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ラグナレク・レギオンズ  作者: 北都 流
5章 狂乱
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夜明け

 闇の中を、レドリアは迷いなく走る。


 長き痛みの果てに手に入れた魔力で出来たその肉体は、目に頼らずとも研ぎ澄まされた感覚で周囲の様子を把握しレドリアに伝えてくる。そして、レドリアの目も光のない闇の中だろうとも瞬時に周囲の光景を把握できるようにその状態を変化することができるようになっていた。


「……」


 走っている最中、僅かに通路に音が響く。何かが空気を切り裂いた音だ。


 暗闇の中、通路に伏せていた怪物達がレドリアの接近を感知してその体から糸を伸ばしレドリア目掛けて放出する。常人にとって脅威であるはずのその攻撃は、レドリアにとっては表情を崩すほどもない児戯に等しかった。


 無言で腕を振る。それだけで、迫ってきていた肉の網は、衝撃の波を受けてその形状を破裂させていった。


「邪魔ですよ」


 通路内に発生した衝撃波で怪物達が身を止めている僅かな間にレドリアは、距離を詰める。そして、先頭に伏せていた怪物の頭を蹴り上げると、その後ろに伏せていた怪物ごとレドリアは脚力に任せて粉砕した。


「さて、そろそろですかね」


 通路の奥には、一枚のドアが見えている。固く厳重に閉ざされたその扉を前にしてレドリアは、手を添えると腕に力を入れてそのドアを止めている金具を引きちぎり押し飛ばした。


「……これは」


 足を進め、レドリアは中へと入る。


 通路の先は、一つの部屋になっていた。先程までと変わりその部屋の照明は機能しており、怪しげな光で照らされている。


 その部屋の両脇には、ガラスで区切られた別のスペースが存在しており、その中には扇情的な服を着た女性の死体が複数立たされていた。


「悪趣味だな」


 レドリアの背後から声がする。それは、ロギルの声であった。


「元から存在していた部屋、ということでしょうか?」

「金持ちの考えることは分からない。怪物がリフォームしたとは考えづらいからな。わざわざこういう物を作っていた、というところだろう。もっとも、死体を飾る趣味はなかったと思うが」

「そうでしょうね。しかし、彼女達にも顔がない。この光景を再現することに、意味はあるのでしょうか?」

「さて、もしかしたら怪物も影響を受けるのかもしれないな。食った人の」

「なるほど」


 レドリアは、奥へと歩みを進める。その背後で、ロギルの形をしていた何かが腕の先を尖らせてレドリアの背中へと自身の腕を押し出した。


「もう少し何か聞けると思ったんですがね」

「グッ!?」


 レドリアは、自然な動作で振り返り、迫ってきていた腕部分を払いのけるとロギルの顔をした何かの顔をわし掴んだ。


「な、何故?」

「何故気づいたのか、ですか?簡単な話です。貴方達には、いえ、貴方には人の姿を模倣する力がある。そんな貴方と対面するのにも関わらず、何も決めずに我々が分かれると思いますか?」

「……合図を、決めていたのか」

「私の友人に似た顔を使われるのは、あまりいい気がしませんね。これっきりにしていただきたい」


 そう言うとレドリアは、腕に力を込めて怪物の顔を握りつぶした後、床に肉体を投げて叩きつけ破壊した。


「さて、音楽が聞こえますね。そろそろ本命に到着といったところでしょうか」


 奥へと進んで先にあるドアへとレドリアは手を添える。そして、迷いなく力に任せてレドリアは、ドアを吹き飛ばした。


「……なるほど」


 レドリアは、音楽の流れている部屋の中へと足を進める。そこには、巨大なダンスホールが存在していた。


 ドアの先にあった手すりに近づき会場全体をレドリアは見渡す。ダンスホールでは、仮面をつけた人の形状をした何かが音楽に合わせて男女ペアとなりダンスを踊っていた。


 その踊りには、乱れがなく何組も踊っている者がいるのにも関わらず一切動作に違いがない。そして、そのダンサー達から目を外すと、その背後の壁に巨大な脈動する肉の塊が存在していることにレドリアは気づいた。


