餌
ロギルが行ったのは、部分召喚と言われる魔法である。部分召喚とは、契約した物の力の一部を部分的に呼び出し使う魔法である。呼び出す際に召喚による光が発生するが、それも大きな部位を呼び出さなければ抑えることが可能となる。ロギルは、ナーガの毒液のみを手の平から射出することで光を抑えたまま対象の灰色の液体を消し去ることに成功していた。
「……」
周囲をロギルは見渡す。しかし、他に何かが存在する気配はなかった。
「これだけか」
(残念ですね。犯人自ら出てきてくれると楽だったのですが)
「臆病者、と言ったところでしょうかね」
ロギルは、そう言うと歩き出す。そして相談室へと戻っていった。
「……」
その日の夜、ロギルの部屋にアマナはやって来た。
「動いたの?」
「ああ、しっぽを見せてきた。本拠地を聞き出すことは出来なかったがこれで魔法の痕跡がこの学園内に残ったはずだ。明日、学校に手紙を出してキャスター達に来てもらう。それで連中の潜伏先が分かるだろう」
「ふ~~ん、手紙はもう書いた?」
「ああ、これだ」
「貸して」
ロギルは、手紙をアマナに渡す。
「こうして、こうと」
すると、アマナの手に握られた手紙が薄緑色の炎に包まれた。
「おい」
「窓開けて」
「……」
ロギルは、アマナに従って少し窓を開ける。
「えい」
アマナが指を弾く動作をすると、アマナの手から薄緑色の炎が消えた。
「……それでどうなった?」
「学校に届いたよ」
「……本当か?」
「本当だよ」
「……助かった」
「どういたしまして」
クッキーを食べながらアマナは、そう言う。食べた後、口周りが汚れていたのでロギルは、ハンカチでアマナの口周りを吹いてあげた。次の日の朝、リオーシュがレシアを連れて経過観察という名目でやって来た。
「……ここだな」
「なるほど。確かに痕跡がありますね」
昨日ロギルが襲われた地点に行くとレシアが周囲に水晶のような物体をかざして探り始める。何をやっているのかロギルには理解出来ないが、どうやらそれで魔力の痕跡を見れるらしかった。
「えっと、こっちから来たみたいですね」
「行きましょうか」
「ああ」
アマナは、授業中で居ない。ロギルとリオーシュは、レシアの後をついていって学園内を移動し始めた。
「えっと、ここで途切れてますね」
「ここ、か」
そこは、学園の外壁がある角部であった。レシアの目線を追ってロギルが外壁を見ると小さな隙間が開いている。それは、薄い紙がやっと入るかどうかといった細い隙間であった。しかし、それは確実に外とつながっている。
「ここから来たみたいですね」
「つまり普通に外から来たってこと?」
「そうみたいです」
「どうする?」
「後を追わない選択肢はないでしょ。ロギル先生、付き合ってもらえるかしら?」
「ああ」
ロギル達は、一旦学園から出てその隙間のあった外壁近くから再度痕跡を辿って移動を始めた。歩くこと数分、山の中に流れる川をロギル達は見つけた。
「えっと、ここから川に入ってますね」
「……この川に」
「かなり流れが強いが、痕跡は追えそうか?」
「……」
「……はぁっ、余程用心されてたみたいね」
「そうだな」
「入念に痕跡を消すために使い魔を歩かせたみたいですね。用心深すぎます」
「なぁ」
「はい」
「一つ思ったんだが、ここまで用心深いと学園のどこに敵の本拠地があるのか分かる気がしないか?」
「えっと、つまりどういうことですか?」
「敵は用心深いわけだ。となれば、普通は人が立ち入らない場所を潜伏先にすると思う。しかし、学園内でそう言う場所は少ない。逆に人が入らなさすぎても潜伏先を疑われる可能性が出来る」
「それってどこでも駄目ってことなんじゃ?」
