白い檻
ロギルは、この時楽観視していた。一週間という短い期間ではあるが、この事件は解決に向かうだろう。そう考えていた。何故なら魔術知識においてレギオンで何よりも優秀であるはずのキャスターが任務についているからだ。そのうえで事件の犯人は、生徒を誘拐している。これは、痕跡を残しキャスターに捉えられるのも時間の問題だろうと考えた。しかし、一週間後。
「ロギル先生、予定通り出張になるわ。明日の朝に出るから、荷物をまとめておいて」
「……分かった」
「……」
静かにその場でセシルは、息を呑む。この一週間で相談室の訪問者は、一日に一人は必ず来るという実績を上げていた。それは、小さな愚痴であったり授業内容についていけないなど進路を決めるための重要な相談など様々であったがそのどれもをロギルは、自身の出来る限りの力を使って解決していった。それでもこの学校には、まだまだ相談室を訪れる者が絶えない。この2ヶ月と一週間で相談室を訪れる常連も増えた。相談室は、この学校の一部の人間にとってなくてはならない憩いの場となっていた。
「では、明日」
「ええ。始業開始時間に私も一緒に行くから送っていくわ」
そう言うリオーシュの声を最後にロギルとセシル、ソフィーは、校長室を後にする。リオーシュは、その後ため息を付いてロギルの正式な出張手続きの書類を書き始めた。
「……やっとこの場所で落ち着いてきたんだがな」
「……」
食堂に向かいながらロギルは、そう声に出して漏らす。その声をセシルは、少し悲しそうに聞いていた。
「ロギル先生」
「ああ」
「早く帰ってきてくださいね」
「……出来るだけ頑張るよ」
「私もロギル先生を手伝うから大丈夫だって」
「うん。ソフィーちゃんお願い」
「お任せあれ!!」
校門近くにたどり着くとセシルは、手を振って校門に居るリータの元へと駆けていく。その後姿をロギルとソフィーは、手を振って見送った。
「先生!!」
「?」
「待ってますからね!!」
「……ああ」
セシルは、最後に振り向いてそう言うと駆けていく。その光景を見てソフィーは、ニヤついた顔でロギルを見ていた。
「いやいやセシルちゃんも随分と懐きましたなぁ~、ご主人様」
「ソフィー、その呼び方は、ここではやめろ」
「えへへ、ごめんね。でも私は嬉しいよ。ロギル先生の周りに女性が増えると私の力が上がりやすくなるからね」
「俺の性欲は、全部吸い上げてもらって構わない。よく育てよ」
「了解しました!!」
その後、食堂に行ってご飯を食べ終えた後地下施設で運動をする。その時、ノーマンとレドにロギルは、出張すると伝えた。
「ええ、行くことになったんですか!!」
「……2人もいたのにダメとは、相手は相当な実力者かもしれませんね。キャスターに悟られずに行動を起こせるのですから」
「どうでしょうね。ともかく行ってきます」
「……早く帰ってきて下さいよ、ロギル先生」
「ええ、先生がいると生徒達の雰囲気が良くなっていくのを感じますからね。応援が必要な時は、いつでも言って下さい。手助けいたしますよ」
「ありがとうございます」
ゆっくりと着実にロギルは、周囲と信頼関係を築いていく。焦りはしない。無理のない範囲で周囲に質問を投げかけ自身の狙いを悟られないようにする。復讐。その大きな心の中の炎は、未だにロギルの中で大きく燃え盛っていた。
「それじゃあ今日は上ります。明日の準備があるので」
「ああ、ロギル先生、またいずれ」
「待ってますよ」
「ええ、ありがとうございます。行ってきます」
ロギルは、部屋へと帰る。そしてシャワーを浴びながらその表情を笑顔で歪ませた。
「悪い顔してるね、ご主人様」
「……ソフィー、入ってくるなって言っただろ」
「でも出張中に2人で入ってられるか分かんないし、安心して入ってられる内にね」
