怪異1“おやすみ”
人物には独特のイントネィションがございますが、ご了承を。
それでは。私はこれで、失礼致しました。
では、また後程。
ガッタンコドン・・・ガッタンコドン・・・・・。
目を醒ますと、電車の中に座って居た。
周りをふと見渡した。
冷たい空調の風、赤いクッション材の付いたチェア・・・。
どうやら此処は普通電車の様だ。
私は目やにの付いた目を擦り、席を立った。
呆けたように電車の荷物置き場を見つめていると、
意識が完全に近い状態にまで回復した様だ。
私は急に自分が気になってきた。
両の手を伸ばし、開いてそれを確認した。
(・・・なんて、血色が悪いんだ。ホンノリ黒いじゃないか。それに、この手首辺りの無数の傷は?)
手を握ったり開いたりしていると、私の脳髄に衝動が走った。
私はそれに驚き。左の手で自分の顔を押さえた。
ジットリと顔から出でた脂汗で濡れた手を離し、私は呟いた。
「誰・・?・ダ、誰だ?私は・・誰だ?」
私は妙な恐怖に駆られしゃがみこんだ。
歯を食い縛り、荒い呼吸をしながら、懸命に思い出そうとした。
(わからない、わからないっ、解らない!!)
頭の中は真っ黒な闇しか無かった。ある記憶は先程の光景と自分が此処に居ると言うことと多少の知識しかなかった。
私は呵責に耐えきれなくなり、立ち上がって自分の体を強盗のように調べ始めた。
上半身にはほんのりと蒼に染まったシャツ、下半身には紺色のスラックス。シャツは汗に濡れているようだ。
(この姿、私は学生か?)
今私は自分が女か男かもわからなかった、だが、電車だとかスラクスだとかそう言ったものの名前は分かった。奇妙なものだ。
自分の身なりを確認した後には、自分の所持品を確認し始めた。
(・・・・!)左のポケットに何かある。
私はポケットに指を入れ、それをなぞってみた、表面にはエッヂがついており、ツルリでもないざらりでもない触感がした。
私はそれを指先で掴み、ゆっくりと引き出した。
ズルン、抜ける感触がし、何かが抜ける。
入っていたのは、紺色をした革の財布だった。
(財布かよ・・何をそんなに恐れていたのだ私は・・・。)
正体が解ってしまったら怖くはない、私は財布を開けた。
何枚かのカラフルなカードが挟まっている。小銭入れには幾ばくかの小銭が入っている。そんな額はなさそうだ。
紙幣は千円札が三枚、それっきりだった。
確認して、財布を閉じ、別の事に興味を向けた。
(ここで立ち止まってるわけには行けないな・・・。だが、見たところここは電車の中・・・なのか?)
私は妙なものを感じた、何故ならこの電車は異質だったからだ。
(私のイメージの中の電車には広告やら乗客やらがひしめいていた・・だが。)
(居ない、誰も居ない。広告も一枚もない)
私は外を見た。・・・何処だここは。見知らぬ廃墟の町が外には広がっていた。
(妙だ、妙すぎる。此処は?私は?何なんだ?)
私は又も恐怖に駆られ、車内を歩き始めた。
ゴットンガタン・・ガッタン・・・・・
車内には電車の走行音と微弱な私の足音しか鳴っていない。
私は足を止めず、歩き続けた。
ゴットンガタン・・・・。
途中にはグリーン車もあった、勿論誰も居なかったが。
(・・・・・・・)
歩き続け、とうとう最終車両の最後の最後。後部車両席まで来てしまった。
(ここまで歩いてきてしまったが、何も無しか。困ったな、何かあったりしたら良かったんだが・・・。)
私は眉をしかめながら席に着いた。
(もう、探索は辞めだ、じっとしていよう)
私は席に横たわった、長時間いるにはちょうどよいと思ったからだ。
ガタンゴトン・・・ダッタンゴト・・・・ガダン・・・・・・・・。
廃墟の町の中を駆ける電車は動き続けた。私は何も考えずに流れて行く景色やグレーの天井を見ていた。
次第に意識が呆けて行く・・・。私はクッションに体を預け、とろけてゆく意識に従い、まぶたを閉じた・・・・・・。
「______次は「灰色の町」ー。「灰色の町」ー」
私は突然の声に驚き、身を起こした。
電車のスピードが緩んで行く。何処かに停車するらしい。
(停まる?この電車が?・・・なら、降りなくては。)
立ち上がり、ずり落ちていたスラックスを直し、その時を待った。
プシュゥゥゥウゥー・・・・・ゴ、ゴシュー・・・・
ガチャ、
電車が停まり、ドアが開いた。
また「閉じ込められては困る」為すぐ降りた。
(ん?「閉じ込められては困る」?私がか?・・・妙だな。何も覚えていないというのに)
降りた先はほぼバス停に近い駅だった。回りには家の破片や材木等で荒れに荒れきっていた。
退廃的な風景と、何も覚えていない故の空虚に呆然としていると、後ろから声が掛かった
「オイ、お前さん。」
掛かった声に反応して振り返ると、そこには異形がいた。
体は灰色で・・・背は小さく、子供ぐらいしかなく・・・、まるで古文かに出てくる餓鬼かゴヴリンの様だった。
私は戸惑いながらそれの問答に答える。
「はい、なんでしょうか・・・?」
「お前さん、見たところこの世界の奴じゃねぇな、どっから来た?」
この世界?どういう意味だろうか?
