時は過ぎ
あの日から時は過ぎてゆく。誰が何を成そうとし、どう成長していったのかなど、本人でないはずの者達が知るはずもない。たった一年。同じ場所で修行していた若者達は、それぞれに別れてそしてまた一年後の今日、この場に集おうとしている。ファイスは、見送った日と同じようにして、その場所に立っていた。
「……来たか」
「よっ、先生。俺が一番かな」
今や、ベニーを運んで飛べるほどになった巨大な鷹の聖獣・フェルコに運ばれて、ベニーはファイスの前に降り立つ。
「ああ、ベニー。随分と力を上げたようだな」
「まぁね。あいつらには負けたくないんで」
「おや、早いですねベニー」
そう言って、やって来たのはケビンだ。ファイスもベニーも、ケビンがいつ来たのか気づけなかった。ただ、いつの間にかケビンはそこにいた。ベニーは、そんな状況ですまし顔を浮かべているケビンに、顔を強張らせて威嚇した。
「おお、居るな!!」
「遅れちゃった?」
走ってやって来たのは、ボルとミッチェだ。二人共、聖獣を連れていない。どうやら、魂契約をボルとミッチェも出来たようだと、ファイスは安堵した笑みを浮かべて2人を出迎えた。
「元気してたか、お二人さん!!」
「まぁな」
「2人は、一緒に行動してたんですか?」
「いやいや、同じ場所に来る途中で会っただけだよ。残念だけどな……」
「ふふっ、これから競い合う相手ですもの。手の内は、見せられないものね」
「ま、そうだな」
ミッチェの言葉に、ボルは自信有りげに返す。その自信を読み取り、何故か感心したようにベニーはへ~っと、無意識に呟いた。
「あと、2人か」
「間に合った!!」
空から、白い羽を広げた馬が舞い降りてくる。その背中に乗っているのは、サシャだ。ゆっくりと、サシャは皆の前に降り立つ。
「ふぅ~、寝過ごしたかと思った」
「サシャ。お前それ、ユニか?」
「うん、そうだよ。ボル君、久しぶり」
「お、おう。しかし、格が上がったのか……。どんな修行をしてたんだよ」
「ふふふっ、それは、見てのお楽しみだよ。……って、ロギルは?」
「まだだ。さて、あいつはどうやってくるのかな」
ファイスは、森の奥を見つめる。すると、何かがゆっくり蠢いているのが見えた。それは、木に腕をつき、一歩ずつこちらへと歩いてくる。
「うっ、グホッ」
それは、木の陰に隠れて何かを吐き出した。慌てて、ファイスはそちらへ向かって駆け出す。
「おい、大丈夫か!?」
「……大丈夫だ、爺さん。遅くなったな」
そこに居たのは、ロギルだった。ボロボロのマントを羽織直し、ロギルはファイスへと歩き出す。ロギルが先程まで居た足元には、大量の赤い血液が広がっていた。
「遅くなった」
「ロギル!!」
「何だよ、その服装」
「そのマント、焼け焦げてるじゃないか」
「ああ、ちょっと色々とあってな……」
「ロギル!!」
サシャは、ロギルの腕を取った。力強く握りしめ、ロギルをジッと真っ直ぐ見つめている。
「強くなったか、サシャ?」
「うん。ものすっごく!!」
「そうか。それは楽しみだ」
(クックックッ、事実のようですね。これは素晴らしい。きっと、貴方様も満足なさることでしょう)
ロギルの頭の中に、女性と男性の声が入り交じったような声が聞こえた。ロギルは、その声に答えず小さな笑みを浮かべる。
「揃ったな。だがロギル、やれるのか?」
ファイスが、ロギルを見る。ロギルは、無言で頷いた。
「分かった。では、これから全員で模擬戦をしてもらう。そして、勝ち星の多かった者がレギオンとなる。皆、修行の成果を遺憾なく発揮してくれ」
「「「「「「はい」」」」」」
そして、レギオンを決める戦いが始まった。ロギルが戦うのは、2試合目からとなった。相手はボルだ。その間、第1試合としてベニーとケビンが戦っている。なお、その戦闘は見ることが出来ない。そういうルールだからだ。ロギル達は、懐かしい宿の談話室で飲み物を飲んでいる。皆、それぞれ無言で。
「ロギル」
「うん、なんだボル?」
「いや、やっぱりお前と戦うっていうのがさ。緊張するっていうか。俺、殺されないよな?」
「ハハッ、安心しろ。死にはしないよ」
「だよな~。安心したわ」
そう言うと、ボルはロギルの隣りに座った。
「どっちが勝ってもよ、恨みっこなしで行こうぜ」
「ああ」
程なくして、ロギルとボルが呼ばれた。
「では、始め」
ファイスが、そう告げる。ロギルとボルは、ゆっくりとお互いに近づいた。
「なぁ」
「なんだ」
「俺さ、あれから体術の練習をしたんだよ」
「そうか」
「勝負しないか。真っ向からよ」
「……良いぜ」
ロギルは、笑みを浮かべるとボルの前で構えた。
(向こうは魔法・契約獣は無しで、と思っているようですな)
(待て、治癒の力を使わぬということか)
(いや、駄目でしょ。あれ無いと、今のご主人様の身体、ボロッボロなんだし)
(構わない)
(ほら駄目で、って、ええええええ~~!!!!駄目でしょ!!それ、駄目でしょ!!)
