夢の中
──── もし今寝たら二度と起きれない。それが分かっていたらどうする?
「ふふっ、ロギル先生」
パセラ・デボリアは、自宅のベッドに座りながら顔をニヤけさせていた。一週間前にロギルが帰ってきてから彼女は、それまで沈んでいたのが嘘のように復活し元気になっていた。ロギルがいなくなってから一週間ほどで取り巻きの一人にパセラさん痩せました? と言われて心配された彼女だったが、今は肌艶も良くなり学校への登校を毎日楽しみにしていた。その理由は、勿論ロギルが居るからである。
「ああっ、先生。何故貴方と私は、教師と生徒なのでしょう?」
そう言ってパセラは、ベッドに倒れた。パセラは学校に自宅から通っている。彼女の家は大きく、彼女のベッドも豪華な物であった。その豪華なベッドの上で枕を抱えてパセラは、足をばたつかせる。そして天井を向いて寝転ぶと枕を頭の下に置いた。
「……ロギル先生が朝起きたら隣に居てくれたらいいのに」
そう言ってパセラは、横を向く。寝転がる自分。そしてその横にロギルがいるのを想像して彼女は顔を赤らめ始めた。
「……私には、まだ早いみたいね。刺激が強いわ。おほん、おやすみなさいロギル先生」
布団をかけてパセラは、ロギルのことを想いながら眠りにつく。そして、朝が来ても彼女が目覚めることはなかった。
「……」
前の日の朝、ロギルは一枚の紙を見つめていた。それは、ロギル達が押収したレイト・バーンズの研究資料を解析班が解析した結果が書かれていた。
「誰が先に神に至るのか、か……」
研究資料の日誌に複数の研究者仲間と思わしき人物がいることが書かれていたが、その人物たちの名前や特徴はあまり書かれていなかったという。そして、ロギル達が見たレイトが持っていた銃。あれと同じものは、後日くまなく探索したが出てくくることはなかった。
「ごめんロギるん。私があの銃をうっかり吹っ飛ばしたばかりに」
「いや、いいんだ。とっさのことだったしな。それであれを吹き飛ばす判断が出来たんだ。俺は、良い判断だと思う」
「でも、あれはロギるんの敵につながるかもしれない重要な手がかりでしょ?いいの?」
「ああ、いいんだ」
ロギルには確信があった。この街のどこかに今も自分の敵が居る。そして、そいつはこの街を喰らおうとしている。その事実に腹立たしさも感じるがロギルは焦ってはいなかった。
「いずれ殺すさ」
敵は自分から表にいずれ出てくる。それを殺すだけだ。その事実がロギルには、探し出して殺すよりも簡単なことに思えた。
「あっ、そろそろ授業終わるんじゃない」
「そうか」
ソフィーがそう言うと、ロギルは資料を隠した。程なくして放課後を告げるチャイムが鳴る。それから暫くして相談室の常連たちがやって来た。
「ロギル先生、お待たせしました」
「お邪魔します」
最初にやって来たのは、セシルとリータであった。その後、2人に続いてパセラがやってくる。
「ロ、ロギル先生。お邪魔致しますわ」
「ああ、いらっしゃい」
「はうぅ!!」
「?」
「パセラさん、大丈夫ですか?」
「大丈夫よ、大丈夫だから」
「ちっ」
リータは、息を荒くするパセラを見て舌打ちをした。
「……魅了一回しか使ってないよね?」
「お前の力だろ。よく分かってるはずだ」
「だよね」
ソフィーがロギルに小声でそう言う。
ロギルは、ソフィーの力を使って特殊な作用のフェロモンを作ることが出来る。だがそれは、効果が長続きするような代物ではなく。効果が続くのは、フェロモンを使っている間だけである。ただしそれはとても強力なもので、一度このフェロモンを嗅いだ女性は、ロギルのことを強く意識してしまう。だが、それも一時の事。普通であるならばそのときめきも時間が経つにつれてなにかの間違いであったと人は思うもののはずであった。だがパセラは違った。そのときめきを、今も離さずに持ち続けている。
「はぁ~、ロギル先生」
「うん、どうしたのかなパセラさん?」
「あ、いえ!!お構いなく!!私は、側にいれるだけで幸せですので!!」
