望む夢の中
すでに何分階段を駆け上がり続けているのだろう。ポチの速度は、普通の人間が出す速度よりも圧倒的に早く、それでいて軽快で疲れるということを知らない。立ち止まること無くビル内の階段を登っていく。しかし、まだ頂上に近づいているとロギル達には思えなかった。
「……うん?この先に階段がないぞ?」
「何?」
アマナがそう言う。今登っている階段を一気に駆け上がり切ると、確かに、その階のフロアは行き止まりになっていて上へと続く階段がなくなっていた。
「本当にありません。これじゃあ、頂上に辿り着くのは不可能です」
「待て」
ロギルは、壁の一部を指差す。そこは大きなガラス窓になっていた。そこからは、風が外から流れてきていてポチの毛並みを揺らしている。
「風があそこから吹いている。つまり」
「隙間があるってことですか?」
「あそこが次への扉だっていうのなら話が早い」
そう言ってアマナは、弓を構える。そして矢を出現させて放つと、目の前にあったガラス窓を吹っ飛ばした。
「ぎゃああああああああ!!!!」
アマナの放った矢を受けて、ガラス窓が悲鳴を上げて外に落ちていく。そしてその姿は、霧のように溶けて消えた。
「ただのガラスじゃなかったんですね」
「あれも夢魔か。小賢しい真似を」
「ともかく先を急ごう」
「はい」
ポチは、ゆっくりとビルの壁面を観察する。しかし、そこには階段らしきものはなかった。
「……登るところがありませんね」
「上を見ろ。窓がある場所のような凹みがある。あれに前足を引っかけて行けないか?」
「……なるほど。確かに、あの凹みは上まで続いているようですね。分かりました。行きましょう」
ポチの体の一部がロギル達の体を押さえて自身の体に固定する。それを終えると、ポチは真上へとその前足を伸ばして飛んだ。
「おお、便利だな」
ポチは大きな犬の形をして入るが、犬ではない。故に、ある程度距離が開いていても自身の体の一部を伸ばせば届き、足場にすることが出来る。ポチは、外壁の小さな凹みに足を引っ掛けて文字通り垂直にビルを登り始めた。
「そう言えば下からは謎の壁がありましたがここは外です。ここからなら頂上を狙撃できるんじゃないですか?」
「やってみよう」
アマナが弓を構えて矢を放つ。外壁を矢は登っていくが、一定距離進んだところで何かに当たった。
「何でビルの外壁にあのおっさんがいるんだ」
「ザントマンな」
上を見ると無数のザントマンがビルの外壁に仁王立ちしていた。そして持っている袋を開いて、こちらへと粉を投げつけようとしている。
「ちっ!!うざい連中だな!!!!」
「セシルは、ポチの操作に集中しろ!!俺とアマナで粉を全て振り払う!!」
「はい!!」
外壁に立っているザントマン達相手にロギル達は武器を構えたが、その少し高い位置から無数の光弾がザントマン達目掛けて飛んでいきその姿をすべて吹き飛ばした。
「おっ、あれはまさか」
「キャスターか」
「良いものに乗ってますね!!」
そう言うと、キャスターは真上の凹みからロギル達目掛けて落ちてきた。落ちてきたレシアを、ロギルは両手で受け止める。そしてポチの上へと降ろした。
「ありがとうございますロギル先生。一人では登るのに時間がかかって困っていたところです」
「でもここまでこれたのか」
「はい。一応、ある程度何でも出来ますので」
「凄いな」
「先生方、ちょっと前の様子が怪しいんですけど」
「うん?」
そう言われてロギル達は、真上を見つめる。すると外壁が僅かにうねっているように見えた。
「動いているのか。ビルが」
「揺れてますね」
「落ちないようにはしますけど、足場が掴みにくいのは確かですね」
「どんといけ、どんと!!」
未だに伸び続けるビルの外壁は変形しながら伸びていた。そのため、形状がわずかながら変化している。しかし、それは頂上が近い証拠でもあった。
「……マテ」
「……なにか聞こえたな」
「えっ、誰か何か言いました?」
「下から聞こえたぞ」
アマナが下を見つめる。すでに地上は、人間が落ちたら死ぬ圧倒的な距離の先にあった。しかし、そこから大量の何かが外壁を掴んで登ってきている。まるで押し寄せる津波のように。
「……マテ。ヤメロ。メヲサマサセルナ」
「アシタナンテ、コナクテイイ」
「ズットココデミタサレテイタインダ」
その灰色の人間らしき物体は、そう呟いてビルを登ってくる。それも恐ろしい速さで。
「何いってんだ彼奴等?」
(あれは夢魔というよりは、眠っている人間たちの思念体でしょうね。いい夢に満たされていたい。その思考がこの街で具現化してあの様な姿となって我々を阻もうとしているのでしょう)
「……行くぞ。追いつかれる前にけりをつける」
「はい」
ポチを急がせてビルを駆け上がっていく。しかし、揺れるビルを何とか足場を見つけて登っていくロギル達に対して下から上がってくる思念体達に障害はない。思念体達はポチすらも凌駕する速度でビルの外壁を掴み上がりロギル達に追いつこうとしていた。
「おかしいな。あそこには、見えない壁があったはず。何で登ってこれるんだ」
「実体のあるものじゃないってことだろ。俺もああいう奴は見たことがある」
「実体がないのか。じゃあ、どうするんだ?」
