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ラグナレク・レギオンズ  作者: 北都 流
1章 肉体
1/76

魔獣使い

「おっしゃあ!!初めての契約聖獣ゲット!!」


「……」


 穏やかな光が降り注ぐ森の中、一人の青年が手の平の上に青白く光るネズミを乗せていた。それは、聖獣と呼ばれている生き物だ。聖獣は、人々に協力し災いから人を守ってくれると考えられている。魔力を纏った不思議な生物である。


「そんな小さなネズミが役に立つのかよ、ボル?」


「うっせえ!!これから、もっとこいつはすごくなるんだよ!!」


 ボルに声をかけた青年の肩には、青白い光を放つ鷹が止まっている。その全長はとても大きく、彼の両肩にどっしりと両足を乗せて止まっていた。その光景を、一人の老人が見ている。老人は、2人から視線を外し辺りを見回すと、その場にいた6人を順々に見ていった。


「……これで契約を出来ていない者は、あと一人か」


「ヒュ~!!ロギル、俺にも出来たんだ。お前なら、やる気になればすぐに出来るって!!」


「……ロギルよ。この森にも、お前の契約したい聖獣はいないのか?」


「……はい」


「そうか。分かった。今日は、宿に戻るとしよう」


「ロギル、大丈夫。きっと、貴方の相棒は見つかるよ」


「だと、良いんだが」


 老人の後を、6人の男女が着いていく。そのうちの5人は、青白い光を放つ動物を連れていた。彼らは、それぞれが得たパートナーと楽しそうに談笑している。その光景を、ただ一人聖獣と契約していない青年ロギルは、羨ましがる訳でもなく、ただ冷ややかにその光景を見ていた。

 

 *****


 ロギル達は、宿に戻ると食事の準備を始める。食事を作る係は交代制だ。森で集めた食材を、それぞれのグループが思い思いの調理をして仲間に振る舞う。その日の晩、調理係はロギルとボルの2人であった。


「いやぁ~、俺もついに聖獣使いか。嬉しいなぁ~」


「良かったな」


 ロギルは、串に刺した魚を火で炙り、焦がさないように見守りながらボルに話を合わせる。


「……いや、俺はなんでお前が未だに聖獣と契約してないのか分かんねぇよ。だってお前、俺達の中で一番努力してるだろ。体術の訓練も、最初こそベニーの野郎に遅れを取っていたのに、今じゃ、お前にベニーはまともに攻撃すら出来ねぇ。それに、お前はどの聖獣を見ても見てるだけで契約しようとしてねぇ。何か、気に入らないことでもあるんじゃねぇか?もしかして、聖獣が嫌いとか?」


「ふっ、それなら、こんな所にはいないだろ」


「まぁ、そうだよな。……レギオンかぁ。俺達にもなれるかな。ファイスの爺さんみたいに」


「……レギオンになれるのは、唯一人だろ。だが、爺さんみたいになら、俺達の誰もがなれるかもしれないな」


「だと、いいなぁ」


 レギオン。それは、巨大な国家・アービシャウスの異端の軍隊。所属する人員は、年代ごとに選抜された派閥ごとの異端の力を持つその代の最優秀実力者唯一人。その所属するメンバー、一人一人が国家を揺るがすほどの力を持ち、その異端の力を持つ6人で構成された部隊のことである。


