目覚め
目を開くと高い空が見えた。ゆったりと雲は泳ぎ、頬に冷たい風が当たる。辺りに目をやれば見たことのない平原が広がっていた。
私はまた、どこかに飛ばされたのだろうか。
それとも夢を見ているのだろうか。
ともかく『また』と言う呆れ気味な気分でため息をついていた。手は――動く。体も。確認するように小さく伸びをする。
もう、疲れたのに。私はただ――眠りたいのに。
「――起きたみたいだね? どうだった?」
ふと、声が聞こえて振り返ってみれば、私は『それ』を小さく睨みつけた。
件の大魔導士。どう足掻いてみても層は見えない少年がニコニコど笑っている。名前は何だったろうか。なんだかすごく前の事のようで忘れてしまった。
少年はゆっくりと私の横に腰を下ろす。
「何故こんな事を? 今度は夢ですか?」
言うと肩を竦めて見せる。
「怒らなくてもいい――と思うけど。せっかくの術を解いたのに。僕、頑張ったんだけどね」
「術を――?」
と言う事は。どういう事だろうか。今、この瞬間。もしかしてとふと考えて私は掌を見つめていた。ただ、この掌が本当に自分のものかさえ分からなかった。
「まね。それが俺たち一族の願いなんでね」
「一族?」
私は怪訝に眉を跳ねた。
「僕の名は『ラステート=スコート=アリアナ』だ。知っての通り勇者の子孫にあたるんだ。正確に言えば僕だけは孫の扱いになるけど?」
「……孫……」
今まで以上の非現実感に私は米神を押さえていた。確かに魔導士は長生きすると聞いたことはある。だけど一体何年生きているのだろうか。それはもはや人間と言えるのだろうか。そう考えれば担がれている気がしてならない。
しかし。と私は考える。
「では。あの後アリアナ様は誰かと結婚を?」
ああ――でも子供が居たことは覚えているからそうかもしれない。実感は無かったけれど。
「――えっと。まぁ、ね」
なぜか苦虫を潰したように笑う。私が怒るとでも思ったのだろうか。そんなわけないのに。寧ろ嬉しいと思った。幸せに生きてくれたのだと。心が温かくなる気がした。
私は息を付く。
「よかった。でも、不思議ですね。アリアナ様は『魔王』の力と強く繋がって居たみたいなのに――」
それが契約だったのに。私は視線を落とす。
その横で魔導士はうーんと声を出して空を仰いだ。
「その辺はこの僕でも難しい――多分正確に言えば魔王は倒れてないからだよ。眠っただけ。ゆっくりと死を迎える為に。おかけで魔術はゆっくりと衰退したし、残った魔族も静かに消えていった――僕も使える物はもう僅かでしかない――魔術も魔族も『魔王』に端をは発するものだから」
「知らなかった」
「うん。知られてないからさ。と言うか僕が見つけたし」
すごい。と何となく言いたくなかった。若く見えるがかなり歳を取っているはずの少年は自慢げで『褒め称えよ』と顔に書いてあるように見えた。
はぁ。と私は小さく答える。
「そんな事より。術を解かれたのは……」
正直に云ってしまえば有難迷惑と言うかなんというか。過去に戻ったこともあまりいいことでは無かったし。私にこの世界でどう生きろと言うのだろうか。
あのまま消える予定だったのだけれど。
言葉にはぁっと小さく魔導士は息を付いて見せた。
「嬉しくはない。と。まぁ――遅すぎとは思ったけど。それでも祖父の願いは叶えたかったんで――何故祖父が結婚をしたと?」
「え?」
普通に考えれば結婚に足る人物が現れたと思う。けれど魔導士の口ぶりから何か違う気がした。後は『勇者』の血を残すように求められたとか。だろうか。後は思いつかないけれど。
そう言えばお嫁さんは誰なんだろう。
悩み過ぎで唸り始める私を呆れた様に魔導士は見る。
「簡単。僕は術を解くのは一族の願いと言った。それは祖父の願い。と言う事は聖女様を助けるためにこの血は続いている」
「……」
――助けてほしいなんて言っていない。とは言えなかった。殆ど呪いのような願い。もしかしたらそれは私がアリアナ様に『生きて欲しい』と願った罰なのかもしれないと思った。
君が生きる番だ。そう言われている気さえする。すこし泣きそうだった。
「そう言えば祖母が言ってた。起きたら――殴らせろって。だから殴るのも願いなんだけど。殴られる?」
「えっと」
