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オルガ

「早く行け――」


「……了解」


 私がクルリと身を翻すと、そこには援軍の影が見えた。ゆくっりと近づいて来るそれは空気を、いや。世界を変える様に見えた。暗い世界に希望を灯すように。


 その中心には……聖女がいる。ただし、聖女と呼ぶにはあまりにも血と泥で汚れていたけれど。そのことを気に留めている様子は全くない。


 そう。気に止めたことなど一度も無かった。


「――あ――また。あのひとは」


 アリアナ様はオルガを見ると微かに頭を抱えて見せた。そう言えば――なぜか戦場に出て怒られていたのを私は思い出していた。


 別に戦場に出るのは当たり前のことだし、怒られることではない。現にそれでは無いと思うが――私は首を捻る。


 未だに怒られていた意味が分からなかった。


 私はアリアナ様を見る。


「ええと、何かおかしいのですか?」


「いつも言ってるんだけど――大将自ら前線に立つなよ……。しかも馬にも何も乗らずに。あれじゃ、アーゼルと何も変わらねぇだろ?」


「えっと。前線に居た方が士気上がりませんか? それに今まで頑張ってくれた人たちに姿を見せることで安心させたいと――思ったのでは?」


 実際そうなのだけれど。


「どろどろになって、兵士に紛れて見えないだろ? あんな――ちびっ子」


「……」


 言いたくは無かったのだろう。『ちびっ子』と言う言葉を苦々しく呟いて見せた。と言うかそう思っていたのかと私は内心ショックを受けていた。確かに私の身長は成長しなかった。アーゼルよりも頭一つ小さい。アリアナ様と並べば――親子だろうか。と思ってしまうかもしれない。


 ただ、私自身は意識したことなんて何も無かったのだけれど。


 だから周りから子供扱いされていたのだろうか――といろいろ考えてしまう。


「死んだら、何もかも終わりなんだよ――この世界も。分かってるのかよ? ――浄化の力はあの人しか使えない」


「あの――」


 それはワザとなのだろうか。私が『少し』使えると言う事は知っているはずだ。何故。と問う前に、いつの間にか一団が私たちに合流していた。


 ここに来るまでに方々に散っているので数は護衛が数人と、オルガのみだけれど。


「アリアナ様。戦況はいかがです?」


 凛とした声。真っ直ぐな双眸でアリアナ様を見ていオルガ。


 そう言えば『アリアナ』と昔は呼んでいたのだが、そのように呼ぶことになったのは一応私の婚約者なのだから『同レベル』として皆が扱う事へと配慮した呼び方だった。


 特に意味はなさなかったのだけれど。


「そんな事より――俺いつも言ってますよね?」


 ぐっとアリアナ様が睨めば、オルガがたじろぐ。ちらり私を見て助けを求めても。――困る。私だってこの説教は何度も受けて来たのだ。


「……いえ、あの。私の話を――戦況を」


「見たらわかるでしょうに。俺、いつもなんと言ってます?」


「いえ。だから」


 オルガが困っていると、軽く錫杖を地面に叩きつける音。ふと見ればそこには『大魔導士』の称号を持つ『ユーラシエ』と呼ばれる女が立っていた。貫禄があるように見えるが、年の頃は二十代後半――私にとって姉の様な存在だった。


 そのせいもあってか、オルガの顔は少し明るくなる。味方を得たと言う感じだった。


「そんなことをしている場合ではないだろう? アリアナ。術式展開する。お前は何時もの様に屠って来ると言い」


 不穏な空気がなぜか流れている。視線で二人は喧嘩している様にも見えた。そう言えば仲良くなかったような気がする。


 何故だか。


 アリアナ様はピクリと眉を跳ねた。


「そんな事? ――まぁいい。後で話し合いましょう」


 くるりと身を翻してからぐっと足に力を混め賭けていく後ろ姿。それを見送りながらユーラシエは息を一つついて見せた。


「つったく。あの男は――オルガ様も、泣かない。どうしていつものようにできないのですか?」


 泣いたことはない。心外だな。と考えながらオルガを見ると、涙目になっているから嫌だ。ぐっと口を真一文字に結んでいる。


「な、泣いてなんていません。でも、いつも怒って来るから――構えるようになってしまっただけです」


「……言う事を聞かないのはあなたでしょうに。ま、ともかく。術式を展開するのは本当ですから――ってお前は誰だ?」


 風を切る音が耳元に響いた。目の前に突き付けられたのは錫杖の切っ先で取り付けられた金属製の環が甲高い音を響かせる。


 その向こうに見えるのは敵意を見せるユーラシエで。それが少しだけ切なく思えた。


 問いを投げかけといて、答えを聞くことも無く彼女は口を開く。


「何をぼさっと突っ立っている? 戦うか、戻るか――どっちだ?」


「あ。ええと」


 戦う事は多分もうできない。体中の力は入らないし、足は鈍りのようで。バニアは大丈夫だろうか。相当疲弊していたようだけれど。


 そんな事を考えながら私は『戻ります』と一礼をし踵を返す。しかし、私を呼び止めたのはオルガだった。


「――お待ちなさい」


「え?」


 振り向くと良く見知った顔がにこりと笑って見せる。それは先ほどまでの少女の顔ではなく、『聖女』としての顔だった。


「まみえて嬉しく思います。――ア―ゼル」


「え。はい」


 名前を言っただろうか。名前を当てる魔術もあるらしいけれど、持っていなかったし――何故知っているのだろうと言う顔をしてみる。

「アリアナ様にお聞きしました」


「……」


 何を話したのだろうか。私達二人だけで話すと言う事は滅多になかったはずだ。それ故『力』の事を話せば大騒ぎになっているし、記憶にも残っている――と思う。


 オルガは歩み寄ると私の両手を取って見せた。


 武器を持っているためか掌は硬く、乾いた感触だった。手は小さいがまるで男性のような――と言うのがふさわしいかもしれない。


 別に当時は『皆』そうなので気にも留めなかったけれど。ちなみに『アーゼル』の手はもっと硬かった。


 私は戸惑いつつに目を向ける。過去の自分に――。それはとても不思議な光景でもあった。オルガはふわりと柔らかく笑って見せる。殺伐とした空気を癒していくように。疲弊した心を満たしていくように。


 なんだか、オルガは私であって、私でない。そんな感覚に囚われる。


 私はこんな空気を出してはいなかったように思うのだ。何だか自身が『出来損ない』のような気がして少しだけ悲しかった。


「不思議な人ですね。なんだか初めてではない気がいたします」


「え。あの――洞窟でお会いしております」


 言うとフルフルと首を振る。


「そう言う事ではなく――」


 オルガが少し困った顔をして口を開いたのだが、それを遮るようにしてユーラシエは声を上げていた。


 見れば少し苛立たしそうで片眉が吊り上がっている。


「オルガ様。立ち話は後ででよろしいでしょうか? 小娘――術式を展開する。少し私を手伝え」


 冷たく言い放つと、付いて来いと言う様に身を翻した。ちらりとオルガに目を向ければ『ゴメンナサイ』と言いたげに手を合わせていた。口に出さないのは、きっとユーラシエに怒られるからだろう。なんだか怒られてばっかりだな――一番上なのに。考えながらため息一つ。私は細い肩に付いていくしかなかった。



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