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 ――大丈夫だからな。何があろうとあたしが故郷に返してやる。絶対に。


 声を聴いたのはどれほど前だったが覚えていない。覚えているのは連れられた先で『敵』に敗北した。敵――魔族であり魔王に尤も近いとされる者。そんな輩に私たちが叶うはずもない。助けを呼びに行くことも出来ずにあっさりと、だ。


 敗北とはすなわち死を意味するのだが――私はゆっくりと掌を眺めていた。


「生きている……」


 隊は大丈夫だろうかと考えて『問題ない』という結論に至った。この時期の記憶は戦いの連続でどれがどれなのかは分からないし詳細に記憶していない。ただ『それ』と会ったと言う事は記憶していないし、隊が大きく崩れたと言う事も無い。


 事は歴史通りに進んでいる――はずだ。


 私はゆっくりと身体を起こしていた。鈍い身体。内側から叩く様な頭痛。それを吐き出すようにして息を付き、辺りを見回す。


 ここはどこだろうか。


 私は石で出来た寝台に寝かされていた。体が痛いのはこの為だろう。地面で眠ることはあるがそれとは違った痛さだった。


 よく見れば寝台は壁と繋がっている。部屋自体はまるで岩をくりぬいたような構造だった。窓はなく――そう。まるで牢獄のようだ。寝台とトイレらしい穴がくりぬいてある以外何もない部屋だ。壁は薄いのか外の風の音がごうごうと聞こえた。


 外は嵐なのだろうか。


「バニアさんは?」


 私はふと呟いて辺りを見回す。当然彼女の姿はどこにも無かった。私は視線を足元に落す。


 記憶では――倒れていた。血を流しながらなすすべもなく。誰も来ない。それを分かっているけれど諦めないで敵を見据えていた強い光。


 守る。絶対と最後まで言い続けた――。バニアが意識を失くす前に私がそれを先に失くしてしまったのが悔しくてならない。


 ――私が、生きているのだから、生きている……かもしれない。


 決して楽観はできない。覚悟はしなければならないかもしれないけれど。考えてきゅうと唇を結んだ。


 私の傷は深くないようだった。あれからどれほど経っているのか分からない。けれど、そのような痛みは感じられない。新しい傷もざっと見た感じ無いようだ。誰が着替えさせたのかは分からないが、服はよく昔侍女が着ていたような黒いワンピースを身に着けていた。


 些か戦うには心許無い。そして『獲物』はどこにも落ちていないようだ。あえて言うなら蝋燭だけれどさすがにどう使っていいのか分からない。


「ともかく」


 独り言ちて、分厚そうな気の扉に手をかけた。――が案の定ノブは回らなない。予想どうりでため息一つ。


 顔を顰めたまま私は寝台に腰を掛ける。どうせここは『魔力』で感知されているのだろう。すぐにアクセスしてくるはずだ。


 すぐ――。


「――起きたな」


 声に私は驚くことも無く顔を上げていた。姿は無い。ただ声が部屋に響く。低い、低い男性の声。少なくとも私がよく知っている『魔王』の声ではない。


「私達をどうするつもりですか?」


「『達』って……まぁ、いっか。どうする――って餌だろ? それ以外それ以上の何があるんだ?」


「餌――」


 多くの魔族は食事をしない。眠りもしない。泣くことも笑う事もしない。愉しむ為にそれを為すことはあっても『生きる』為にはそれを必要としなかった。何故ならもう生きることを必要としないのだから。


 味覚があるのかは、分からない。


 私はごくりと喉に唾を流し込んでいた。嫌な考えが脳裏に奔り、そんなはずはないと無理やり打ち消す。蠢く様に登って来る不安。それを表に出さないようにして私は虚空を見据えた。


「まさか――バニアを食べましか?」


「……喰ったと言ったら?」


「――」


 すうっとすべての感情が抜け落ちていくような気がした。絶望、不安。喜び悲しみ。何もない。ただジワリと怒りだけが広がっていく。まるで紙に落したインクの様に。


 ぐっと私は拳をにぎりしめていた。それは痛い位に。


 にっこりと微笑む。その裏で『見えない者』を消す手段を考えていた。ただ今の処は見つからない。しかし――消す。


 それは絶対にだ。


「そうですか……なら、私はあなたを殺します。絶対に」


「眼が笑ってないねぇ。本気か。――まぁ、できないことは無いだろうな。仮にも『聖女』様なのだろ? 力が弱いとは言え。でなければ、『こんなところ』では生きてけないしなぁ」


 聖女――。その言葉に別段驚くことは無かった。分かるのだろう。私が力を持っていることは。『魔族』は相反する存在だから。まさか私が誰かまでは分かっているとは思えない。


 そんな事よりも――『こんなところ』と言う言葉に私は眉を跳ねあげていた。生きてはいけないと言う事で自然と魔王の権力内と言う事が分かる。ただ澱んでいる。その筈なのだけれど、そんな感じは受けなかった。


 私はそんな世界を一つしか知らない。澱み無く世界は動き――死んでいる場所。


 目を伏せれば未だ疲れた様にこちらを見ている人が居る。


 ここはきっと。


「北の果て。悪名名高い『魔王城』だ」


「でしょうね」


 あまりにもそのままで、私は息を付いていた。その対応が物足りなかったのだろう。『えー』と言う声が小さく響いた。


「さすがと言うべきか――俺は泣き叫ぶのを期待していたんだけどな。さすが聖女と言うべきか?」


 そう言うわけではないのだけれど。実際は心細いし――怖い。けれどそれ以上に長年の習慣が大きいのかもしれない。


 表情は極力抑えること――。


「泣き叫んでも意味はないので。誰かが助けてくれるわけではないですから――で何ですか? 私も喰らうのですか?」


 それも困る。私の身体ではないのだから。何とかアーゼルだけでも助けたいのだけれど。アーゼルには本当に申し訳ないことをしたと思う。


 きっとすべてが終われば故郷で幸せになっただろうに。


「餌だと言ったろ? 基本人間なんて喰わねぇよ」


 私は顔を顰めて見せた。


「――意味が分かりませんが? バニアを喰らっておいてどの口が言うのですか?」


「喰ってねぇよ。信じるかどうかは知らねぇけどさ。あの女は逃がした。目的はお前だったし。あそこで大立ち回りしても俺が潰されるだけだからよ」


 前線からは遠くないが、近くも無い。ついでに案内をした男は救護所に残してきたので援軍か何かは頼んでいると考えられる。たしかに、長く続けば続くほど不利にはなるかもしれない。普通は、だが。よくよく考えれば前線部隊にそんな余裕があったのかは分からない。


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