欲の果て
「……アマナ、食事ができたよ」
「うん」
エメラルドのような髪を靡かせて少女は頷く。その髪は、朝日の光の中でまるで宝石で出来ているかのように輝いていた。
「……今日、迎えが来る」
「言ってたやつ?」
「ああ」
少し年老いた男性は、アマナの問にそう答えた。
「すまない。俺が別の仕事を紹介できればよかったんだが」
「この髪が目立つのが悪いんだよ。気にしないでお祖父ちゃん」
「……すまない」
その言葉を最後に2人は、静かに食事を進めた。朝ごはんを食べ終えた2人は、墓地へと向かうといつものようにアマナの両親の墓前へと摘んできた新しい花を供えて祈りを捧げた。今日は、いつもより長く二人共祈りを捧げる。今日がアマナの旅立ちの時であるからだ。
「……二人共、平和のために戦った立派な戦士だった」
「……街一つを消した爆発に巻き込まれたんでしょ。何度も聞いたよ」
「ああ。俺達は、実力が突き抜けていたわけじゃない。だが、平和のために力を使おうという志だけは、俺達の上に立った奴らに負けていなかった。結果としてあの惨劇は防げなかったが、最後まであの2人は戦ったんだ。立派だ。立派な戦士だ」
「……でも生きていて欲しかったな、私は」
「そうだな」
その後、2人は墓前を後にして家に帰った。家につくと年老いた老人が目を閉じて家の前に座っている。その体格は太く大きく、筋肉を長年鍛えて続けてきた人物であることが一目で分かった。
「……師匠、お久しぶりです」
「元気にしとったか、セドリス」
セドリスが声をかけると老人は立ち上がる。そして目を閉じたままアマナに顔を向けた。
「……この子か。なんとも恐ろしい髪をしておる」
「……初めてそんな感想言われた」
「そうじゃろう。常人の目には、まるで宝石のように見えるじゃろうからな。だが俺の目には違う。その魔力溢れる髪の恐ろしさ。真の輝き。この目にはよく見えるのよ」
そう言って老人は、目を見開いた。そこに目はなく、魔力が光り輝いていた。
「目、無いじゃん」
「……フハハハハハッ!!その通り。実際の目はない。この魔力こそが、いや、精霊との契約によって得られた力こそが俺の目の代わりよ」
「本当の目は、どうしたの?」
「……昔に使い物にならなくなっちまった。お陰でこの力に出会えたが」
「ふ~ん」
「君に俺は、この力を授けるために来た。だがこの力を教えるには今は制約を受けることが国で決まっている。君は、ある組織に入ることになる。それも死ぬまでな。それでもいいかい、お嬢さん?」
「……大事な物を守れる?」
「ああ、守れるとも」
「お給料は良い?」
「……恐らく普通に働いている人の10倍以上は普通に初任給で貰える」
「じゃあ入る」
「ようこそ、未来のアーチャー」
老人とアマナは、その場で握手をした。
「セドリス、お前は後どれほど保つ」
「……一年は無理でしょうね」
「そうか。寿命を代償にさえしなければな」
「いえ、俺はこれで良かったんです。良い孫にも恵まれた。しかも美しい宝石のような髪を持つ子だ。こんな奇跡ありえませんよ。俺には、十分すぎるほどの幸せです。ここで終わっても悔いはありません」
「そうか」
「……」
「アマナ、元気でな」
「……うん」
家に準備していた荷物を持つとアマナは、手を振って老人と共に家を離れていく。その後姿を、セドリスは見えなくなるまで手を振って見送った。その後、その場に大量の涙を流して泣き崩れた。
「……」
「あれで良かったのか?」
「私は、強くならないといけない。お祖父ちゃんの優しさに答えるために」
「君は若い。家族と共にまだ居てもいいと俺は思う」
「それは逆に心配をかけてしまう。私がすることは、強くなったよとお祖父ちゃんにその力を見せてあげて安心させること。間に合うか分からないけどやらないといけない。それが私ができる初めての恩返しになるはずだから」