「よし、出来たぞ」


「おう、こっちも出来た。ボルの特製野菜スープだ。鳥のダシが、いい感じに効いてるぜ!!」


「ああ、美味そうだな。皆を呼ぼう」


「おうよ!!」


 皆と食事をし、食事を終え、ロギルとボルは食器を片付ける。洗い物を終わらせ、2人で飲み物を片手に一息ついていると、そこにファイスが現れた。


「ロギル、少し話がある」


「……」


「行ってこいよ。俺は、ベリーと遊んどくからさ」


 そう言って、ボルはテーブルの上にいる自身の聖獣と木の実を転がして遊び始めた。


「その子の名前か?」


「ああ。丸っこくて、そんな感じだろ」


「確かに、合ってるな」


「だろ。……ロギル、グッドラック!!」


「ありがとう」


 ファイスに着いて行き、ロギルは宿の外へと出た。辺りは日が落ち、闇に包まれている。だが、月が綺麗に輝き、明かりが無くとも辺りの景色がはっきりと見えた。


「ロギル。お前は、何を求めている?」


「力を」


「聖獣が、私が指し示してやれる力だ。だが、お前は聖獣の力を借りようとしない。何故だ?」


「……あいつらは、甘い。容姿、性格、力。その契約内容すら、どれもが気まぐれにすぎない。ああいう奴らは、信用出来ない」


「持っている力に関係なく、人間に力を貸してくれるということだ。それが、お前は気に入らないようだな」


「ああ、気に入らない。俺が求めているのは、あんな力じゃない……」


「ロギル。お前と出会ってから、長い時間が過ぎたな。お前は、魔獣の軍勢に襲われた街の生き残りだった。廃墟となった街の中で、唯一人生き残っていたお前を、見つけたのが私だった。あの時、お前の目には憎しみの炎が灯っていた。それは、今も変わらないということか」


「ああ。俺が欲しいのは、俺が本当に欲しい力は、あの魔獣共を一瞬で皆殺しに出来るような圧倒的な力だ!!あんたが見せてくれた、聖獣のどれにもそんな力はない!!あいつらは気まぐれで、そして身勝手だ!!そんな連中の力を、借りたいと俺は思わない!!あんな力では、俺は、あの日の皆を救えない!!」


 ロギルは、衝動に任せて近場の木を殴った。ミシリと、音をたてて木が揺れる。ファイスは、ロギルを見つめると手招きをした。無言で、ファイスは夜の森を進んでいく。その後を、ロギルは黙って追いかけた。


 どれほど歩いただろうか。拠点にしている山を降り、街道を進んで別の森へと入っていく。暫く進むと、そこには廃墟が広がっていた。建物が壊れ、辺りには不穏な空気が立ち込めている。


「この場所は、お前の街と同じような境遇にあった街だ。小さいが、住民それぞれの暮らしがここにはあった」


「……」


「着いたぞ。ここだ」


 そこは、街の中にある荒れ果てた教会だった。壁には穴が空き、教会のシンボルである入り口の天使の像の上半身は、羽と頭が砕かれ無くなっている。


「聖獣はな、気分やだ。能力に個体ごとの差もあるし、気分次第では契約者の命令も無視する。強大な力を秘めている者もいるが、そのどれもがお前の言った通り、確定的な巨大な力をもっているわけでわない。むしろ、小さく一芸に秀でた能力を持った者の方が多い。お前の言う通り、完全にお前に忠実には従ってくれないだろう。そういう点では、お前の求めている力には、なってくれんのかもしれん。長きに渡って聖獣と信頼関係を気づいてきた私にですら、時折、彼らのことを理解出来ない部分がある。だが、ここに居る奴は違う」


「ここに居る奴?」


「ああ。ここに居る獣と契約できれば、お前はその力をいつでも使うことが出来るだろう。彼らは、契約を守ることに関しては、聖獣よりも厳格だ。もっとも、お前がそれを許せるのならだが」


「まさか」


「ああ、魔獣だ。ここには、バフォメットがいるという情報を得ている。山羊の頭を持つ黒い羽の生えた魔獣だ。お前が望む力。規律ある契約と魔の力を得ようとするならば、これ以上の契約相手はいない。だが、魔獣はお前の街を滅ぼした。それを、お前は良しとし、魔獣と契約することが出来るか?」


「……」


 ロギルは俯向く。歯を食いしばり、拳を力強く握った。


「なるほど。毒を以て毒を制すって訳か」


「その通りだ。知っている通り、魔獣の多くは強大な力を秘めている。聖獣が守りに特化しているとすれば、魔獣は破壊することに特化した力を持つものが多い。お前は、そういう力が欲しいのだろう?」


「ああ、その通りだ、爺さん」


「ならば手にしろ。魔獣との契約は、契約者の実力が全てだ。ねじ伏せ、従わせ、力を奪え。奴らの心の奥底にまで、お前の契約を打ち込むのだ。……ロギル、だが私は、お前に聖獣使いになって欲しかった。誰かを守る力を、選択して欲しかった。だが、お前は破壊を選んだ」


