ゲイボルグ
俺はホテルをチェックアウトしマンションへ帰った。立ち入り禁止のテープも剥がされ、何事もなかったかのように見える。
リビングに入ると今までと変わりない俺の家だった。テーブルには俺が残した野菜炒めがまだそのままだった。
そうだ、九六式、まだ島本さんが持ってるんだ。返してもらわないと。
島本さんに電話し、九六式を持ってきてもらうよう頼んだ。
……本当に俺が持つべきなのか。あの銃は。
島本さんから着いたと電話が来た。外に出ると黒いランエボの窓が開き、島本さんがこちらに手を振った。俺は助手席に乗り込んだ。
「ほら、お目当てのもんだ」
差し出された九六式自動拳銃に手を伸ばしたが、その銃を握れなかった。
「どうした、迷ってんのか」
その言葉にはっとなって島本さんの顔を見た。その顔はいつも学校で見ていた顔と同じだった。
「……そりゃ迷いますよ」
「迷って迷って迷いまくるくらいがちょうどいい。高校生なんてのはな」
「でもいつまでも迷ってちゃ、いつまでも前に進めませんよ。だから」
九六式を握りしめる。
「足踏みも後戻りもしない」
俺はこいつで父さんを撃ったあの男を倒す。そして組織を根絶やしにする。
「島本さん、組織のアジトとかわかんないんですか」
「わかんねーな。アタリをつけてる場所はいくつかあるが」
「そこに行って一緒に戦いましょうよ」
「そう簡単にはいかねーよ。あいつらは犯罪のプロ。しかもそいつらのテリトリーなんだぞ」
「そんなんじゃいつまでたっても……」
「気持ちはわかるが、焦るな。機が熟すときを待つんだ。それまでにお前はそいつを使いこなせるようにしとけ」
「……わかりました」
口ではそう言ったが、本当は今すぐにでも戦いたい。だが手がかりがなきゃどうしようもない。
待てよ。この銃は限りなく小さい発砲音で暗殺を容易にする、組織にとって重要な一丁なはずだ。それを高校生のガキが奪った可能性が高いと考えれば、まず間違いなく奪い返しにくるだろう。怖いが、ある意味チャンスだ。向こうからわざわざやられに来てくれりゃ。
「わざわざ来てくださってありがとうございます。それじゃまた学校で」
「じゃーな」
九六式をパーカーの裏に隠して車を降りた。
口元が緩むのを抑えられない。
組織の連中も昼間にはさすがに来ないだろう。
九六式の後ろ側に付いている安全装置を解除し両手で構えた。しかし練習するにしてもこいつは本物の銃だ。室内で撃つなんてさすがにやろうとは思わない。
やっぱり狙いをつけるには両目が見えてたほうがいいよな。右目を隠す前髪をはらい、もう一度構えた。やっぱりこっちのほうがいい。
FPSをやるときでも本気モードのときはヘアピンで前髪を留めている。引き出しからヘアピンを取り出して右の前髪を留めた。そして九六式を構える。よし、これなら完璧だ。
午前0時前。そろそろ時は満ちたか? 九六式をベルトに挟み外に出た。
家の周りをぐるりと歩いてみたが、それらしい人影は見当たらない。ち、そう上手くいかないか。
「おい! お前黒木だろ! 黒木なんだろ! ああ!?」
いきなり名前を呼ばれたことにびくっとしたが、その言葉はどうやら俺に向けられたものではないらしい。
前を見ると、白いシャツにサスペンダーを身に着けた太った男が、うずくまる高校生くらいの男を警棒のようなもので何回も殴りつけていた。その高校生も俺と背格好は確かに似ているが、気の毒なもんだ。
狙いは『黒木』か。あのデブ、十中八九組織のやつと考えていいだろう。
「『黒木』は僕ですけど」
俺は警棒の男に言い放った。みずから危険を呼び寄せる言葉を。
「黒木ぃ!? てめーかよ九六式奪ってうちの金田撃ったってのは!」
予想は的中。金田ってのはあの九六式のチンピラのことか。
視界の端に、高校生が逃げていくのが見えた。
「もしそうだったら、どうするんですか」
「ぶっ殺して奪い返すまでだ!」
そう言って男は持っている棒を振り下ろした。するとその棒は一気に4倍くらいの長さに伸びた。
「このゲイボルグでなっ!!」
瞬間、男はその槍? を俺の顔に向けて突き出してきた。俺はそれを間一髪で避けた。
「ゲイボルグのリーチに勝てるかぁ!?」
振り下ろして伸びるとなるとやはり警棒のような気がするが、先端は鋭利な刃が付いている。一応槍といえるのか。
俺は少し後ずさりして距離をとった。
「オラオラオラオラァ!!」
男は槍を連続で突き出してきた。その動きは体躯に似合わず俊敏だ。
その槍を避けるのに精一杯で銃が出せない。
いったん距離をとるしかない。一瞬の隙を見計らって後ろを向いて走り出した。
「背中向けるなんてバカかお前? リーチがダンチなんだよ!」
「リーチが……なんだって?」
走りながら九六式を取り出し安全装置を外す。そして向き直ってすばやく引き金を引いた。
放たれた銃弾は男の胸に当たった。
リーチなら銃に勝てるわけないだろうが。
「がはっ!?」
動きを止め、心底苦しそうな顔をする男。
「……ちっ、ちきしょう、覚えてろ!」
最近あまり聞かないような捨て台詞を吐きながら、男は背中を向けて逃げ出した。
俺はその背中に銃口を向けたが、引き金は引かなかった。
お前、ゲイボルグってなんだか知ってんのか? ケルト神話の半神半人の英雄、クーフーリンの槍だぞ。お前は半神半人というより半豚半人だし、その自慢の槍もガラクタにしか見えないがな。
逃げる男に俺は引き金を引けなかった。これじゃ、殺せなきゃ組織を潰すなんて不可能だ。だが焦るな。今は力をつけ、やがて島本さんとともに組織を潰す。だから今はまだこれでいい。
ここで色々考えてて警察や一般人に見つかったらまずい。とりあえずここから離れようと思っていると、女と目が合った。
セーラー服に黒いロングヘア。身長は160cmほど、俺とさほど変わらない。胸はその清楚な雰囲気とは不釣り合いに大きく。
……白沢ゆり。