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懇願

 反撃返しとでもいうのだろうか。違うかもしれない。けれどそこからが怒涛だった。引き上げられた後私も、バニアも先頭に参加したがほとんど役には立っていなかった。その為に『(オルガ)』を守る事に全力を注いていたのだが。ちなみに『(オルガ)』は傷と消耗で意識を保つのが精いっぱいの状態だった。このままいけば確実に死ぬかもしれない。そんな事を漠然と思いながら私はアリアナと護衛達による戦闘を見守っていた。


 どうせ勝つ。知ってはいてもアリアナ様から目が離せない。


 彼は大きな剣を振り上げると一閃していた。


「終わりだ――」


 咆哮が響いて怪物の首はごとりと地面に落ちた。その鏡のような目にはもう何も映らない。黒々とした血が地面に広がっていくのが分かった。


 アリアナ様は小さく息を整えると『それ』などどうでもいいようにしてオルガに目を向け、詰め寄る。


 怒られるんだろう――な。私は記憶の中、苦い部分を思い出して顔を引き攣らせた。


「何してるんですか? 一人で!」


「失礼だろ! アリアナ。姫様の前だろうが!」


「お前にはいっていない。ケスナ引っ込んでいろ」


 一瞥にケスナはぐっと喉を鳴らして見せた。何かを言いたげでもあったがそれ以上は何も言う事が出来ない。そんな感じに見える。他の護衛はケスナの補佐に立つようには見えずただ淡々とオルガの治療に専念している。


 姫様が怒られて当然でしょうね。


 そんな声を聴いたのはずいぶん経ってからの事だった。昔からの付き合いなのに助けてくれてもと言ったが『なんでです?』と真顔で返されてしまった。


 ついでに説教は恐ろしいことにここを出てから一日は続く。


「珍しく本気で怒ってんなぁ」


 くくっと楽しそうに喉を鳴らしてバニアは近くの岩に腰をかけた。裂傷、打撲で血が流れていたり、痣になっている部分もあるが基本的には軽傷のようだった。


「そうなんですか?」


 ――酷く疲れたのは私も一緒で、バニアの近くに足を投げ出して座る。ごつごつしていたが地面が冷たくて心地いい。


 ともかく過去の古傷を見ないようにして私はぼんやりと宙に視線を投げていた。


「ん。面倒らしいぜ怒るのが。疲れるし」


 そう言えば怒られることもこれ以降はあまりなかったような気もする。良くは覚えていないが。


「はぁ」


「それにムカつくやつは鍛錬名義でぶったたくって言ってたし。あたしだって容赦なくぶっ叩かれたわけだよね――まぁ、たまに再起不能になるやつもいるらしいけどさ」


 カラカラと笑うバニア。それは笑いごとなのだろうか。と考えながら少しひきつらせた笑いを浮かべておいた。


「でも。ダメでしたね。私達――アリアナ様に一泡吹かせられませんでしたね」


 正確にはバニアの目的だが私は肩をすくめておどけて見せた。


 バニアははっと声を上げて笑いを漏らす。そこには悔しそうな表情など微塵も無かった。寧ろ清々しい。


「まぁ、しやあねぇよ。実力が違うもんな。あたしの隠しまで出したし――すごくない? あの起爆。このナイフに――」


 言いながらバニアは嬉々と、回収した自身のナイフを取り出した。その表情は本当に嬉しそうでおもちゃを貰った子供の様にも見える。


 どう考えてもこの後にあるのは機能説明と自慢。それ悟った私は思いついたような演技をして視線をバニアから外した。


 平素なら黙ってニコニコしながら聞けるのだけれど、大体そんな場合では無かった。


「――そろそろですか、ね」


「なんだょう?」


 当然不満そうなバニアを無視してゆっくりと立ち上がる。ミシミシと身体が軋む。酷く身体が気だるい。


 だけれど。私は視線をごろりと転がっている首に移した。その向こうでは仁王立ちで説教されているオルガの姿。もはやそこには一軍を率いていると言う『聖女』の姿はどこにもなく年頃の子供のようだった。


 ――見ているだけで泣きそうだ。頑張れ。『私』と心の中で励ましてから首に目を戻し、小さく息を吐き出した。


 ここからだ。


 ぐっと口を一文字に結んだ。


「さぁ。選定者。――起きるていますね。死んだふりは楽しくはない」


 ピクリとも動かなかった。鏡のような目は光無く虚空を捉えている。それは当然のように思えたが当然ではないことを私は知っている。


 そもそも『これ』は倒されてなどいない。そんな振りをしているだけなのだ。何故と言われれば分からない。ただ『場』を見ている。そんなだけの気もする。


「――アーゼル? ちょ?」


「起きなさい」


 バニアの困惑した声を無視し、私は低く言う。その声に決意をしっかりとした意志を載せて。その首を見据える。


「選定者よ――私を選びなさい」


 ごとり。小さく音がして首が揺れた気がした。


 刹那――。


『小娘よ。それが叶うと思うのか?』


 泡と血で汚れた口は動かない。だけれど声が私の耳に届くのは魔術が何かなのだろう。どうやら他の人には届いていないらしく、未だ周りでは誰もが一息ついていた。


「叶えなさい」


『……時空を渡る者。この世の者ではないお前にそんな権利があると? ――愛しい男を助けたいと言う浅はかな願いで世界を滅ぼすか? 落ちたものよ』


 言われて私は軽く眉を跳ねた。知っている。そして私が歩いてきたであろう世界の歴史も。それは少しだけ驚くべきことだったから。


 歴史は変わらないし、変えさせない。


 私たちは勝たなければならない。絶対に。どんな改変が起ころうとも。アリアナ様が『勇者』にならずとも。


我知らず拳を握りこんでいた。


「きっと『そう』はなりません。そうさせないために、私は『私』が選ばれる事を望んでいます」


 この私でなくてもいい。――『(オルガ)』であれば。それでいい。


『愚かな自信だな――だが。無意味だ。去れ。この世界に意味をなさない者よ。選択権はない――せいぜいできることは指をくわえて見ていることだ』


 ぐらりと私の視界が揺れる。一瞬私は何が起こったのか分からなかった。視界の隅で駆け寄って来るバニア。彼女が何か云っている。だけれどどうしてかうまく聞き取れない。


 霞み始めた視界。


 意識がふっと遠のきそうなのを感じてぐっと歯を食いしばり喉元から声を絞り出す。


「選定者よ――聖女を」


『疾く去れ。愚かな女よ』


 刹那。体からするりと何かが抜けていく感覚がした。さらに保つことが難しくなる意識。視界は隅から闇に浸食されていくのが分かる。


 私は『アーゼル』から切り離されるのだろう。確信はないがそう感じた。『大丈夫か?』そう言っているようなノイズが耳に届くけれどそれはしっかりとした形を持っていない。


 大丈夫。心配しないで。そう言いたかったけれど無理なようだ。首をかしげることももうできない。


 悔しい。素直にそう思った。ここまでせっかく来たのに。変えるチャンスがあったのに。私は何も変えられない。


 酷い無力感と悔しさで涙だけはぽろぽろ落ちるのが自分でもわかった。アーゼルはどうだか分からないが、私自身は泣いたことなど滅多にないと言うのに。


「お願い――」


 混濁する意識の中、私は何度も何度も声にならない声で呟いていたのを覚えている。


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