「それはちょっと違うな、爺さん」


「……」


「俺は、守る力を選んだんだ。ただし、自分の経験からな。俺にとっての守る力が、破壊の力だってだけだ」


「そうか。そう望むか。ならば行け。私は手伝えん。手伝いの入った綺麗でない勝負などでは、奴らは負けを認めんだろうからな。命をかけて、力を掴んでこい」


「ありがとよ、爺さん」


 ロギルは、教会のドアを開ける。そして、中に入るとゆっくりと後ろ手で扉を締めた。


「……」


 天井には巨大な穴が空き、月明かりが差している。そのおかげで、内部をある程度まで肉眼でも把握することが出来た。ゆっくりとロギルは歩き出す。一歩踏み出した瞬間、ロギルは違和感を覚えた。そして、立ち止まる。


 感じた違和感の正体、それは臭いだ。血の匂い。教会の奥、影がさしているところからその臭いは流れてきているのだとロギルは感じた。拳を握りしめ、ロギルは数歩近づく。良く目を凝らすと教会の奥には、磔にされた血まみれの山羊頭の魔獣が存在していた。その魔獣は、両の目から血の涙を流し下半身を切り落とされて息絶えている。上半身からは、壁伝いにゆっくりとまだ血が流れ出ていた。


(何だ、これは……)


 聞いていた情報と違う光景に、一瞬だがロギルは戸惑う。だが修行を思い出し、すぐにロギルは頭を切り替えた。ゆっくりとロギルは、バフォメットの死体へと近づいていく。


 ジャリッ。


 その時、右側の壁側から物音がした。その暗がりに向かって、ロギルは拳を構える。すると、ゆっくりとその暗がりから、怯えた表情の女性が出てきた。その女性の衣服は、ボロボロに裂け肌が露出している。顔や体には、小さな生傷や打撲した跡があり、何者かに襲われたかのように見えた。


「助けてください……」


 ふるふると、身体を震わせながら女性はロギルに懇願する。だが、ロギルは動かない。


「何があった?」


「私、化物に連れてこられて。そしたら、別の化物があの化物を……。私、その時に物陰に隠れて、それで」


「別の化物だと?」


「はい。それは、ワーウルフでした」


「ワーウルフか。なるほど。それなら納得できる。ワーウルフは、魔獣であろうとも獲物は容赦なく食らう。下半身がないのも、その為か」


「はい。下半身は、ワーウルフが持って行ったのだと思います」


 ゆっくりと、女は話しながら近づいてくる。月の光に照らされて女の体は、より艷やかに見えた。その身体がゆっくりと、ロギルに近づいてくる。力のない細い腕。触れれば壊れてしまいそうな指先。その指先を伸ばし、女はロギルに触れようとした。


「だが、その回答は下策だったな。ワーウルフが、わざわざ近くに人間の女がいるのに、それを喰らわずバフォメットの身体を持っていくなど、有り得ない」


 ロギルは、逆に女に手を伸ばしてその首を掴んだ。腕に力を入れ、ロギルは女を持ち上げる。女の足が、地面から浮いた。だが、女は笑顔でロギルを見ている。


「下策ね。そんなことはないわ。だって、貴方は私に触れているんですもの」


 女は、ロギルの自身の首を掴んでいる腕に、優しく腕を重ねた。まるで、手を握るかのように女性は、自分の首を絞めているロギルの腕に指を絡めていく。すると、ロギルは勢い良く腕を女の首から離した。ロギルは、女に触れられた自分の腕を見る。すると、腕は小刻みに痙攣していた。


「ふふっ、若くて良い腕。と言っても、私も若いんだけど。どう、私の肌は?気持ちよかった?」


「お前は、淫魔か……」


「そう、サキュバス。貴方、変わってるわね。普通、こんな格好の女性を見たら、押し倒すなり、優しく包容するなりするものだと思うけど?」


「こんな惨たらしい死体の前で、そんなことが出来る奴はいない」


「それもそうかしら」


 女の体が変わっていく。先程までの大人びた妖艶な顔立ちは変化し、幼さの残る顔へとその姿は変わった。背も縮み、背中には黒い羽、お尻には黒い槍のように先の尖った長い尻尾が生えていく。だが、その豊満な胸のサイズは、変わってはいなかった。