「いや、なら特定の時にしか人が出入りしない場所にするんじゃないかと思う。例えば」
「例えば?」
「更衣室と風呂だな」
ロギル達は、一度学園に戻ってロギルの思いついた場所を調査することにした。ただし、ロギル抜きで。
「どうレシア。怪しい痕跡は、あった?」
「こっちはないですね。あれ?」
更衣室でレシアは、一つのロッカーに目を向ける。
「どうかした?」
「ここ、開いてないですね」
「そうね。他は開いているけど、ここだけ閉まってるわね」
「……」
レシアが、力を入れてロッカーの扉を引っ張る。しかし、鍵がかかっていて開かなかった。
「鍵、もらってきましょうか?」
「いえ、この程度」
レシアが指を弾いて鳴らす。するとドアの鍵が開いた。
「……便利ね」
「魔法って凄いですよね」
レシアが、そう言ってロッカーのドアを開ける。すると、中には掃除道具が入っていた。
「……怪しくはないですね」
「一応念入りに見ましょう」
リオーシュ達は、掃除道具を横に避けてロッカーの下を叩いてみるが音は普通であった。奥側も、側面も普通であり変な隙間などもなかった。
「……」
「どうします?」
「掃除道具をしまうだけなのに、わざわざ施錠する必要があるのかしら?」
「無いと思いますね」
「……ロギル先生に一応言っておきましょう。それで今日は、引き上げね」
「はい」
リオーシュ達は、その違和感をロギルに告げるとフォーザピオーゼへと帰っていった。
「……振り出しか」
ロギルは、相談室で一人呟く。一回ため息をロギルは吐くと、顔を上げて外を見つめた。その後、大人しくロギルは仕事をし始めた。そしてその日は、なにもないままに放課後へと時間が流れていった。
「あ~~、やっぱりロギル先生とだと勉強が捗るなぁ~~」
「アマナちゃん、本当にいつもより勉強してる時間長いね」
「おうよ。ロギル先生とのトークで気が紛れてるからな。眠くなりづらい」
放課後、アマナ達のチーム4人が来て勉強を相談室でしていた。ロギルは、何事もなかったかのように彼女達の質問に答えていく。ミシェルの反応をよそよそしくない程度に確認しながら。
「ロギル先生、ここなんですけど」
「ああ、これは式が長いね」
ロギルが見た限り、ミシェルに特に変わった様子はなかった。演技か。はたまた犯人ではないのか。人を疑う気疲れからロギルは、心の中で大きなため息を吐いた。
「おっともう遅い時間だ。今日はもう戻りなさい」
「えっ、もうそんな時間。分かった。ロギル先生ありがとう」
「「「ありがとうございました」」」
「どう致しまして」
アマナ達が相談室を後にする。その後、相談室でロギルが待っていると2人の女生徒が相談室にやって来た。
「やぁ、エルダさん。それと」
「アニーと言います、ロギル先生」
アニーと呼ばれた女生徒は、エルダの影に隠れながら相談室へと入って来た。
「それで、今日はどういった御用かな?」
「ロギル先生は、覚えていますか。私が男性が居るだけで授業に集中できない子が居るといったのを」
「それが、その子かな?」
「はい。アニー?」
「……ロギル先生、助けて下さい」
「うん、助けるよ。で、何をすればいい?」
「男性恐怖症を、治したいんです」
「……」
ロギルは、椅子から立ち上がる。すると、即座にアニーに歩み寄って腕を握った。
「えっ?」
「ちょっと、ロギル先生!?」
アニーは、一瞬驚いた。男の人に手を握られている。嫌だ、危ない。すぐに離さないと。腕をアニーは、跳ね上げて話そうとする。しかし、それよりも先にアニーは違和感を覚えた。甘い匂いがする。目の前から。手を握っている人から。
「荒療治だけど、平気そうだね」
「……」
アニーは、ロギルの瞳を見つめる。その瞳にアニーは、吸い込まれそうな錯覚を覚えた。