(我々、3人でやっとですからな。ですが、一人はかけずともかかり続けてしまう自然治癒能力。それのみになりますが、大丈夫なのでしょうか?)
(ああ、ダンタリオン先生。大丈夫だ)
(では、我々は勝利をお待ちしています。ロギル様)
そう言うと、ダンタリオンともう一人の魔獣は、治癒魔法を消した。その瞬間、ロギルの身体を激痛が襲う。だが、ロギルは奥歯を噛み締めて、激痛に歪みそうになる顔を抑えた。
「行くぜ!!」
「ああ!!」
ロギル目掛けて、ボルの蹴りが飛ぶ。ボルの右足での蹴りを、ロギルは左手で受けたが、その衝撃に腕が震えた。
(なかなかの脚力。かなりの肉体的鍛錬をしたと見えますな)
(並の人間になら十分すぎる威力だ。だが……)
(ご主人様相手じゃねぇ)
ロギルは、腕の感覚に痛みを忘れて笑う。
(お前も、強くなったんだな、ボル。だがな、俺も強くなったぞ!!)
そのまま、ボルは休むこと無く攻撃を繰り出した。その連撃は見事で、反撃する暇すら与えない猛攻だった。だが、その中でロギルは、放たれたボルの蹴り足を右手で掴む。そのまま、腕力に任せてボルを上に跳ね上げた。
「へっ?」
あまりの腕力に、ボルは一瞬状況が分からなかった。実際には、ロギルが使っているのは腕力ではない。腰の筋力だ。腰の筋力で力を伝えて、その力でボルの身体を持ち上げた。そのまま身体をしならせ、ロギルはボルを振り回す。まるで、ムチでも扱うかのように。
「おっ、うあああああああっ!!!!」
「酔って吐くなよ」
ロギルは、その遠心力を保った状態でボルを地面に叩きつける。あまりの衝撃に、ボルの身体が何度かバウンドした。そのまま、ロギルは手を離す。すると、ボルはゆっくりと起き上がった。
「ハハッ、流石だな。受け身も取ったが、それでもこの威力か」
ボルは、ペッと口から血を吐き出す。そして、両手を挙げた。
「俺の負けだ。回復しないと、これはきつい」
「良いのか、ボル。まだ、聖獣が居るではないか?」
「いや、先生。俺の聖獣は戦闘向きじゃない。力になってはくれるが、どいつも一回限りと言う感じだ。だから、ロギル相手には使わずにおこうと思う。他で勝つためにな」
「そうか。では、ロギルの勝ちとする」
「……」
(回復をかけ直しますよ、サブノックさん)
(うむ)
ロギルは、部屋へと歩いていく。その途中で、自身も血を吐き出した。
淡々と試合が進んでいく。待ち時間でボルの体の傷は完全に癒えたのか、元気に間食をしていた。肉体的回復を担当する契約獣が居るようだ。その光景を見ると、ロギルは安心したように息をはいた。
「次、ロギルとベニー」
ロギルは、立ち上がる。そして、庭でベニーと向き合った。
「やっと、お前の聖獣が見れるな」
「いや、それは無理だ。俺は、聖獣と契約していない」
「なんだと?だとすれば。なるほどな。危険な橋を渡ったのか。良くやる。裏切るかもしれない相手と、契約するなんてな」
「いい相手ばかりで、助かってるよ」
「運がいい奴だ」
「二人共、準備は良いか?」
「ああ」
「いつでも」
「では、始め!!」
ベニーは、攻撃してこない。ロギルも、出方を伺うようにその場を動かなかった。すると、ベニーは両手を広げて喋り始める。
「お前、魂契約をしているだろ。それだと、部分的な召喚も可能だよな。それだと、お前の契約獣を見ることが出来ない。サモナーとしては正しい戦い方かもしれないが、俺はどうしてもそれが嫌でな。ケビンの奴と戦ったときにも思ったが、なんというかフェアじゃない。そこでだ、契約獣同士の代表戦で決着を着けないか。お互いに、まだ戦力を残しておきたいだろう。良い提案だと思うが?」
ケビンは、そう高らかに告げる。
(ほう、一対一ですか)
(奴はどう考えている、ダンタリオン殿)
(ええ、約束を破る気はないようです。今の所は)
(そうか)