「……この力を得るためには、何かを犠牲にしなければならない。その犠牲が価値ある物であればあるほど君の得られる力は大きくなるだろう。セドリスは、肉体の寿命だった。君は、どうする?と言っても、決めるのは君に力を与える妖精なのだがね」
「……」
その後アマナは、妖精との契約の後髪の色を失った。両親と祖父に褒められた髪の色を。
「……どこに居る?」
魔力で出来た弓を持った青年が草陰に隠れて呟く。だが次の瞬間には、その腕につけていた的が射抜かれて破壊されていた。
「なっ!?」
「これで10人」
その場からあまりにも離れた距離の山からアマナはそう言って魔法を解く。白い髪を靡かせてアマナ・セルテドは、圧倒的な力と共にレギオンアーチャーとなった。
「こうなると分かっていたよ」
「当たり前でしょ、師匠。皆弱いし」
「……アマナよ。一つだけお前の教育で俺は間違ったと思うところがある」
「何?」
「お前、言うことがキツイ」
「そう?弱いやつに弱いって言うの当たり前じゃない?師匠も、実力が伴わないやつが任務につくのは危険だって言ってたし」
「そうなんだが、それを直接言うのはその、少し当たりが強いぞ」
「ふ~ん」
「お前だって、筆記試験の結果を煽られて怒ってたじゃないか。そう言うものなんだよ」
「いや、私そっちは諦めてるから。怒ってたのは、頑張って書いた字を汚いって言われたからだから」
「……いや諦められても困るんだが」
「でもこの仕事にそこまで記憶力とか関係ないでしょ。問題ない、問題ない」
「いや、ある。標的と違う人殺したら意味がないだろ。見極めるためには、教養がある程度ないといけないんだよ」
「なるほど」
「それにお前、喋りはまともで当たりキツイのに考えずに行動すると危険だぞ。仲間に後ろから刺されかねない。あまり長く続くとだが」
「……それは嫌だ」
「なんとかしなさい。レギオンになってしまったんだから」
「分かった。喋り方変える」
「……なんでそうなる?」
老人は首をかしげた。
「喋り方がまともだから駄目なんでしょ。なら喋りを変えるぞ。いかにも勉強できないですってアピールしていくことにする。これなら許される、はずだぞ」
「訛りをつけてわざわざ言うのか。まぁ、それの方が年相応の喋り方にお前の場合は見えるかな」
「良いでしょ。完璧。では、気を許せる人が出来るまではこれで行きます」
「……お前にそういう人ができるといいな。なんせお前は力が強すぎて相手の心がすぐ読めてしまうからな。表面的にではあるが」
「5人も居るんだし一人くらい居るでしょ。じゃあ、行くね」
「ああ、ちゃんと地図をよく見ていくんだぞ」
「分かってる」
そう言うとアマナは、荷物を担いで走っていった。その後姿を、老人は見つめて見送る。
「セドリスよ、アマナは強くなったぞ」
呟きとともに暖かい風が辺り一面に優しく吹いた。
******
灰色の液体を纏い巨大な怪物となったレイト・バーンズ目掛けてアマナは、弓を引き絞る。新たな矢が出現し、一本の閃光となってその巨大な怪物に命中した。
「……」
「無駄だよ。彼女達は、まだ進化の途中で生まれたての皮膚を纏ったような状態だった。だが、そのデータを元に形作られた僕の欲望の肉体は、皮膚さえも完全硬化済み。そんな矢は効かないんだよ!!!!」
アマナの放った矢は、レイトの装甲に弾かれて傷一つつけられないままに消える。
「そうか」
だが、気にせずアマナは弓を引いて新たな矢を出現させた。
「無駄ということが理解出来ないらしいね」
レイトの身体から先端の尖った触手のようなものが伸びてきてアマナへと迫る。それを、アマナは黙って見つめていた。
「……1割くらいか?」