そう言ってソフィーは、ロギルへとその裸体を押し付ける。ロギルは、ソフィーの肌が触れただけなのに身震いをした。
「ふふっ、まだまだ慣れが必要だよね」
「いや、要らないと思うが」
「要るの。じゃあ背中流してあげる」
ソフィーに全身を洗われてロギルは、数分後小刻みに震えながら風呂場から出てきた。
「……くそ、なんで興奮しないはずなのにこんなに」
「刺激と反応は、別物だからね。だから慣れとかないといけないんだって」
「……」
震える身体を落ち着かせながらロギルは、出張用のバッグへと荷物を詰めていく。その背中をソフィーは、微笑んで見つめると人差し指を立ててスッと指を当てて撫でた。
「……ああああああああ~~~~~~~~!!!!」
ロギルの悲鳴が2人の部屋にこだました。
翌朝、始業のチャイムが鳴り響く前にロギルは、校門前にいた。
「先生、行ってらっしゃい!!」
「ロギル先生、お戻りをお待ちしております!!」
「ああ、行ってくるよ」
登校してきたリータやパセラ達にそう声をかけられた。ロギルを見かけると相談室を訪れた者たちは、全員がロギルへと挨拶をしてくれる。その光景の中で校舎からリオーシュがやってきた。
「だいぶ人気者になったわね、ロギル先生」
「いや、皆がいい人なだけさ」
「あなたの仕事の成果でもあると思うわよ。あの子達のあなたに向けられる笑顔わね。さて、行きましょうか」
「ああ」
ロギルとリオーシュは、そのまま学校の車庫へと向かう。そして車に乗り込むとリオーシュの運転で移動を開始した。
「で、どんなところなんだ女学園っていうのは?」
「そうね。一言でいうとストレス溜まりそうなとこかしら」
「……」
「はっきりと言うけどね、ロギル先生。同じ学校でも別物の空間だと思ったほうがいいわよ。常識は捨てること」
「……了解した」
車内で細かな情報を聞きながらロギル達は、目的地へと向けて進んでいく。そして、街から少し離れた山奥にその巨大な建物は存在していた。
「着いたわよ」
「……まるで別世界だな」
「言ったでしょ。常識は捨てること」
それは、白い大きな建物であった。一見するとその建物は、何かの教会のようにも見えた。しかしその建物の入口には、大きく分厚い門がありそこには、ファーゼン国立女学園と書かれていた。
「フォーザピオーゼの校長のリオーシュです」
「お話は伺っております。どうぞ中へ」
リオーシュが門に居たまるで執事のような出で立ちをした男に話しかけると鍵が開けられて分厚い門の鉄格子が開かれた。
(まるで牢屋だな)
ロギルは、その光景を見てそう思った。
「行くわよ」
「ああ」
リオーシュに続いてロギルは、女学園へと入っていく。まず目に入ってきたのは、一面に植えられたバラの花壇であった。少し進むと違う種類の花も植えられているのが目につく。その大量の花壇に挟まれた大きな道をすぎるとやっと目的の建物近くへとロギル達は着いた。
(あんまり良くないね。花って人を惑わす効果があるからね。この建物自体が外とは、ちょっと別の空間に仕立て上げられてるように感じるな)
「……リオーシュの話通りだとするとそうだな」
「なにか言った?」
「いや、誰も見ないなと思ってね」
「それはそうよ。今は、授業時間よ」
そう言ってリオーシュは、校舎の中へと入ろうとする。しかし、誰かが玄関の物陰からリオーシュ達が入っていくと飛び出してきた。
「ロギル先生いいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!」
「うわっ!!」
そいつは、物凄い速度でロギルの足へと近づくと全力で抱きついていく。その姿は、純白の白い学生服を着込んだ白髪の少女であった。
「アマナさん、なにをやってるの?今は、授業時間よ」
「リオーシュ校長、もう無理だ!!早くここから開放してくれ!!」