(じゃあ、誰が出ます?私は、ダンタリオンさんか、サブノックさんが良いと思いますけど)
(それが最善でしょうね。ソフィー、貴方でも良いのでしょうが、相手は相当自身がお有りのようだ。万全を期すためにも、我々が行くべきでしょう)
(では、私が行こう)
「分かった。契約獣同士の、一対一の戦いだな」
「ありがとう。受けてくれて感謝する。じゃあ、始めようか!!来い、グリフォン!!」
ベニーがそう言うと、鷹の上半身と、ライオンの下半身を持つ4足歩行の聖獣が現れた。グリフォンは、その羽根を一度羽ばたかせると、周囲の大気を巻き上げる。そして、空高く飛翔した。
「さぁ、お前の番だ」
「良いのか、サブノックさん?」
(無論だ)
「じゃあ、お願いします」
(任されよ)
ロギルの前に、黒い霧が立ち込める。すると、その霧の中から何かが出てきた。それは馬だ。全身が青く、異様な雰囲気を放っている。その上に、何かが跨っていた。それは騎士だ。剣と盾を構え、重々しい鎧に身を包んでいる。そして、その騎士の頭部はライオンだった。
「我が名はサブノック。契約によって、ロギル殿に力を貸している。お相手致そう」
「なんだと?」
「サブノックだと!?」
その名前に、ベニーもファイスも反応する。信じられない者を見る目で、2人はサブノックを見つめていた。
「さて、来るがいい」
サブノックが、グリフォンに対して剣を向ける。すると、グリフォンが羽ばたきを起こし、風の衝撃波でサブノックを攻撃してきた。
「フッ」
青き馬が走り出す。衝撃波を躱すと、馬はまた立ち止まった。
「降りてくる気は、無いようだな」
サブノックは剣と盾を馬にかけると、魔法で弓と矢を出現させて構えた。
「くっ!!やれ、グリフォン!!」
グリフォンが、ベニーの命令に雄叫びを上げて答える。そして、サブノック目掛けて衝撃波を連発した。その衝撃波を、青い馬が避けていく。その上で、サブノックはジッと弓を構えていた。
「捉えたぞ」
サブノックが、矢を放つ。衝撃を放って矢が飛んでいき、グリフォンの片翼に命中した。そのまま、グリフォンは真っ逆さまに落ちてくる。
「まだ、続けるか?」
地面にグリフォンは衝突すると、何とか力を振り絞って起き上がろうとしてする。だが、完全に立つことが出来ない。
「寝ていろ」
サブノックが、盾でグリフォンの頭を叩く。すると、グリフォンはその場に倒れた。
「……」
サブノックは、ベニーを見つめる。すると、ベニーは諦めたかのようにため息を吐いた。
「俺の負けだ」
「うむ、では試合終了だ」
サブノックが、霧となってロギルの元へと戻っていく。ロギルは、そのまま宿へと戻っていった。
(やはり、狩りは面白い。動く的を射なければ腕も鈍る。城に帰った後、久しぶりに行くとするか)
サブノックは、楽しそうに語る。
その後、ロギルは順調に勝利を収めた。ミッチェ戦では、女性相手には無敵というダンタリオンとソフィーのフェロモン蔓延攻撃で、挙動が乙女と化していたミッチェを精神的に揺さぶり、気絶させて勝利した。ロギルは、その時の二人の暴走を止めることが出来なくて、ミッチェにあとで謝罪した。
ケビン戦では、姿を消したケビン相手に、ダンタリオンがその動きを読むことで楽々と勝利した。タネが分かれば、悲しいほどにケビンは弱い相手であった。
「では、いよいよ最終戦と行こう」
最終戦は、皆が見ている中で行われることになった。ロギルの相手は、同じく全勝してきた相手、サシャである。ここで勝った者が、レギオンと成る。だが、そんなことは関係なく、ロギルとサシャはお互いを真剣に見つめていた。
「ロギル。私、強くなったよ」
「ああ、そうみたいだな」
ロギルは、自然と優しい笑みを浮かべていた。
(ま、どんだけ強くても、私とダンタリオン先生の能力でイチコロだけどね)
(……いや、そうとも限りませんよ)
(えっ?)