「有効なのは、魔法による攻撃だ。魔法なら、実体の無いものにもダメージを与えることが出来る」
「では、私の出番ですね」
レシアが腕を真下に伸ばして向ける。すると空中に7発の光弾が出現して下へと放たれた。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
その光弾は、思念体達に命中すると大きな爆発を起こす。強烈な光を辺りに振りまいて、7発の光弾は思念体達の行動を一瞬だが止めた。しかし、また思念体達はロギル達目指してビルを登り始めていく。
「なかなかしつこいですね。一回で諦めてほしかったのですが」
レシアは、そう言って続けざまに光弾を放っていく。途切れること無い光弾の雨に、思念体達はビルを登ることが出来ず動きを止めた。
「さて、今のうちですよ」
「もう少しです!!」
目の前の視界には、すでにビルの屋上の端が見えていた。ポチが前足を伸ばして最後の縁に足をかけようとする。しかし、その瞬間ビルの頂上の壁がポチの前足を押しのけて振り払った。
「なっ!?」
足をかけそこねたポチは、一瞬空中で停止する。その間にビルの外壁にロギルがソフィーのしっぽを部分召喚して打ち込んだ。
「捕まっていろ!!!!」
そのまま力に任せてロギルは、しっぽを引っ張る。ロギルの力に引かれてポチに乗っている全員はそのまま屋上へと投げ出された。
「わああああああああ!!!!」
「早く着地しろ!!」
「そうだ!!ポチ、受け身!!!!」
勢いよく屋上に浮いた状態で辿り着いたロギル達は、ポチの伸ばした足の支えで何とか反対側から落ちずに屋上へと辿り着いた。
「ふぅ~~。何とかつきましたね」
「そうだな」
「ですが、何もありませんね」
「見ろ。あそこから中に入れるみたいだぞ」
「今度は、中に入って降りるんですか?」
「もうちょっとのはずだ。行くぞ」
「はい」
屋上のドアをぶち破り、ポチは下り階段を降りていく。暫くすると、一枚の扉があるフロアへと辿り着いた。その扉を抜けると、大きな部屋があり部屋中に声が響き渡る。
「次は、研究室。研究室です」
そのアナウンスが聞こえると同時に、部屋が下にさがり始めた。
「動く床ということか」
「恐らく一部の企業で使われているというエレベーターというやつではないでしょうか。私、初めて乗りました」
「勝手に動いてくれるのは楽でいいぞ」
「でも、この先で良いんでしょうか。目的地は」
「……まぁ、行ってみるしか無い」
暫くするとエレベーターが止まる。そしてロギル達の目の前の扉が開いた。
「……行こう」
「はい」
ポチが扉をくぐって進む。すると、目の前にあったのは大きな森であった。
「……えっ?」
「ビルの中だよな」
「ああ、そうだな」
「これも誰かの夢の産物なのでしょうか」
森の中をポチは進んでいく。暫くすると、遠くに大きな木が見えてきた。
「あの木、目立って見えますね」
「行ってみよう」
ロギル達は、木へと近づいていく。近くに辿り着くと、一人の少年が木の陰で本を読んでいた。
「君、ここで何をしているんだ?」
「うん、見て分からないのか?勉強だよ。勉強は良い。最近は勉強するのも誰かに急かされてやっていたからな。嫌になっていたんだが、今は自分の好きなことを学べる。最高だよ」
少年はそう言って立ち上がる。しかし、立ち上がった少年の姿は年をとった老人の姿になっていた。
「さて、君たちこそ何故ここに居る。ここは私の夢の中のはずだ。邪魔しないでもらいたい」
「なるほど。お前がこの現象を作った魔学者ということか」
「現象?何を言っているのか分からんが、ここは私がゆっくり眠るために作った眠りの空間だ。最近どうにも寝付けない日々が続いてね。だが、これのお陰で私は安眠することが出来た。素晴らしいだろ」
「街一つ巻き込んでいたとしてもか?」
「……ふむ。なるほど。それは予想外だな。限定的な空間を作るために結界を張っていたのだがドリームランドから魔力を移動させる際にこの結界では押さえきれなかったというわけか。誤算だな」
「なんでも良いが、早くこの現象を止めろ。このままでは、街の誰もが寝たままだ」
「……分かった。この先に行けば私の故郷の家があるはずだ。その中にこの空間を作る核になっている装置がある。魔界と呼ばれる別世界にあるドリームランドから魔力を引っ張ってくる装置だ。それを破壊してくれ。それでこの現象は止まるだろう」
「分かった」
ポチを走らせてロギル達は進もうとする。しかし、それを老人は手を上げて止めた。
「一つだけ言わせてくれ。気をつけて欲しい。ここは夢の中だ。私と同じでこの夢が街中に広まっているのなら夢に満たされているものが少なからずいるだろう。その気持は、ここでは壁となり現実となる。恐らく、何かがいるはずだ。もしそれが手に負えないものであれば装置だけ破壊することに専念しろ。いいな」
「ああ、分かった」
ロギル達は、ポチを走らせて草原を突き進んでいく。その背中を老人は見送った。
「うん、霧が出てきましたかね?」
「ああ、そうだな」
視界に白い靄が広がっていく。そのまま暫く進むと一見の小さな家が見えてきた。
「あった、あれですね」
ポチが家へと進もうとする。しかし、その家の背後で何かが蠢く音が先に聞こえてきた。




