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対峙

 どう見ても人工的に作られた空間の中、いたるところに蝋燭が灯されていた。チリチリと揺れる灯。故に辺りは明るく、温かな雰囲気を作り出していた。本来この場所は冷たく、無機質だと言うのに。


 元々は太古の人々が行っていた祈りの場所だったのかもしれない。奥中央には祭壇。その上には王座に模したような石椅子が置かれていた。


 普段なら絶対に誰も座ることのないひっそりとそこに佇むであろう椅子。


 その椅子に腰を掛けているのは――。


「――あれは」


 ゴクリとバニアが唾をのむ。


 獣なのか、人なのか。生きているのか、死んでいるのか。人型の何か。その体躯は成人男性より数段大きく、その右背のみに羽根が生えていた。顔立ちは獣に近く、鼻から口にかけて前にせり出していた。鬣は白く、背まで覆われている。


 裁定者――と呼ばれる者と私は知っている。それが何者であるという事までは私には分からない。想像だけで言うなら『神』の使いだろう――と考えた。


 『それ』が手にしているのは大きな槍だった。銀色に輝くその切っ先は目の前で脅えることもせずただ凛とした表情で見据える少女に向けられている。


 (オルガ)だ。


 私は思わず息を飲んでいた。こうして見るのは不思議なもので、私ではあるのだけれど『別人』の様に見えてしまう。


 幼さを色濃く残した少女は私達に気付くとゆるりと視線だけを向けた。


 それしか、出来なかったことを私は知っている。表情には微塵にも出ないが、精一杯だったのだ。全身全霊――持っている力すべてで目の前の『あれ』を止めることに。


 止めなけければ『死』が待っているのは分かっていたから。それは恐怖さえ利用がするほどだった。


 ただ、終わりが見えない中、魔力が尽きても死ぬ状況に答えは見いだせないでいたが。


「何故来たのです?」


 声が響く。が、その問いを無視するようにしてバニアは『問』で返していた。


「てめぇ、なんだよ? それ」


 私――オルガは少しだけ眉を寄せ喉から絞り出すようにして言葉を紡ぐ。平静を装っているように見えたが掠れる声は状況を隠しきれてはいなかった。


「――気にする事ではありません。去りなさい――今の私では守り切れない」


 よく見れば腕と脇腹に傷を負っていて、その身体を血に濡らしているのが分かる。そんな傷の事は全く覚えていないが、後々まで残った傷はこれなのだろう。


 バニアは状況を悟ったように舌打ち一つ。顔を大きく歪ませた後で、すらりと剣を抜いて見せた。


「おい。アーゼル。ちと、あたしたちにはあれは荷が重そうだ――悔しいけど。あいつを呼んで来い。私は何とかしてあれを助ける――多分もう『もたない』」


 それは彼女が持つ長い戦歴が生み出した感のようなものなのだろうか。バニアは苦々しく言い放った。


「――いえ、アリアナ様は黙っていても来ます。絶対――なら、私たちにできることは。全力であのひとを守ることでしょう」


 こんな問答をしている場合ではない――言いたげに苛立たしそうな表情を浮かべて見せ、私を彼女は一瞥した。


「それは、どう信じろってんだ?」


 どうと言われても。あれは『私』でしたと言える筈もなく言葉に一瞬だけ詰まったが、悩んでいる暇はない。


 私はニッと自身ありそうな笑顔を浮かべて見せた。


「絶対ですよ。それにアリアナ様があの人を見つけないわけがない」


 そうだ。いつだってどこにいたってアリアナ様は駆けつけてくれた。――呼ばなくても。必要なくても……。無類の心配性と言うべきなのだろうか。それは幼子を持つ親のごとくだった。


 それはそれで面倒で迷惑だったけれど。そう言えば周りからは『残念』がられていただろうか。


「――なるほどな」


 言うとバニアはくっと面白そうに喉を鳴らして見せた。


「あいつほどの『信者』はいねえしな――。分かった。この獲物はお前が使うといい。あたしは――」


 言うと私へ乱雑に剣を投げ、自身は太ももにベルトで固定してあった短剣を幾つか取り出した。殺傷能力はどう見ても低いが急所を狙って投げつけるタイプの物だ。


「少しは使えるよな? 新人」


「はい。おそらく」


 ぐっと私は剣の柄を握る。


 『剣』の扱いは慣れてはいない。しかしできるはずだ。一通りの剣術は叩き込まれている。幸いこの身体は剣をそこまで重いとは感じていないようだ。


 視線を裁定者――怪物に向けきゅっと唇を一文字に結んで見せた。


 絶対に――私は心の中で呟く。


 絶対にアリアナ様を選ばせたりはしない。その為にここに来たのだから。


「あたしの指示通りに動きな。死にたくなければな。足手まといにはなんなよ――おい。聖女様! 退きな。あたしたちが守ってやるよ!」


 バニアはもはや『オルガ』の返事も私の返事も聞く気は無いようだった。反響する自身の声。それを聞きながら地面を踏みぬいて駆け出していた。爛々と輝く眼はどこかこれから始まる戦闘に期待しているかのように見え、恐怖や戸惑いは一切もう感じられない。


