出会い
――かつて世界には大きな戦いがあって私は『聖女』と呼ばれていた。言葉にするとなんだか軽いが、実際はそうなのだから仕方ない。
人類が生き残るか滅びるか。まるで神々の駒の様に戦った私たちは『七英雄』と呼ばれ、世界に名をと轟かせたが実際に戦ったのは私達ではなく名も無い人々だったように思う。
私はただ手伝いをしただけだ。
そんな戦いから幾度の月日が経ったのだろう。幾千の夜を超え、幾万の朝を迎え。
見る限りは平和なように思う。私はこれからも――この先もここでその平和を見守るのだろう。この指、この身体が完全なる風化を迎えるまで。
この石像と化した身体。恐らくもう二度と動くことは無いだろう。
これは呪いなのだから。私達と『対』を成した神々の駒。孤独の王が望んだ最後の――力。それは私と共に眠ることだった。
楽しくないことに今はもう彼の王がここのいる片鱗すら感じられない。あるのは私の漂う意識だけだった。
私は視線をずらして辺りを眺める。
手入れの行き届いていない深い森。伸びきった枝葉は天を覆い光は僅かしか入ってこない。聞こえるのは風の音。木々がこすれ合う音。鳥の鳴き声。そして時折聞こえてくる獣の咆哮だった。
その中で私は祈るような形でそこに『存在』している。肩には苔が染みついて、顔の凹凸はそろそろ消えてきているだろうか。見る人が見ればもはや大きな石でしか認識できないかもしれない。ただ、風化して消えうせるまでには相当の時間が必要かと思われた。
陽がな一日。何をするわけでもない。ただそこに居るのだけれど、時折、野生動物から世界の近状を聞くことが出来た。――どうやら長年の間に私はそう言うスキルを手に入れたらしい。
私の国はとっくに滅びて――。
「大丈夫だって。僕を誰だと心得ているんだ? かの――」
考えを遮るように様に響いてきたのは人の声だった。草木を踏み分ける音。低い木々を薙ぎ払う音からいって大体三人くらいだろうか。
迷っている様子はなく、明らかに『こちら』に来ていることが伺えた。
人がここに来るのはどれくらい前だろうか。最後の記憶は――あまりにも古すぎてどれが最後かよく覚えていない。
鮮明に残っているのは私の『婚約者』だった人。エッジ=アリアナ様――七英雄の一人で勇者と呼ばれる人が来た時だっただろうか。その隣には小さな男の子が居た様に思える。アリアナ様の子供なのだな。と何となく思ったものだった。
時間は過ぎる。私だけを残して。
にしても。こんなところまで来るとは変わった人々だと思う。今まで誰も振り返ることなどしなかったただの石像に会いにくるとは何かの研究だろうか。
「うるさいってば。僕は一人でも大丈夫だって」
来るであろう方向をしげしげと見つめてみれば四人の人影が見えた。
中心はいかにも『僕』という一人称が似合いそうだ。育ちがよさそうに見える華奢な少年。弱々しく目が悪いのか眼鏡をかけていた。
大体十代中頃だろうか。まだその顔は幼く見える。
「バカ言わないでください。あなたに何かあれば俺たちの首が飛びます」
続いて、少年の前を鉈を振り回して歩く男の姿。彼が道を作っているのだろう。服は汚れ所々破れかけている。
大柄――戦士のようだ。その手に大剣は持ってい無いものの戦いになれている様に見受けられた。年頃は二十代後半くらいだろう。
男はどこかふて腐れ気味に言い切るとはあっとため息をついて見せた。何となく――こんな子供の御守なんて嫌だ――と言っている様にも聞こえる。
おそらく侍従関係なのだろう。私も部下からこんなふうに思われていたのかも知れないとおもわず苦笑を浮かべていた。
「ないないない、だって大魔導士様だぜ? 俺らよりツエーんだし。ないないない。一人でもいいんじゃね?」
二人の後ろから歩いて来るのは小柄な青年。やる気なく大あくびをしている。それを大柄な男が一瞥した。
「……大魔導士様は我々の宝だ」
ぴしゃりと言い切るとめんどくさそうに『はいはい』と流している。
にしても『大魔導士』とは――。まだ子供の様に見えるけれど、他には居なかったのだろうか。それは国の行く末を占う者。『魔術』を持て国を護り、繁栄を促す。その為にその称号を得るのは『仁徳』が必要だった。少なくとも私の時代は。
子供が成るような職業ではないし、仁徳もなさそうに見えた。
少年は頭を乱雑に掻くと辺りを見回した。
「めんどくさいよ。ルーラン。そんな事思っても無いだろうにさ。――まぁ、いいや。えっと。この辺なんだけど」
疲れるから嫌なんだけど。独り言ちて持っていた杖を取り出した。魔術を使う者が簡易的に持つ触媒。それを軽く掲げる。
”光よ。我が血の盟約により、道を指し示せ”
パンっと軽い音がして掌位の光が現れる。それは辺りを鮮やかに照らし出していた。光あふれる世界はまるで見たことの無い異世界のようだ。
「ん。アッチ」
