ていない。音一つ聞こえず、空気が澄み渡っている。そんな中で、見知った顔が近づいてくるのを、ロギルは遠目に確認した。
「おはよう、ロギル先生」
「校長、おはようございます」
やって来たのは、リオーシュだった。彼女はスーツに身を包んでいる。今まで持っていたコートを、彼女は今日は着ていない。身だしなみを整えた彼女の姿に、初めてあった時のような暴力的な印象は受けず、女性らしいとロギルは感じた。
「早く来たわね。いい心がけよ」
「ありがとうございます。ところで、ここで何をするのですか?」
「今日は、新任の先生方を生徒に紹介するの。そのための集会ね。貴方にも学校行事に参加してもらうことになるかもしれないから、今日はその練習も兼ねてるの。と言っても、特定の位置で話を聞いていればいい。その位置を覚えるだけね」
「そうですか」
「……何か、質問は有る?」
「……何故、ロギル先生なのでしょうか?俺は、用務員のはずでは?」
「ああ、それね。貴方は相談係だって言ったでしょ。役職的には用務員だけど、貴方は、色んな人々の問題を解決する助っ人ってわけ。そんな人を、呼び捨てにする?先生でいいでしょ。困っている人を助ける先生。う~ん、素晴らしい」
「は、はぁ……」
(やっぱり、ロギル先生だね!!)
「……」
嬉しそうに言うソフィーの言葉に、ロギルは押し黙った。
「貴方が座るスペースはここ。ここの座席のどれでもいいわ。しれっと、一緒に座ってなさい。その服装なら、大丈夫でしょう」
「はい」
「……にしても、まだ時間が有るわね。そうだ。あそこ、行っときましょうか」
「あそこ?」
「貴方の仕事場よ」
そう言うと、リオーシュは歩きだす。その後に続いて、ロギルは移動を始めた。リオーシュは、迷いなく建物へと移動する。それは、ロギルの家が有る建物であった。
「一階の、一番奥の壁の方」
「お悩み相談室?」
「そう。ここが、貴方の仕事場」
リオーシュが、ドアを開けて入室する。中を見ると、椅子が何個か置かれており、事務机と長机。本棚に、色々な知識学の書籍が置かれていた。
「どう?」
「どうと言われましても」
「あ、これ。相談中の札。内緒話なんかをする時は、これを扉のフックにかけて鍵をかけること。よろしい?あ、不在の時はこっちね。それと、この部屋の鍵はこれ。なくさないように」
「はぁ……」
「構内に、今日からこの相談室が開くという張り紙もしてあります。貴方は、何か用事がなければ、食事以外はここに居てください。ここにいる時間は、朝の9時から、夕方の6時まで。時間になったら鍵を締めて、この相談室は閉鎖すること。良いですね?」
「はい」
「宜しい。あ、土日はやらなくていいです。休んでください」
「はい」
「そして、先日話した相談者、リータ・ゼブロスの友人が、放課後にここに来ます。忘れずに対応するように」
「分かりました」
「結構。では、集会に行きましょうか」
ロギル達は、一度戻って体育館に移動する。そこで集まっていた職員達に混ざって、ロギルは新任教師の就任式を見た。
新たに増える教師は5人。一人は、魔学教師。背の低い、分厚い眼鏡をつけていて、どこかおっとりした性格の女性だった。後、胸がとてもでかい。
その次に、体育関係の教師が2人。一人は体格のいい女性教師。もう一人は爽やかな男性教師だった。2人共、人並み以上には鍛えているようにロギルは感じた。特に男性教師の方は、ふらつかず、歩きがしっかりしているとロギルは感じた。
文学の教師が一人。メガネを掛けた、優しそうな男性だった。彼の自己紹介のときだけ、女生徒が嬉しそうにざわついていた。
そして最後に、科学教師が一人。彼は不自然なほどに鍛えており、勉強にも体力が必要だと熱弁していた。ちなみに、趣味は筋トレらしい。
「以上が、本日から来られる新任の先生方です。皆さん、新たに来られた先生方を拍手で迎えましょう。拍手」