「脳、ですかね」


 レドリアがそう呟くと、周囲に流れている音楽が止まる。


「何故、私を見つけることが出来た?」


 ダンサー達が動きを止める。ダンサーの一人が、レドリアに向かいそう尋ねてきた。


「私達には、索敵に優れた仲間がいますので」

「完璧だったはずだ。事実、お前達は今日まで私に気づくこともなかった」

「そうですね。それだけが残念です」


 ダンスホールへとレドリアは、ジャンプして降り立つ。姿勢を正すとレドリアは、一歩足を踏み出した。


「貴方の罪は重い」

「ならばどうする、レギオン?」

「……殺させて頂きます」

「たった一人でか?この私を前に」


 巨大な肉塊がその体をうねらせる。だがレドリアは、表情を変えずに着ていたコートを脱ぎ捨てた。


「ええ。そういう仕事ですので」


 レドリアの肉体が一足で距離を詰める。先程まで喋っていた男性の形をした怪物へとレドリアは迫ると、その体を殴って吹き飛ばし、目の前に見える巨大な脳のような肉塊へと怪物を叩きつけてその体を破裂させた。


「哀れだな」


 別の人の形をした怪物がそう呟く。踊っていた怪物達は、人の形をしたままレドリアへと襲いかかった。


 その全てをレドリアは、力に任せて吹き飛ばす。全ての襲いかかってきていた怪物が脳へと叩きつけられて破裂し終えると、残っていた一体の怪物が口を開き溜息を吐いた。


「無駄だよ。君に力がいくらあろうと今の私の敵ではない。私の肉体は、既に変化し人知を超えた存在へとなったのだ」

「……それにしては、人という存在に固執しているように思えますが」

「私は、自分よりも優れた者が嫌いでね。特に、私には無い技術を持っている者を見ると我慢できないんだ。その優れている技術を、私だけの物にしたくてたまらなくなってしまう」

「それが、今の貴方の在り方の原因、というわけですか?」

「その通り」


 怪物は、人の顔で笑みを浮かべる。


「私は、取り上げた。他者の技術を、その容姿を、その記憶を。そして、その存在さえも。素晴らしいだろう。全ての人は、私の前で等しく大きな糧となる。どのように弄ぶのも私の自由だ。やがて、この星から人は消えて全てが私となる。その時私は、初めて満たされるんだ!!」

「……その考えは、私には理解できませんね」

「惜しむらくは、思考さえも糧とした人間に少し共感してしまうところだろうか。記憶を奪うのだからその人間の欲求さえも私の物となってしまう。今となっては、前にも増して性欲も高く、踊りや音楽を楽しむようになってしまった。だが、全ては私の中で完結する。音楽も、洗礼された踊りの技術さえも。全ての欲求を満たし完結することは、一人の人間ではとてもではないが出来ないことだ。やがて私は、人の持つ多様性の全てを飲み込み、その時初めて人という種を完全に超えた存在となるのだろう。だから、その時が来るまで」


 巨大な脳が蠢いて人間の上半身のような形へと変化する。そして、その片腕を高々と持ち上げた。


「邪魔をされては、困るな」


 脳が腕を振り下ろす。そして、レドリア目掛けてその手を叩きつけた。


「ほう、面白いですね」


 レドリアの肉体の筋肉が膨張する。レドリアの肉体も膨れ上がって大きくなり、その片腕でレドリアは、難なく振り落ちてきた巨大な腕を受け止めた。


「どうしました?この程度でしょうか?」


 レドリアの立っていた床部分は、腕を叩きつけられた衝撃で亀裂が走って凹んでいる。だが、レドリアには、焦り一つ出ていなかった。


「君と私はよく似ている。共に肉体を操ることの出来る力を持っているからだ。だから君にも分かるだろう。私の肉体の質量は、君よりも巨大だ。この状態でどちらがより力を出せるのか。簡単なことだろう」


