魔導士
それをなぜ――と考えて分からない。魔力の有無など魔導士なら分かるはずだったのだから。
「ええと。魔力は無いんですけど」
「知っている。流れを見たからな――さきほど」
さらっと言い放つと地面に何かを錫杖で描き始めた。黙々と大きく円や幾何学模様などを細かく書いていく。
こちらを無視するようにして。
「……あの」
「で? さっきも言ったが『お前』は誰だ?」
ひと段落したのか、ユーラシエが顔を上げた。質問の意味が分からなく、困惑で返せば彼女は大きく息を吐き、睨み付ける様に私を見つめた。
その気迫に思わず息を飲む。
「誰かと聞いている――私はアリアナみたいに優しくは無いぞ?」
「え、あの」
アーゼルと言っても信じてもらえない気がした。なぜか見透かされている。そう感じたのだ。かと言って本当を言うわけにもいかなかった。
言った所で信じてもらえるか怪しい――何よりここで抹殺されかねない。『アーゼル』が。どうしていいのか分からず私は眉尻を下げ、口を真一文字に結んでいた。
「あの……」
「私は『聖なる力』を持つ者をオルガ様しか知らない。『破滅の力』を持つ者は『ノワール』しか知らない――何故、持っている? ――アリアナよ」
視線が外れ、彼女は私の後ろへと視線をずらしていた。それを辿るようにしてみれば、そこにはアリアナ様が立っている。少しだけ楽しそうにくくっと喉を鳴らしながら。
「疾くばれてたか――すげぇな。やっぱ。ってノワールって誰だ?」
「魔王の名だ。もはや誰も触れることなど無いがな」
「……」
知っていた。とは言えない。魔王が私の中で眠る時にそれは聞いたことだ。――魔王から直接。それはどこか嬉しそうでもあったように記憶している。
「言え。なぜだ? ここで浄化するぞ?」
「ここで滅ぼすぞ?」
顔は笑顔だけれど目が笑っていない。どう見ても本気だ。そのことに少し背筋が凍った。
「そんな馬鹿な事してないで早くしろっていうんだよ? いつまで展開してる気だよ? 魔導士様?」
言葉一つ一つに棘があるのは気のせいではない。そろそろ気付かれないようにここを去りたいのだが――無理だろうな。私は心の中で大きくため息をついていた。
周りを見渡せば、誰もが違う事で必死だと言うのに、この二人は何なのだろうか。オルガでさえ向こうで指示を出しながら戦っているのだ。
ユーラシエはフンッと一つ鼻を鳴らした後で、アリアナ様を一瞥する。その後で空間に手で弧を描くと、先ほど足元に描いた幾何学模様が淡く光った。魔法陣。なのだろう。普通そんなものはいらないが、使う範囲が大きければ大きいほど必要になって来る。
「もう終わってる。お前こそ、オルガの元に行かなくていいのか? 気持ち悪いほど張り付いているだろ? ああ。何か? 浄化されるから近づけないのか?」
嫌味だ。それを通り過ぎて悪口に発展している気もする。それに対してアリアナ様は肩を竦め、見ていて気持ちの良くない――相手を蔑むような笑いを浮かべて見せる。そんな笑い方できるのだと感心ている場合ではない。
どちらも、もう完全に煽っているとしか見えなかった。
幻覚で火花が散っている様に見えて、私は軽く頭を抱える。
「姫様の方はお前より有能なのがいるからね。俺が行くほどでもないだろ?」
オルガの周りには護衛がいるが、ユーラシエよりは強いと思えない。彼女が本気を出せば辺り一面焼け野原にすることだってできる。できるがしないのは意味か無いからだ。まだ。
それを分かって言っているのだろう。
「いい加減にしてください」
私は、息を吐く様にして、ほとんど自然に声を発していた。
「は?」
それに当然威圧されるのは当たり前で。主にユーラシエに私は睨まれていた。まぁ。普通に考えれば私は一般の兵士だし、彼女は相当上の方に居るので意見をすると言う事は考えられないことなのだ。
怖い――けれど私はぐっと顔を上げる。その手はまだどこに力が残っていたんだろうと言うように固く握りしめられていた。
「くだらない喧嘩している場合ではないでしょうに、皆戦っているのです。勇者と大魔導士が子供みたいな喧嘩していると言うのはどうなのでしょうか? 笑いものです」
ユーラシエは眉を軽く跳ねる。そうとう苛ついているのがよく分かった。そう言えば私は彼女を怒らせたことが無い。あからさまに怒りを向けられるのは初めてだった。
軽く声が上擦るのが自分でも分かるがそれを何とか押しとどめる。
「……何様のつもりだ。私に意見をすると? ……そう言えばお前は私の問いに答えていない。アリアナ。貴様もだ」
「だからこんな事をしている――」
口を開こうとしたのだけれど、口許に手が覆いかぶさった。その上背中から抱きすくめられるように拘束。
それ以上は喋るな。何もするなと言う事らしい。 ただ、大きな掌。鼻と口を押えられては些か息苦しい。『放してください』は声に出ず、ただムガムガと意味のなさない声がアリアナ様の掌から洩れた。
「何様って俺の可愛い部下の一人だ。ま、そうだな。俺たちもアーゼルの言う様に本来を果たそうか? お前が言う『下らない』問答には後で答えてやる」
送っていく。そう身を翻されたところで、パン――と私の耳元。何かが破裂した。そう。空気の弾ける様な軽い音。
アリアナ様は、目を細くし冷やかにユーラシエを見つめた。
「何のつもりだ?」
先ほどまでよりトーンより低く、口を開く。それは些か殺気が籠っているようだった。今までとは違う。本当の緊張感に私は息を飲むとアリアナ様の視線の先、ユーラシエに目を向ける。
「貴様。オルガを裏切るつもりか?」
アリアナ様に臆することも無い。ユーラシエはまっすぐにもそして突き刺さる視線でアリアナ様に目を向けている。
大魔導士と勇者。一度だけ二人の模擬戦を見たことがある。模擬とは言ってもこの二人だ。今思えばおそらく相手を殺すつもりで戦っていのだろうけど。その時はユーラシエの勝利だった。ただし辺り一面焦土と化したのを記憶している。結局いろんなところに頭を下げたのは私で、原状復帰をさせられた。
ある国の王宮。中庭と言うのがダメだったのかもしれない。まぁ、そんな事になったきっかけはその国の王なのだけれど。
『むが――』
未だに口を押えられているためか私の止めに入る声は聞こえていない。私の表情を見ていないアリアナ様は肩をすくめて軽く鼻を鳴らした。
「裏切る? 寝言は寝てから言えユーラシエ。俺に『力』があろうと姫様を裏切る分けねぇだろ? 裏切るくらいならここにはい」
ユーラシエは少し驚いた様に眉を上げると苦々し気に口許を開いた。
「そういう事ではない」
「じゃあ何の事だよ? ともかく。俺は行くし――」
不意に現れた敵を蹴り上げ、私を抱えたまま片手で剣を喉元に突き立てる。最小限の動きで。速く、確実だった。
「……オルガを泣かせるな。でないと私はお前を殺してしまうよ」
抑揚なく言い放つ言葉にぞっとしたものが背中に走る気がした。ユーラシエを見れば怒っているのか泣いているのか笑っているのか――それとも表情なんて無かったのか何とも言えない顔で立っている。その両眼はしっかりとアリアナ様を捉えていた。
「気を付ける」
他にアリアナ様が何かを言う事は無い。ただそう言うと私を連れて踵を返していた。