「そうか、分かったよ。」
それは私の返答に困っているとそう言った。
「何だ?って想ってるな、俺ぁ心の中が見えるんだ、お前さんの心なんざお見通しさ。」
身長に似合わぬ声で異形が私に答え、話を続ける。
「で、だ、お前さんはどうやって此処に来た?おまえさんの口からこいつぁ話して貰いてぇ。」
異形が私に問う。
(どうやって来たか、って、確かに私は電車にのって・・・・・でも、なんだ?突然、どこから来たなんて聞いて、非常識じゃないか、でも、頼るすべがない以上、こいつに何か話すべき・・・)
「アノなぁ、頭ン中で話すんじゃなくて俺に口頭で話しとくれ・・・。別に捕って喰おうだなんで思っちゃあネェよ。ただの仕事傍らなんでな・・・。さぁ、俺の素性はちょいと話した。はよ話してもらおうか?」
目の前の異形は手を皿のようにして呆れていた。
私は言われた通りに私の経緯を話した。
「成る程、電車に乗ってきたんか?」
「はい、そうです。」
「だとしたらチョイと妙なところが在るぜ・・・。あ、そーいやお前さん、名前は?」
異形が私の顔に濁った瞳を向けて言う。
その質問には私の方が答えが欲しかった、・・・私には記憶がないからだ。戸惑いながらその質問に答えた。
「私は、ホントウに妙な事なんですが・・・。先程申し上げた電車で目ざめて以来、私には記憶が無いのです・・・・。」
「記憶がねぇ、か。だから頭の中がすかすかで見え易い訳だ・・・。ついでに、帰すようだが、俺には名前がねぇもんでな・・。さっきからお前さんが心の中で俺をそう呼ぶように、今度から「異形」とでも名乗るか・・・」
そう言うと異形は額を爪で掻いて着いた垢を吹いた。
「で、妙な所ってのはな・・・。俺が気付いたところで三つあるんだよ」
異形は歪んだ指の三本を立てて見せて言った。
「三つ・・・。それは、どういう事ですか?」
「ウン、それは順を追って説明する、じゃあ、まずひとつ目だ。
ひとつ目は、そのお前さんの口調だ・・・?」
「エッ、口調?」
「そう、さっきからお前さんの口調は、お前さんの見かけによらずご丁寧な敬語だ。普通はその見た目・・・学生ならもっと崩れた話し方をするもんだ、固くしてもボロが出るほどのな。・・なんか思い当たりはあるかい?」
「・・・えぇと」
私は脳からそれに関する記憶をヒッパリだそうとした・・・
(・・・駄目だ、何も解らない。)
「解らないかい?」異形が問う
はい、ソノトオリです・・・とばかりに私は首を縦に降った。
「解った、・・・。では、二つ目だ。二つ目は、お前さんの、記憶だ。記憶がないってのは結構きつい筈だぜ?もしかしてお前さんの嘘かも知れねえ」異形が平然と質問を放った。
(嘘・・?嘘だと?コンナニ・・・こんなに私が苦しんでいるのにか?お前にはそう見えるのか?)