「うん?よく分からないけどゆっくりしていくといいよ」
「はい!!」
パセラは、椅子に座ると本を読んでいるふりをしながら書類を見つめるロギルを眺めていた。
「……いいのか、あれ?」
「パセラさん?いいんじゃないかな。最近、元気なさそうで心配だったし」
「でもあれ、やばいんじゃないの?本当に大丈夫?」
「もしもの時は、リータが止めてあげてね」
「……しょうがない。分かったよ」
リータは、そう言ってロギルを見つめた。
「……確かにいい」
「うん、なにか言った?」
「……別に」
セシルにそう言うとリータは、宿題を進め始めた。
「私も宿題するぞ。ロギるん、ヘルプ」
「おう」
アマナは、そう言って自然にロギルの隣に座る。ロギルは、アマナの質問に飽きること無く付き合い続けた。
「よし。そろそろ相談室を閉めるよ」
「あっ、もうですか」
「帰るかな」
「出ましょう」
日が暮れて行く。ロギルとソフィーとセシルは、その日も校長室へと日誌を提出しに行った。
「ご苦労さま。さて今日渡した紙の件だけど、どう思う?」
「組織だった動きがあることについてか?」
「そう。と言っても彼らは、全員が独立して研究を進めているみたいね。だけど研究成果を共有している。この前のレイト・バーンズの研究も誰かに引き継がれているとしたら」
「……最悪だろうな」
「そうね。でも研究資料をあさった限り他の研究のことには触れられていなかったわ。ただし、貴方達はあの銃を見た。そうね」
「ああ。恐らくあれも人を魔獣に変えるものだろう」
「つまりその研究をしている者と研究の成果を交換した証じゃないかと私は思うのよね」
そう言ってリオーシュは、窓の外を見つめた。
「この街にまだ居るんでしょうね。その研究をしたやつが」
「見つけられるのか?」
「難しいわね。一応、調査は進められてるようだけど私達まで出てきて欲しいっていう要請がない。それだけでどんな感じかは分かったようなものね」
「……出てきたら殺せばいい。それだけだ」
「最悪そうなるわね。いずれ出てくるでしょうね。ああいう連中は、最終的には目立ちたがるから」
リオーシュは、ロギル達に向き直る。
「そうそう。女学園の地下室は、レシアがきれいに埋め立てたわ。これであの女学園は普通に戻ったってわけ」
「そうか」
「ただ、来年もロギル先生を招きたいのですがって通知が最後に来たわね。どう、興味ある?」
「……そんなには無いな。あそこは疲れる」
「なら丁寧にお断りしておくわ。それじゃあお疲れ様」
「ああ」
「失礼致します」
「バイバイ」
ロギル達は、校長室を後にした。その後、セシルと分かれてロギルとソフィーは、食堂で食事を済ませると自宅へと戻る。軽く運動をして身体を洗うと2人は布団に横になった。
「う~ん、なにもない日って最高だね!!」
「そうだな。女学園では、気が抜けなかった。落ち着いて寝られるのはいい」
「だよね。ふふ~ん、それじゃあおやすみ~い」
「おやすみ」
いつもどおりに2人は眠る。そして、朝を迎えたがロギルが起きることはなかった。
「……う~ん、よく寝た」
ソフィーは、朝の光と共に目覚めた。そして隣で寝ているロギルを見つめる。
「……えっ、おかしい」
ロギルは、いつもならばソフィーよりも早く起きて体を動かしている。なのに今日に限ってロギルは目覚めていなかった。
「……ご主人様?」
ソフィーは、ロギルを揺する。しかし、強く揺すってもロギルが目を覚ますことはなかった。
「……ダンタリオン先生いいいいいいいいいいい!!!!」
「……どうやら異常事態のようですね」
ソフィーの叫びに、ダンタリオンがその場に現れた。
「どうなってるの先生!!どうなってるの!!!!」
「落ち着きなさい。……なるほど。これは不思議ですね」
「不思議?」
「夢魔の気配が街中からします。ここまで大規模な夢魔の気配は、感じたことがありません。まるで、この街その物が眠りの世界に囚われてしまったかのようですね」
「それって、人間を眠らせ続けるっていう」
