擬態
「ただいま」
「あら、おかえり」
肩にかけていた鞄を持って自身の部屋へと少年は上がろうとする。その途中で、台所に居るであろう母親から声をかけられた。
「今日もジェームスさん来てくれるって言ってたわよ。この前のやつ、相談してみたら?」
「……ああ、分かったよ」
「元気ないわね。大丈夫?」
「うん」
従兄弟がまた来る。
その事実を知った時少年は、全身から汗が吹き出るのを感じた。
何故、今日も来るのか?
在り方に違和感を覚えたばかりの相手が。その事実に少年は、言い知れぬ恐怖を抱いたがこの前のことがたまたまの反応であったとすれば、今日は何事もなく終わるはずだ。そもそも、人が別人になるなど、自身で言っていて有り得ない事であると少年は思っていた。
きっと今日のこの恐怖も杞憂に終わるのだろう。全部自分の妄想が生み出した偽りの恐怖に過ぎない。きっと今日が過ぎればすべてが元に戻って解決している。そのはずだと、少年は思って自身の部屋へと歩みを進めた。ベッドに転がってただ時が過ぎるのを待つ。まるで祈るように。そして、玄関のドアから音がした。
「おかえりなさい」
「おう、ジェームス君も丁度来てくれたぞ」
「そうなの。いらっしゃい」
「お邪魔します。ソーラ君は帰ってきてますか?」
「ええ、上に居るわよ」
「そうですか。この前、自社の商品だったのに対したアドバイスもできなくてそれが心残りだったんですよ。上がらせていただいても?」
「ええ、いいですよ。あの子も喜ぶわ」
足音がする。
階段を踏みしめて誰かがこちらに来る音だ。
「ソーラくん、入ってもいいかな?」
部屋の扉がノックされる。それはいつもの従兄弟の声であった。明るく優しい声だ。だが、その声がいつもよりもソーラには、暗いように感じられた。
「どうぞ。おじさん」
「やぁ、この前は済まないね。自分のあまり知らない商品だったもんで、テンション下がっちゃって」
「おじさんでも、そういうことあるんだね」
部屋に入ってきた従兄弟の姿は、まるでいつもと変わり無く違和感のない姿だった。小さな所作や笑顔にもその人個人のらしさというものが出ている。しかし、ソーラは自身の抱いている恐怖心から僅かに身を固めて対応をしてしまっていた。
「この前のだけど、もう一度見せてくれるかな?今度は、ちゃんと社内の人に聞いてきたから」
「うん。えっと、これだよ」
「そうそうこれだよ。おじさんの管理業務から微妙にこれは外れててね。でも敷地内の工場の別棟っていうのかな。そこでこれに関する部品の製造部はあったみたいなんだよ。組立製造場所は別みたいでね。いや~~こんなのがあったなんて、おじさん驚いたよ。あの時は、うちの会社のだと思わなくて変にテンション下がっちゃってね。ごめんね」
「そ、そうだったんだ」
勘違いだった。あの時の従兄弟の対応には、そういう意味があったのか。ソーラは、自身の考えていた事が杞憂だったと判明してホッとした。
「それでなんだけど、この先端からでるノリにわざわざ魔力を使うっていうのがこの商品のすごいところでね」
「うん」
従兄弟は、今まで通りに自社の商品の説明をしてくれる。ああ、良かった。何もなかったんだ。先生に明日謝らないと。自分の勝手な杞憂だったんだって。
その時ソーラは、叔父の話を聞きながらそう考えていた。
「……ところでソーラ君は、学校に通ってるんだってね」
「うん。そうだよ」
「おじさんは、すぐに街に工場が出来てから就職したんだけど、そのおかげでいろいろな知識を身に付けることができた。どうだい、学校っていうのは?行く価値があるものなのかな?」
「どうかな?僕にも今は、分からないよ。でもね、学校には僕らの知らないことをいっぱい知っている先生たちがいっぱいいるんだ。生徒達の悩みだって聞いてくれる。だから僕は、いいところだと思うよ」
「へぇ~~、そうなのか。それは楽しそうだね」
従兄弟は、そう言うとマジックアイテムを机の上に置く。