(あの娘は、ロギル様を愛している。その為に、力を見せる為に彼処に立っている。であれば、私達がいくら能力で彼女の愛を高めようとも、彼女は倒れないでしょう。むしろ、強くなる)
(嘘でしょ!!)
(ふっ、面白い。愛する者と戦うか。己を誇示するために)
(愛の形は、一つではありません。憧れ・信頼・一方的な求め。彼女のそれは、憧れでしょう。情熱的に燃え上がり、彼女を支えている。素晴らしい。久しぶりに純粋な人間の心を見ることが出来ました。彼女には、感謝せねば)
(いやいや、ダンタリオンさん!?)
(分かっています。しかし、彼女の実力の底が見えません。圧倒的な自信に包まれています。ロギル様を驚かせると。ですので、私も彼女に感謝を伝えるべく、出ようと思います)
(ダンタリオンさんも?と、いうことは)
(私とダンタリオン殿が出るのか。それ程に、あの娘は危険なのか)
(杞憂ならば良いのですが)
ダンタリオンが、本をめくる音が聞こえる。その音で、ダンタリオンが本気で戦おうとしているのを、ロギルは察した。
「では、始め!!」
「ユニ、フィッテ、オル、ガゴ。お願い」
サシャの目の前に、白い羽を生やした角のある馬、火を噴く巨大なトカゲ、獰猛な犬、そして、動く石像が現れた。
「ほう、これは中々。戦闘向けの聖獣ばかりですな」
「幾ら居ようとも、我らの相手にはならない」
ロギルの前に、黒い霧が現れる。その中から、2体の魔獣が出てきた。一体はサブノック。そしてもう一体は、頭に複数の顔を持っていた。しかし、それらは仮面を着けていて、本当に存在している頭なのかは分からない。だが、時折それらの全てから、漏れ出る声が聞こえた。そして、手には一冊の本を持っている。
「お嬢さん、大人げないとは思いますが、私、ダンタリオンとサブノックさんがお相手させて頂きます。貴方は、少々危険かもしれないのでね」
ダンタリオンは、礼儀正しく礼をした。
「だ、ダンタリオン!?」
「心を読む魔獣の名前だぞ!!そんなのと契約して、大丈夫なのか!!」
「いや、同じ名前の別物かもしれない。だいたい、サブノックとダンタリオンが、そんな簡単に人間と契約をするはずが……」
「さて、かかってきなさい。お嬢さん」
ダンタリオンが本のページを捲り、サブノックが剣を構える。そして、サシャへと近づいていった。
「やっぱ、ロギルはすごいよ。行って、皆!!お願い!!」
サシャは、契約獣にダンタリオンとサブノックを襲わせる。サブノックは、いち早く突進してきたユニの角の一撃を盾で払い除け、更に飛びかかってくるオルと呼ばれた犬を、剣の側面で叩き伏せた。それだけで、オルは意識を失って、サシャへと戻っていく。
「リフレクト」
サラマンダーであるフィッテと呼ばれた聖獣が、火の息を放つ。だが、その火の息をダンタリオンが張った結界が跳ね返した。
「火とは、こう使うのですよ」
ダンタリオンの本が光る。すると、巨大な火の玉がユニ目掛けて降り注いだ。すぐにユニは回避しようとするが、火の玉はユニを追いかけてくる。その火の玉を、ガーゴイルが受け止めた。平然と、ガーゴイルはそこに佇んでいる。
「サブノックさん」
「任された」
サブノックは、ガーゴイルに斬りかかる。その身体は固く、サブノックの剣の一撃を受けても表皮が少し削れる程度であった。その間に、ダンタリオンは冷気をサラマンダー目掛けて放つ。最初こそ、火の息で対抗していたサラマンダーであったが、徐々にその体が氷、最後には動かなくなっていった。そして、光の粒子となってサシャの元へと戻っていく。
「さて、残りは天馬と石の石像。サブノックさん、避けて下さい」