私は問答に対して怒りを覚えた。
「おいおい、別にお前さんを疑ってるわけではない・・・。俺の職務上そういうやつを仰山と見てきたが、お前さんみたいなやつは珍しかったからだ・・・。わからなきゃ解らないでいい。」
頭の中をまた覗かれたらしい、私の意思はどうやら異形にとっては手に採るように解るようだ。
「解りました。私の口から申しますと、私には記憶がございません。何もかも思い出せないのです・・。」
「ウム、そいつぁお前さんの態度を見りゃわかる。現にお前さんの頭の中はがらんどうだ、記憶のキの字もありゃしねぇ・・・・。」
「では、そうすると・・・私は何なのですか?」
「そいつぁ次の問答で大体わからぁ、」
私はさっきから不安を感じていた、もしかしたら目の前の異形はタダ見馴れない私を面白がって、暇潰しに弄んでいるのではないのかと思っていたからだ。
そう言った思いを持ちながら私は、私を下から見据えている異形の次の問答を待った。自分の正体を探りながら・・・。
「それじゃあ、最後の質問だ。・・・お前さん。自分が何かわかるか?」
「エッ・・・・。」私はそう言われた瞬間、体がすくむのを感じた。
「見たところお前さんは俺みてぇな体つきをしているが、俺とは完全に違う・・・。ダカラお前さん、一体何もん何でェ?と思ったからさ・・・。解るか?」
「私?私は・・?」
「いんや、そうすぐに答えんでいい、待ってるからゆっくり考えて思いだしとくれ。」
「・・・・」
私は手で目を押さえて考え始めた・・・。
・・・スゥー、フゥ・・・。クー、ヒュゥー・・・。
私の呼吸音と異形の呼吸音がきこえるだけ・・・。
風の音がトオクから瓦礫に響ききこえる・・・。
その静さ、そしてまたその退廃的な事・・・。
私はその居心地の悪い静寂を滅する為一生懸命頭の中を探していた。
去れども出でるものは何もない・・・。私は軽く絶望した。
「・・・やっぱり、思い出せねぇか?」
下から声が聞こえる、私はそれに呼応し首を縦に振る。
「そうか・・・。でもだ、お前さんの断定は出来たぜ。」
「本当ですか!では、デハ教えていただきたいのですが・・!」
目をおおっていた手をのけ、目の前の賢者を見つめた。
他人からは決してそうは見えないだろうが、私にはそう見えていた。
「多分、お前さんはここではない何処かでの存在が無くなっちまって此処に来たんだろうな。柔く言うと、どっかで死んじまったってこったな。」
私は肝を抜かれた。
「エッ・・・。私が、死、死んだ?でも、私はここに・・。」
「そうだよなァ・・・。いるんだよなぁ。確かに此処に?」
顎に手を当て、擦りながら考える異形を尻目に、私は軽く、発狂しそうになっていた。
(私が死んでいる?何故?・・・確かにそうだとしたら記憶がないと言うことは可笑しくない・・。死んだのダモノ。だとしたら、此処に居る私は何・・・。)
次第に空のハズの頭にモヤモヤとした、脳に膿が溜まって腫れているような感覚に私は陥っていった。
じわじわとそれは私の意思を侵食して行く。
まるで煙草の煙にやられた肺臓の如くそれは悪化していっている。恐怖、怠惰、苛立ち、謎、疑問それらがまるで塩化ガスの様に広がり、脳や心を犯して行く。
ギリリ、歯ぎしりが鳴り、目付きが変わる。
思考を続ける異形は未だに直面する課題をこなそうとしていた
「お言葉を返すようですが」
意図せず発された言葉が空を切る。
異形が眼をこちらに向け、言葉を待っている。
「私は生きています!確かに、私には記憶がございませんが、ハッキリと解るのです。貴方にだって解るでしょう!?
それだけで良いではありませんか?それだけでは、生きていると言うことにはならぬのですか?」
激しさを添加され放たれた言が雰囲気を断ち切った。
ハッ、と正気を取り戻し、弁解を伝えようとすると、目の前の彼は何か呟いて、後ろを向いた。
「・・・着いてこい、仕事やら何やらをやるからよ。」
暫くすると歩き出し始めた、低身長ながらなかなか早い。
私は藁にもすがる気持ちで彼の後を着いて行くことにし、遅れて一歩を踏み出した。
この小説を読んでいただいた事に深く感謝申し上げます。
続けて行く予定ですので、そちらの方も読んでいただいたら感謝感激雨あられで御座います。
・・・では、失礼いたします。