「どうかな、意外と大したことなかっただろ?」
「……は、はい」
ロギルは、手を離して席に戻った。その姿を、アニーの近くに居たエルダも何気なく目で追ってしまう。今の2人にロギルは、有り得ない程魅力的な男性に見えていた。
「さて、それでもまだ気になるならここにまた来るといい。俺が克服し切るまで手伝おう。分かったね」
「……はい」
「あ、そうだエルダさん」
「はい、ロギル先生」
「君も、気になることがあるだろう。俺が相談にのるよ。だから、今後も来てくれると嬉しいな」
「は、はい。分かりました」
エルダとアニーは、頬を染めた状態でロギルの声に耳を傾けて頷く。2人は、ロギルにもう遅いから帰りなさいと言われると相談室を後にした。
「……」
「餌というわけですね」
「どうやら彼女に犯人はご執心みたいだからな。それに生徒達の不安を取り除くのは、俺の仕事でもある。せいぜい仕事をやらせてもらうさ。向こうがどう出るか楽しみですよ」
「ふふっ、ロギル様は私を楽しませてくれる。嬉しいですよ私は」
そう言ってダンタリオンが部屋に姿を現した。
「始めからこうすればよかったのに」
そう言ってソフィーがロギルに抱きついて出てきた。
「……出来るだけ生徒を巻き込みたくはなかったが、この犯人は慎重過ぎる。しかもあの使い魔の容赦のない殺意、野放しにし続けるとまずい。細い糸だが、まだ彼女という存在で痕跡を辿れる以上、申し訳ないが付き合ってもらうほかないな」
ロギルは、書いていた日誌をカバンに詰めると相談室を後にする。そしてマリミアに今日の仕事の報告に行くことにした。
その日から、放課後にはアマナ達の他にエルダとアニーが通うようになった。帰り際に、エルダに行方不明者の捜索が進んでいると情報を小出しにして教えることでロギルは、彼女の不安を少しずつ取り除いていった。すると徐々にではあるが、相談室内でエルダが笑顔を見せることが多くなっていった。
「ちっ」
薄暗い中で誰かが舌打ちをしたが、その音は誰にも聞こえなかった。
「さて」
教室からでてエルダは、部屋にカバンを置いてこようと歩き始める。その後は、いつものように相談室に行くつもりだった。アニーとは、言わなくても後で相談室で会えるだろう。そう分かっていた。自分と同じ気持ちを、あの時アニーも感じたはずだからとエルダは考えていた。そう思うと自然と足取りが早くなる。早くあの人に会いたい。そんな気持ちになるのは、エルダにとって生まれて初めてのことであった。
「それでいいんですか?」
「えっ?」
歩いていたエルダに一人の女性が声をかけてきた。
「あなたの知り合いが今、この瞬間も苦しんでいるかもしれない。それで貴方はいいんですか?」
「何を、言っているの?」
「ケイトのことを忘れてしまったんですか?あんなにも貴方をお姉様と慕っていたあの子のことを。貴方は、ひどい人ですね」
「貴方が、ケイトの何を知っているというの!?」
「知っていますとも。ええ。それこそ、貴方の知らないことまでね」
「……」
「会いたくありませんか、ケイトに」
「!?」
「心配でしょう。同じチームの仲間だったんですから」
「……」
エルダは、無言でその女性を見つめる。
「いいですね、その表情。ええ、とてもいい。欲する者の顔だ。ええ、そうでなくては」
女性は、背を向けて歩き出す。
「会いたければ一人で今日の夜に貴方の教室に居なさい。他言無用ですよ。でないと、一生友達に会えなくなるかもしれませんからね」
「……」
去っていく女性をエルダは、無言で見つめる。そして見えなくなるまでその場に立ち尽くしていた。
「……ふっ」
女性が消えた反対の廊下の先で、黒い髪をした女生徒に変装していたダンタリオンが、笑みをこぼした。