「ダメよ。あなたは、交換留学生なんだから。合法的にここに居座れる唯一の人材なの。全てが解決するまであなただけは、なんとしてもここに居てもらうことになるわ」
「嫌だああああああああああああああああああああ!!!!」
「ちょっとアマナ君、声がでかいぞ」
「ロギル先生助けてくれ!!一秒でもここに居たくない!!!!」
「分かった、分かったから。俺も協力するから」
「すみません、私が至らないばかりに」
そう言って物陰から更に一人の女性が出てきた。その女性は、大きなカバンを持っていてメガネを掛けおっとりとした動きでロギル達の前へと姿を現す。水色の髪をかきあげて女性は、荷物を床においた。
「レシア先生、あなたも待ってたの?」
「ええ、アマナちゃんがどうしてもお迎えしたいというので」
「そう」
「嘘だぞ。レシア先生も帰りたいんだぞ。それも一刻でも早く」
「それは、否定しませんね」
苦笑いとでもいうような笑顔を浮かべてレシアは、そう答えた。
「……そんなにここは」
「ええ、気を使いますし、何よりその」
「プライベートが無いに等しいぞ!!孤独が好きな人間には、かなり地獄のだぞ!!」
「ええ。私も一人で休みの日くらいこもって研究をしたいのですが、そんなプライベートスペースにもズカズカと入ってくる人が居ますからね。あまり疑われるようなことも出来ませんし、何より散らかせません」
「いちいち掃除しろとかうるさいんだぞ!!頭おかしくなるぞ!!」
「……」
「取り敢えず、校長室に行きましょう」
「……ああ」
ロギル達は、全員で校長室に行くことにした。その間アマナは、ロギルに抱きついたまま離れなかった。
「失礼します」
ノックをしてリオーシュは、声がすると校長室へと入っていく。ロギルは、アマナを引き剥がすと続いて入っていった。
「ようこそいらっしゃいました、リオーシュ先生」
「お久しぶりです、マリミア先生。早速ですがこちらが私達の学校で実績を上げている相談室のロギル先生です」
「初めまして、ロギル・グレイラッドと申します」
「初めまして、マリミア・セドリックと言います。お噂はお聞きしております。何でも学校内の意識向上の為の活動をなされているのだとか」
「はい。生徒達の勉学意欲向上の為の手伝いをさせていただいております」
リオーシュとの打ち合わせ通りの受け答えをロギルはした。ロギルは、マリミアと呼ばれた女性を眺める。年をとった人の良さそうな老婆。そうロギルには見えた。しかし、その佇まい。動きから普通の人と同じ生活は送ってこなかっただろう。そうロギルは思った。マリミアは、背筋を揺らぐことなく伸ばして席に2人に座るようにすすめる。その動作を見てロギル達は、置かれていたソファーに座った。
「……もう最初の生徒がいなくなってから一ヶ月が経ちます」
「……」
マリミアは、重苦しい表情でそう言った。
「お願いします。どうか、どうか生徒達の為に」
マリミアは、頭を深く下げてロギル達にそう言った。
「マリミア校長。私達も出来るだけ力になります。どうか希望を捨てずお待ち下さい」
「これ以上生徒達を不安にさせたくないのです。どうかどうかお願い致します」
マリミアは、リオーシュ達がレギオンであると知らない。だがリオーシュ達が学校の生徒行方不明事件を解決したことを、新聞を読んで知っていた。そこでマリミアは、同じ学校経営者としてリオーシュに相談を持ちかけた。この事件が起きてはならない学校内での事件を密かに解決して欲しい。そうマリミアは、リオーシュに声をかけたのだ。
「ロギル先生は、私達の学校の事件の時もその類まれなる洞察力で解決されました。きっとこの学校の事件も解決してくださるでしょう」
「お願い致します。私達では、何が起きているのか検討も付きません。ロギル先生、お願い致します」
「……全力を尽くします」
女学園という檻の中でロギルは、マリミアに向かってそう言った。




