嘘つき
朝の仕事開始から授業開始までの間に相談室を利用目的で訪れた者は、0であった。予想通りであったためロギルは、書類作成に集中して取り組むことが出来た。しかし相談者0というのは、日誌に書くことが無くなり相談室が機能していないことを校長に報告するということを意味する。機能していない物は、無くても良いと思ってしまうのが人間だ。
「……なんとかしないとな」
ロギルは、ある程度の日誌作成を終えるとそう一人呟いた。本来の目的は、行方不明の生徒を探すことではあるがロギルの仕事は表向きはこちらが本職である。実質2ヶ月しか相談室での仕事をしていないとはいえロギルには、この仕事にもやるべき意義があることが分かっていた。故にこの仕事を軽んじられるのは、まずいとロギルは考える。学校は、生徒に教養をもたらす場ではあるが人同士の関わりが発生するためストレスを誰もが抱えうる場所である。その中で、誰もがそれを消化し何事もなかったかのように日々を送れる訳ではない。それをこの2ヶ月で知ったからこそロギルは、この学校でも誰かが潰れる前に相談室があれば救える可能性が広がるかもしれないと考えた。だから相談室の有用性を示すことは、ロギルは必要なことであると思考する。
「さて、そこはお昼の休憩時間にでもなんとかするとして、今はこの学校を把握することから始めるか」
そう言ってロギルは、椅子から立ち上がった。立ち上がったロギルより少し離れた地点にダンタリオンが音もなく現れる。そして、ロギルに向かって頭を下げた。
「手分けをしましょうか、ロギル様?」
「……ええ、先生がそうおっしゃるならそうしましょう」
「では、私は教室を見て回って生徒と教師達を観察してきます。アマナさんは、ああ言っていましたが見つからないとも限りませんからね」
「そうですね」
「先生は、人間観察がしたいだけでしょ?」
そう言ってソフィーがロギルに抱きつきながら現れた。
「ええ、勿論それもありますよ。私の趣味でもありますからね」
そう言いながらダンタリオンは、自身の持っている本のページを捲る。特定のページに辿り着くとダンタリオンは、本に触れて本の中から何かを取り出した。それは、肌色をした仮面であった。それを、ダンタリオンは自身の仮面へと当ててかぶる。すると、ダンタリオンの姿が消えて長い黒髪をした一人の女生徒がそこには存在していた。
「ふむ。問題なさそうですね」
「ダンタリオン先生姿を消せるんだから変装する意味無いんじゃない?」
「ソフィー君。姿を見せられなければ誰かに質問も出来ないでしょう。そのために必要なんですよ。では、私は行くとします。何かあったらお呼び下さい」
そう言ってダンタリオンは、姿を消した。
「先生の力ってズルいの多いよね」
「……あれが種族共通の力だって言うんだから驚きだよな」
「本当にそれ。私らの中でも上位と言われるだけあるわ」
「魔獣に順位があるのか?」
「魔獣っていうか、まぁ、色々な括りがあるんだよ。私らの方でも政府とかあるし、ダンタリオン先生とかサブノックさんの先祖はその中でも上位に居るらしいよ」
「議員みたいなものか」
「う~~ん、ちょっと違うけど考え方はあってる」
「まぁいい。俺達も行くぞ」
「あいあいさ~~」
そう言ってソフィーは、ロギルの内に戻った。ロギルは、書類をしまうと相談室を出て校内の散策を始める。なるべく人がいる場所を避けてロギルは、建物内を見て回った。その際にロギルが目を向けるのは、建物内の構造だ。不自然な空間が建物内に無いかを部屋の壁の厚みなどを見ながら探す。自身の足音にも耳を傾け、床下に空間がないかも確認しながらロギルは探して回った。しかし、どれだけ探そうとも隠し部屋の痕跡は無い。
「う~~む」
何も成果が得られないままお昼を告げる鐘の音が校内に響き渡った。
「飯にするか」
食堂に移動してロギルは、食事を食べる。食べていると向かいにアマナとミシェル、それと彼女達の仲間だという二人の女生徒がやってきた。ローゼとダリアと言うらしい。4人は、同じグループで切磋琢磨して成績を伸ばそうとしているようだったが実力が伸び悩んでいた。そのことをアマナに相談されたのでロギルは、彼女達に授業中に取ったノートを見せるように言った。
「今は、流石に持ってきてないぞ」