「どう、こっちのほうがそそる?」


「魔獣になど、興味はない」


「やっぱり変わってる。他の人間の男どもは、可愛いって褒めてくれたのに。倒れ間際にね」


 ロギルは、懐から短刀を取り出した。短刀を落とさぬように衣服の布を口で破いて巻きつけ、手と短刀を縛り上げる。そして、サキュバス目掛けて短刀を振るった。


「シッ!!」


「あらあら、手がそんな調子だっていうのに、手癖の悪いお人ですこと。そんなんじゃあ、私は口説け無いわよ」


「よく躱す。お前だな。あのバフォメットを殺したの奴は」


「ああ、あれね。私、休める場所探しててさ。そしたら、あれが先客だったわけ。で、私目掛けてあんなのが襲ってきた訳なんだけど。まぁ、あんな感じになっちゃったわけ。だっさいわよねぇ~~」


 ロギルは、短刀を振り回すのをやめて飛び退く。先程から、短刀がかすりもしていない。ロギルは、腕が甘い痺れに包まれている。そのせいで、いつもの速度で短刀を振るえていないのもあるが、それを抜きにしてもサキュバスの動きは有り得ない程早く、人間離れしたものだった。


 ロギルは、深呼吸をする。息を整え、意識を集中させた。すると、徐々に腕の震えが治まっていく。


「……魔獣は、殺す!!」


「威勢は良いわね。嫌いじゃないよ。……だから、その威勢の良さ、食べてあげるね!!」


 サキュバスが、ゆっくりと舌を出す。その顔は、完全に発情していた。ロギルは、目を細めてサキュバスの動きを見つめる。その時、サキュバスの尻尾が大きくうねった。それを合図に、ロギルは教会内に散らばっていた瓦礫片を、サキュバスの顔めがけて蹴り上げる。サキュバスは、それを横に身をかがめるようにして避けた。その間にも、サキュバスの鋭い尻尾の切っ先が、ロギルの心臓目掛けて飛んできている。


「チッ!!」


 短刀の刃の側面で、その切っ先をロギルは逸らした。同時に体全体で飛んでの回避行動も行い、何とかロギルはサキュバスの攻撃を避けた。ロギルが避けた後方の壁には、大きな穴があき、外からの光が差し込んでいる。


「あ~あっ、せっかくの休憩所が壊れちゃった。でもま、いっか。こんな美味しそうなお夜食が来てくれたし。ふふっ、さぁ、突き刺してちゅ~ちゅ~吸ってあげるからね。大丈夫、優しくするから」


 妖艶に、サキュバスが身をくねらせる。だが、ロギルはそれに構わず、ゆっくりと一定のリズムで呼吸をし心を落ち着かせていた。


 お互いに数秒睨み合い、先にロギルが踏み込む。その時、サキュバスの爪が伸びた。まるで刃物のように鋭く伸びたその爪は、ロギルの喉元目掛けて横薙ぎに振るわれる。その攻撃を、身を低くすることで避け、ロギルはサキュバスの股下をくぐるようにそこに転がり込んだ。

 

「や~ん、エッチな人。そういうのが好みなの?」


「いや、これで勝負がついた」


 サキュバスの尻尾が、サキュバスの股下に寝転んだ状態になっていたロギル目掛けて飛んでくる。だが、それよりも早くロギルは、サキュバスの尻尾の根っこを掴み、そこに短刀の刃を押し当てた。


「ひっ!!」


 一瞬、サキュバスの動きが止まる。その瞬間、ロギルはサキュバスの足を腕で払った。倒れたサキュバスを組み伏せ、ロギルは短刀をまた尻尾の付け根に当てる。そして、ゆっくりと短刀に力を込めていった。