リオーシュの声に合わせて、生徒たちが拍手をする。それに合わせて、職員たちもやっていたので、ロギルもそれに合わせて適当に拍手をしておいた。
「さて、最後に教師の皆さんの他に、もう一人、我が校で働かれる先生をご紹介しましょう。ロギル・グレイラッド先生。こちらにお願いします」
「!?」
リオーシュが、壇上でウインクする。ロギルは、内心嫌がりながらも姿勢を正すと、椅子から立ち上がり、建物の端側を通って壇上に上がった。
「こちらが、本日から来られたロギル・グレイラッド先生です。先生には、我が校初の相談室で働いてもらいます。相談室では、個人的な悩みから、家族の悩み。学校問題から、精神的ケア。心の支えが欲しい生徒や職員の皆様のために設置された場所です。学年、性別、職業問わず。ロギル先生に相談が有るという方。誰でも、是非ともお立ち寄りください」
(なんだか、凄いめんどくさそうな物を押し付けられそうな触れ込みだなぁ……)
ロギルは、心の中でリオーシュに向かって溜息を付いた。
「ではロギル先生、生徒たちにご挨拶をお願いします」
「……あ~、本日から相談室で働かせていただくことになりました、ロギル・グレイラッドです。このような仕事をするのは初めてなのですが、できるだけ皆さんのお役に立てればいいなと思います。易しい内容から、難しい内容まで、解決できるかはともかくとして、私が出来るだけ力にならせていただこうと思います。何かありましたら、気軽にご相談ください」
「素晴らしい挨拶です。ロギル先生、ありがとうございました。では、お戻りください。なお、ロギル先生には、用務員としても働いていただきます。相談室にいない場合もありますので、その時は、再度相談室を訪れてください」
「……」
その後、滞りなく就任式は閉幕した。
「……相談室に行くか」
「ロギル先生、見事な挨拶だったわね」
移動しようとしたロギルに、リオーシュが声をかけてきた。
「校長も人が悪い。事前に言ってくださいよ」
「ごめんなさい。忘れてたわ」
リオーシュは、悪びれる様子もなくそう言う。
「改めて、我が学園にようこそ」
「はぁ~、宜しくおねがいします」
ロギルは、リオーシュに軽く礼をすると、相談室に移動した。
「ま、相談と言っても、人には話しづらいことが大半だろう。相談室がありますよと言って回ったところで、今日は誰も来ないだろうな。例の生徒が来る放課後まで待つのか。暇だなぁ……」
ロギルは、そう言いながら相談室に有る本の背表紙を見てみた。対人関係の礼儀。相互コミュニケーションの勘違い。などなど、ロギル的には読書意欲をそそられない本が並んでいた。だが、暇なので適当に読もうと、ロギルは本に手をかける。すると、相談室のドアが開いた。
「ロギルせんせ~い!!聞いてくれよ~!!私さ~、勉強が嫌なんだよ~!!」
そう言って、一人の女生徒が入ってきた。若干泣きながら。よく見ると、その女生徒はロギルが昨日目が合った女生徒であった。白い髪を靡かせて、彼女は勢いよく椅子に座る。そしてそのまま、長机に突っ伏した。
「お~いおいおい。勉強なんてクソだよ~。やり方が分かんないよ~」
「……えっと、取り敢えず、自己紹介してもらえるかな?」
ロギルがそう言うと、彼女は涙を拭いて顔を上げた。
「アマナ。アマナ・セルテド」
「えっと、アマナさんでいいかな?アマナさんは、それでどうしたいんだい?」
「やめたい!!勉学反対!!!!」
迷いなく、彼女はそういう。
「じゃあ、他にやりたいことは有るのかな。勉強以外で」
「えっとねぇ~、私、運動が得意だから、体を動かす仕事がしたい。用務員とか、私に合ってる気がする。雑用、素敵」
「なるほどねぇ。じゃあ、校長に言ってみたらどうかなぁ。卒業までに雇用契約を取れれば、勉強なんてしなくてもいいじゃないか。それでどうだい?」
「なるほど。頭いいな、ロギル先生!!」
「ははは、そうかなぁ~」
「でも、卒業まで待つの面倒くさい。今すぐ移りたい。あの校長、意地悪だ」
「校長先生に、何か言われたのかい?」