 代わりに戸惑ったのはオルガの方だった。止めようにも留められない。見開いた眼からは『なぜ』という疑問が浮かんでいた。


「まちな――」


「るせぇ! 大将は黙って見てろ!」


 オルガの短剣が目の前を飛ぶ。と同時にオルガの小さな肩は押し付けられるように後ろに飛ばされていた。バランスを崩して地面に尻餅をつくオルガ。痛そうな顔はしたのは一瞬で、彼女は慌てた様に怪物を見上げ、険しい顔をして見せた。


 おそらく。おそらくだが魔術が途切れたため掛け直そうとしたのだろう。


 しかし。それを遮るように、バニアの背中が立ちふさがる。


 『私』の魔術は対象を見なければ発揮できない。――ただ、力を使えるかどうかは怪しいものだった。


『馬鹿が――』


 喋った。とは誰も言わなかった。そんな場合ではないからだろう。私は柄をぐっと握りしめると相手に気付かれないようにして背中に回り込んでいた。


 同時に責める。その作戦だ。別に示し合わせた分けではないけれど。でも。向けられている殺気でばれているのだろうと感じていた。


 このまま切りかかれば死ぬ。そう思った。


「うっせぇな――でかい図体で喋んじゃねぇよ。口が臭いだろうがよ」


『無駄だ。小娘ども――後ろに居るのは分かっている。小物の分際で我に勝てるとでも思うのか?』


「どきなさい。見えないわ」


 かみ合わない三者三様の言葉。バニアは楽しそうに笑顔を浮かべ、(オルガ)は珍しく険しい顔をしていた。滅多に表情など顔に現れない――いや押さえていたのだけれど。自分でもそれはとても珍しかった。


『死にたいか?』


「いいや――死ぬのはお前だろ」


『よろしい。ならば』


 死ね。


 その後に続く発せられた咆哮は絶望の様に響く。立ち上がった体躯はさらに大きく、洞窟を埋め尽くすように感じられた。


 ピリピリと刺さる殺気。それに臆することなくバニアはオルガの腕を引っ張ると駆け出す。そうしながら取り出した短剣を投げつけていた。


 ――もちろん梅雨払いの様に弾かれて地面に落ちる。いや――なぜかし地面に突き刺さった。彼女はそれを確認すると私に目を向ける。


 同時――弾ける様にして私は走っていた。柄を握りしめ、地面を蹴り大きく飛躍する。


 これから何があるのか知っているかのように。『私』は知らない。けれど『(アーゼル)』は分かっているのだろう。


 張りつめた空気。それを切り裂く様に私の剣は怪物を捉える。


「死ぬのはてめーだって言ってんだろ!」


「はぁああああああ!」


 私は声を上げていた。すべての力を剣に乗せる様に。目指すは――視線の先。


 しかし、視線の先には怪物の大きな手がある。今度は私ごと梅雨払いするように――虫でも叩くかのごとく私に向かってきていた。


『愚かなり』


 知っている。くっと私は喉を鳴らして見せる。


 知っているのだ。予想通りとでもいえばいいのだろう。私の身体が当たる寸で、ガクリと起動を変えていた。


 腕に絡みつかせておいた糸のおかげだ。勿論こんな応用力『私』には無い。ともかく私の身体は起動を変えて怪物の足元に。


 そこから大地を踏みしめ、ぐっと中腰になる。


 何をしようとしているのか。怪物は気付いたようだったが、大振りで振った腕はまだ空を切ったままだ。


「愚かなのはてめーだ」


「はぁあああ!!」


 ぐっと私は力いっぱい剣を振りぬくと同時に、辺りで爆発が数度起こっていた。何事かと金が得る余裕などなく、私は両刃の剣に力すべてを乗せて肉と骨を抉っていく。


 だけれど、大した力も持っていないだろう私ができるのはどうやらここまでのようだった。厚みの半分も行かない切っ先に私は顔を顰めるしかなかった。


「ち――」


 風圧を感じて私は地面を蹴るが遅い。目の前には掌が素早く迫って来るのが見えた。潰されるか――弾かれるか。


 私は目を見開いたまま動くことが出来なかった。それはまるで金縛りにあったかのように。


 ごくり。唾を飲み込む音が耳に張り付く様な気がした。


 ――刹那。


 足元がぐらりと崩れ落ちる。そのおかげだろう。体制を崩してしまった私と怪物の手がぶつかることは無かったが足元を失くしたおかげで身体が落ちていく感覚に襲われる。


 さっきの爆発はこの事だったのだろう魔術の一種なのかもしれない。


 崩れゆく地面。埃立つ世界。その中に怪物はいない。落ちたと言うわけではないのだろう。その辺は少し残念だった。やはり小手先は通用しないらしい。


 それにしても。困った。


 いつまで落ちるのだろうか。どこまで続くのだろうか。それにこのままでは確実に叩きつけられて死ぬ。と呑気に考えていると、私の腕を誰かが掴んだ。


 鈍い痛みが腕にはしり、身体はがくんと落下を止める。


「ずいぶんと平気そうじゃないか? 俺が来なくても、どうにかなりそうだな」


「――アリアナ……様?」


 見上げると、にっこりと微笑んでいる青年が私の眼いっぱいに映り込んでいた。それは頼もしく、泣きたくなるほど懐かしい笑みだった。

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