「ま、待ってよ!!ちょっとタイム!!ほ、ほら、そんなことしたら私の可愛いお尻が、血だらけになちゃうじゃない!!」


「だからなんだ?」


「そ、そういうのは、やめたほうが良いんじゃないかなぁ~。なんて。ほら、貴方もそう思うでしょ。こんな綺麗なお尻が、真っ赤に染まるのは嫌で……」


 ロギルは、更に短刀に力を込めた。尻尾の皮を、ロギルの短刀が切り裂く。薄っすらと、そこから血が滲み出し始めていた。


「いぎっ!!」


「お前の選択肢は、二つに一つ。死ぬか、それとも俺と契約するかだ」


「け、契約?」


「そうだ。お前の力を借りる代わりに、生かしてやる。それが嫌なら、ここで死ね」


「えっと、それって私に、エッチな奴隷になれってことですか?いや~ん、私照れちゃう」


「戯言を言って時間稼ぎをしようとするな。大方、俺が今組み伏せている状態からでも、お前は俺を痺れさせる事が可能なのだろう。だから、お前に選択の時間は与えない。あと5秒以内に決断しろ。決断しなければ、死だ。5……。4……」


「……ううっ、け、契約する!!契約するから!!尻尾は切らないで!!」


 その言葉を聞くと、ロギルは片腕をサキュバスの背中に叩きつけた。


「ガハアッ!!」


「契約成立だ」


 ロギルが叩きつけた腕。それは、サキュバスの身体の表面に光の穴を開けて、その中へと入っていた。そこからロギルは、ハートの形をした結晶を取り出すと、その結晶を己の背中に叩きつけて取り込んだ。


「な、何したの!!」


「本来ならば、聖獣と心を通わせた時にのみする契約だ。聖獣その者の核を取り出し、体その物を取り込んで、何時でも呼び出せるようにする。だが、今回は無理やりさせてもらった」


「そ、そんな勝手な!!」


「同意は得られたからな。後は、相手が抵抗しなければいい。精神的に俺にだ。お前を組み伏せていたからな、強制的に契約することが出来た」


「ひ、酷い!!そんな勝手な!!と言うか、早く降りてくれる!!重いんだけど!!」


「そうだな」


 ロギルは、サキュバスを開放した。そして、倒れているサキュバスの前に回ると、腕を掴んで起き上がらせる。


「あれ、私の身体に触れていいの?」


「お前の核を取り込んだからな。お前の身体は、俺に害をなさない」


「いや、あれは害じゃないでしょ?むしろ人生に、大切なことだと思うな」


「人の自由を奪う快楽がか?」


「そう。くだらない人生を歩むよりさ、最高の毒に溺れることのほうが幸せじゃない?私なら、その幸せのまま人生を終わらせてあげられるのに」


「俺は、遠慮させてもらう。俺のやりたいことは、死の後では出来そうにないからな」


「へ~~。そのやりたいことって?」


「……復讐だ」


 ロギルは、そう言うと教会の扉を開けた。


「生きて戻ったな」


「ああ」


 ファイスは、ロギルを眺める。ズボンや衣服は、破れていてボロボロだ。パチンと、ファイスが指を弾く。すると、どこからともなく青白い光を放つ蜘蛛が現れて、ロギルの服をその糸で補修した。不格好ではあるが、ロギルの服はその形を取り戻した。


「蜘蛛の聖獣とまで契約しているとは、どうやったんだ?」


「子供の時に見つけてな。そこから私が育てた。今では、私の力になってくれる。さて、帰るとするか。無事、契約もできたようだしな」


「ああ」


「ところで、その者の姿が見えないが?」


「尻尾が痛いから寝てるってさ。何も言わなくても、核に入りやがった」


「そうか。しかし、バフォメットがそれほど容易に核へと入るとわな。もっと時間がかかるもんだと思っていたんだが」


「あれ、聞こえてなかったのか?」


「うん、何がだ?そう言えば、内部の音はやけに静かだったな。一回、壁を何かがぶち抜いた時ぐらいしか音は聞こえていなかったが。……そうか。別の魔獣が居たのか」


「ああ。それは……」


「いや、言わなくていい。私にも教えないことが、お前の強みになるだろう。試練の時まで、楽しみにしておくことにする」


「そうか」


「それはそうと、名前はつけてやれよ。魔獣とは言え、信頼関係を築いておいて損はないからな」


「分かったよ。名前かぁ……」


(私、ソフィーね)