「うむ」
サブノックが、ダンタリオンの声で横に飛ぶ。すると、ガーゴイルの動きが止まった。
「眠りなさい」
ガーゴイルは、その場に丸まって動かなくなってしまう。それを、青い馬が蹴り砕いた。サシャへと、ガーゴイルは帰っていく。そして、ダンタリオンとサブノックは、ユニを見つめた。
「貴方で、最後ですよ」
「ううん、違うよ」
サシャは、手を高々と挙げる。
「やめなさい、お嬢さん。それを、貴方は制御出来ていない」
「うん、そうかも知れません。でも私、約束したんです。ロギルに、強くなるって!!」
サシャは、何かを目の前に呼び出した。青い光の塊が、その場に収束していく。それは、巨大な身体を作り上げ、ダンタリオンたちの前に立ち塞がった。
「ほぅ。この者達が、我の戦う強者か」
「火龍だと……」
「出来るなら、出さないで頂きたかったのですが。仕方ない」
ダンタリオンと、サブノックは火龍を攻撃する。だが、火龍は怯みもしない。
「ヌルいな」
火龍は、ダンタリオン目掛けて圧倒的な威力の火炎を吐いた。ダンタリオンは呪文を唱えると、瞬時に転移してその場から消える。そして、ダンタリオンの元居た場所の周囲の土は、火龍のブレスによって酷く焼け焦げた大地へと変わった。
「ダンタリオン殿。竜退治など、いつ振りになるか分からん程なのだが」
「そうですね。我らでも殺すことは出来ますが、手加減しろとなると……」
「加減など不要!!かかってくるが良い!!」
「知性のない者は、これだから」
「では、少し遊んでやるとしよう」
サブノックの剣が、冷気を放ち始める。そして、サブノックがその剣を振るうと、火龍の足が氷漬けになった。
「時間稼ぎか?」
「いや、次は頭を凍らせる。それで終わりだ」
「馬鹿め。火龍である、我が頭を凍らせるなどと!!」
そう言って、火龍は火の息を吐こうとする。だが、息を吸い込んだ瞬間に、サブノックにその頭を氷漬けにされた。
「そのまま、己の息を吐きだせずに死ぬが良い。最も、召喚を解除してもらえば助かるだろうがな」
そのサブノックの言葉に、火龍が震える。それは、恐怖からの震えではない。怒りからの震えだ。それにより、火龍の身体が光を放つ。凍らされた部位は氷がはじけ飛び、火龍の身体から圧倒的な熱が放たれた。
「ロギル殿!!」
ダンタリオンとサブノックが、ロギルの前に駆けつけて結界を張り凌ぐ。すると、先程まで火龍だったものが、その結界に食らいついてきた。
「姿が、変わっている!?」
「格が、上がったようですね。ドラゴンとして、上位の存在になったようです」
「力が湧き上がる。これが、格上げか」
火龍は、力任せに結界を破ろうと食らいついてくる。だが、その後ろでユニに守られたサシャが、辛そうに地べたに座りこんでいた。
「サシャ?」
「元より、実力が上の火龍を出して居るのに、その者の格が上がりましたからね。身体には、相当な負担がかかっているはずです」
「俺と、同じか……」
「察するに、彼女に体を癒やす加護を与えられるのは、あの天馬のみ。しかも、回復は追いついていない様子」
「このままこいつが暴れ続ければ、先に彼女が倒れるかもしれんな」
「ですが、それは彼女の死も意味する。意識のない彼女の命を、燃やし尽くすことに近いのですから」
「では、止めねばならぬのか?」
「はい。ですが、我らがこの状況では……」
「ナーガは、どうだ?」
「あれは、契約者もろとも聖獣を殺す。駄目です。ソフィーでは牽制程度しかできず、アメミットは聖獣相手では力になりません」
「では、どうするのだ!!」