「そんなに豊富な知識を持っている人がいるのかい?」
「うん。いっぱいいるよ」
「そうか。それは、一回見てみたいもんだね。学校なんておじさん行ったこと無いから」
「う~~ん、今度見学してもいいですかって聞いてみようか?」
「いや、いいよ。わざわざソーラ君の手を煩わせるのも悪いしね。それに自分で聞きに行けばいい。それだけだから気にしなくて大丈夫だよ」
「そう」
「ああ、でももっと確実に見に行ける方法があるね」
そう言って従兄弟は、ソーラへと近づいていく。
「本当?どうするの?」
「おじさんがね、学校の生徒になるんだよ」
距離が縮まる。その度にソーラは、体が萎縮するのを感じた。
「お、おじさんって、今から入学できるの?仕事もあるのに」
「いや、確かに無理だね。このままだと」
目線が合う。従兄弟の顔は笑っている。笑顔だ。だが瞳の奥を見ると従兄弟の目は、笑っていないのがソーラには良く分かった。
「でも大丈夫だよ」
「どうして……」
「だって、おじさんは」
手が伸びてくる。
「君になるからね」
その瞬間、従兄弟の腕に亀裂が走り、解けて裂けた。赤い肉が見える。その内側に、何本もの無数の鋭い歯が生えているのが分かった。
「あっ!?」
叫ぼうとした。しかし、裂けた肉が伸びてきて顔を覆う。口を喋るまもなくソーラは塞がれた。
「なに、痛いのは最初だけだよ。直ぐに終わる」
「!?」
全身の力を振り絞って暴れようとする。しかし、体が動かない。強靭な力に押さえつけられて身動き一つ出来なかった。伸びてきた肉が全身に絡みついている。
従兄弟の体が真ん中から真っ二つに裂け、一つの大きな口がその中から現れた。自身の体が持ち上げられその口へと運ばれていく。ソーラは、涙を浮かべて死を覚悟した。
「さぁ、君を教えてくれ」
「驚きましたね」
その声は、部屋の外から聞こえた。
瞬間、部屋の壁が音をたてて破裂する。その破片を受けたが、従兄弟であったものは身動ぎ一つしない。代わりに、壁の向こうにいた男に目を向けていた。
「まさか初日から出くわすとは、運がいいのか悪いのか。どちらにしても」
壁の向こうにいた男は、何かを投げる。それは、ソーラの顔に当たってソーラを一瞬のうちに気絶させた。
「貴方には、死んでいただいた方が良さそうですね」
男は歩み寄る。そして、ソーラを掴んでいる筋繊維を掴むと、自らの拳でその繊維を伸ばし、力任せに引きちぎった。
「……なんだ、お前は?」
「ただの通りすがりですよ。貴方みたいなのを殺す為のね」
レドリアは、そう言うと力任せに人であったものを殴りつけた。怪物は、レドリアの拳を受けて破壊された壁から外へと吹き飛んでいく。そのあとを追って、レドリアも外へと飛び出した。
「今の音は、何!?」
「ソーラ、無事なのか!?」
レドリアの背後から声がする。その声を聞きながら、レドリアは、隣の建物の屋根に転がった化物を眺めた。
「……レギオン」
「ほう、知っている。では、話が早い」
「まさか、こんなにも早く出くわすとは」
「死んでいただきます」
その一瞬、レドリアの足の筋肉が大きく膨れ上がってレドリアの体を地面から射出した。踏み抜かれた屋根が吹き飛ぶ。そして、次の瞬間には、レドリアの拳は化物へと突き刺さっていた。
「俺は違う、侮ったりなど」
「消えろ」
レドリアが拳を振り抜いた。圧倒的なパワーから放たれる衝撃波が化物へと全て振り注ぐ。その一撃を受けて、強靭であったはずの化物の体は、すべてが無残な塵へと消えた。
「……さて、私も離れますか」
辺りに悲鳴が響く。その声を聞きながら、レドリアは家々を飛び移ってその場から消えた。
「やはり人の頂点と言われた魔導を持つ者は違うな。だがこれでやりやすくなるだろう。一度火が消えれば、まだ残っているなど奴らも夢にも思うまい」
雑踏の中に誰かがそう呟いて消えていく。そして、それが誰なのか誰にも分からぬまま消えていった。