それはちょっと。と思う。顔に出ていたのだろう。それを見て魔導士はカラカラ笑って見せた。
「愛されなくていいから――そう言って祖母は祖父に嫁入りしたそうだよ。でもまぁ、幸せだったらしいけど」
「アリアナ様はそんな器用な事は出来ませんから。おばあさまを愛していたんだと思います」
多分そのお嫁さんはそれ以上に――。アリアナ様を『あの時』から救ってくれたことを嬉しく思った。
その様子を見ながら、魔導士は何かを言いたげではあったが口を噤み思案した後で言葉を発した。
「それならそれでいけど――嫉妬はしないの? 術が解けると言うことは自身の心と願い知ること。それを知らなければ永久に術は解けなかった――知ってるんだろ?」
私は軽く笑う。嫉妬。そんなものがあったのかどうかよく分からない。けれど何もかももう遅すぎるのだ。
アリアナ様は――いない。その事実がとても悲しかったけれど、それを覆い隠すように笑顔を浮かべた。
「――意味がありませんし……アリアナ様が幸せであったならそれで嬉しいのです」
言って魔導士は息を付く。
「さっきからきれいごとばかりだし。さすが聖女様と言うべきなのかな」
「そうでもないです。……私は人を私欲の為に殺そうとしたんですから。それに沢山の人を見殺しにしたと言う懺悔もあります」
ふぅん。つまらなそうに言った後で魔導士は立つと小さく伸びをした。眼鏡がずり落ちたらしく悔いっと上げている。
「これからどうする?」
「――放りだすつもりですか?」
右も左も。地図さえ言語すら変わっているかもしれないこの世界に。一人で。一体どうすればいいのだろうか。
養うべきとは思わないけれど手を貸してくれてもいいのでは無いだろうか。うーんと呟いて魔導士は空を仰ぐ。
「僕はもう魔術が使えないんだよな。この身体もじきに老いるし。元々一族は信じないし、年寄りのうわ言と思っているし」
「はぁ、それは自分には非が無い。だから関係ないとでも仰りたいのですか?」
さすがに湾曲しすぎだろうなと自分でも思うが、話がよく分からないうえ、言い訳じみているので脅すように言ってみた。
ははは。と軽く困ったように笑う。
「ま。うん――駄目だろね。……聖女様はこれからどうする? どうしたい? 僕が指し示す道では無くて」
「……どうって」
私は考える。もし――戦いが無ければ何をしたかったんだろう。戸は言っても一国の王女であったし……それすら無くなれば私は何をしたかったのだろうか。
ふと、アリアナ様の夢が浮かんだ――言っていたこと。それをあの人は果たせたのだろうか。そう、だったらいいのに。
「ああ。そう、ね。麦を作りたい――春には収穫を……」
少しだけ驚いた顔をした後で柔らかく笑う。それは子供には似つかわしくない大人っぽい笑みのような気がした。
そう言えばこの魔導士――アリアナ様に似ていない。小柄で白い肌。灰色の双眸――。顔立ちは整っていはいるけれどどこか違う様に思えた。
「そうなんだ」
「……本当に孫なの?」
ああ。やっぱり。と言いたげな表情で苦笑する。『嘘』なのだろうかという表情で見れは魔導士は小さく言葉を紡いだ。
「――子供は出来なかった。父は養子。当時孤児だけは沢山いたからさ。なので直接的に『血』は入ってない――まぁ今じゃ知られてないけど。当時はちょっと苦労もあったらしいよ――父が。ちなみに僕はちやほやされて育ったたから」
『ちなみに』からの下りはいらない気がする。そして『ちやほや』とか自分で言うものだろうか。それにしても子供が出来なかったのだ――それは少しだけ淋しかったし件の夫婦を思えば苦しかったのかもしれない。
私が勘繰ることではないだろう事を思い出して途端に申し訳なく感じた。
「そう、ですか。すいません。疑って」
謝ってもらっても困るのだろう。苦笑を浮かべて見せる魔導士は小さく息を付いて見せた。
「まぁ知っている人から見たに当然だよ。全くと言っていいほど容姿が違うし――ま。それじゃ行きますか」
すっと手を伸ばされた。それを私は不思議そうに見る。
どこに行くと言うのだろうか。
「どこに?」
「秘密――けど、損は無いと思うよ」
まぁ、行くところもないし。することもないし。そう考えながら私はため息一つ。魔導士の手を握っていた。