見惚れていたのだけれど、ふと少年の視線と目が合った。そんなはずはないのだが、明らかに彼は私をしっかり認識しているようだ。
それは光が終息してもまだ、だった。
少年は軽い足取りで一歩を踏み出すが、男に遮られてふて腐れる。道を作る役目なのだろう。男はそれを無視するようにして淡々と草木をかき分けていく。時折めんどくさそうなのを隠しもせずに少年の指示を聞きながら。
「ここですか?」
気づけば私の目の前に来ていた。
分厚い眼鏡の向こう。灰色の目はしっかりと私を捉えているようである。それはどこか興味深げにみえた。
「ただの石っすね? 河原に転がっているようなやつ。これが伝説の石像? 聖女だっけ?」
小柄な青年は私の頭を軽くこつく。その度にパラパラと埃が落ちた。痛いとは思わないが扱いは丁寧にと思う。少し形が違えばここに羽根休みに来る小鳥が警戒して近づかなくなる。
「聖女だよ。間違いない」
ね。問いかける目はしっかりと私を見つめていた。『見えている』やはりそう思ってしまう。そんな事は無いだろうと分かっていても。
かつて、少年とは違う『大魔導士』は言う。意志はあるだろう。けれどそれは誰も捉えることは出来ないと。意志疎通を図ることなど夢物語だ。
それは覚悟をしていたことなので特に何も思わなかったが、アリアナ様は力なく肩を落としていたように思う。
「んー。そうっすかね? ルーランはどう思う?」
「知るか――大魔導士様が仰るなら、そうなんだろうよ。なんにせよ、これ以上道を作らなくて済むって話」
ルーランはふてぶてしく言うと近くの木にもたれ掛った。後は勝手にしてくれと言わんばかりにひらひらと手を振っている。
「ま、変――いや、大魔導士様が言うんだからそうっすよねぇ? ま、俺もその辺で一休みしますんで用事があればま、呼んで欲しいっす」
変人と言おうとしただろう。こら。と言う声を無視し、逃げる様に背中を向ける。ため息一つ。少年は私に視線を戻していた。
「さぁてと。初めまして、だ。僕は『ラステート』この世界最後の魔導士」
最後の――。
どういうことだろう。考えていれば、彼は続きの言葉をゆっくりと紡ぐ。私の疑問に応えるかのように。
「簡単に言うと世界から魔力は消えかけてる。ま、これが当然でしかるべき世界なんだけどさ。今では魔力を司る『魔王』がいないからね――それでも持った方だよね。一千年近く。で、それが消える前にここに来た」
ストン。小さな体を崩すと目の前で胡坐をかいた。持っていた杖の柄で何か地面に描き始める。それが魔術式であることは私にも容易に理解できた。
そう言えば。私と共に眠った彼の王は魔王と呼ばれていた。読んで字のごとく『魔』を司る者。かの者が死んでしまえば『魔力』が消えると言われていたが、誰も本気にはしなかった。それは『あって当然』無くなることなんて考えもしなかったから。そして魔王は倒して当然の世界だった。倒さなければこちらが死ぬのだから。
本当、だったんだ。なるほど。と、どこか他人事の様に納得する。いや、他人事なのだけれど。
「本当はもっと早く来れればよかったんだけど、ちょっとこの術式の確立が出来なくて、さ。しかも魔力が足らないから――」
何をするつもりだろうか。
まじまじと魔術式を見つめる私に少年は軽く笑った。私の疑問が楽しいそう言わんばかりに。何度も言うが、聞こえてはいない筈だった。
「君の呪いを解く」
――え?
言い切るとゆっくりと立ち上がり、魔術式に杖を落とした。音もたてずにそれは地面に落ちるとまるで滴の様に霧散し、地面――いや、魔術式に吸い込まれていく。
私は彼は頭がおかしいのだと思った。ここに来ることもそうだし、話しかけているのもおかしい。そして言っていることも変だ。
何故なら私の呪いは解けることは無い。それは彼の王の願い。そして私が選んだことなのだから。
私は困惑気味に少年を見つめる。
眼鏡の奥。灰色の双眸はどこまでも真摯でまともに見えた。
小さな魔術式がいつの間にか私を覆う程の魔術式に拡大していた。
「解く方法は一つ。『聖女』でも何でもなく自らの願いを、想いを知ること――これは辛いことかもしれない。苦しいことかもしれない。結末は同じだから」
淡い光が森一体を照らし、ルーランは大きな双眸でこちらを見ている。何が起こったのかともう一人の青年は木の合間から顔を出して息を飲んでいるようだった。
「はぁ。ホントに、大魔導士なんすね……」
言えば少年は口角を軽く上げる。
「僕の最後その目にしっかりと焼き付けておけよ?」
言うとすうっと大きく息を吐いた。
――我が元に眠る忌まわしき記憶。再びの門を開き、我が力を受け入れよ――
まるで光が落ちた様に辺りが白く包まれる。私でも何かを見ることは不可能だった。そんな中。私は『最後』と言う言葉が気になって仕方なかったが、もうそれを聞くことは叶わないままに、意識は闇にのまれていた。