「じゃあ、放課後相談室に持ってきてくれ。それでアドバイスをするよ」
「分かった」
「……大丈夫かな?」
「相談室の先生でしょ?」
「ロギル先生は、信頼できる。安心しろ」
「え~~」
「……まぁ、待ってるよ」
そう言うとロギルは、席を立ち食器を片付けて相談室に戻ろうとした。
「うん?」
相談室に向かう途中、一人の生徒をロギルは見つける。そのロングヘアーの青い髪にメガネを掛けた女生徒は、重そうに何かの入った袋を引きずっていた。ロギルは、女生徒に近づいて袋を手に持つ。
「あっ」
「重そうだね。手伝おうか?」
ロギルは、女生徒の引きずっていた袋を片腕で軽々と持ち上げた。
「よ、よろしいんですか?」
「ああ、どこに運べばいい?」
「えっと、この先の花壇です」
「分かった。案内してくれるかな」
「はい」
ロギルは、袋を持ちながら揺らす。どうやら土の様な何かが入っているようだ。スコップとバケツ、それにいくつかの苗とじょうろが置かれている花壇まで辿り着くと、女生徒はそこで止まる。ロギルは、そこに袋を降ろした。袋を開けると黒い何かが入っている。どうやら肥料であるようだった。
「えっと、ありがとうございます」
そう言うと女生徒は、花壇に穴を掘って肥料をまき苗を植える。
「へぇ~~、君が花壇の花植えをしているのか?」
「好きなんです、お花。見ていると心が安らぎます。なのでここにいる間花壇の世話をさせていただいているんです。校長先生にも許可は取っていますよ」
「ここ一面に新たに植えるのかい?大変だろう」
「大丈夫です。取り寄せた苗も多く無いですし。こつこつやりますよ」
ロギルは、花壇の前にしゃがみ込むと近くに落ちていた枝を手に取った。
「次に植える場所、ここでいいかな?」
「え、は、はい」
「よし」
ロギルは、枝で穴を掘っていく。1つ目を掘り終えると、女生徒がスコップを差し出してきた。
「こっちの方が簡単に掘れますよ、ロギル先生」
「ああ、ありがとう。名前覚えててくれたんだ」
「ええ、皆気にしてましたから、忘れるはずがありませんよ」
「そっか。君の名前を聞いてもいいかな?」
「ターシャと言います。さぁ、ロギル先生急ぎましょう。お昼が終わってしまいますよ」
「分かった」
ロギルは、お昼休み終わり間際までターシャと土いじりをした。その後、道具を片付けてロギルは、ターシャと分かれて相談室へと戻る。
「ただいまっと」
ロギルは、相談室を見渡す。誰かが来た形跡はない。ロギルは、ドアに掛けていた不在の札を取って入室した。ゆっくりとドアを締めると、ロギルは振り向かずに呟く。
「……どうでしたか先生?」
「一つ気になる物を見つけましたよ」
ロギルの声に反応して、椅子に座っている一人の女生徒が現れた。それは、ダンタリオンであった。長い黒髪を揺らしてダンタリオンは、一冊の本をテーブルに置く。
「これは?」
「この学園の歴史が書かれているようです。これを見ると、ここの生徒には何人かこの学園の建設に関わっていた一族の生徒がいるみたいですね。それと、マリミア校長や一部の教師も関わっていたことが分かりました」
「とすると」
「隠し部屋の存在。それを知っているとすれば、誰かから聞いたのか。あるいは、自分で作らせたのかのどれかしかありえません。魔道に長けた者が見つけられないとすると恐らく物理的な隠し部屋でしょう。となると、そんな事が可能な人間は絞られてきます」
「……目をつけておく価値はありますね」
「ええ。一番怪しいのは、マリミア校長ですね。この学校を代々取り仕切っているそうです」
「自作自演ですか」
ロギルは、ダンタリオンが開いたページに目を向ける。そこには、1枚の写真があり何人かの大人と幼い少女が写っていた。
「彼女なら可能では無いかと言うだけの話です。それでも今の段階では、一番有り得そうな話ですね」
「問題は、どうやって先生とアマナの心を読む力を避けているのかぐらいですか」
「そうですね。それが分かればほぼ確定と見て間違いないでしょう。最も、校長以外でそれをしているものが居れば間違いなくそちらが犯人でしょうがね」
「……決めつけず、まずは関係者に縁のある者を全て見て回りましょうか」
「分かりました。私が一人ずつ張り込みましょうか?」
