雑談
混沌が広がっていた。疲れて動かなくなったもの。手や足、部位を失ったもの。亡くなったため、檻に――一応の予防措置――捨て置かれる者。それを治療する医術班はせわしなく動いている。悲鳴と怒号。死と生がそこには混在していた。
「――状況は? どのぐらいで復帰できる?」
考えれば鬼のようなアリアナ様の質問に医師はおどおどと答えている。疲れて動かなくなったものは小一時間で返され、けが人は怪我の程度によるだろうが。
「アーゼル!」
呼ばれて向くと駆け寄ってきたのはバニアだった。思わず四肢を確認するがどこも欠損はしていない。大きな傷も無いようで私は安堵する。
「良かった。無事だったんですね」
「アーゼルこそ。帰ってこねぇから死んだとばかり……ってアリアナ?」
「はぁ、聖女様の一団とお会いしまして――なぜか一緒に」
困った顔をすると、なぜか疑わしそうな眼をしてアリアナ様を見たが、アリアナ様は報告を受け、辺りを見回しているためそんな事にも気付いてない。
「……ふぅん。『聖女サマ』にも会ったのか? ただの小娘だろ? あいつ。威厳なんて無いし、飲むか? 少し落ち着く」
差し出される木でできた水筒には水が入っていた。私は其れを受け取るとごくりと水を喉に流し込む。どれだけ渇いていたのか自身では分からなかったが、身体へと染み込むように流れ込む水はとても美味しかった。
「ありがとう」
「いいって、配給ものだし、気にすんな」
すこし照れたようにしてバニアは軽く手を振った。
「――じゃあ、一通りの報告は受けたし、俺は行くから。バニア。アーゼルを頼むな」
バニアの返答を聞かずに慌ただしく帰っていくアリアナ様にバニアは苦虫を潰したような顔をしてから私を見た。
その目は疑心に満ちている。
「……お前ら何かあるのか? 戦闘中に頼むって――私に」
「いや、何も。そこで会っただけなんですが知ってるでしょう?」
グイッと、私はバニアに引っ張られると少しだけ開いている空間。毛布の上にドカッと座らされた。看護師が邪魔だと睨んできたが、今それ以上は何も言わない。
「お前には好きな奴がいるんだろ? 故郷に残してきたとかいってたじゃん」
「……はぁ」
そんな人が居るんだな。と他人事の様に考える。少なくとも『その人』は私の記憶には存在していなかった。いや、そもそもアーゼルの記憶が存在していない。
言いたい事が分からなくて曖昧に返すとバニアは少し苛立たしいように感じたのか私の頬を抓る。
軽くではあったが痛い。
「だからさ、『あれ』はやめとけよ――顔がいいだけだ。あんなの」
滑る様に放された。軽く赤みが差しているかのように思う。頬を撫でながら私は小首をかしげて見せた。
「はぁ――何をやめるんです?」
言うと眉間の皴を深くしたバニア。何故怒っているのかさえ分からなかった。分からないので、謝ることも出来ない。
「からかってるのか?」
「心外です。そう見えますか?」
真っ直ぐ言うとバニアはふうっとため息一つ。
「――いや。どちらかと言えばあっちか……にしてもおかしいな」
「何が……?」
言うと呻く様に考え込んだ。
「うん――何がって、あいつは『あの女』しか目に入ってないはずで――それにアーゼルに今までそんなそぶりなんてみたことないし。……たしか、昨日までは確かに何ともなかつたはずなんだよなぁ。いきなり心変わりしたなんて思えないんだよなぁ。――というか」
『よく分からねぇな』呟いてから、大の字でばったりと倒れる。しかしながらよく分からないのはこっちの方だ。それでは『アーゼル』にアリアナ様が『気』がある様に聞こえる素振りだから。とりあえず私に『力』があるため何となく絡んでくる程度だと思っている。
「あんな浮気性だったっけ? だったらお零れを――」
「はぁ――あのぅ」
私は何かを言いかけたバニアの声を超えぎる様にして手を軽く上げていた。『はい、どうぞ』バニアが言うので口を開く。
「別に私をアリアナ様が好きなわけではないと思うのですが――」
殺気が籠って睨まれた意味が分からない。顔を背けたバニアは拗ねている様にも見えた。
「……気付いてねぇなら別にいい。それでいい。お前は故郷に残してきたやつの事だけ思ってろよ。その方が、いい」
「はぁ」
その後で私達の間には重苦しい沈黙が流れていた。手持無沙汰。寝てしまえば少し体力が回復するだろうが眠る体力も、殺気を放つバニアの隣でも眠る気にはなれなかった。
喧噪が響いている中で――突如異質な『悲鳴』が混じった様な気がしたのは気のせいだろうか。
「――?」
ぐるり辺りを見回しても変化が無いように思えた。相変わらず医師は走り回り、怒号が飛び交っている。
しかし何かがおかしい。それが何かがは分からなかったけれど。
眉をしかめていると背中に気配を感じ、剣をしっかりと握って弾ける様に振り向いていた。
「え? おい、アンタら、一陣に居た奴だろ?」
誰かはいた。いたけれどそこには包帯でぐるぐる巻きにされた男が立っている。顔は分からないがその目はいきなり振り向いたことに驚いて目を見開いていた。
「何だよ? てめぇは」
バニアはぐっと身を起こす。少し眠っていた様子でその目は完全に座っていた。明らかに睡眠を邪魔された事を怒っているようだ。
可哀想なほど弱気に男は脅えた色を伺わす。
「け、喧嘩を売りに来たんじゃないよ――ちょっと来てほしいんだ。あんたらまだ動けるし、強いだろ?」
「……何の用だと聞いてるんだよ?」
「敵が――後ろに居て。いや、一匹で――動ける奴らで食い止めてるんだけど、そうも持たなくて――前衛を呼びに行く暇もなくて」
敵。それが先ほど感じた違和感だったのだろうか。それにしても生き残りがいたのだろう。なるべく『殲滅』するようにしていたのだけれど。一応護衛を置いておいたつもりだったけれど飾り程度だった事を少し悔やむ。
これは――『私』の力不足だ。
「いや、ここにいるじゃん。お前」
バニアは冷たく言い放つ。『ええ』と言う上擦った声が響いた。それを笑いながら聞いているバニアは悪趣味だと思いつつ、私は剣の鞘を握りすっと立ち上がる。
実際、私だけでは心許無いのだけれど仕方ない。元々考えなかった私のせいなのだし。
「行きます。どこですか?」
それを言った時の男の顔は『救われた』という安堵の表情を浮かべていた。