手を離して矢を放つ。すると、矢が触手とぶつかってその先端から伸縮部までを一撃で消滅させた。
「……なに?」
「まだ見た目が変わるほどでもない威力しか上げてないぞ。どうした、その程度か?」
アマナが喋りながら弓を構え直す。そのまま矢を放つと命中したレイトの身体の拳が消滅した。
「……君をなめすぎてたようだね、アマナちゃん」
「ちゃん付けで呼ぶな。お前は、ミシェルじゃない」
「同じ身体を共有しているんだ。同じことさ。君のために身体を変化させよう。喜んでくれ」
レイトの身体がその言葉とともに角ばっていく。まるで鉱物のようにその肉体は変化すると、アマナの矢を耐え始めた。
「さて、これでも心許ないな。そうだ、ケイトたちを再度吸収すればこの体もまだ強くなるだろう。彼女達の欲望が一つになるわけだから脳みそが混ぜ合わされたような状態になるだろうが、それも仕方ない。むしろより強く進化するかもしれないからね。そうだ、それで行こう」
そう言うとレイトの身体から伸びた触手がケイト達を治療しているロギルへと高速で伸びていった。しかし、その触手の先端部が一瞬で消滅する。アマナがいつの間にか放った矢が、すべての触手に当たりそれを消滅させた。
「おい、ロギるんに迷惑を掛けるなよ。他人の力を借りてそこまでの力しか得られないザコめ」
「……何だと?」
「他人に頼ってその程度しか力を得られないなんて無能すぎるだろ。ミシェルの身体をお前が使ってさえ居なければすぐにでも消滅させてやるんだぞ。それを勘違いするなよ。お前はザコだ。自分の力では、私にさえ勝てもしないザコだ」
「……ふざけるなよ。僕の研究が、人類の力を引き出すための研究の崇高さが分からない間抜け目。この研究で、どれだけの人間の高い可能性が見つけられるか分からないのか!!この研究は、お前の想像よりも奥深く、壮大な研究なんだよ!!!!」
「他人に迷惑をかけておいて何が壮大だ!!そんなことも理解出来ないなんて、お前は本当に馬鹿だな。私よりも馬鹿だ。その口を閉じろ、すぐに殺してやる」
アマナの持っている弓と矢が輝きを増し始めた。そして、その姿を大きく変形させていく。
「2割だ」
アマナが弓を引いて構える。手を離すと、アマナの手元から矢が消えた。
「……何が起きた」
レイトの灰色の身体に大きな穴があいている。その穴の周りには、緑の炎が燃えていた。
「この程度なんだよ、お前はな」
アマナの腕の動きが早くなっていく。最初は見えていた腕の動きが、いつの間にか速すぎて見えなくなっていた。矢が放たれるたびに部屋中に風を切る音がする。それが途切れなく聞こえ始める頃には、レイトの灰色の肉体は、ほとんどが消滅していた。
「なんだ、何だこれは!?」
「やっとミシェルの身体が見えてきたな」
「ちっ!!ケイト達を渡せええええええええええええ!!!!」
肉体を動かしてレイトがロギルに迫ろうとする。だがアマナの矢に阻まれて進むことが出来なかった。
「治療は完了した。とどめを刺せ、アマナ」
「了解、ロギるん」
「仕方ない、これは使いたくなかったが……」
レイトが、ケイトの身体を操作して何かを取り出す。それは、一丁の銃であった。それをレイトは、ミシェルの頭へと押し当てる。
「ミシェルすまない。だが君も本望だろう。研究の礎になれるのだから」
トリガーを引こうとする。だが、その銃の持ち手以外が一瞬で消滅した。
「おい、お前が勝手にミシェルの気持ちを想像するな」
「……言っただろ。ミシェルと私は一心同体だ。私がミシェルを支えている。私の支えなしにミシェルは存在できない。だからミシェルも納得するだろう」
「勝手なことしか言わないな。もういい、死ね」
アマナが弓を引く。だが、それを見てレイトは笑った。
「言っただろ、私とミシェルは一心同体だ。私を殺すことは、ミシェルを殺すことになる。それでも君はその弓を引けるのか?友達を殺せるのかい?」