「いえ、先生は姿を消せますが存在が消せるわけではありません。敵がどんな物か分からない以上、先生一人にお任せして先生を失うわけにはいきません。単独行動は、日中のみにして下さい」
「分かりました」
ダンタリオンは、紙を取り出してロギルの目の前に置く。そこには、多くの名前が書かれていた。
「既に関係者のメモは取っています。私は、本を返してきますね」
「お気をつけて」
「ええ、お任せ下さい」
そう言うとダンタリオンの姿が消えた。
「レイト・バーンズ。……ミシェルと同じか。あの子も関わっているのか」
メモを見ながらロギルは、その名前を見つけると目を閉じてため息を吐いた。
「誰が嘘つきか、か」
相談室からロギルは、窓の外に目を向ける。外には、強い雨が降り出して周囲の景色を薄暗く染めていった。
放課後までの時間ロギルは、メモと睨み合ってこれからの方針を立てる。考えるのは、優先順位だ。誰を念入りに調査するのかと言い換えてもいい。そのメモの中でやはり一番怪しいのは、マリミア校長であった。
「事件を隠蔽しているからな。確かに一番怪しい。だが、ここは政府の建てた学校だ。しかも公式に。そこで連続行方不明事件。しかも議員の子供達がだ。これがテロであるならば、議員たちは屈するわけにはいかない。かと言って犯人からの要求はなく、生徒達が消え続けるばかり。そして、それを世間に公表するわけにもいかず隠蔽。生徒達は、病気で入院したことにされた。犯罪者に政府関係者達が脅される可能性があると漏らさないために。……筋は、通っているよな」
事件の隠蔽は、政府の指示でもある。そのことを考えるとロギルは、マリミアが犯人であるとは思えない気がしていた。しかし、今一番疑わしいのはマリミアであるのが事実であった。
「……やはり、順位は一番だな」
そう言うとロギルは、メモを書類の中に挟んで隠す。すると、程なくして授業終了の鐘の音がなった。
「ロギル先生いいいいいいいいい!!!!」
「ちょっ、アマナさん急ぎすぎ!!」
「声もでかい、怒られるって!!」
「いらっしゃい」
授業終了後、即座に相談室にアマナ達が訪れた。
「これを見て欲しい。先生がわざわざここに下線を引いているだろう。これが重要なのは事実だ。しかし、それだけじゃ駄目だ」
「と、言いますと?」
「その次に例題を書いているだろう。つまり、これがこの下線が引いてある式の本来の使い方だ。だが、これは一番簡単な物だ。分かりやすく利用法を書いた式に過ぎない。これを元に、次に出題された式を読み解く訳だが、ここで注目したいのは問題の聞き方が違うところだ。これによって式を使い分けるとある。これが一番重要だな。使い分けるキーとなる単語と、それに合わせて使う式を覚える必要がある」
「なるほど」
「焦ると問題を見間違えて違う方の式で問題を解いてしまい間違えるかもしれない。よく見て間違いを無くす。それが点を取る上で俺は一番重要なことだと思う。だから、似たような問題で使う式がある場合は、間違えないように分けて覚える練習をする。これが重要だな」
「確かに、この前は落ち着けば解けたはずの問題を間違えてた」
「詰め込もうと必死だったけど、焦らずに見るほうがいいのかもね」
「うん。君たちならすぐに今の平均より高い点が取れるようになるだろう。ゆっくりとミスが無くなるように覚えるようにしてみて。それで十分成績が上がるはずだ」
「はい」
「やってみます」
「私は、フォーザピオーゼに帰りたい」
「頑張ろうよ、アマナちゃん」
机に突っ伏しているアマナを、ミシェルは励ましていた。ミシェルは、いい子であるとロギルは感じた。しかしメモには、ミシェルの家族らしき者の名前があった。それを思うとロギルには、その行動が嘘か真か判別できなかった。ただ今だけは、ミシェルの行動をありのまま受け止めていよう。そうロギルは思った。
「それでは先生、失礼致します。ごきげんよう」
「「「ごきげんよう」」」
「ごきげんよう」
2時間程して四人の生徒を見送ってロギルは、相談室を閉めようと部屋の中に戻ろうとする。すると、アマナ達と入れ替わりに誰かが近づいてくる気配があった。
「……ごきげんよう、ロギル先生」
「……ごきげんよう、エルダさん」
そこに居たのは、エルダ・エルドリスク。ロギルにこの学園から出ていけと言ったブロンドの長い髪をした生徒であった。




