星降る夜
願いなんて叶わない。
何も出来なかった。だとしたら、私が『そこ』に飛ばされた意味は何だったのだろうか。何故私はあの時間に行かなければならなかったのだろうか。
「大魔導士は何がしたかっただろうか」
ぼんやりと呟いて、重苦しい身体を起こしていた。未だ私は『過去』に居るようだ。何もできない過去に。
ため息一つ。
落胆しつつ私は辺りを見回していた。見回すと言っても夜なため詳細は暗くて分からない。何故こんなところに一人で転がっているのだろうか。私は眉を寄せて首を傾げた。身体を見てみても特におかしな処も無いので襲われたと言うわけではないだろう。
裁定者にあった時の傷もすっかり言えている様に見えたので時間はあれからかなり経過している様に思える。
ともかく、向こうに見える野営の灯。そこに戻ろうと私はゆっくりと立ち上がっていた。
「――あれ? アーゼル」
「……?」
誰かいただろうか。私が驚いた様に顔を上げるとアリアナ様が同じような顔で私を見ていた。『前』よりも些か大人びているので経った年月は数年と言った所だろう。
珍しく無精髭と、ラフな上着姿。酒でも嗜んで来たのだろう、微かにアルコールの匂いが漂ってくる。少なくとも 『私』が知らない姿だった。いつもしっかりと服を着こんで真面目そうにしていたから、そんな姿に少し驚く。
アリアナ様は持っていたランタンを地面に置くと立った私の横に腰を下ろした。見下げるわけにも行かないので私も腰をその場に下ろす。
「お前、向こうに――」
少し考えた後で『そっか』と何か一人で納得したように様に私を見た。
「……眠れ無いのか?」
飛ばされて来た――とは言えない。言ったって信じはしないだろうなと思う。
「ええ、まぁ――アリアナ様は?」
苦笑を浮かべて空を仰いだ。星が瞬く夜空。それはずっと変わらない。あの大きな北の星は何年経過してもそこにある。
私がいた世界――この世界。時の隔たりがあるなんて嘘のように思えた。そんな訳ないのだけれど。
「ま、そんなもんだな」
はあっと息を吐き出してからアリアナ様はごろんと大地に寝そべった。閉じる瞼。けれど眠っていると言うわけではなく何かをじっと耐えている様に見えた。どこか痛むのだろうか。
ここが『歴史』のどの辺りか分からないけれどアリアナ様が大きな傷を負ったと言う記憶はない。だとすれば『選定』による何かだろうか。
私が失敗したばかりに。
それはとても申し訳なく思えて私は眉尻を下げてアリアナ様を覗き込んでいた。
「大丈夫ですか?」
聞くとアリアナ様はすこしだけ驚いた様に眼を見開いてから軽く反らし、上体をゆっくりと上げた。
「――いや。問題ない。少し酔っただけだ。それより、アーゼル。お前は戻った方がいいかもな。バニアが息巻いてるぞ。きっと。絡み酒なのは知ってるだろう?」
「……」
それは知らないが、それは面倒だと素直に思った。こんな時に何故飛ばされたのだろうか。思わず顔を引き攣らせてしまう。それを見てアリアナ様は軽く笑って見せた。邪気などなく、まるで子供の様に。
「まぁ、それは俺に免じて勘弁してやってくれ」
「はぁ――仲がいいんですね?」
言われてなぜか少しアリアナ様は困った顔をして首をかしげて見せた。特に変な事をつもりはない。そのままの疑問を投げただけなのだけれど。
「……? 同郷だし――あれは妹のようなものだしな。チビの頃から知ってるんだよ。現に本当の妹とあいつは同じ歳で仲が良かったし」
そう言えば妹がいたと聞いている。国が襲われたときに行方不明になりそのままなのだそうだ。手を尽くし探したけれど見つからず。――死んだと自覚するまでに数年かかったとアリアナ様は言っていた。
笑いながら――。それがとても苦しく思えたのを覚えている。
「――どうしてあんなのになったか。まったく。誰が育てたんだよ」
「お前だよ」
声に驚いたのは私だけでアリアナ様は知っていたかのようにゆっくりと視線を回した。一方で私はバクバクとなる心臓を押さえながら慌てて振り向く。
心臓止がまるかと思った。
「いないと思ったら――こんなところに。今日の主役だろ?」
そこには酒瓶を一本ごと抱えた女――バニアが立っていた。ヒックとしゃくりあげながら大きく音を立てて私の隣へ座り込む。――胡坐で。
