潜伏
リータは、怪物の放つ無数の糸を見て腕の呪印に魔力を流した。リータの両腕周りに炎が踊る。その炎がリータが怪物目掛けて腕を振るうと、大きな球体となって飛んでいった。
怪物の放ってきた糸の先が炎に焼かれて消える。だが炎は、怪物に届く前に太く作られた新たな糸で切り裂かれてしまった。
「ちっ、火力が足りない!!」
(インクに砕いた魔石を混ぜて魔法陣を腕に書いたわけか。平行な面に書くわけじゃないから陣の調整をしないとここまで上手く炎は出せなかっただろう。流石、優等生リータ。面白いことをする。だけど、砕いた魔石の魔力で威力を増幅させてこの程度か。しかも、連発は無理そうだな。既に残っている炎が小さくなっている)
「セシル、下がって!!」
(……さて、上手くやれるのか。いや、やるしかない)
「えっ!?」
セシルは、リータの肩を掴むと強引に引き寄せた。突然のことにリータの魔力集中が解けて腕の炎が消える。
(やはり、余り動かずに扱うのが精一杯か)
炎が消えた瞬間を見計らってセシルは、リータの腕を握った。
「ダメ!!逃げよう!!」
「でも!!」
リータには、分かっている。得体の知れない相手に背を向けて逃げに回ったところで、二人共無事に逃げられる保証などない。そして、その考えを確信させるかのように、手を引っ張られて走り出したリータの背後には、既に新たに伸ばされた糸が迫りつつあった。
「伏せて!?」
背後を確認したリータが、糸を回避するために速度を速めてセシルを押し倒す。だが、糸が二人に迫ってくることはなかった。
「ギッ!!」
糸を止めて化け物が身をよじる。その仕草は、まるで何かに襲われているかのようだった。だがリータ達には、その何かの姿が見えることはない。
(いってえええええええ!!この体力馬鹿が!!あそこから私に追いついてくるな!!!!たく、時間のロスだ。急がないと)
起き上がり、再度リータの手を引いてセシルは走り出す。その背後で、怪物が自身の背面方向目掛けて体から無数の糸を弾け飛ばせた。
リータには見えていないが、今怪物の背中には無数の小さな蟲が群がっている。その蟲の大群が、怪物の背から群がって怪物の肉を細かに引きちぎりその体を分解し始めていた。
しかし、怪物が自身の群がられていた肉体部分を細い糸状にしたことで蟲達は糸の弾けと同時にその肉体を切り裂かれて地面へと落ちる。その状況を、走りながら蟲を操っていたセシルは魔力の途切れで感じ、リータに聞こえないように舌打ちをした。
(やはり束にしないと強度は脆いな。仕方ない。ポチを使うしか)
セシルの得意とする魔法は、死霊魔術である。セシルの操っていた蟲の大群は既に死体となっていた虫であり、それらを特殊な加工を施すことでセシルは操っていた。彼女の操るポチという巨大な狼を形作っているのはこれらの小さな虫の死体の大群であり、束になることで蟲達は強度も発揮する力さえも変える。セシルの操れる最大数の蟲達で形作られた彼女の切り札。それこそがポチであった。
しかし、ポチは彼女の切り札ではあるがその巨体ゆえに使ってしまえばリータの目にその姿を晒すしかない。セシルが使っているとは特定はされないだろうが、ポチという別の怪物がいるという事実はリータの頭の中に残ってしまうだろう。それは、不都合なことであるとセシルは思った。しかし、躊躇って命を落とすのはもっと有り得てはいけない。覚悟を決めて標的を見据えるためにセシルは、僅かに後ろを振り返る。だがその瞬間、セシルは振り返ることをやめてさらに速度を上げて走り始めた。
「急いで、リータ!!出来るだけ離れて!!!!」
「わ、分かってる!!」
「分かってない!!後ろから絶対変な衝撃が来るから、走りながら前に倒れる準備しといて!!」
「はっ、なんだって!?」
リータの腕を放して両手を使って二人は全速力で走った。その背後には、驚くべき速さで怪物から伸びてきた糸が無数に迫りつつあった。しかし、セシルが気にしているのはその程度のことではない。
「落ちてくる!!」
「えっ!?」
リータが疑問の声を上げた瞬間、周囲は緑色の閃光に包まれた。
「うあああああああああああああああ!!!!」
「!?」
セシルが見たもの。それは、空中からこちらに向かって飛んできている緑の閃光の矢であった。
その矢は、遠くにあったのにも関わらずセシルの肉眼で確認できるほど空の一点を濃く染めて飛行する。
そして、その余りにも巨大な魔力の矢は、怪物の本体目掛けて着弾。周囲の景色を巻き込み、その自身を構成する魔力を爆発力に変えて怪物の本体もろとも周囲に放たれた糸の全てを巻き込み、その閃光で吹き飛ばした。
周囲を走っていたセシル達ごと。
「ああああああああああああ!!!!」
「!?」
魔力爆発の威力に押されて地面を転がりながらセシルは、自分でも訳が分からなくなりながら威力を殺し終えると地面に止まって顔を上げる。周囲を見渡すと、同じように爆風に押されて転がってきていたリータが目に入った。
「リータ!?」
