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ライトニングガン  作者: 一条イチ
第一章
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タバコの煙

「お、俺は……」

「人を殺すってのは、大変なことなんだ。一人の人生をそこで終わらせる。そしてその人間の周りの人、家族を不幸にし、憎しみを呼ぶ。たとえどれだけの悪人だったとしてもそれは変わらねえ」


 言い返す言葉などなかった。


「こういうことは、先生に任せろってんだ」


 島本さんは自分の胸をとんと叩いて言った。


「実はな、俺は前から組織を追ってたんだ。組織を潰すためにな。だからお前が手を汚す必要はねえ。俺が全部やる」

「そんなこと言ったって、島本さんが手を汚すことになるでしょう。俺は黙って見ていろと。あなただって、人を殺すことの重さは変わらないでしょう」

「俺はもう、いいんだよ。今までまともな人間のふりをしてきたが、本当はまともな人間じゃない」

「それはどういう」

「汚れきっちまってるんだ。いくら手を洗っても、風呂に入っても無意味なくらいにな」


 島本さんに頼る。それが正しいんだろう。

 だが俺はそこまで物わかりのいい子供じゃない。


「それでも俺は、やつを許せない。だから自分でやりたいんですよ」


 俺は運転する島本さんの横顔を見据えて言った。


「だが渡せない。お前はただの高校生だ。相手は犯罪のプロとでもいえる集団。返り討ちがオチだ」

「わかってます。それでも、命を落としたとしても」

「そうか、それなら」


 島本さんは顔をこちらに向けて一呼吸おき、鋭い目つきとなった。


「俺を殺して奪い取れ。人を殺しても構わないってなら、できるだろ?」


 俺にグロックを向けたとき、そのときと同じ目。


「さあ、俺は今運転中だ。俺をハンドルからひっぺがして事故らせちまえば、銃を奪えるかもしれないぞ」


 張りつめた空気、少しの沈黙ののち。


 島本さんの顔に掌底をぶつけ、そのまま目をふさぐ。そしてダッシュボードを開けて九六式自動拳銃を握り、銃口を島本さんに向けた。


「あなたはそう言って、できるわけないって思ってるかもしれないけど! その覚悟はあるんだよ!!」


 島本さんを殺したいわけじゃない。けれども銃を向けるということは、人間を殺しても構わないという覚悟だ。


「ふ、やるじゃねえか。だがお前の負けだ」


 俺のわき腹に突きつけられていたのは、グロック19。

 冷や汗が流れた。この人は自分が言うとおり、まともな人間じゃない。そうでなければこんな芸当はできない。


「安心しろよ。弾は抜いてある。お前のも安全装置がかかったままだけどな」


 このままじゃ撃てなかったのか。緊張の糸が切れて、そのまま銃を下ろした。そして深く息を吐いた。


「お前の意志はわかったよ。だが、やはり殺すな。殺さずに勝てるほどに強くなれよ」

「……ありがとうございます」


 島本さんの拳銃さばきは、人間を殺すことの重さを物語っているようだった。




「そういや今日は金曜じゃねえか。よーし、これから中洲のソープ行くか! 俺がおごってやるから!」

「教師が未成年の教え子をソープに誘うって、どうなんですか」


 急転直下の下ネタに、俺は冷静に返した。


「なんだよ、つれねーなあ。37歳素人童貞にはそれくらいしか娯楽がないんだよ」

「え……素人……童貞?」

「引くな引くな。思う存分反面教師にしてくれ」


 昔は相当遊んでたっぽいナリだし、どう見ても素人童貞には見えないが。でも実は超奥手だったりするのか? しかし『まともな人間じゃない』のに素人童貞だったらダサすぎるだろ。


「ま、金さえあればこれほど楽しい遊びはないぜ」

「でも、そろそろ元気がなくなってきたんじゃないですか?」

「バカ! あと20年は現役だよ!」


 ふと窓から外を見ると、さっきより雨脚は弱まっていた。


「そうだ、ちょっとコンビニ寄っていいか? タバコ切らしちまってな」

「いいですよ」


 島本さん、タバコ吸うのか。学校は全面禁煙だし、休日に会ったことないから知らなかった。


 コンビニに着き、少し迷って缶コーヒーを手に取った。


「貸しな」

「じゃ、遠慮なく」


 島本さんは俺の方に手のひらを出し、俺は缶を渡した。


「これと、メビウスライトのソフト二つ」


 缶コーヒー二本とタバコ二つの会計を済ませた島本さんとともに、コンビニを出て灰皿の前に陣取った。俺は島本さんからもらったコーヒーを開け、島本さんはタバコに火をつけた。


「それ、一本くださいよ」

「はあ? 俺は先生だぞ。生徒にタバコなんて非行アイテムホイホイ渡すわけないだろーが」

「あれ、生徒をソープに誘った教師がどこかにいたような」

「ちっ、しょうがねえな。一本だけだぞ一本だけ」


 やれやれといった感じで島本さんから差し出された青いタバコの箱から一本と、100円ライターを拝借した。


「ジッポがよかったな」

「うるせえよ。文句言うな」


 タバコを口に咥え、ライターで火をつけようとしたが、どうもうまくいかない。


「吸いながらつけるんだよ」


 島本さんの言うとおり、息を吸いながらつけるとうまくいった。それと同時に煙が口の中に入ってきた。


「ゲホッゲホッ!?」


 喉を強烈な痛みと不快感が襲う。


「よ、よくこんなの吸えますね」

「くくっ、だから止めたんだよ」

「そ……そんなこと」


 ムキになってもう一度吸ってみると、またむせた。それと同時に涙が出てきた。


 今日、今の今まで泣かなかったのに、どうしてタバコの煙なんかで涙が出るんだろう。

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