その時、ロギルの身体が内側から跳ねた。何かが、ロギルの身体から飛び出したのだ。
「何を言っているんだ。お前たちは」
それは、幼い女の子の姿をしていた。青い重装甲の肩パッドと兜をつけて、青いマントを羽織っている。それは、火龍だった者に手を向けると、衝撃波を放って火龍ごと結界を吹き飛ばした。
「な、何だ?」
「貴方は……」
「何故、出てきた」
サブノックと、ダンタリオンが身構える。ロギルから出てきた女の子に対して。
「なに、私をこのような状況に追い込んだ者が、何をやっとるのかと思ってな。この程度の相手に手こずるな。私が、自らを情けなく感じてしまう」
「……手を、貸して頂けると?」
「不本意ながらな。実はな、最初は怒り狂っていた。何故、このような者達に負けたのか。とな。だが、これはこれで悪くない。実に面白いことが分かった。肉体を捨てて、色んなものが見えてきたのだ。ダンタリオン、お前の力。サブノック、お前の力。そして、あのサキュバスも、ナーガも、アメミットも。全てその力の本質が分かった。人間の言語も理解した。肉体があった頃からは、考えられなかった経験だ」
「なるほど。知識が、貴方をここに立たせたのですか」
「いや、お前たちがだ。おい、そして何を辛そうに座り込んでいる、ロギルよ。血を吐いて、今にも死にそうではないか。まぁ、私がそのまま出てきているのだ。そうも成るだろうな。だが、簡単には死なせんぞ。お前には、責任を取ってもらう。私に、この知恵を授けた責任をな」
少女は、ロギルに魔法を放つ。すると、ロギルの身体から傷が消えていった。
「ダンタリオン、サブノック、ナーガの治癒能力と、魔法の重ねがけだ。これで、少しは楽になるだろう」
「私達の魔法を……」
「なんだ?何だ、お前は!?」
火龍が、フラフラと近づいてくる。すると、少女は火龍に向き直って指を動かした。まるで、火龍の手と、足に線を引くかのように。
「寝ていろ」
少女がそう言うと、火龍の両手と両足が、綺麗に身体から切断された。
「なっ」
火龍は、そのまま光となって消えていく。
「殺したのか?」
「いえ、本能で核に逃げ帰ったようです。やはり、凄まじい。良く勝てたものだ」
「おい、ロギル。寝るな。起きよ」
ロギルは、少女に揺さぶられて立ち上がる。回復魔法が効いてはいるが、それでも身体には激痛が走っている。意識が飛びそうになるのを、ロギルは必死に堪えていた。
「良いか。今後は、私も力を貸してやろう。なに、時期にお前の身体もこの負担に耐えられるように馴染ませてやる。知識という、くだらん物をもらったお礼だ。そして、この体中に痛みをくれたことへのな」
「すまない。だが、俺には君が必要だった……」
「やれやれ。まぁ、いい。ならば、楽しませろよロギル。私を引っ張り出さねばならぬほどの相手、いずれ見せてもらうぞ。その時は呼べ。我が名前、忘れているわけではあるまい」
「ああ」
「では、私は戻るとしよう」
そう言うと、少女は消えた。
「あの姿、我の変身能力か」
「人の、それも少女に化けるとは。恐ろしい」
ダンタリオンと、サブノックも消える。そして、その場にはロギルと、サシャを回復させているユニ。そして、横たわっているサシャのみになった。
ロギルは、サシャへと近づいていく。そのロギルに構わず、ユニはサシャを回復させ続けた。
「ユニ、交代だ」
ロギルは、回復魔法をサシャに向かって使う。苦しそうだったサシャの顔が、落ち着いたような顔に変わった。それを見届けると、ユニは消えていく。そして、ロギルは立ち上がった。
「勝者、ロギル!!」
ファイスが、そう告げる。今ここに、新たなレギオンサモナーが誕生した。