「……手間が省けたな」


 そのまま、ロギルとファイスは宿へと帰っていった。


 その夜から一夜明け、朝を迎えると、食事の席でファイスがロギル達にこう言い放った。


「さて、全員に友が出来た。皆、今までよく頑張ったな。これで、私が教えてやれることは教えた」


「え?」


「いや、まだロギルが……」


「おい、ロギルの聖獣は何処だよ?見えねぇぞ」


「……朝は、苦手なんだと」


 他の者達が聖獣と食事をともにする中、ロギルだけはいつも通りに淡々と一人で朝食を食べている。それが、他の者達には、いつもと何も変わっていないように見えた。


「おい、やったなロギル!!」


「ああ、ありがとう、ボル」


「やったね、ロギル!!」


「ありがとう、サシャ」


 ロギルの獣魔との契約に、2人の友が声をかける。2人は、まるで自分のことのようにその事実を喜んだ。


「で、どんなのと契約したんだ?」


「私らのは知ってるだろ。ロギルのも見せなよ」


 肩に巨大な鷹を乗せたベニーと、フワッフワの毛並みの猫を抱きかかえているミッチェは、そう言ってロギルの獣魔を探ってくる。その2人に、ロギルは一瞬肩をすくめて、出てきたがらないんだ。という意思を伝えた。


「ボル、彼の獣魔を見たかい?」


「いや、ケビン。見てないぜ」


「おかしい。少なくとも僕達と同じ契約をしているのならば、同室のボルはその姿を見ることが出来たはず。獣魔が、契約者の傍を離れるとは考えがたい」


「おいおい、だからなんだって言うんだよ。俺だって、まだロギルが契約したなんて知らなかったし、いつも通りに起きた程度にしか見てねぇよ。見逃したんじゃないか?」


「なるほど。一理ある。ベッドの下に居たのなら、それも頷けるな」


「とすると、ロギルの獣魔は……」


「まだ、ロギルのベッドの下?」


「見に行こう」


「お、良いね。俺も気になるぜ」


 その言葉を合図に、ボル達は移動する。その光景を、ロギルは唯一人ゆっくりとお茶を飲みながら見送った。


「……居ねえじゃねぇか」


「くまなく見たけど、居なかったわ」


「おい、本当に契約したんだろうな?」


「ああ」


 ボル達は、がっかりした顔で戻ってきた。その反応を気にもせず、ロギルは二杯目のお茶を飲んでいる。


「まさか、やはりしたのですか?魂の契約を」


「……嘘だろ」


「有り得ないだろ。昨日の今日だぞ。それで、魂の契約まで行けるものか。俺ですら、まだフェルコと魂の契約は出来ていないんだぞ」


「ですが、ボルにも気づかれずに獣魔を傍に置いておくとなると、それしか」


「どうなんだ、ロギル?」


「……」


 ロギルは、その質問に肯定も否定も示さず、ただ満足気にお茶をすすった。


「今日入れたお茶、会心の出来だな」


「ほぉ~、私にも貰えるかな?」


「良いですよ」


「ファイス先生!!ロギルに流されないで下さい!!」


「……う~む、これは美味い。暖かさが、身体に染み渡るようだ。香りも良い。……旅立ちの日には、いい茶だな」


「そうですね」


 ロギルとファイスは、互いにお茶をすすった。


「さて、ロギルの獣魔だが、出てこないのなら仕方ない。皆、旅立ちの準備をしてくれ」


「先生!!」


「それは、不公平じゃないですか?僕達の獣魔は、知られているのに」


「なに、それは不公平の内に入らん。何故なら、君達はこれから多くの獣魔と契約することが出来るのだから」


「……一匹ぐらい、どうとでもなるっていうのか」


「考え方次第、というところでしょうか。僕は、納得しかねますが」


「最初に言っただろう。この中で、最強を勝ち得た者のみが、今代のレギオンサモナーとして選ばれる。その程度で遅れを取るのならば、最強とは言えん」


「対策を立てるのが、悪いことだって言うのかよ……」


「いえ、この場合は、それほどの者でなければレギオンサモナーに相応しくないということでしょう。一人にして一軍。それほどに成れ、と言うことでしょうね」


「その通りだ。一年後、君達が作り上げた己の軍隊としての力を競い合ってもらう。その中で、勝ち星の多かった者がレギオンとなる。全てに備え、全ての友を倒す気で戻ってこい。私が言えるのは、それだけだ」