私の肩に腕を回してもたれ掛るようにしている。それで酒を仰ぐのだから性質が悪いような気がする。
酒臭い。私が顔を顰め身じろぎしてもさすがと言うべきなのかピクリとも動かなかった。――同じ女性なのだけれど。
「主役ねぇ」
「そう。あの女――お前好きだっただろう? 願いが叶うのに何故そんな顔してんだよ? 大体決まった時はとても嬉しそうじゃなかったか?」
まったく持って何の話だろうか。よく分からない。と言うか考える余力がなかった。
ただ分かるのが言葉を紡ぐたびに私の首を絞めるのをやめてほしい。『私』は死なないかもしれないがアーゼルは死ぬ。目を白黒させてもお構いなしだった。
「そうか? 嬉しそうだったか?」
「違うのかよ?」
詰め寄られて困ったように笑うアリアナ様。
「――まぁ。違わねぇけど。その前にアーゼル死ぬぞ? そのままだと」
言われてバニアは私を覗き込むと一言――生きてるじゃん。それだけで済ますのはどうかと思う。そしてその手を放してほしいと願った。すこし力は弱まった気がするけれどまだ苦しい。見上げた横顔。その目は完全に座っている。
酔っ払いだ――完全な。『で?』と威圧気味に言うバニアに打つ手なしか。と言いたげな表情でため息一つ。
刹那手を伸ばすと、私の身体はするりとアリアナ様に引き寄せられた。どうしたのかどうなったのか分からない。バランスを崩したバニアは頭から地面に突っ伏した。
「……てめぇ、アリアナ。あたしだけをのけ者にする気か? ヒック。あの女と婚約して――その上可愛い後輩まで奪いやがって――それによぅ……」
ブツブツと何か地面と喋っている。時折笑ったと思えば、泣き始めると言う――怖さ。どうしようもないのでとりあえず無視することにした。
――にしても。婚約を進められ、承諾した後なのだなと何となく時間軸を考え、ちらりと野営に目を向けた。
もしかして、宴でもしていたのだろうか。アリアナ様が『主役』と言うのであれば。私自体はそんなものに混じったことは一度だってない。
こんな状況になっても規則正しい生活だけは続けていたしそのように周りが動いてくれていた。特に何も無ければ、の話だけれど。
「あ――おめでとうございます?」
こてん。小首をかしげて見せる。何故かとてもおかしな気がしたのだ。大体――私は『ああ』だし。アリアナ様は嬉しそうではないし。
何度も言うが周りが望んだ婚約だ。断ろうと思えば断れたがこの時点でアリアナ様は名の知れた『勇者』で私は『聖女』だ。婚約すれば周りが明るくなるだろうし――何より私には負い目があったからこの婚約を承諾した。
アリアナ様はどうして承諾したのか私には分からない。でも少しだけ、期待していた私が居たことを今知った。
「ん? ああ。ありがとう」
本当にそう思っているのだろうか。抑揚なく返す言葉に私は眉を寄せた。
「あ、あのぅ……嬉しくは、無いんですか? 好きだったんでしょう? バニアさん曰く」
そう言えば前に会った時もそんな事を云っていた気がする。あくまでもバニア談だけれど。アリアナ様は苦笑を浮かべて見せた。
「光栄だし、嬉しいと言いたいけど、この戦いが終わればしかるべきところで生きる人だし。もはや俺は――人間ですらなくなっているからさ。よく分からない」
軽く何でもないことの様に肩を竦める。私はその言葉に眉を寄せていた。
「……人では――」
「俺の力は破滅の力。魔王と同じ性質のものだ――今はまだ抑えられているけど、いつ抑えられなくなるか分からない――」
言いながらアリアナ様は近くの草に触れるとその草はたちまち『灰』に染まり、パラパラと消え去る。
それは紛れもなく『魔』の力だった。
その光景に私は息を飲んでいた。初めて聞く選定で得た力の話――。アリアナ様はいつも通りで想像も出来なかったそれだけれどそれはとても深刻だ。ヘタをすれば『人』の側に立てなくなる。そしてアリアナ様曰く抑えられ無くなれば新たな『魔王』となる可能性だってあった。
そんな事は起こりえないと『私』だから断言できるけれど。
アリアナ様は自分の手をまじまじと眺め、ククッと喉を鳴らす。自嘲気味に。
「それに――魔王が死ぬまで、いや『倒す』まで生き続けるんだそうだ。俺は」