「はい。夢魔の力そのものですね。それがこの街を包んでいるようです」
「えっと、それてつまり」
「この街の人間は、一人として今起きている者はいないでしょうね」
「レギオン全滅じゃん!!!!」
ソフィーの大きな声が部屋に響いた。
「人である限り眠りからは逃れられない。こうなってしまうとどうしようもないですね」
「そんなの無いよ!!なんとかしてよ先生!!!!ロギルが夢魔に眠り殺されちゃう!!」
「いえ、どちらかと言うとなんとかするのは貴方ですよ、ソフィー」
「えっ?」
「貴方、淫魔でしょ。夢にも干渉できるはずです」
「……ああ、なるほど。確かに」
ソフィーは、ダンタリオンの言葉に腕を叩いて頷いた。
「でも干渉するって私、エッチいことしか出来ないよ?」
「それも干渉であることには違いありません。それを応用してロギル様を夢から覚ましましょう。さぁ、やってみて下さい」
「……やるしか無いか」
ソフィーは、しっぽを伸ばしてロギルの胸元に先端を突き立てる。そして、目をゆっくり閉じた。
「いいですか。貴方は、相手の好みをしっぽを通して干渉し知り相手の脳にそれを反映させる力がある。それを自身が相手の脳にいると思わせるようにするのです。それで貴方が、ロギル様の夢に干渉できるはず」
「……やってみる」
しっぽに意識を集中させるとソフィーの意識が遠のいていく。そして目を開けると、ソフィーは見知らぬ建物の中にいた。
「ここ、どこ?」
ソフィーは、辺りを見回す。すると、一人の小さな男の子が震えながら倉庫の扉の隙間から外を見ていた。
「ロギル?」
「……なんでだよ。なんで」
ソフィーは、少年の近くに行って扉の隙間から外を見つめる。すると、外では人々の悲鳴が上がっていた。
「誰か、助けて!!!!」
「止めろ、来るな!!!!来るなああああああああああああ!!!!」
人々は、魔獣に襲われている。その抵抗はあまりにも虚しく、命が儚く消えていくのが見えた。
「……あまり当たりがいないな。君は当たりかな?」
その中に、一人の男がいた。男は、銃を向けて人々の頭を射抜いている。そして、射抜かれた人間の何人かは、その場で内側から形を変えて魔獣となった。
「……君も変化はしたが外れか。この程度の村ではこんなものなんだろうな」
「……ああ、あああ」
ロギルらしき少年は、その光景を見て動けずにいる。全身から汗をかき、顔を青ざめさせていた。
「やめろ、止めてくれよ」
そう声に出して発するが、声は小さく儚い。恐怖で身体に力が入らず、声すら出なくなっていた。
「僕は、どうすれば……」
少年は震えている。その体を、ソフィーは優しく抱きしめた。
「えっ?」
「ロギル。いえ、ご主人様。貴方は、そんなに無力なのですか?」
「僕は」
「私を忘れたの、ロギル?」
「……君は、ソフィー。そうか。僕は、いや、俺は」
その瞬間、ロギルの身体が光ると成長を始めた。肉体は鍛え上げられた物へと変わり背も伸びていく。そして、仕事着である黒いスーツとコートを身に纏っていた。
「……思い出した、ご主人様?」
「ああ、ソフィー。感謝する」
そう言うと、ロギルは倉庫から飛び出した。
「うん?」
黒い影で男の姿は覆われている。故に真実の顔は分からない。だが、それにロギルは一気に詰め寄ると自身の拳を叩きつけた。
「なっ!?」
殴り飛ばされて男が飛んでいく。倒れた男を見下ろしながらロギルは、腕を男にかざした。
「あの時の俺は、もういない。お前が何者だろうと、この俺がお前を必ず殺す」
ロギルの腕に光が宿る。その光から、巨大な龍の頭が現れた。
「死ね」
レヴィアの頭から閃光が放たれる。その閃光に包まれて夢が消えた。
「……朝か」
「……おはよう、ご主人様」
「ああ、おはよう」
起き上がったロギルにソフィーが抱きつく。その背中を撫でると、ロギルはダンタリオンを見つけて見つめた。
「おはようございます、ロギル様。さて、残念ですが異常事態です」
「……詳しく聞きましょう先生」
今この街で唯一人、ロギルのみが目覚めた。