 脳が腕に力を込めていく。込める度に床が凹み、レドリアの体が地に埋まっていった。


「君では、私には勝てないんだよ。他の人形と違って私は大きい。君の力は、君よりも筋力の大きな私には通じようがない。さぁ、早く潰れて楽になるといい」


 さらに脳が腕に力を込めていく。だが、その腕の下でレドリアの笑った声がした。


「ふっ、質量が違うですか。そうかもしれませんね。しかし」


 レドリアが片腕を振り抜く。振り抜いた腕で巨大な手を殴ると、レドリアを押さえつけていた巨大な腕がその衝撃で跳ね上げられた。


「密度は、どうでしょうね」


 レドリアは、そう言って跳ぶ。巨大な脳の顔のような部分にまで飛ぶと、その顔目掛けてレドリアは、拳を叩きつけた。レドリアの全身の筋肉が軋み、音を立てて衝撃を発生させる。脳の顔が凹み、吹き飛んでそのまま背後の壁へと上半身を叩きつけて壁を破壊した。


「……何故、何故だ?」


 脳に口が生えて喋る。レドリアは、床に着地すると自身の腕の上腕二頭筋を叩いた。


「貴方とは、鍛え方が違う、ということでしょうね」


 レドリアが構える。足の筋肉が、音を立てて膨れ上がった。


「私が、負ける訳が……。人を越えた私が、他者に、もう二度と」


 レドリアが飛ぶ。そして、全力で振り抜いた拳を、脳の腹部目掛けて打ち放った。


「良かったですね。これが、貴方の最後の敗北です」


 レドリアの拳が、脳へと突き刺さる。その瞬間、レドリアの拳から物理的な衝撃とは別に、脳の全身へと放たれている物があった。


 それは、魔力によって生み出された衝撃。他者の目には、その光景は、レドリアの身から生み出された筋力のみによる衝撃によって脳の全身が破壊されていくように見えるだろう。


 しかし、実際にはレドリアは、その全身で魔法を発生させて自身の攻撃の威力を高めていた。魔力によって作り変わった強靭な体から繰り出される大きな打撃に、魔法による強化が乗ってその衝撃が脳の全細胞を駆け巡っていく。そして、その細胞の一つ一つの結合を破壊していった。


「……何故」


 その言葉を最後に、脳の全身が吹き飛んで消えていく。レドリアは、床へと着地すると脱ぎ捨てたコートを拾って着直した。


「人の可能性を見誤っていたから。と、言うところですかね」


 レドリアは、脳があった場所を見つめる。そこには、辛うじて形を保った女性骨格の人の骨が落ちていた。


「最後まで守ったのは、人であった自分の名残ということでしょうか。その執念だけは、凄いと思いますよ」


 レドリアは、そう言うと部屋を出ていく。少しして、骨の全身に亀裂が入ると、骨は跡形もなく崩れ落ち、その場に粉となって散らばった。


「うん?」

「よお。ことは済んだか?」

「ええ、滞りなく」


 部屋の先でレドリアは、ロギルに合う。その言葉を聞くとロギルは、引き返し暗い通路へと足を進めた。


「すまない。少し遅れたな」

「いえ。……ロギルは、少し無理をしたようですね」

「ははっ、普通に動く分には問題ないんだが」

「全速でとはいかない。と、いうことですね」

「ああ。あと、お前と似た顔の奴がいたよ」

「おっ、そうですか?」

「やっぱり動きが違うな。体重移動のしかたとか、力の入れ方とか」

「そうですか。私も同じでしたよ。違いました」

「そっちにも出たか」

「ええ」

「……なんというか、すまない」

「いえ、似た顔というだけです。お互いに気にしないことにしましょう」

「そうだな」


 静かになった屋敷からロギル達は、歩いて外へと出る。外に出ると、リオーシュ達が目の前に車の速度を落として止めた。


「間に合わなかったわね」

「全ターゲットの消滅を確認した。やっと寝れる」

「そうね。帰りましょう、お二人さん」

「ああ」

「ええ」


 二人は、車へと乗り込む。途中でノーマンも拾い、ロギル達は、それぞれの家へと帰っていった。


「で、今回の事態が次あっても大丈夫なようにしてくれた?」


 校長室でリオーシュは、レシアに向かってそう言う。


「ええ。私のマジックアイテムで持ち帰っていただいたサンプルを確認しましたが、識別は可能です。それと、言われた通りの場所に報告をまとめて送っておきました」

「よろしい。これで本当に寝れるわね。あとは明日、考えることにしましょう。おやすみ」

「はい。おやすみなさい」


 レシアが部屋を出ていく。それを見送るとリオーシュは、大きなあくびをして自身の部屋へと帰って倒れるようにベッドに寝転んだ。




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