4 地下牢
じめじめとした薄暗い空間でリザは一人膝を抱える。お尻から伝わる石畳の冷たさと、手首に付けられた手錠の無機質な感触が、衛兵に捕まってしまったのだと実感させる。
ダズに衛兵から逃がして貰った後、リザはがむしゃらに走り続けた。そして、路地の先に見える一筋の光へと走り貫けた結果、メイン通りを探していた衛兵にあっさりと捕まってしまったのだ。
衛兵から逃げ出したこと決定的になってしまったのか、リザは弁明する余地もなく城の地下牢に叩き込まれた。
「はぁ~」
ベットも何もない、ただ石でできた地下牢を見回してため息を吐く。こんな場所には一秒たりとも居たくないが、リザの目の前には頑丈な檻が立ち塞がる。
どうにか手錠だでも外せないかとカチャカチャと両手を動かしてみても、手錠が手に擦れて痛いだけだった。
「ダズはどうなったんだろ……」
あれから、ダズが牢獄に連れてこられた様子はない。彼は体格も良く、腕に自信があるようだった。きっと衛兵に捕まらずに逃げきったのだろう。
親切にしてくれたダズに迷惑をかけてしまったことを悔やむも、今のリザにはどうすることもできなかった。
雑音の聞こえない静かな牢獄で、自分の呼吸音に遠くから石畳を踏む足音が交じる。
コツン、コツンとこぎみ良い音を響かせて、その足音はリザの牢獄の前に止まった。
「お前が衛兵二人を倒したゾルビアの盗人か?」
鎧を着た男が、リザを見下ろしながら言う。
「違います」
衛兵を倒したのはきっとダズだろうが、どうやらリザが倒したことになっているらしい。衛兵はともかく、盗人ではないのだからはっきりと否定する。
「嘘を吐くな。街の者が何人も怪しい女を目撃してるんだ。背格好もお前と一致している」
「確かに、街の人たちが目撃したのは私かもしれないけど、盗人なんかじゃない!」
鎧の男になんとか信じてもらおうと必死に主張するう。
「じゃあ何で衛兵を攻撃した」
「それは……! 彼らが私の話を聞かずに捕まえようとするから」
これ以上ダズに迷惑をかけるわけにもいかない。彼が関係ないということになっているならば、そのままにしておきたかった。
「それに私を見たとたんいきなり剣を抜いたのよ! 命の危険を感じたんだから、しょうがないじゃない」
「命の危険だと? 何を言っている。衛兵に剣を向けられたら、反抗する気がないという意思を示すために両手を頭の上に挙げるのは常識だろう。それから弁解でも何でもすればよかったはずだ」
「そうなの? ……あ」
思わず素で返答してしまったリザは急いで口を塞ぐ。
本当ならこの島の常識などなど知るか、と叫びたかったがよそ者だとばれるわけにはいかない。
しかし、鎧男はリザを不審に思ったようだった。
「……おい、お前どこから来た?」
「ゾルビアから……」
「ゾルビアのどこだ?」
「……」
どんどんと鎧男の顔が険しくなる。
「学生か? 家族は何をしている? 盗人じゃないと言っていたな。それならば、そんな恰好でタリアンまで何をしに来た」
「えっと、学生じゃない、です。家族はいなくて、それから……」
立て続けに質問され、リザの返答が追いつかない。いや、この島の事情なんて知らないから、無暗に返答することができない。
「魔法は使えるのか?」
「……へ?」
思いがけない質問に、リザは素っ頓狂な声をあげる。大の男が真剣に「魔法を使えるのか」などと質問してきたら、誰だってそうなるはずだ。
「どうなんだ?」
呆気にとられたリザを見下ろしながら、鎧男は再び問う。彼が冗談を言っているようには思えない。
普通だったら皆、「使えない」と答える。しかし、この奇妙な街を見たリザには、もしかしたらこの島には魔法が存在しているのではないか、という疑問が頭をよぎる。
もしこの島の人々が皆魔法を使えるなら、リザが「使えない」と答えた時点でよそ者だとばれてしまう。しかし、無暗に使えると答えても、いずればれるだろう。
それならば――
「使えるわ」
リザははっきりと答える。
「ほう。では見せてもらおうか」
「いいわ。でも条件がある。私、魔法を使うのが苦手で、大層なことはできないの」
今にも鎧男に聞こえそうなほど激しくなる心音を落ち着かせるように、深呼吸をする。
嘘がばれないように、ゆっくりと言葉を繋いだ。
「だから魔法を使って、この手錠を外して見せる。それで、魔法が使えると信用してほしい」
「……わかった。やれるものならやってみろ」
鎧男は少し間をおいて了承した。
リザは石畳から立ち上がると、手首にかけられた手錠を見る。彼が来る前に、どのような手錠かは確認済みだった。
「……」
魔法なら何か唱えた方がいいのかと、鎧男に聞き取れない程度にぼそぼそと呟くと、ゆっくりと時計回りに回った。
再び鎧男の正面を向いたとき、手錠はリザの手首から見事に抜け落ちてガチャリと音をたてた。
「どう? ちゃんと手錠外れたでしょう?」
リザは「どうだ」と言わんばかりに手首を鎧男に見せつける。しかし、リザの予想と反対に、彼はニヤリと笑った。
「そうだな。魔力を封じる印が刻まれた手錠を見事に外してくれたな」
「えっ?」
鎧男の言葉にリザが固まる。自分は重大なミスをしてしまったのだ。
「その手錠は魔法が使えないように仕掛けてある。この国では常識だ。お前がどうやって外したかはわからないが、魔法ではないことは確かだ。
――お前、よそ者だな」
確信したように鎧男は告げた。