「……見えているぞ。お前がどこに居るのか」
「何?」
「私は、レギオンアーチャー。犠牲を出そうとも世界を守る義務がある。ミシェル、私は、私に出来ることをするぞ」
「言っただろ、ミシェルは私の支えなしには存在できない!!この状況で君に何が出来ると」
「死ね」
アマナが手を離した。矢が飛んでいきミシェルの頭の左側を捉える。その矢は、ミシェルの頭の左脳部分を吹き飛ばした。その瞬間、ミシェルの体を支えていた灰色の液体が崩れていく。ミシェルの肉体が落ちていくと、その肉体を駆け寄ったロギルが受け止めた。
「どれだけ出来るか分からないが」
ロギルは、受け止めたミシェルを寝かせると三重の回復魔法をかける。するとミシェルの左脳部分の肉体が回復していき復元していった。
「ロギるん!!ミシェルは!!」
「……まだ息はある。だが脳を吹き飛ばしたんだ。どうなるか俺にも分からない」
「……そう」
「……ともかく事後処理をするしか無いな。全員を運ぶぞ」
「うん」
深夜、ロギルとアマナは、その後3時間かけて地下にあったレイトの研究の痕跡を消して回った。
「……うん?」
エルダが目を覚ますと、そこは自室のベッドであった。いつも自分が着ているパジャマを着てベッドに寝ている。エルダは、身体を起こすと昨夜あったであろう出来事を思い出した。誰かに助けられ支えられて意識を失った。その体験はまるで夢の中のように非現実的で、そのことを考えると自然と身体が熱くなるのを感じた。
「ロギル先生。夢、だったのでしょうか」
エルダは、自身を支えてくれたのがロギルであると確信していた。その後、いつもどおり制服に着替えるとエルダは、相談室へとその足を進めた。
「……朝」
ミシェル・バーンズは、朝の光とともに目覚めた。しかし、そこは自身が生活している寮の一室ではなかった。
「ここは?」
「お、起きたか、ミシェル」
ベッドの隣には、黒い服を着たアマナが居た。
「アマナちゃん。私は、いったい?」
「昨日うなされてたらしいぞ。よく分からないが病院に運ばれてきたみたいだ。やれやれ、聞いてびっくりしたぞ」
「そう、だったんだ」
ミシェルは、ベッドから出ようと腕を動かす。
「あれ?」
「どうしたミシェル?」
「足が、動かない」
ミシェルは、足を動かすことが出来なくなっていた。
「……」
ロギルは、その言葉を扉越しに聞くと病室を後にした。
それから一週間後。
「帰るか」
「やっと帰れる!!!!」
ロギルとアマナは、女学園の門前に居た。そのすぐ近くには、リオーシュが車を止めて迎えに来ている。
「ロギル先生、3週間ありがとうございました」
「ああ、君たちも元気でな」
ターシャとエルダが、花束をロギルに渡す。それをロギルは、笑顔で受け取った。
「ロギル先生、ありがとうございました」
「元気でな、ミシェル」
車椅子に乗ったミシェルがロギルに近づいていく。そして、手を差し出して握手をした。
「元気でね、アマナちゃん」
「ああ。足、動くと良いな」
「うん」
「まぁ、何かあっても寂しくなったらフォーザピオーゼに来ると良い。私は、そこにいるからな」
「分かった」
アマナも握手してミシェルとわかれる。そして、リオーシュの待つ車へと歩いていった。
「心配か?」
ロギルが、アマナにそう言う。
「いや、そうでもないよ。ミシェルに保護者なんて必要ないんだ。あの子は、私よりもしっかりしているからな」
「アマナも、しっかりしてるよ」
「そうかな、ロギるん」
「ああ」
車へと2人は乗り込む。そして、自分たちが務める学園へと帰っていった。
「……来年もロギル先生をお呼びしようかしら」
「「いい考えです、校長先生!!!!」」
マリミアの独り言に、エルダ達は全力で頷いた。