「用務員が良いですって、来た時に言ったんだ。そしたら、話を聞かずに入学させられたんだ。酷い。師匠に、お前は用務員のほうが良い。他は向いてないって言われたから言ったのに。こんなの、拷問だ。訴えたい」
「……あまりそういうことは、人には言っちゃいけないって校長に言われなかったかな。アマナさん」
「ん?校長が、ロギル先生になら良いって言ってた。だから来た。駄目だったか?」
「あ~、なら良いよ。だけど、他の生徒がいたら言っちゃいけないよ」
「は~い」
そう言って、アマナは机に突っ伏した。
「眠い。寝ていい?」
「駄目だよ。まだ授業が有るだろ。出席だけ、しとけばいいんじゃないかな」
「う~ん、昨日も遅くまで書類書いてて眠いんだ。許して。勘弁して」
「……」
そう言うと、アマナは寝息を立て始めた。
「こういう時、どうすればいいんだ?う~ん、机に何か無いかな」
ロギルが、机に置かれている書類を調べる。すると、相談室のマニュアルと書かれた書類が出てきた。
「えっと、精神的に疲れている生徒は、休ませてあげること。無理はさせない、か」
ロギルは、寝ているアマナを見つめる。
「ま、良いか」
ロギルは、アマナをそのままにして、本を読むことにした。数時間たち、お昼の時間を告げる鐘が鳴る。その音と同時に、アマナは飛び起きた。
「うおおおお!!飯だ~~!!」
「元気出たかな?」
「うん。元気出たよ、ロギル先生!!ありがとう!!」
「うん。午後から授業、頑張ってね」
「は~~い」
去ろうとするアマナの背中、その背中を見て、ロギルはあることを思いつく。
「あ、アマナさん」
「ん、なに?」
「ちょっと、頼みが有るんだけど」
そう言って、アマナにお金を渡すこと数分後。アマナがお釣りと共に、とある物を持って帰ってきた。
「はい、お釣りと服」
「ありがとう」
「そんなの、どうするの?」
「知り合いが欲しいって言っててね」
「ふ~ん、変わった人だね。じゃあね」
そう言って、アマナは再び出ていった。
「……買ってもらったぞ」
ロギルは、相談室の鍵を締めて服の包装を破く。それは、女生徒用の学生服であった。
「で、私に着替えろと」
その服を、出てきたソフィーが手に取る。
「これなら、ここにいても怪しまれないだろ」
「確かに。ロギル先生は、頭がいいね」
「よせ、いらないなら捨てるぞ」
「うううん、着る着る!!せっかく、ロギル先生がくれた服だもん。大切にするね!!」
そう言うと、ソフィーはロギルの目の前で着替え始めた。その間、ロギルはソフィーから目をそらす。音がやんでロギルが目線を向けると、人間に擬態して、制服を着たソフィーが立っていた。
「どうかな、ロギル先生?」
「ああ、完璧だ。どう見ても、一般の生徒にしか見えない」
そう言うロギルに、ソフィーは抱きついて、耳元に口を寄せる。
「興奮しちゃう?」
「しない」
ソフィーに抱きつかれたまま、ロギルは部屋の鍵を開ける。そして、ソフィーを持ち上げると、床に着地させた。
「飯を食いに行くぞ、ソフィー君」
「はい、ロギル先生!!」
部屋から出て相談室の鍵を締め、2人は食堂へと向かった。
食堂には、昨日と同じメニューの他にも、日替わりするランチがある。それを、2人は同じ席で食べて、相談室へと戻ってきた。最初のアマナ以降、その日の相談室は人の出入りがなかった。ソフィーとお喋りをしながら、ロギルは時間が過ぎるのを待つ。そして、学校の授業終了を知らせる鐘が鳴り響いた後、ロギルはソフィーを内へと戻し、情報提供者の相談者が来るのを待った。そして、数分後。
「あ、あの」
気弱そうな女生徒が、相談室に入ってきた。
「ん。まぁ、座って」
ロギルは、彼女に椅子に座るように言う。そして、立ち上がると相談室前の扉に相談中の札を掛けて、扉の鍵を締めた。
「で、校長先生が言っていた相談者っていうのは、君かな?」
「は、はい!!セシル・メロといいます」