身を起こして駆け寄り肩を持つ。すると、すぐにリータが起き上がった。
「……何、あれ?」
「……分からない。でも、怪物はいなくなったと思うよ」
「そりゃ、あんなのくらえばね」
視線でリータは、怪物のいた方角を見つめる。しかし、そこには何かが居た痕跡すらなかった。
「……ねぇ」
「うん」
「なんで周囲の木々とかは無事なんだろう?私達も」
「……そういう魔法だったんじゃないかな」
それしかセシルには、言えなかった。自分達が有り得ない程吹き飛ばされるほどの衝撃があった。その結果怪物は消えた。しかし、巻き込まれたはずの周囲の景色に代わりはなかった。それどころか、転がっていたはずの自分達すら偶然にも無傷であった。
(いや、偶然なはずがないか)
セシルは、立ち上がって学校のある方角を見つめる。
(これが、レギオン)
学校の屋上。ロギルの家の前の通路にアマナは、一人佇んでいた。
「う~ん、流石に心配しすぎだったか。一射目で殺せなかった時のことも考えて二人の距離も離したが、必要なかったな」
その場にアマナは、座り込むと出現させていた弓を消して空を見上げる。すると、彼女の目の前に緑色の小さな炎が灯った。
「連絡。セシル達が襲われたが阻止。引き続き警戒する」
アマナが言い終えると炎が消えた。
「さて、めんどくさくなってきたぞ」
ある程度の生徒を見送ったロギル達がこちらに戻ってきているのがアマナには、見えた。アマナは、その能力の限りを尽くして周囲を見回し続ける。誰が怪物かなど、彼女にでさえも分からなかったのだから。
「……それで、どんな感じ?」
校舎側のドアを開けてリオーシュがやって来る。そちらに顔も向けずにアマナは、答えた。
「二体居た。一人は、レドリアが倒した。もう一人は私が」
「……それで最後だと思う?」
「さぁ、分からないな」
「……めんどくさいわね」
「ああ、めんどくさい」
結果、ロギル達が帰ってきてもアマナは、周囲の警戒をその日はやめることが出来なかった。
「で、どうするんだ?」
「……」
ロギルの家の前。そこに、レギオンの全員が集まっていた。
「人間に化ける魔獣。しかも、本人の特徴を真似て潜伏している」
「それを、街の中しらみ潰しに探すっていうのか?」
「……それしか、今は出来ないわね」
リオーシュが嫌そうな顔をしてそう言う。
「恐らくですが、見分ける方法はあると思います」
その中でレシアが、懐から小さな石を取り出してそういった。
「と言うと?」
「理屈は簡単です。人は、バラバラに形状を変えたり出来ない。なら、相手は人の肉体ではない何かで構成されているはずです」
「つまりその魔石と同じ」
「ええ、魔力です」
レシアは、そう言って魔石を床にばらまく。
「私達人間は、魔力ではない物質も用いて構成されている。しかし、相手はその肉体さえ変幻自在に変える魔獣。なら、この石達と同じように人よりも高純度の魔力体であるはずです」
「でもこの石みたいに、見た目分かりやすくはないぜ?」
「でしょうね。ですが、自身が使い続けている魔力までは隠すことができない」
レシアがそう言うと、周囲に散らばった石が光り始める。
「このように、敵が高純度の魔力の塊ならば、動いているだけで魔力を消費し、周囲にその痕跡を残しているでしょう。それを見ることができれば、唯の人と魔獣の見分けがつくはずです」
「で、それをどうやって見るんだよ?」
「ふふ、それは、私の開発したこのマジックアイテムで!!」
「……なるほど。そういうのを見ればいいのか」
その瞬間、アマナの目に宿っている緑の炎の勢いが増す。
「……ああ、見えるぞ。居るじゃないか。明らかにおかしい奴らが」
そう言ってアマナは、ゆっくりと立ち上がった。
「え、アマナちゃん、見えるんですか?」
「ここまで分かりやすければな。でも、多分違うものも見えてる」
「違うもの?」
「街の中には、同じような反応をしている奴が何人かいる。だが、ロギるんの家の中とロギるん自身。そして、レドリア。お前も似たような反応に見えるな」
「なるほど。私は、魔導を学ぶ上で肉体改造を行いましたからね。そのせいでしょう」
「そうか。確かに連中とは、よく見るとかなり魔力の漂い方に違いがあるな。部分的でしかない」
「俺は、魔獣の力を取り込んでるし、家にも仲間として居てもらってるから」
「だよな。明らかに連中とは、ロギるん達から放たれている魔力は異質だ。大雑把な傾向は同じ気がするが」
「異質ということは、街の中の魔獣たちは、魔力の傾向があまりにも似ているということですか?」
「うん、そうだな?そう見えるぞ」
「……」
「どうしたの、レシア?」
レシアは、黙って腕を組む。
「調べないと分かりませんが、同じ種類の魔獣でも魔力の発散傾向がそこまで似るということはないと思います。アマナちゃんがどこまで見えているのか分かりませんが、本当にそこまで似ているのならば」
「ならば?」
「魔獣たちは、一つの存在が操っている駒に過ぎないのかもしれません。この私が光らせている魔石のように」