 皆が、その言葉に沈黙する。ロギルは、ゆっくりと椅子から立ち上がると、部屋に戻った。その後を、ボル達も続くように追う。そして、全員がそれぞれの部屋に戻り、旅立ちの準備を終えた。


「皆、では、一年後に会おう」


「「「「「「はい」」」」」」


 ファイスに最後の挨拶を済ませると、ある者は走り出し、ある者は獣魔に乗って駆けて行く。その中で、ロギルはゆっくりと移動を始めた。


「ロギル」


「うん?」


「あのね、途中まで一緒に行かない?」


 サシャは、一本の大きな角の生えた馬に跨りそう言う。その提案に、ロギルは首を横に振った。


「サシャ、ありがとう。でも俺、サシャの足を引っ張りたくないから」


「え、そんなこと無いよ!!この子だって、ロギルに手伝って貰ってなかったら……。私、一人じゃ契約出来なかった」


「……いや、俺は少しユニの足止めをしただけだ。殆どサシャの力だよ。君はすごい。そして、相棒も優秀だ。多分、俺達の誰よりも移動距離を稼げるだろう。だから、その力で強くなると良い。2人も乗せると、ユニも重いだろうしさ」


「ブルルッ」


「そんなこと無いって」


「ありがとな、ユニ。でも、多分俺とサシャは目指すものが違う。だから、サシャの道を君は優先してあげてくれ。……サシャを頼んだぞ」


 ロギルのその言葉に、ユニは頷くと、ゆっくりと歩き出した。


「ロギル……」


「お互いに強くなって、また会おうな、サシャ」


「……うん!!」


 そうサシャが力強く答えると、ユニは走り出した。またたく間に、その姿は見えなくなっていく。


「……速いなぁ」


「おモテになるねぇ~、我が友よ」


「ボル」


「まぁ、俺もお前と楽しく旅行気分で行きたいところだけどよ。やっぱ、別々で鍛えてお互いに強くならないとな。その方が、ちょっとお互いに合うのが楽しみになるだろ」


「ああ、そうだな」


「だから、サシャは強くなる。そしてロギル、友人の俺から言わせてもらうが、お前は誰よりも強くなれる。頑張れよ。俺も、負けじと頑張るからよ!!」


「努力するよ」


「それじゃあな!!」


 ボルも、ロギルを残して駆けて行く。辺りに誰も居なくなると、そいつは出てきた。


「青春、って感じ」


「良い奴らだろ」


「まぁ、悪くは無いかな」


 ソフィーは、ロギルと並んで歩く。暫く無言で歩いた後、ソフィーはロギルに近づいた。


「で、これから何処に行くの、ご主人様?」


「何だ、その呼び方は。ロギルでいい」


「一応、契約者だし。そっちのほうが興奮しない?」


「しないな」


「じゃあ、私はするから決定!!」


「……あてはない。まずは街に出る。そして、片っ端から魔獣を狩る」


「ご主人様は、どれぐらいの力が欲しいの?」


「全ての魔獣を、ぶっ飛ばせるぐらいだ」


「……」


 ソフィーは立ち止まる。そして、ロギルの背中を見つめると、ニヤリと笑った。


「ねぇ、じゃあその力、取りに行こうか?」


「……どういう意味だ?」


「全ては、ご主人様次第。でも、選ぶというのなら教えてあげても良いよ。その、全ての魔獣をぶっ飛ばせるほどの力の取り方を」


 ロギルは立ち止まる。そして、ソフィーと見つめ合った。



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