セシルは、とても真面目そうに見えた。きっちりと髪は束ねて後ろで結んでおり、清潔感が感じられる。そして、分厚いレンズのメガネをしており、どこか挙動不審な感じでロギルを見ていた。
「……」
ロギルは、セシルを見つめる。数秒後、話し始めた。
「リータって子の友人なんだって?それで、彼女が見つからなくて困ってると?」
「はい。リータは、私の友人なんです。それで、学校もサボったこと無くて、すごく真面目で。なのに、あの日から来なくなっちゃって。私、最初は病気かなって思ったんです。でも、寮にも帰っていないみたいで。私……」
「それは心配だね。何か、彼女がいなくなる前に何をしようとしてたとか、手掛かりになるようなことを知らないかな?小さなことでも良いんだ」
「えっと、確か、ドレッドとフリアって生徒がいるんですけど。その2人から、何か相談を受けていました。その内容までは分からないんですけど、何か薬のようなものを、2人はリータに言われて捨てていました」
「薬かぁ……」
ロギルは、セシルの言葉をメモしながら、彼女の言葉に相槌を打つ。
「その薬の特徴は?」
「えっと、白かったかな。それで、粉末状でした。こう、紙で包んでありまして。よく分かんないですけど、そんな感じです」
「なるほど。セシルさんは、その薬の詳細に覚えはないんだね?」
「はい。残念ながら」
「……そうか。最後に、彼女がいなくなってから今、何日経ってる?」
「……3日です」
「そうか。その間に、街の兵士からの連絡はなかった?」
「いえ、何も。一度話を聞いてくれただけで、それ以降はなにも」
「……あまり、時間はなさそうかな」
ロギルは、椅子から立ち上がる。描いたメモを持つと、部屋の扉を開けた。
「俺はこれから、リータさんを探しに行くよ。君は帰りなさい」
「い、いえ。なら、私も行きます!!リータは、私の大切な友人なんです!!協力させてください!!」
「……分かった。じゃあ、校門の前で待っていてくれるかな。準備してくるから」
「はい!!」
セシルは、荷物を持って相談室から出ていく。それを見届けると、ロギルは校長室へと向かうことにした。
「確か、この辺だったか?」
それは、食堂に行く道すがら散策して周った校舎の一階。そこに、校長室と書かれた赤い表札がついている部屋があった。ロギルは、その扉をノックする。
「入っていいわよ」
「失礼します」
リオーシュに招かれて、ロギルは入室する。すると、室内の立派な椅子にリオーシュが座っていた。書類と、にらめっこをしながら。
「アマナは、もう帰ったのか?」
「あら、知ってたの。アーチャーのこと」
「俺のところに来たぞ」
「そう。ま、アマナはストレスが溜まりやすいみたいだから、色々と発散に付き合ってあげて」
「分かった。それと、外出をしたい。戻りはいつになるか分からない。あと、生徒を一人連れて行く」
「随分勝手な通達ね。その書類、見せて」
「ああ」
ロギルは、先程のメモを渡した。
「なるほど。あまり時間はなさそうってわけ」
「そうだ。生きているうちに発見するのなら、今出るほうが良い」
「……分かったわ。外出許可を出しましょう。その生徒も一緒に」
「ありがとう」
「あと」
「?」
「私も行くわ。学校長としてね」
「良いのか、そっちの書類」
「ええ、まぁ。大したことない内容だし、明日適当に決めるわ。デスクワークばかりで気が滅入ってたし、丁度いい。後で合流しましょう。校門でね」
「了解した」
ロギルは、自身の家へと移動する。そして、スーツに着替えてコートを羽織、帽子をかぶると校門へと移動した。
「あ、ロギル先生!!」
校門には、セシルが待っていた。そして、同じタイミングで黒いコートを羽織ったリオーシュが現れる。彼女も帽子をかぶって、スーツを着ていた。
「えっと、校長先生?」
「そっ。じゃあ、行きましょうか。生徒を連れ戻しにね」
「上手く発見できたら、ですけどね」
ロギルとリオーシュが、先頭に立って歩き出す。その後ろを、セシルが恐る恐るついていった。